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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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サプライズ練習前

 アリアデュラン王国第一王女クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリア。

 ルダージュが彼女の護衛任務に就いて三日が過ぎた。

 四日目の朝、王城での生活に最初は肩ひじを張りながら歩いた廊下も、今では欠伸を噛み殺しながら締まりのない顔で闊歩できるほど慣れつつあった。


(セルティアと違う部屋ってのもあるな)


 学園では召喚士――つまりはセルティアとの同棲生活だ。

 自分は人型精霊だと嘘を吐き住み着いている身だ。だがそれでもおこがましいと思いながらも、やはり異性との共同生活には気を遣う。当たり前の話だが相手(セルティア)召喚獣(ルダージュ)を人だとは思っていないのだ。


(風呂の後とかバスタオル一枚で戻ってくるし、寝間着も薄いし、朝はいつの間にか俺のベッドに潜りこんで……は最近なくなったけど、色々と無防備過ぎてな……)


 言うなれば気疲れというやつだった。

 その点、王城では別室が与えられたおかげでそういった心配をする必要がない。

 しかも、よくよく考えると異なる異世界に来てから初めての1人の夜でもあったため、今後の身の振り方を考える良い機会でもあった。

 ただ……


(ほとんどの問題を保留にするという情けない結論で落ちついたけど)


 現状は最悪ともいえる。

 セルティアやオリヴィエとシルヴィエ、そしてクララ。全てが“ルダージュは人型精霊だ”という嘘を土台にして成り立っている問題ばかりだ。自分が元人間であることを自白できたらどれほど気楽か。だがそんなことは誰のためにもならない。

 現状維持が最善であることに変わりはなかった。


「はぁ……」


 漏れたため息はまるで罪悪感を吐露するように深く暗い。

 オリヴィエとシルヴィエを見間違えてから――あれから一言も喋れていない。

 ルダージュの護衛任務が始まってから、姉妹には王国騎士たちを鍛え上げるというマクゼクト王の勅命が下った。勇者の姉であり、聖刀剣の巫女としての戦闘力と単純な人気により、姉妹は引っ張りだこだった。


 お互い顔を見合わせる機会がないため問題は先延ばしにされ、解決策は思い浮かばない。しかも姉妹は巫女の代名詞ともいえる片割れの仮面ではなく代替用の仮面のまま生活をしている。

 まるでルダージュに気付いてもらえるまで巫女の仮面はつけないと主張するように。


(どうやって見分ければいいんだ……そもそも素顔すら見たことがないのに――いや、素顔もそっくりらしいから関係ないんだけど)


 庭園に横切るルダージュは朝日に照らされた花たちを眺める。

 そこでは城の若いメイドと庭師が談笑をしていた。ルダージュがいるところでは会話は聞こえないが、どうやら匂いだけで花の名を当てるゲームをしているようだ。目を閉じた庭師にメイドが両手に持った花を近づける。


 メイドは少し意地悪な性格らしい。

 左手には白い花と赤い花、右手には同じ白い花と青い花を近づけた。どうやらカモフラージュをして難易度を上げているようだ。

 しかし、嗅ぎ終えた庭師が口を開くとメイドは驚いたように目を丸くする。

 庭師は見事、花の名前を言い当てたようだ。

 

「……」


 俺には無理だな、とルダージュは心の中でぼやく。それこそあの庭師のように花と向き合う歳月を重ねなければ相手のことなんてわからない、と諦めの感情すら湧く。


 また庭師が目をつぶる。どうやらメイドが再戦を願ったようだが、それはただの口実に過ぎなかったようだ。

 庭師の顔をどこか悪戯な笑みで見つめるメイドは今度は花を近づけるのではなく、彼の頬に向かって顔を近づけ――

 

