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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
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招待された厄介者

 馬車を降り兵士に案内されたのは来賓用の一室だった。

 そこではふくよかな男が中央の椅子に鎮座し、2人のメイドが部屋の隅に控えていた。


「おお! オリヴィエ様にシルヴィエ様、本日はご足労頂き誠にありがとうございます」


 巫女の姿を視認した男がその身体に似合わない俊敏な動きで立ち上がると、頑丈そうな椅子が悲鳴のような軋みを上げた。


「うむ、息災であったか大臣よ」

「それはもうおかげ様で――」

「と言ってもそのぷっくらした腹を維持できているのだ。聞くまでもなかったな」

『ひげまんじゅう』

「はっはっは! これは手厳しい!」


 言いたい放題だが大臣と呼ばれた男は気にした様子もなく対応していた。

 なにしろ国の大臣と言えど相手は世界を救った勇者の親族だ。そして王族を含めた国の重鎮には聖刀剣の真実が明かされているため、巫女姉妹は平和の立役者として尊ばれていた。


「昔話に花を咲かせるのもよいですがそろそろ謁見のお時間。――ですが、その前に……アンヴリューよ。隣の男が人型精霊で相違ないか?」

「はい。彼こそ私が召喚士進級試験にて召喚した精霊です」

「……そうか」


 大臣が目配せをすると案内役の兵士が下がり、ガチャリと部屋のドアが固く締められた。

 残されたのは大臣とメイドの2人にオリヴィエとシルヴィエ、そしてセルティアとマントを被り顔を隠した学生服の男の計7人だった。


「貴殿が精霊ルダージュか。学園から報告は届いていた。だが、にわかには信じられん。マントを脱ぎ顔を見せてはくれないか?」


 マントの男とはルダージュのことだ。

 馬車を出る前に兵士からマント(これ)紋様(・・)を隠してくれと頼まれていたのだ。理由も聞かされず。

 訳はわからなかったがそういう文化なんだとルダージュは無理矢理納得していた。その時、セルティアは不思議そうに首を傾げたがオリヴィエとシルヴィエはなにか知っている様子だったことを思い出す。


「いいんですか?」


 ルダージュが問う。

 兵士との約束を破っていいのか? というニュアンスを含ませながら。


「構わない。この場でなら関係ないのでな」

「?」


 疑問符が頭の上に浮かんだが外していいなら、と顔を(あらわ)にする。

 すると、


「――ああ、なんということだ。これを見られたら言い訳できん」


 大臣はルダージュの左頬の紋様を眺め嘆くように頭を抱える。

 何事かとセルティアとルダージュが顔を見合わせるが答えは出てこない。


「大臣よ。客人に対しその態度は少々失礼ではないか? そちらの事情(・・)はわかっているつもりだが彼は私たちの主でもある男だ」


 はっとしたように大臣が顔を上げ、ごほんと咳ばらいをしてルダージュを見据える。


「失礼した。つい取り乱してしまい……さて、気を取り直しましてルダージュ殿にお願いがございます」

「なんですか?」

「先の幻魔戦における功労者であり、聖刀剣に選ばれし者、伝説の人型精霊であるルダージュ殿には申し訳ないのですが……貴殿にはここで待機して頂きたい」


 肩書だらけだな! 俺! と人知れずツッコミを入れたのも束の間。意味がよくわからないことを懇願される。

 ルダージュたちは聖刀剣の所有者として今後の処遇を王から直接言い渡されるために招集――もとい招待された。もちろん精霊も込みで、だ。

 それが一番の主役であるルダージュを王都まで連れて来ておいて「王とは謁見するな」と大臣は言っている。少なくともセルティアとルダージュにとって、うまく状況を飲み込めるようなものではなかった。


「……」


 どう返答していいかわからず、それは無言という形で表れる。

 大臣も自分が無茶苦茶なことを頼んでいると自覚しているのだろう。2人の反応に気を悪くすることもなく、さらに説明を加えていく。


「理由はいくつかありますが曖昧かつ端的に申しますと……城内(・・)でルダージュ様が人型精霊だとバレますと非常に不味いことが起こります」

「……まずい?」


 セルティアの疑問に大臣は頷く。


「ええ、とてもめんど――不味いことが起こります」


 本音が漏れた瞬間だったがあえて指摘するものはいない。


「セルティアにルダージュよ。今は何も聞かず大臣の言葉に従ってやってくれ。王も君を無下に扱いたわけじゃない。時が来れば王自ら語ってくれるだろう。そうだろ?」

『?』

「もちろんですとも」


 オリヴィエの代わりにシルヴィエが目配せをすると大臣が水を得た魚のように同調する。


「ルダージュはそれで構いませんか?」

「構わないっていうか――」


 ルダージュとしては自分の意見はどうでもよかった。内心、王様からの呼び出しは面倒だと考えていたし、場慣れしているセルティアと巫女姉妹に任せられるならその方が楽でいい。精霊という立場である程度の粗相が許されるとはいえ、肩が凝るようなことは避けたかった。

