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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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嘘つき精霊

 宮廷魔法使ラクスが率いる幻魔討伐部隊がデュカリオン大森林に到着したのは、学園生と巫女が一柱の精霊の帰りを待ちぼうけている最中のことだった。


 幻魔の来襲に王都も手を拱いていたわけではない。襲撃の知らせを受けた王都はまず兵たちに箝口令(かんこうれい)を敷き、住民に無用な不安を与えないように努めた。討伐部隊の編成は表向きの理由として“大型の魔物がデュカリオン大森林に現れた”とされ、幻魔であることは伏せられた。それは危機的な状況下に晒されているのはあくまで学園生であり、王都の住人までに被害が拡大することはないだろうという判断だった。


 討伐部隊の進軍は王都の防衛というよりは学園生の保護という意味合いが強い。

 だから、擦れ違う学園の馬車から一部の生徒が幻魔と交戦していると報告を受けた時、一同は肝を冷やした。


 そして現場に到着した時にはすでに幻魔は打ち倒されていて、それを成した者があの(・・)人型精霊で、さらには聖刀剣の封印も解かれたとあっては開いた口が塞がることはなかった。王の御膝下で宮廷の内情(・・)を知っているラクスにとってはこれから一波乱起こるのではないかと頭を抱えるような報告だ。


(出会いは……避けられないのか)


 王都まで生徒たちを護送、倒された幻魔の死体の確認、生徒たちの代わりに精霊の保護、と部隊は三つに分けられ、精霊の帰りを待ちたいと願った生徒たちを言葉巧みにまるめて馬車に押し込む。ラクスとしては顔見知りであるセルティアと会話に花を咲かせたかったが隊長として現場に残る必要があったため見送ることしかできなかった。

 そして――


「貴様が人型精霊のルダージュか?」


 それは逆に彼女にとっていい結果をもたらしたのかもしれない。ここで出会ったことで予感に対する心の準備がある程度は整ったのだから。


「……あなたはどちら様で?」


 幻魔の返り血を浴びたのか、赤黒く汚れた人間のような精霊が森から出てきた。傍らには馬の形をした灰色で無機質な四足歩行を侍らせ、二つの風呂敷の荷物持ちをさせている。

 

(私の予感は的中するだろうな)


 いずれ近いうちに彼は王城へと足を運ぶだろう。その時、少しでもお目付け役として行動できるようにと願い、ラクスは平静を装いつつルダージュに頭を下げ所属を明かすのだった。


「宮廷魔法使第三騎・王女親衛隊長ラクス・フォン・ファバレーだ。どうぞお見知りおきを……ルダージュ殿」



 ±



「暇ですわー」

「……」

   

 王都へと無事に辿り着いた学園生たちには宿舎が用意されていた。合宿に王都に止まる予定などなかったため、都市と学園側が急遽手配をすることとなった。そのため班ごとにばらばらの宿をあてがうことになり、最後に帰還したセルティア班は巫女と同伴だったということもあって王城に近い宿が用意されていた。


 広めのロビー兼喫茶店でくつろいでいるのはセルティア班のみ。他の班は見当たらず巫女2人の姿もそこにはなかった。

 アリージェは膝の上にスライムを乗せ暇を紛らわすようにぷにぷに突き、オルガは傍らの席でアグニードを(はず)し休んでいた。2人の前にはぼーっと黙ったままのティーユ、手帳に何か書き込みながら幸せそうな顔をしているヘルエルがいた。後者は聖刀剣の戦闘を間近で観戦できたことに感動しているのだろう。王国の馬車に乗ってからずっとあの調子だった。


「巫女様はいつお戻りになるのでしょう……」


 沈黙に耐えられなくなったアリージェがまたわざとらしくみんなに聞こえるように呟く。


国宝(聖刀剣)の所有者が見つかったわけですから、王様への報告やら手続きやらで忙しいんじゃないかと。……あと、ルダージュの方がこの状況は打開しやすいですよ、お嬢」


 だんだんと息をひそめるように小声になっていく従者にアリージェは小声で叱責を返す。


「そんなこと言われなくてもわかってますわ! わたくしがあえて名前を出さなかったことを……!」

「……あ」


 やっちまった、という顔でオルガが目を丸くするがもう遅い。

 彼の視線の先には、


「……ルダージュ」


 と、今にも消え入りそうな声で愛しの精霊の名を呟く召喚士がだらけていた。彼女はアリージェたちとは別のテーブルを1人で占領し、上半身を預け腕を枕にしながら玄関を眺め続けている。


 色々あったのだ。

 精霊の帰りを待つ予定が将来の先輩(宮廷魔法使ラクス)に説得されたことで瓦解。セルティアは渋々と森を後にすることを余儀なくされた。王都に着いたとき、それならば門の前で待とうと張り切っていた。だが、次に待ち受けていたのは王都直属の騎士による聴取だった。幻魔襲来に関する事件のあらましについて話してくれと頼まれ、生徒会長として断ることができなかった。挙句の果てに城塞都市の号外により幻魔が討伐されたこと聖刀剣が抜かれたことが発表され、街はちょっとした騒ぎになり生徒の外出が禁止されてしまったのだ。