「覗きですかぁ~?」

「どわ!?」


 驚き、振り返るとそこには赤毛のメイドが「にしし」と爛漫な笑みでルダージュを見上げていた。


「人型精霊様も趣味がいいですねぇ~でもでもぉ~ここに突っ立ってたらバレバレですよぅ? ほらぁ」


 視線を戻すとメイドと庭師が忙しそうに自分の仕事に戻っていた。 

 ルダージュの叫び声を聞き、観られていることに気付いたようだ。


「人聞きが悪い。俺は花を眺めていただけだよ、アルメラさん」

「そーなのですか? 精霊にも花を愛でる心があるんですねぇ。では庭園がもっとも美しく眺められる秘密の場所にご招待しましょうかぁ?」


 相変わらずの間延びした語尾の新人メイド、アルメラ。

 彼女は散策が趣味なのか色々な秘密スポットを把握していた。


「遠慮しておくよ。それに俺にはこれから大事な練習があるし」

「良い返答ですぅ。実は副メイド長からルダージュ様の様子を見てきなさい、と命令されてたんですぅ」

「あれ? もしかして遅刻してる?」

「いえいえ~このまま稽古場まで行けば時間通りですよぉ~。城で迷ってるか心配されたんじゃないですかねぇ?」

「ここにきて何日目だと思ってるんだ」

「ん~四日目?」


 大方、副メイド長のドロシーはルダージュの話し相手としてアルメラを寄越したといったところだろう。人型精霊に対しここまで明け透けに会話ができているのは物怖じしないアルメラのみだ。他のメイドや執事は基本的に事務的な会話しかしない。相手は仕事なので当然と言えば当然だし、ルダージュ本人も理解している。

 ようは暇つぶしの相手としてアルメラは優秀だということだ。


「そういえば……」

「はい? なんでしょ~かぁ」

「セルティアは今どこにいる?」

「召喚士アンヴリュー様でしたら朝食を食べられた後、いつものように書庫に籠もられていますよ~」

「……またか」


 クララの護衛任務が決まった翌日から、セルティアは空き時間を見つけては城内の書庫に引き籠っている。巫女姉妹どころか自分の召喚士とすら顔を会わす機会が減っているのだ。


「……」


 共同生活は気を遣う。気疲れする。

 そんなことを思っていながらも、会えない時間は寂しいとルダージュは感じてしまう。


(自分勝手だな、俺は)


 おそらく距離を測りかねているのだ。

 召喚士と召喚獣という関係が2人を急接近させ、それが普通になっていた反動がルダージュの感覚を麻痺させている。


「勉強の邪魔はしたくないし……俺は練習に専念するか」


 本音と建て前を()い交ぜた後、とりあえず仕切り直すように稽古場へと歩を進める。


「それがよろしいかと。そ・れ・に! 聞いてくださぁい! 今日のルダージュ様のお相手はなんと~私なんですよぉ~」

「――え!?」

「……なんですぅその『こいつ足踏みそう……』みたいな目は!」

「いや、だってアルメラさんができるイメージが全く湧かない」

「な、何気に失礼な精霊様ですねぇ……まぁたしかに覚えたのは最近ですがぁ、最初のルダージュ様よりはましですよぉ~」


 と、隣を歩くアルメラは奇怪で機械的な動きをして見せた。


「そこまで酷くはないだろ。ロボットじゃあるまいし」

「ろぼと? なんですかぁ? それ」

「いや、なんでもない。それにしても護衛任務の内容がこんなんでいいのかな」

「姫様も隣のお部屋で練習されてますし、御側にはラクス様もいらっしゃいます。ルダージュ様は不測の事態に備えて城にいるだけでよろしいのではないでしょうかぁ」

「不測の事態か……例えば?」

「例えば? ん~そうですねぇ飛んできた幻魔のお相手といったところですかねぇ」


 そう言ってアルメラは腕をVの字に掲げ羽の生えた幻魔の真似をする。


「迫真の演技だな。惚れ惚れする」

「馬鹿にしてますよねぇ!? 恥ずかしくなってきたじゃないですか~」


 アルメラをからかいながら、ルダージュはそんなこと起こり得るのだろうかと首を傾げる。

 ルダージュが護衛任務に就いてからこれといった敵の動きはない。こちらはお姫様にサプライズをするためにある(・・)練習を隠れてするだけの日々。

 練習も護衛任務も期間は仮面舞踏会まで。

 何事もなく無事に過ごせるならばそれに越したことはない。


「ほらほらぁ、ルダージュ様? ぼーっとしていては遅刻してしまいますよぉ? 考え事は後にしてぇ今は急ぎますよぉ~ほい、いっちに、いっちに……あっ! 体重かけてますね!? そーですかぁそういうことするんですねぇ、メイドとして負けませんよぅ!」」


 アルメラに背を押されながらルダージュはそんなことを願い、止まりかけていた足を再び稽古場へと運ばせるのだった。

 

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