 だから、


「セルティアが納得しているなら俺はそれに従うよ」


 召喚獣らしい言葉で丸投げする。


「わかりました。――では、ルダージュはここでお留守番ということで」

「お留守番って……わざわざそんな可愛らしい言い方に直さなくてもいいのに」

「ふふ、ぴったりの言葉だと思いますよ? ほら、想像してみてください。お留守番を頼まれたルダージュの姿を!」

「……俺が想像するの?」


 本人なんですけど? と続けようにもセルティアの精霊好き―が発病したため割り込むことができない。


「最初の頃は寂しくて召喚士が出て行ったドアをずっと眺めているんです。気ままに遊んで気を紛らわそうとしても段々と手持無沙汰になって飽きてくる」


 犬と猫が思い浮かんだ。


「そして召喚士の帰りを待ちわびる精霊はパートナーの匂いを求めてベットへ。そう、恋しさを紛らすために……」


 どう考えても犬だった。


「ちょと待て。本当に俺で想像してるのか? もっとこう四足歩行でふさふさした愛玩用の魔物をモデルにしてくれないか?」


 魔装を操り犬型の等身大模型を作り出し、ついでに本物の動物のように動かす。


「ほう、これがルダージュ殿の力ですか。報告に有った通り面妖な能力ですな」


 しげしげと魔装の犬を見つめる大臣だが、セルティアの性格を把握しているのか饒舌となった彼女には無関心だった。


「私の精霊はルダージュだけなんですから、あなたで想像しないと妄想の価値がないじゃないですか」

「いや、でも俺……人型だぞ? セルティアのベッドの匂い嗅いでたら変態にしか見えないだろ」

「私はたまにダイブしてますよ?」

「……」


 何も言えなくなってしまった。

 片隅で「私たちも負けていられないな」『もうてん』と話し合っているエルフ姉妹がいたが、ルダージュにはなにが盲点なのか皆目見当もつかないし、思考することもやめていた。


「あぁ、絶対に可愛いです。留守番で寂しがってしまうルダージュ。隣で見ていたいです……!」

「それはもう留守番でもなんでもないよな」


 ルダージュの静かなツッコミはセルティアの耳に届くことはなかった。

 その代わり嫌でも話を聞かされていたメイドの1人がうんうん、と力強く頷いていた。誰の言葉に同意しているかなど、ルダージュは知る由もない。


「はぁ……もういいよ、セルティアの言う通り俺はお留守番しているさ」


 呆れたようにため息を吐くルダージュであったが、内心は“いつもの”精霊好きなセルティアを見ることができて安堵していた。


 幻魔を討伐した後からセルティアの様子がどこかぎこちなく、少しだけ余所余所しさがあった。オリヴィエたちとの決闘でルダージュが敗北し、結婚の話が保留になったことで緩和された部分もある。

 完璧に、とはいえないが着実に、いつもの召喚士と召喚獣の関係に戻ろうとしていた。


「それで、大臣さん? セルティアたちが王様に会っている間は俺はここから出られないのかな?」

「不便をおかけする。ただ、顔を隠して頂ければ城内の散策などは可能ですぞ。人型精霊であられた精霊王は城や迷宮を探検することが趣味だったと聞き及んでおります。ルダージュ殿もいかがですかな?」

「……面白そう」


 素晴らしい提案だとルダージュは素直にそう思った。

 城を自由に見て回る機会などそうそうない。城を入った瞬間や廊下を歩いているときに昔やっていたゲームを思い出しわくわくしていたところだ。

 これで壺や樽を割ったりできればルダージュとしては最高だったが、現実でやる勇気は勇者となった今でも持ち合わせてはいなかった。


「城内の案内はこちらのメイドに申し付けてくだされ。玉座の間とその周囲や寝室以外であればほとんど案内できましょう。バルコニーは城下を一望できなかなかに壮観でありますぞ。それと――彼女たちは儀式(こちら)の時間も把握しているため存分に余暇を満喫できるかと」


 その言葉に応じたようにメイドの2人がルダージュに向かって丁寧にお辞儀する。

 もともと暇つぶしの相手として用意していたようで、「メイドの1人は教育係も務めており勉強を教えることもできる」と大臣は言った。つまり、ルダージュが文字の勉強をしていることはリサーチ済みであり、彼のために用意していたと言っているようなものだった。


「となると後は顔を隠すだけか……」


 ルダージュは足元にいた魔装犬を霧散させ、今度は仮面を形作る。

 目の部分だけ穴を開けたシンプルな灰仮面だ。


『こんな感じかな?』


 顔に当てはめ大臣に確認を取ると、彼は渋い顔をして眉を寄せた。


「センスがありませんな。それで城を歩かれては不審者そのものですぞ」

『……』


 突然飛び出た辛口コメントに仮面がピキッと音を立ててひび割れる。

 無音の部屋に「センスがあったら不審者じゃねーのか!」という心の叫びが響き渡る。

 ルダージュとしてはちょっとカッコイイかも……と心の奥底に眠っていた中二病魂が全否定されたようなもので、少なからずショックを受けてしまった。


 ひび割れた仮面はその心の傷が表に出てきた――わけではなく動揺して魔装の操作を誤っただけなのだが、事実を知らない大臣はルダージュが怒っていると勘違いしたのか取り繕うように言葉を続ける。


「セ、センスと言ってもアレです!! シンプルな作りも良いですが時期を考えますとやはりそれ相応に派手な物が自然であるという話であってですな……! 私個人としても幹事として仮面のデザインはこだわりたいところでありまして、ああ――! そうそう!! 精霊! その精霊の力で作られた仮面はいけません! それはいけませんぞー! 精霊だとバレてしまうではありませんか!」


 支離滅裂でルダージュには何が言いたいのかさっぱりわからなかったが後半は理解できた。

 精霊の力だと思われている魔装で仮面を作ったら元も子もないだろうと大臣は言っているようだ。

 では、どうするか?


 本当は大臣があらかじめ用意した仮面がメイドの脇に置かれている。それをルダージュに貸す予定だったが変に話が(こじ)れてしまい渡しづらい。


 救いの手が差し伸べられたのはその時だ。


「――では、こうしよう」


 推移を見守っていた彼女が「くくく」と楽しそうに笑い、まるで名案を閃いたとでも言うように躍り出る。


「ルダージュに私たち姉妹の仮面を渡そうじゃないか」


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