 それは勘のいい者がデュカリオン大森林で行われた学園生の合宿が関係していると噂したためだ。都市内部で生徒たちと巫女の姿を目撃している住民もいたため拍車が掛かった。

 とてもじゃないが学園生が街中を闊歩できる状態ではない。

 セルティアも例には漏れず、それどころか渦中の関係者その人であるため自主謹慎を科すことしかできなかった。


「るだーじゅ……」


 そして出来上がったのがこれだ。

 突っ伏しながらルダージュに渡された魔装の球体を手元で遊ばせる生徒会長は拗ねた子供そのものであり歳相応とも言える。


「……」

「……」


 どうしたものかとアリージェとオルガは顔を見合わせる。

 問題は彼女だけではない。セルティアの場合はルダージュを与えれば復活する。つまりは時間が解決してくれる。


 ただ、目の前の獣人(ティーユ)はそうはいかない。

 兎耳をピンと立て、いつもの眠そうな顔で何かを考えるように黙りこくっている。馬車に乗っているときは幻魔との戦闘に疲れて言葉を発する気力がないのかとアリージェたちは考えていた。

 だが、よくよく思い返してみるとティーユは幻魔戦終了後から口を噤んだままだ。人型精霊に懐いていたはずなのに抱き着くことも話しかけることもしなかった。


「ティーユは何か悩み事ですの? わたくしたちでよければ相談に乗りますわ」

「……」


 視線がアリージェに移る。どことなく真剣な眼差しのようにも見えるが、頭の上にはランプから抜け出した火の精霊グレンラタンの本体が乗っていて、彼女の兎耳を掴み遊んでいるため台無しだ。


(熱くないのでしょうか)


 と、今更ながらの疑問が湧いてくるが液体(スライム)のツペルに触れても濡れないように精霊とはそういうものだと勝手に解釈することにした。


「おにいちゃん――ルダージュのこと、考えてた」


 ピクリとティーユの背後にいる召喚士が身じろぐ。

 さすが自分の召喚獣のことになると耳聡いですわ……とアリージェは感心するが、気づかなかったふりをしてティーユの話を催促する。


「どんなことを考えていたんですの?」

「いろいろ。幻魔と戦うおにいちゃんはとても強かった……とか」

「わかりますわ。わたくしも思わず圧倒されてしまいましたもの。聖刀剣の力だけではない彼の豪胆な戦いは目を見張るものがありましたわ」


 召喚士の前だから持ち上げたわけではない。それは本心だ。そして本心で語っていたからこそティーユの次の言葉にどう返せばいいのかわからなかった。


「うん……私も怖かった」

「……え? あ――」


 怖い? 幻魔ではなくルダージュのことが? なぜそんなことを……とアリージェは思ったが自分も“圧倒された”と口走っていたことに気付く。


「おにいちゃんの戦い方は私たちとは違う。戦闘じゃなくて作業だった。お肉屋さんが肉を切り分けるみたいに無感情で無感動。まるで別人のようだった」

「「「……」」」


 誰もが押し黙ってしまう。作業に没頭していたヘルエルですら聞き耳を立てていたのか手元が止まっていた。


 それはセルティアも同じだった。

 いつもなら自分の精霊をフォローするために召喚士(おや)バカぶりを発揮するところだが、テーブルに突っ伏したまま動こうとはしない。

 だが、


(それよりも……)


 玄関は見つめたまま、瞳にはなにも映さず、ただぼんやりと精霊の後ろ姿をセルティアは思い出す。

 合宿ではルダージュの背中ばかり見ていた。幻魔と遭遇しずっと護られてばかりだった。横顔を間近で見ていたいのに彼は先へと進んでしまう。

 それは嬉しさと寂しさがごちゃ混ぜになった感情だった。


(私はもっと強くならないと……)


 強くなって、彼の隣に並ぶ。そして――


(そして……?)


 続きがあるのだろうか? 隣に並ぶことができれば満足ではないのか?

 私はその先に何かを求めている?

 そんなセルティアのふとして湧いた疑問は、アリージェとティーユのやり取りによって強制終了させられ、彼女は現実へと引き戻されることになる。


「それにしてもティーユはルダージュのことになると普段より饒舌ですのね」

「……ん」


 アリージェとしては空気を入れ替えるつもりで話題を変更したのだが、それは思わぬ言葉へと続いた。


「好きだから」


 と静かに頷き、兎耳が小さく揺れた。


「まあ! わたくしも好きですわ。彼はとても頼りになりますし物腰も柔らかで……ってツペル!? くすぐりは禁止ですわ! やきもちですの!? もちろんあなたが一番ですのよ!」


