馬車に揺られて
「セルティア、そろそろ着くぞ」
「……ん、……んん~……」
「肝が据わっているというかなんというか、これから自分の国の王様に会うってのにうちの召喚士さまは……」
膝枕にされたルダージュが呆れたように微笑み、セルティアの頭を撫でる。たまに抱き枕にされることはあったが膝枕にされたのは初めて経験だった。
合宿の時のような乗合馬車とは異なり、今回は来賓用の王室馬車での移動だ。豪華絢爛な装飾と内装に包まれ、ルダージュとセルティアが当然のように並んで座り、その正面に巫女姉妹が座っていた。
「昨日も遅くまで本を読んでいたのだろう?」
「俺が寝る時も熱心に読んでましたよ」
「くく、本当にノイシスのことが好きなんだな。崇拝されてると知ったらあやつはどんな顔をするか……」
わきわきと指を動かし含み笑うオリヴィエ。過去に大召喚士と共に旅をしたことがある彼女は昔を思い出していた。
「そういえば2人はノイシスと精霊王の仲間だったんですよ――」
ね? と、問いかける前にオリヴィエが自分の唇を指さしジェスチャーする。意味は『口調が元に戻っているぞ』と伝えたいようだ。
ルダージュがごほん、とわざとらしく咳き込み仕切り直す。
「ノイシスってどんな人だったんだ?」
「変わり者ではあったな。なにしろ『魔法で幻魔が倒せないなら倒せるやつを魔法で呼べばいい』とか考える女だ。召喚魔法をゼロから編み出した天才の思考は我々には理解できん。ただ――」
「……ただ?」
「大召喚士と呼ばれた彼女も実際はただの女の子に過ぎなかった。一途で精霊が大好きな子ども……今のセルティアみたいなやつだな。ここまで素直ではなかったが」
へ~とルダージュは自分の召喚士を見下ろす。
目覚める気配はなく、どうやら馬車が止まるまで枕として務めを果たさなければならないようだ。
「よく寝ている。まだ夢を見ていたいこの娘を起こすのは気が引けるな」
オリヴィエがセルティアの寝顔を優しく見守る。聴覚の優れた彼女の耳にはセルティアの愛らしい寝息が届いていた。ルダージュに全てを預けるように安心しきった呼吸音は彼女にとっても心地の良いものとなっている。
(赤ん坊のときと同じだ、と言ったらさすがに失礼か)
成長は自明であり疑いようもない。
ノイシスの加護を受けた者として、その紋章に恥じない活躍をしているセルティア。
学園に入学し勉学に励み、力の象徴である生徒会長にまで上り詰めた。さらには人型精霊を召喚し、幻魔を討伐した立役者でもある。非の打ち所が無いとはまさに彼女のことだとオリヴィエは称している。
「一途ってのはアレかな? 『精霊王の冒険』に描かれてるノイシスは精霊王に恋をしていた……って話」
「ほう、あの絵本を知っているのか」
「プレゼントで貰って」
「……ほう」
照れくさそうでどこか嬉しそうな声色を聞く。
(羨ましい。私も彼に贈り物をすればこんな反応をしてくれるのだろうか? 腕輪を送る――のはまだ早いし重すぎる。やめよう。
そういえば服を見繕ってくれる約束があった。彼が忘れていなけばその時に私も……)
ルダージュの態度から絵本はセルティアが贈ったものだと即座に見抜き、オリヴィエはそんな決意を固める。
妹とも相談しなければ、という意思が隣で伏しているシルヴィエの背中をさする形で表れる。
馬車に乗ってからというもの、シルヴィエはほとんど会話に参加していなかった。
黒板を忘れたわけではない。現に今、彼女のボードには『酔った』と一言だけ書かれており、書いた本人は苦悶した表情を浮かべ姉に寄り添っていた。
シルヴィエは乗り物が苦手だったのだ。
「……」
乗った時からずっとそんな調子だったため、ルダージュはずっと気にかけていた。
妹を見やるそんな気配を感じとった姉は心配はいらないと暗に伝えるため話を進める。
