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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第三章 仮面と絵本の御姫様
59/155

プロローグ ありふれた朝――

「……参り、ました」


 木刀を首筋に添えられ、降伏の言葉を口にする。

 ルダージュはそのまま後ろに倒れ込むと魔装の剣を霧散させ、呼吸を整えるように深く息を吸った。

 芝と土の香りが鼻孔をくすぐり、静かに吹いた朝風は汗だくの身体を冷やしていく。


「だいぶ太刀筋はよくなった。だがどうしても防御が疎かになる戦い方を捨てきれていない」


 いつもの巫女姿ではなく学園指定の運動着に身を包んだオリヴィエ。彼女は目元を覆い隠す仮面に指を当て「困ったな……」と呟く。

 心境としては不出来な弟子を持つ師匠のようなものだが、ルダージュにはそれ以上の関係(・・・・・・・)を期待しているため複雑な想いを抱いていた。


 剣術を直接指導する約束はしていた。だから現在、朝練と称して学園の校庭で実戦形式の訓練をしている。だがそれは“聖剣の巫女”として“勇者”となるルダージュに対しての約束だった。

 決して自分より強い男を育て上げ“婿”にしようなどという不純な目的ではなかったはずだ。

 他人にどう見られているか想像するだけで気恥ずかしくなるが、当の本人(ルダージュ)はそんな姉妹の想いに気付くこともなく、剣技の復習に興じようとしていた。

 

「やっぱり強いですねー剣の振り方なんて習ったことなかったから全然うまく――あ、ありがとうございますシルヴィエさん」


 世話ずきの弟持ち(シルヴィエ)が汗を拭おうと駆け寄るが、その気配を感じ取ったルダージュが先回りしてタオルを受け取る。

 ボードに走り書きされた『ガードが固い……!』という文字はどうやら訓練とは関係なさそうだ。


「癖を捨て切れていないからだ。まずはその隙だらけな戦い方を変えなければ剣は握れん」

「……」


 悪癖は鎧殻(がいかく)に頼り過ぎた結果だった。

 魔装で身を包み、鎧として全身を武装するルダージュの霊獣化。異世界の魔獣――幻魔を相手にしても並大抵では傷一つ付かない鉄壁の鎧。

 アリアストラの魔物であれば破られる心配もない。

 だが、


「鎧殻なしの戦い方も覚えないと駄目ですね……」


 聖刀剣(かのじょたち)の身体強化魔法を無効化してしまうルダージュの魔装。魔装でできた鎧と聖刀剣の相性は最悪だ。

 鎧殻を脱ぎ聖刀剣を取るか、聖刀剣を置き鎧殻を取るかの二つに一つ。戦闘中に切り替えるという器用な真似ができればよかったのだが、周囲に聖刀剣の正体が巫女だとばれてはいけないのでそれもままならない。


 口を拭い、合宿で出会った幻魔を思い出す。

 魔装を補給する手段は見出した。これからも都合よく出会えれば人目を忍んで食えばいい。

 果たしてそのようなチャンスが訪れるのか、ほとほと疑問を要するところを除けば……。


 沈黙を始めそうになったルダージュに「そういえば」とオリヴィエが前置きをして話し始める。


「先日の決闘もこうやって君の隙をついて私たちが勝利を収めたな。ちゃんと覚えているか?」

『完勝』

「もちろんですよ」


 頷いて見せた敗者に、オリヴィエは笑いをこらえるように鼻を鳴らし「嘘だな」と切り捨てる。シルヴィエも『嘘つき』と書いたボードをルダージュの眼前へと突き付けた。


「……?」


 嘘つきと呼ばれた理由がわからない。無論、ルダージュの正体を考えれば大嘘つきではあるのだが、そのことではないようだ。


「最初に決闘を申し込まれたときは驚いたが、確かに私たちは自分たちより強い男が好きだからな。ルダージュの強さを肌で感じるために了承した」


 首を傾げたままのルダージュと、こくこくと頷くシルヴィエ。


「お互いが全力で、手加減がなかったことも理解している。君が負けるとは誰もが想定外だったため立会人となったアルフォスも動転していたようだが……」


 結婚を迫る姉妹たちにルダージュが突き付けた決闘の申し込み。

 それはオリヴィエとシルヴィエの言葉通りエルフ姉妹の完勝だった。


 学園長であるアルフォスの権限により決戦場となったのは学園の演習場。ルダージュの召喚士であるセルティアと姉妹の弟であるアルフォスが立会人として見守る中、決闘という名のお見合いが切って落とされた。


