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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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背に仮面はかえられない

 大臣一人がまるで女神に感謝するようにオリヴィエに手を合わせ拝み始めた。彼にとっては起死回生の一手となったが、周囲は困惑気味だ。


「仮面って……その半分の?」

「なんだ? 不満か?」

「いや~その……」

「要領を得ないな。将来は私のおっとっとなる貴方が……ぁ」


 (おっと)となる、と言いたかったのだろう。肝心なところで噛んでしまったオリヴィエが恥ずかしさのあまり押し黙り赤面する。上部(うわべ)だけの仮面では到底隠せない。


「ほ、ほら!」


 懐かしいお菓子の名前を聞いて物思いに耽りそうなルダージュだったが、慌ててフォローに回ろうと口を動かす。


「2人っていつも仮面をつけてるから! 外していいのかな? って、思ってさ……!?」

「そ、そうだったか? だが安心してくれていい。これは周囲に私と妹を見分けてもらうために始めたものだ。私たち姉妹は素顔が瓜二つで一目では区別がつかないらしいからな。わかりやすいだろ?」


 息を吹き返したように自分の仮面について語るオリヴィエと同意するように頷くシルヴィエ。

 2人にとって仮面とはそれ以上でもそれ以下でもない。禁呪に手を染めてしまった負い目を隠すために目元と口元をそれぞれが意識的に隠した――と思えたのも、もはやずっと昔の話。


(……今はただ便利だから外さないだけ)


 と考えてしまうあたり成長したなとオリヴィエは都合よく解釈する。決して年を取ったとは言わない。


「へー……じゃあ仮面を借りれば2人の素顔が見れるのか」


ルダージュの何気ない一言に巫女姉妹がピクリと反応を示す。


「――そうか。そういえばルダージュの前では外したことがなかったか。……ふむ」


 仮面に手を当て悩み始めた姉と頬杖をつき考え込む妹。


「オリヴィエ様?」


 今度は何事かと、セルティアは巫女姉の名を呼ぶ。

 オリヴィエは重大な事実に直面していた。だけどそれを正直に告げるのは気恥ずかしい。妹を見やると彼女も同じ思いを抱いたのかスラスラとボードに字を書き綴っていた。


『ルダージュ。そこに座って』


 シルヴィエは部屋の隅に置かれた背もたれのない(スツール)タイプの椅子を指さし、ドラム缶を運ぶように円型の椅子を魔法で転がした。


「……」 


 カーブを描きルダージュの前に置かれた椅子。

 ルダージュはとりあえず言われた通りに座ると、正面ではシルヴィエが両膝を突き、背後にはオリヴィエが立った。


「なにが始まるんだ?」


 姉妹にサンドイッチされ妙な居心地の悪さを感じる。

 オリヴィエの手は肩に置かれ、シルヴィエの手は膝を固定し、逃げられなくなってしまった。


「なに、今から仮面を贈るだけだ」

『目を開けてはいけません』

「……理由を聞いても?」

「内緒だ。いいから目をつぶるがいい。やりにくい」


 渋々と目をつぶると最初に聞こえてきたのはパシャンという水の音だった。


「水魔法? ――ああ、そういうことか。私のも頼む」


 魔法を発動したのは妹の方らしい。水を出す予定はなかったようで姉は最初こそ戸惑っていたがすぐに妹の意図を()み参加していた。


 ――いったい何が行われているんだ?


 人知れず魔装を散布し周囲の状況を探ろうとするが……。


「ルダージュよ。イタズラをしているな?」

「……うぇ!?」


 後ろから頬を摘ままれ横に広げられる。


「なせばれた……!」

「呼吸のテンポが変わった」


 マジかよ……!


