閑話 暗躍した者たち
短め
「食べたあああああああああああああああ!! 見てよ! ねえ! 本当に食べてる! あの幻魔を……!」
「見えてますから、揺らさないでくださいっス! そもそもこの双眼鏡を用意したのは俺じゃないっスか……あまりはしゃがないで――」
「うっわ! しかも生だよ、な・ま! ワイルドすぎない!? うち惚れちゃいそう!!」
「聞いてないっスね」
デュカリオン大森林を見渡せる丘の上に、きゃぴきゃぴした声の女とわざとらしい語尾を付けた男がいた。両者は魔物を模したような黒い仮面を張り付け、黒装束を纏った2人組の男女。女は自分の任務も忘れ興奮気味に頬を上気させ、男は逆に熱を奪われたように冷静になっていく。
男は観察をやめ、ごそごそと懐を探り透明な液体の入った小瓶を取り出し、女へと向き直る。
「わかってますか? 俺らは贄を捧げに来ただけじゃないんっスよ? 本来の目的を前に巫女様方に気取られないようにしてください。まだそこまで遠くにいるわけじゃ――」
「だいじょーぶだってぇ。巫女様なら疲れてこんなところまで索敵しないよー。あんたも上も心配性だにゃ~。それにその誤魔化しアイテム、鉄くさ~いからキラーイ」
「はぁ……」
男はため息を吐きながら液体を自らの身体に香水のように吹き掛け――ついでのような流れる所作で女にも吹き掛けていく。
「うげぇ……」
「我慢してくださいっス。定期的にやらなきゃ意味ないんっスから」
非難するように呻くが避けようとしなかった。あーだこーだと言いながらもアイテムの重要性は理解しているからだ。
ただやはり匂いがきついのか「くさーい、魔物くさーい、さーい」と文句は続いた。
「もっちゃんの血も鉄臭いのかな……」
「なんスか? もっちゃんって」
「贄になっちゃった幻魔のことだよ~。肩の武器が銛みたいだからもっちゃん」
「あーなるほど」
安直っスね……と男は思ったが黙っていた。食べられていく幻魔にご執心なのか会話中ですら一時も彼女は双眼鏡から目を離さない。余計なことを言って邪魔をしては後が怖い。
「お気に入りだったの」
「後悔してます?」
「まさか! ぜーんぜん! あの方に捧げることができて光栄よ! 今もあんなに美味しそうに食べてもらえて……ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! ねえ! ねえ!! 見て!? 次は首よ! 腕だけじゃ満足できなかったんだ! 御代わりだよ御代わり!」
「マジッスか……! よく俺らと変わらない身体で食べられるっスねぇ……うわ、グロいっス……」
「すごいすごい! 想定外だよ……! この勢いだともっちゃん完食されちゃうんじゃないかな!」
「ヤバいっスね。とんだ食いしん坊――」
「駄目じゃん!」
「……どうしたんスか、急に」
「つい無邪気に喜んじゃったけど! これじゃあ食べ残しを回収できないんじゃにゃ~い?」
「それは問題ないっス」
と、男は女の疑問にそう返し、彼女の双眼鏡を横にずらす。
「……な~るほどぉ、そういえば新鮮な肉はもう一本あったね」
「あれで十分っス」
男と女の視線の先、そこにはルダージュが最初に切り落とした幻魔の片腕が無造作に転がっていた。2人――いや、彼らの目的は肉塊となったそれを回収できるだけで十分だった。
「もう持ち帰っちゃう?」
「なに言ってんスか。この実験の観察はまだ始まったばかりっスよ。教団の代表者として見届ける義務が――」
「本音は?」
「……」
言葉はなく、男の視線は静かに肉を貪っているルダージュに戻された。彼を知る女にとってはその態度が答えを如実に物語っているようなものだった。
「にひひ、わっかりっやすーい。あんたも人のこと言えないよねー。安易に接触できない私たちはこういう機会を大切にしないとねー」
「否定はしないっスよ……あぁ、私もあの方の御側にいられたら……」
漏らされた男の願望は誰かを羨むようにぼやかれ、馳せていった。