 鎧殻を纏ったルダージュに対抗するは聖刀を操るオリヴィエと聖剣を操るシルヴィエ。

 文字通り化物じみた動きで戦おうとしたルダージュに対し、彼女たちはその場の状況に合わせ姿を変えて応戦したのだ。それは関係者以外立ち入り禁止の空間だからこそできる荒業だ。


 妹は聖剣を叩きつけ、姉は聖刀を振るい、変身を解いたエルフ姉妹の挟撃。多彩な戦術、数多(あまた)の戦法。踊るように舞う2人の戦い方に翻弄されたルダージュは奮闘むなしく敗退を(きっ)した。

 伝説と謳われた聖刀剣と巫女の名は伊達ではなかったということだ。


 弟が「どうして普通に勝つんですかー! 意味ないでしょおおおおお!?」と発狂したことで、久々に全力を出せた興奮から目が覚めた姉妹が絶望したことは言うまでもない。

 夫となるはずの男を性懲りもなくまた叩きのめしたのだ。この時ばかりはアルフォスも不器用な姉たちに呆れを通り越し怒りを覚えそうになっていた。


 どうしようこの空気……と誰もが押し黙った時、セルティア・アンヴリューという光明が差した。

 とりあえず「勝者として敗者にお願いでもしてみたらどうですか?」と提案したのだ。

 ルダージュが勝てば“結婚”が勝者の証。では姉妹が勝った場合の“報酬”はどうするか? という疑問でお茶御濁したのだ。


「思い出してきたか? 決闘の中身はさておき、その後に私たちとした約束を、ちゃんと覚えているか?」

『さあ!』

 

 そして、姉妹で相談し出した結論というのが、


「“その丁寧な口調は精霊らしくない。精霊王とも真逆でむず痒い。直してくれ”……でしたっけ?」


 話を聞いている途中でルダージュは思い出していた。彼女たちはルダージュに出会ったころから指摘していた他人(・・)行儀な口調を本格的にやめてほしいと願ったことを。


「そうだ。今もまた実践できていないぞ」

『早くなおしてね』

「理想はセルティアと接している感じがいい。その方が楽しめるらしい(・・・・・・・)からな」

「……わ、わかった」


 敗者として勝者の言葉には従おう。

 不穏な言葉はおそらくセルティアが原因だ。

 決闘後、姉妹が提案した後に何やら耳打ちをしていたからだ。


「くく、頼むぞ? 聖刀剣の主よ」

『楽しみ』


 本心で待ちわびているのだろう。

 笑みを見せる2人に、ルダージュは「善処しよう……」と心の中で決意する――が、その笑みに赤みが差し、唐突に話題が転換する。


「まったく、本来であればこれは勇者の訓練に他ならないのに……こ、これでは私たちが婿を迎えるべく鍛え上げているみたいではないか」

『……っ』


 原因は周囲の変化だった。

 日が上がってきたことで朝食の求めて食堂へ向かう学園生の姿がちらほらと見うけられるようになった。

 その気配を感じ取ったオリヴィエは周りから自分たちがどう見えているのか想像し、言い訳のように口をひそませていく。シルヴィエに至っては赤くなった姉の顔を冷ますべくボードで扇いでいた。似たような面持ちであることを棚に上げ。


 彼女たちの父親の言葉は「好きな相手であれば強さにこだわらなくていい」というものだった。聖刀剣の巫女として勇者を強く育てようとすることは当然ではある。


 だが周囲の目に自分たちがどう映っているのか気にしたり、決闘に勝っても巫女であることを割り切ろうとしなかったりと――1人の女として接しようとしている時点で、ある程度はルダージュのことを憎からず思っている裏付けでもあるのだが……それに気が付くにはもう少し時間がかかりそうだ。