「君はそういったことがわかりやす過ぎるのが弱点だな……今後の訓練の課題にしよう」

「……ふぁい」


 頬が解放され事なきを得るがおかげで水魔法の利用先がわからなかった。

 何かを拭くような動作をしていたはずだが、よくわからないと頭を悩ましていると……答えからルダージュの口にへばり付いてきた。


「んむぅ!」


 無論、キスではない。

 不意打ちを噛ませるほどシルヴィエは器用ではないし、オリヴィエに至ってはそういうことができるチャンスという思考にすら辿り着いていなかった。


「意外と息苦しくないな」


 口元に当てられたのはシルヴィエの仮面だった。

 仮面はひんやりとしていて水魔法は仮面を拭くためのものだったとルダージュは察する。


「次は私の番だ」


 続けざまに目元に圧が掛かる。


「こんなものだろう。組み合わせたのは久方ぶりだったが……ズレはないな」


 オリヴィエが仮面の縁をなぞる様な感触が伝わる。


「……目を開けても?」

「ん、構わないぞ」


 目を閉じていなければいけない理由は最後まで見当たらなかったが、今はそれよりも合体した仮面が気になった。

 ゆっくりと瞼を上げると用意周到なシルヴィエが顔を隠しながら(・・・・・・・)ボードと同じ大きさの手鏡を掲げていた。


「薄々は気づいてたけど、この仮面ってやっぱり合体できたのか」

「合体……が適しているかは置いておくとして、元々それは1つだった物を割って作りだしたやつだからな。本来のあるべき姿に戻っただけ、とも言える」


 ルダージュは正面に映ったの自分の顔――姉妹の仮面を眺める。

 オリヴィエとシルヴィエの仮面はつなぎ目に微かな隙間を残しながらもきっちりと噛みあっていた。

 これであれば美的センスは疑われないだろうと大臣の方を向く。伝説の巫女が普段身に着けているモノだ。文句のつけようがないだろ、と。


「おお! 素晴らしいですぞ! ルダージュ殿! それは彼の有名な仮面職人が勇者に贈った一点物でありまして、至高の傑作の1つ。模造品は数多く出回っておりますがやはり本物は一味違いますな!」


 案の定高評価を得たが、興奮気味に語り始めたのは予想外だった。

 どうやら大臣は仮面に対し情熱を持っているらしく、先程の空気の読めない発言も納得がいく。


「噂では精霊の角から彫刻したそうですが……」

「それは内緒だ」


 がっくりと大臣は肩を落とす。


「よし。これで散歩ができるな。仮面(これ)はありがたく借りることに――」


 話が一段落ついたことでルダージュが立ち上がる。

 すると彼の動きに合わせて挙動をおかしくする者たちが現れた。

 眼前には仮面男(・・・)が迫り、戸惑うように口を開く。


「――えっと、()はもういらないかな」

『……!』


 手鏡を顔に張り付けたままシルヴィエが、執拗にルダージュの顔を追っていた。まるでどこぞの映画泥棒のように挙動不審だ。仮面をとった張本人(ルダージュ)としては気が気ではない。


「妹の動きが変だぞ? やっぱり外さない方がよかったんじゃないかっ――!?」


 ルダージュが振り返ろうとすると、それを非難するように背中が掴まれ、立て続けにどすんという衝撃が走った。

 頭突きだ。

 視界が狭くなったため肩ごしでは犯人の頭は確認はできないが、彼の背後を陣取っていたのは1人しかいない。


「オリヴィエ?」

「……!」


 姉妹は驚き方もそっくりだった。

 風変わりな行動すら同じでなくてもいいのに……とルダージュは呆れる。

 負けじと尚も振り返ろうとするが、今度は引っ付いて離れようとしなかったためその状態でクルクルと回ってしまう。


 当然ながら経過を見守っていた大臣たちはポカンとしている。伝説の巫女の奇行に頭がついていかないのだ。

 だが1人、セルティアだけが目をぱちくりとさせ口を開いた。


「もしかして……御2人ともルダージュに素顔を見られたくないんですか?」


 巫女姉妹がぎくりと身体を強張らせる。

 そんな、まさか……。

 試しにシルヴィエの顔を覗こうと身を屈めようとすると、それを阻止するように(シルヴィエ)は一歩後ろに跳び退き、(オリヴィエ)はルダージュの腰に腕を絡めて抱き付いた。


「図星なのか?」

「――っ! くく、言いたいことがわからないな? 私はただ――そう、仮面のようにルダージュと合体したかっただけだ」

「なに言ってんの?」


 誤魔化すためなのか「合体したい」と意味深なことをのたまう巫女にルダージュは辛口で返した。「しんらつっ!?」と姉が背中でモゴモゴと嘆くが、それでも離れようとはしなかった。


「でも顔は瓜二つなんだろ? 仮面で隠れていない部分をこう組み合わせて想像すれば素顔なんてわか――」

「それ以上想像したら今日一日、口をきいてやらんぞ」

「……わかった。わかりましたよ。俺の負けだ。オリヴィエとシルヴィエの顔が見れないのは残念だけど今は大人しくしとくさ」


 口を利かないのは一日だけでいいのか……と突っ突きたいところだったが藪蛇にもなりそうだったので自重した。


「ほっほっほ、これは珍しいものが見れました。長生きはしておくものですなぁ。今の仮面も非常によくお似合いですぞ巫女様」


 自慢のひげを撫で、大臣は朗らかに笑う。

 オリヴィエはルダージュの背中で顔を隠し「わっぱが……」と口籠り、シルヴィエの鏡はずっと彼の顔を映し続けていた。


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