「あの絵本だが……ところどころは虚構――作り話だぞ」
「……え!?」
「序盤から中盤の内容は色々と脚色されているが旅の流れは概ね当たっている。それこそまるで隣で見ていたのではないかと思うほど忠実だ。まったく誰が描いたのやら」
絵本の題名が『精霊王の冒険』というだけに主人公は精霊王であり彼を焦点に描かれていた。
「もう少し勇者の出番があれば絶賛してやったんだがな……実に惜しい」
「ははは……」
彼女たちがブラコンだと知っているルダージュ。反応に困り内心を誤魔化すように笑う。
ちゃっかり姉の意見に妹が頷いていたことも見逃してはいなかった。
「それはあれですか? 勇者はもっと活躍してただろ! って意味でフィクションだと?」
「いや、それとはまた別だ。終盤で“幻魔を倒して世界を平和にした2人は末永く幸せに暮らしましたとさ”みたいなことが書かれていたはずだが……実際は幻魔が一度滅んだ後、精霊王とノイシスは行方不明になってしまった」
「行方不明……?」
「そうだ。世間では絵本の内容通り隠居して幸せに暮らした……と思われているようだが、仲間だった私たちでさえ彼らの行方を知らない。それどころか聖刀剣は幻魔を滅ぼした戦い――いわゆる最終決戦に参加していない」
「でも絵本では仲間たちと……ってそうか、だからフィクションだと」
「そういうことだ。まあ絵本作家が行方不明では締まらない――と無難な展開にしたのだろう。なぜか1人で決戦に立ち会ったアルフォスが『ノイシスたちは愛の逃避行に出かけました』と吹聴したせいでもあるがな」
面白くなさそうにオリヴィエは話を締める。
勇者の一部、聖刀剣としてその身を捧げた彼女たちは幻魔を狩り続けた。だがその最後の戦いに姉妹は参加できなかった。弟であるアルフォスが連れて行かなかったからだ。
オリヴィエの言葉はアルフォスを責めるような言い回しだ。どことなく諦めを感じさせるのは長い年月を経ても、アルフォスの口から真実が語られることはなかったからだ。
なにを隠しているのかわからない。
隠す必要があることなのか、言えないことなのか。それとも本当に逃避行なのか。
考えてもわからない。
だから姉妹たちはこう結論付ける。
「たぶん、死んだのだろう。精霊王もノイシスも」
「……」
「紋章のこともある。もしかしたらノイシスは生きていたのかもしれないが……友である私たちの前に終ぞ姿を現すことはなかったな……」
エルフと人間の寿命は天と地だ。
普通の人間だったノイシスと再会できる期間はとっくの昔に過ぎてしまっていた。
『……』
「きゃ」
ボードがオリヴィエの仮面を襲う。
べしっという鈍い音は妹から姉へのツッコミ。
重くなった空気をどうにかしろとのお達しだ。
「喋りすぎたか。聖刀剣として友の話ができる機会なんてなかったから、つい……な。すまない、面白味のない話だった」
「……また聞きたいな。2人がどんな旅をしていたとか本当の冒険の話」
肯定も否定もできないルダージュから出た本心。
本当の冒険。それは巫女姉妹が勇者に同行し、旅をしていたことを指している。
「そんなに私たちのことが気になるか?」
「ノイシスの話はセルティアが喜ぶからね」
「つれない男だ。そこは嘘でも私たちのことが知りたいと囁いてくれれば惑わされてしまうのに……人型と言えど精霊はやはり召喚士優先なのだな」
なんとも頷きづらい言葉にルダージュが苦笑いを固めていると、馬車の揺れが収まり停車の合図を知らせるように馬型の魔物の鳴き声が外から響いた。
『とうちゃーく』
覚醒したシルヴィエが備え付けられた窓ガラスから外を眺め晴れ晴れしい笑顔でボードを掲げた。
文字を眺め、オリヴィエが頷く。
「城に着いたか。――さて、幸せそうな夢から起こすのは気が引けるが、時間の流れには逆らえないからな。セルティアを起こしてしまおう」