「安心してください。剣をまともに振れるようにする訓練だって自覚が俺にはありますから。邪推したりしません」

「……それはそれで少し寂しいものがあるが……むしろ君には――あぁいや、むしろとはなんだ? 私は何を言おうとしているんだ。すまない忘れてくれ」


 自問自答に頭を悩ませコツコツコツコツと爪先で額の仮面を弾く。そんな姉の姿を面白がるように妹は何も語らずボードを抱きしめ静かに見守っていた。


「……っ! とりあえず……! 口調! また戻っていたぞ! 直せ!」


 決着がついたのかズビシッと幻聴が聞こえてきそうな指差しがルダージュに向けられる。


「! は――う、うす」


 はい、と答えようとして慌てて取り止め、うん、では幼い気がしてでた中途半端な返事だった。

 だが、努力は認めなければいけないだろう。


「……ま、いいか。それでは時間もいい頃間だ。剣術の訓練はここまでとしよう」

「ありがとうございました!」

「……」


 オリヴィエが考えるように空を仰ぎみる。

 丁寧口調を受けて反射的に反応してしまったようだ。

 だが、流石にこれはノーカウントだと結論付けたのだろう。何事もなかったと仕切り直すように彼女は言葉を続けた。


「朝食の時間だ。シャワーを浴びて汗を流そう。それからでも遅くはあるまい」


 スタスタと慣れた足取りで進んでしまうオリヴィエと姉を心配して先回りするシルヴィエ。

 立ち居振る舞いに迷いがないため忘れがちになってしまうがオリヴィエは盲目だ。大気中のマナで空間を把握し間接的に外界を視ることはできるが、それにはそこそこの魔力が必要となる。模擬とは言え実戦形式で戦闘訓練をすればその分、体力と魔力を消費する。


 普段なら気にしないところだが、シルヴィエが駆けて行ったのは姉の疲労を心配したからだ。それに気付いたルダージュもオリヴィエに駆け寄り彼女の背後を陣取る。

 

「……まったく、2人して心配性だな」


 呆れるような物言い。だけどそこには恥じらいと喜色が仮面に隠されていた。

 気づいたのは正面にいた妹のみ。背後にいるルダージュには伝わることはない。

 だから、


『うれしそう』


 と意地悪な親切でシルヴィエは姉の言葉を代弁する。

 言葉にしなければ伝わらないと知っている彼女だからこその行動だろう。


「ば、ば、バ――バカ者! 私は別にそんなこと……! ルダージュよ、勘違いするな? これは――」


 ただ、今回はタイミングが悪かった。

 校庭を囲む緩やかな坂に設置された段数の少ない石段。オリヴィエはその階段を上る途中で振り返る。

 踏面(ふみづら)の幅は十分に広いものだったが動揺したオリヴィエはマナの探知を切ってしまいそのまま階段を踏み外してしまう。前のめりになろうとしたことが原因だった。


「あ――」

「おっと」


 まさにこういう時のために控えていたルダージュは難なくオリヴィエを抱き留める。クッションにしようと魔装を自分の後方に展開していたが、オリヴィエは華奢で見た目通り軽かったため2人で落ちることはなかった。


「だ――」


 大丈夫ですか?

 と言おうとして、飲み込む。


「大丈夫か? オリヴィエ」

「……!?」


 それは不意打ちだった。

 ただでさえエルフはその長い耳で聴覚に優れている。オリヴィエの場合はより敏感だ。

 異性に耳元で囁かれた経験などなく、ましてや呼び捨てなどノイシスと精霊王ぐらいにしかされなかったからだ。


「とっ……」


 急激に体重が掛かるのをルダージュは感じ取った。腰が抜け、緊張で身体が強張ったオリヴィエが現状を把握できないせいだ。

 しかもルダージュが体勢を整えようと抱きしめ直したことで気恥ずかしさに拍車が掛かり、もはやオリヴィエの自力での脱出は困難な状況だ。

 

 救いの手は意外なところから伸ばされた。


「なにをされているんですか、ルダージュ?」


 2人が慌てて坂を見上げると、そこには大量の書物を抱えたセルティアが佇んでいた。

 たまたま通りかかった――というわけではない。彼女は調べ物があると言ってルダージュたちと共に早朝から出掛けていたのだ。


「セルティアも今が帰りか……! あ、ありがとうルダージュ、も、もう平気だ問題ない世話をかけた」


 抱き締め合っているところを見られた恥ずかしさで、オリヴィエは硬直から覚醒を果たす。彼女はルダージュから離れると、そのまま階段を上りシルヴィエの元へと急いだ。


「図書館でほしい本は借りてきましたから」

『たくさんあるね』

「ちょっと足りないくらいかもしれません」


 セルティアとシルヴィエが少しだけ言葉を交わしている間にオリヴィエが妹の袖を掴む。


「借りていた精霊を返すよ。だいぶ形にはなってきたが訓練はまだまだ必要だろう。……もし、聖刀剣が握れなくても(・・・・・・)魔装を扱う上では無駄ではない、と考えている」

「はい、それは私も同じ思いです」

「ふむ。私があった時、王はまだ決めかねていた。結果はどうなるかわからないが、そう身構えることはない。もしルダージュを強制的に王国騎士として引き抜こうとしても私たちが反対しよう」