 膝の上に乗っていたスライムが触手を出してアリージェを腋や首筋を責め、『あたしの方が柔らかいわよ!』と的外れな意地を叫んでいる。


「……違う、アリージェ」

「え?」

「私の好きは……もっと違う音」


 そう言ってティーユは恥ずかしがるように両耳の根元から折り曲げ、兎耳で顔を隠してしまった。

 少し間を置いた後、意味に気が付いたアリージェが「……まままぁ!」と声をあげオルガとヘルエルが恥ずかしがるウサギ娘を見て「ほぉ~」と驚く。そして肩に乗り移った火の精霊(グレンラタン)が彼女の朱色の頬に手を当てるような動作をして“あちち”と反射的に手を離すような真似をして周囲を和ませる。


 ノリがいいですわー! とアリージェが感動していると、ティーユは顔を赤くしたまま立ち上がり、意中の相手の召喚士へと向き直った。


「……」


 セルティアはいつの間にか顔を上げていた。

 いつもの眠そうな瞳と視線が交差し、そこにある意思に気圧(けお)される。


召喚士(・・・)として、私の精霊は渡しません!」


 ついと出た言葉はそんなわざとらしいく曖昧な誤魔化しだった。

 召喚士としてパートナーは渡せないと。

 だから、


「ん、私にはグレンラタンがいるから……召喚獣(・・・)はいらない。でも、私もルダージュが欲しい」


 と少しだけ意地悪な告白を平然と言い切った。

 矛盾しているようでしていない言葉。

 セルティアとティーユが考えているパートナーの意味合いは異なっていた。


「あ、ぅ……」


 天下の生徒会長が落ちこぼれを自負するバニー娘に押されている。

 学園生であればその光景を見れば目を疑い、話を聞けば耳を疑っただろう。

 だが現実は兎が圧倒的に優位だった。


「……ん」


 攻防は続き、ティーユは唐突に人差し指を立てた。セルティアを指さしたのではなく、それは何かを数えるような仕草だった。それを証明するように今度は立て続けに中指と薬指を立てる。

 何を数えているのだろう……? と班員が注目する中、ティーユはくるりと振り返り、アリージェを見やると――小指を立てそうになり――オルガを見て静かにそれを戻した。

 そして、


「私はルダージュの4人目でいい……」


 と、4本の指を立てた手をセルティアに構え、この小指はやっぱり自分のことだと強調するように逆の手で摘まんで揺らす。

 その攻撃範囲は広く、被害は甚大だった。


「――」


 アリージェが指の数の意味に気が付き、「とばっちりですわー!!」と心の中で叫ぶ。勢いが余って手元が狂いスライムが飛び散るほどの衝撃。隣の執事を確認すると当然のように意味はわかったいるようで、お嬢様の方を向けないのか顔を背けていた。耳を赤くしているために感情はバレバレである。


 そして先程のようにその熱を測りたかったのだろう。ティーユの肩から飛んだ火の精霊がオルガに着地する。その様をアリージェは何とも言えない顔で眺めることしかできなかった。


「さ、3人!? 他に3人もいるんですか!? そんな、いつの間に……! ――まさか!」


 なぜかアリージェ、オルガ、ヘルエルを見やり、頭数に入れようとする生徒会長に、もはやツッコミを入れる元気があるものはいない。なぜセルティア自身を含めないのか、そしてあの姉妹を入れないのか、理解に苦しむだけだった。いや、本当にうっかり忘れているのかもしれないと班員たちは頭を抱える。


 この混沌とした状況を覆すことができるのは彼しかいない。

 早く帰って来てくれ―! と班員たちは心の中で叫んだ。


「ただいまーって、どうしたんだ? セルティア。3人がーって外まで聞こえてきたぞ? けが人でもいたのか?」


 望みが通じたのか、怒濤の嵐の中で幻聴が聞こえたのか、玄関から皆が待ちに待ったその人の声が響いた。

 

「おいおい、ホントにどうしたんだ、みんな疲れ切った顔をして……待っていてくれたのは嬉しいがちゃんと部屋で休んでいた方がいいぞ」


 フードを脱ぎ、魔装で作った仮面を灰に還す。王都で人型精霊だとばれない為の配慮だろう。


「あ、あれ? それは魔装……ですか? あれが全てだったはずでは――」


 セルティアが消え去った仮面とテーブルの灰色の球体を交互に眺め、


「あぁー……えっと、それはだな……実は嘘だった――」

「いえ! 今はそんなことはどうでもいいんです。それよりも! ルダージュ!」

「は、はい……!」

「急に恋人を4人もというのは多すぎます! しかも班員全員総取りなんて……! 私には、その、あれのことはよくわかりませんが、出会ったばかりなんですからもう少し段階というもの踏んだ方がいいと思うんです!!」

「……ん? んー……ん!?」


 うちの召喚士はいったい何を言っているんだ? という顔でルダージュが周囲に助けを求める。

 このよくわからない修羅場はもう少し続きそうだなと面々は苦笑し、とりあえず「おかえり」とその主役を迎え入れるのだった。

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