「……はい」


 聖刀剣を引き抜いた人間は王国騎士となり国に尽くすことを義務付けられる――予定だ。

 なにせ勇者アルフォス以外に聖刀剣に選ばれた人間など今まで存在しなかったため、明確な処遇などが決まっていなかったのだ。しかし聖刀剣は国宝であり一介の生徒や精霊に持たせるにはあまりにも強大すぎるため、放任という選択肢はありえない。


 今までは聖刀剣本人である巫女姉妹の一存で封印(ひきこもり)が続いていた。その封印が解かれたからには彼女たちに選ばれた者をどうするか。

 その国王の判断が下るのは――


「謁見は明日……だっけ?」


 元凶(ルダージュ)が再確認。


「学園長のお話では未明に馬車が出るそうですね。私たち4人が最初に向かうことになります」


 連絡は召喚士(セルティア)本人にではなく学園を経由しもう届いていた。

 また馬車に乗って出かけるのか、とルダージュは忙しないスケジュールに肩を落とすが、中心人物であるため身から出た錆のようなものだ。ため息とともに出そうになった文句を飲み込み、頷くだけにした。

 むしろ召喚士として巻き添えとなっているセルティアに申し訳ない気持ちだ。

 学業を阻害しているようなものなのだから。


「ありがとうございます」

「これくらいは、ね」


 ルダージュが大量の本をセルティアから掻きさらい、魔装で宙に浮かせる。セルティアは簡単な身体強化の魔法を駆使していたため重くはなかったのだが、そこは言わぬが花。


「俺の都合で授業を休ませてごめんな。でもあんまり無理はしないで――」


 数ある中から一冊の本を抜きだし、表紙を見て固まる。

 授業の穴を埋めるためにセルティアは自習をしているのだとルダージュは考えていた。だがその表紙には『大召喚士』という文字がでかでかと載っていた。


 違う本を手に取る。


「……『ノイシスの軌跡』『幻魔期』」


 こっち。


「……『紋章の謎にせまる2 ~大召喚士の残した言葉とは~』」


 これは。


「……『冒険者でもわかる精霊とのふれあいかた』」

「あ、それはちが――」


 陰で文字の読み書きの勉強をしているルダージュ。表紙と簡単な絵本程度ならば読めるようになっていた。だから大量の本の山がとりあえずセルティアが敬愛するノイシス関連の本であることは読み取れた。毛色の異なるものも混じっていたが違うそうなので、そういうことにしておこう。

 

『これ、精霊の種類ごとに接し方が書いてある』

「ほう、私にも中身を教えてくれ」


 毛色の違う本をシルヴィエが読み、魔法のペンを器用に浮かせ筆談している。

 姉妹が仲睦まじく読書している姿にルダージュが勝手に和んでいると――


「……なに? 精霊との風呂の入り方?」


 不穏な単語が耳に突き刺さり一瞬で顔が凍り付く。


「そうだ。こうしている場合ではなかった。妹よ、シャワーを浴びに行くぞ。朝食に間に合わなくなってしまう」

『サー』


 ふと、ルダージュと姉妹の視線が交差した――ような気がした。


「どうだ、ルダージュ。貴方もい――」

「遠慮しておきます。結構です。勘弁してください!」

「ふむ」


 間髪入れず断られ驚くオリヴィエは、やがて何か得心が行ったように頷いた。


「なるほど。これ(・・)がルダージュの癖か。くく、そうかそうか……なるほどなぁ……遊べそうだ」

「は? え?」

『おもちゃはっけーん』

「な、なんのこと? セルティア」

「さて?」


 よくわからない納得をされ困惑するルダージュだが、それは女性陣の共通認識の様だ。セルティアに白々しくとぼけられ、彼女も共犯の1人だと察する。


「とりあえず戻りましょうか」


 セルティアの言葉に巫女姉妹が頷き、寮へと戻っていく。


「あ、ちょっと……!? 話はまだ――」

「ルダージュが私とお風呂に入ってくれたら教えますよ」

「……知らなくていいや」


 完膚なきまでの敗北だった。

 続行は不可能。KOによる一発退場。

 幻魔を倒し、学園で最強の精霊と謳われ始めた灰騎士とは思えないほどの体たらくだった。

 ただ、


「……そうですか、残念です」


 と、少しだけ安心したように息を吐く。

 そのいつもと違う態度の変化にルダージュは再三、首を傾げるのだった。

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