幻魔討伐作戦 ⑤ 終幕
『きゃあああああ!』という脳内に響く悲鳴を追いかけるように駆け出し、ルダージュは聖刀を両手で握り締め、彼女から流れる魔法の力で風となった。聖剣を手放しても勇者の力は衰微することなく、止め処なく溢れ続けている。
これで持ちやすく――戦いやすくなった。
『酔いそう……』
幻魔の足元に突き刺さった涙声のオリヴィエに、ルダージュは心の中ですみませんと謝罪する。
現状、彼女たち聖刀剣を収める鞘はない。抜き身の剣と刀を手放すにはこの方法しか咄嗟には思い浮かばなかった。
そもそもルダージュに二刀流なんて器用な真似などできなければ、投げ飛ばしたことにも利点はある。
『ぅ……なるほど、理解した』
ルダージュが頭の中でオリヴィエに作戦を伝える。
『まったく、我が勇者様は聖剣使いが荒い。シルヴィエもできるな?』
『……!』
意を体するように聖刀が震え、さらに風を纏う。
言葉にしなくても声は届く。作戦の説明を短縮できる利便性はオリヴィエの説明通りだ。
彼女たちを信じ続ければ、ルダージュは心置きなく戦うことができる。
『跳べ! ルダージュ!』
幻魔を目前に、足元の大地が迫り上がりルダージュは舞台役者のように空へと押し上げられた。
狙いは脳天。どんな化物でも頭を潰せば終わりだと彼は知っている。
「……ッ」
跳び上がったルダージュに釣られるように、幻魔が頭上を見上げるように視線を移した。それはルダージュたちからしてみれば、注意を逸らした形となり計算通りでもあった。
「?」
幻魔が肩を不自然に動かしている。
銛の先端はまるで狙いを定めるようにルダージュに向けられ、撃ち抜くように――射出された。
だが、ルダージュに焦りはなかった。
一見、空中で襲われ無防備なようにも映るが、彼には聖刀がいる。銛の刃を聖刀と風で受け流し、軌道をずらし回避することは造作もなかった。
「それで終わりか?」
後は聖刀を重力と加速に乗せて幻魔の頭に突き立てるだけだ。
落下しながら聖刀を逆手に持ち替える。
するとルダージュの意図を読み取ったのか、幻魔がその場を離れようと身動ぎをする。だが、それが叶うことはない。
「……!?」
沼だ。
聖剣が用意した動きを封じる手段。妨害系の魔法を発動するためにルダージュは幻魔の足元に彼女を投げていた。
効果は薄く、一瞬だけ捕縛できる程度。
だが、その一瞬が幻魔の生死を分けた。
「くらえ!」
刃が肉に埋もれ、返り血を浴びるが、
「……しぶとい」
思わず恨み言のように呟いてしまう。
突き刺し、肉を断つ感触はあった。だがそれは骨まで届いていない。
頭をかち割るつもりが土壇場で残りの腕を盾にし、防御されてしまった。
(……こっちも邪魔だ)
「ガアアァァァ!」
鍵穴に差し込むように幻魔の肉を聖刀で抉ると、発狂したように暴れだした。ルダージュは聖刀を刺したままその場を離脱し、聖剣の元まで走り、引き抜く。
『気を付けろ! また来るぞ!』
両肩から銛が放たれる。
一本はルダージュに、もう一本は有らぬ方向――
「っ、まさか!? そっちは!!」
「こちらの心配はいりません!」
聖剣を地面に突き刺し土魔法で迎撃する。そしてルダージュが振り返るよりも早くセルティアの声が響いた。
「あなたの背中は私が守ります!」
顧みるとそこには仲間を護るように前線に立ち、灰騎士と土の壁を使って銛を防ぐセルティアの姿が映った。彼女たちがルダージュの弱点になると幻魔は踏んだのだろう。だがそれは幻魔にとっても見当違いだったようだ。
「……任せた」
そう一言告げ、ルダージュはまた幻魔へと駆け出した。
「グウウウゥゥゥゥゥゥ!」
憎悪に満ちた眼差し、深く歪んだしわを隠そうともせず咆哮する。それは余裕がないことの表れでしかない。
「殴りあったときの笑顔はどこに忘れてきた?」
ルダージュを叩き潰そうと腕をハンマーのように振り落とす――が、命中することはない。傷つき、薄鈍となった攻撃など、彼にしてみれば反撃のチャンスを与えられたようなものだった。
「あの時のお返しだ」
聖剣を幻魔の手に突き刺し、地面に固定し磔にする。
仕返し、そして解体だ。
聖剣を手離し、今度は刺しておいた聖刀に持ち替え――腕の肉を下ろすように駆け抜け、捌いていく。
「――――――――――――!」
悲鳴にも似た叫びが空気を震わせる。
もはや一部の痛みなど気にしていられないと、手の甲の肉が聖剣によって引き千切られることも躊躇わず、幻魔はその場から脱出し、距離を取ろうとする。
逃がさない。
「……お願いします」
聖刀を投擲槍のように構え、そのまま投げ飛ばす。
シルヴィエによる風魔法の補正が入った攻撃は吸い込まれるように幻魔の脚の関節を穿ち、動きを鈍らせた。
そして最後の追撃。
ルダージュが聖剣を回収し――瞬時に距離を詰め、幻魔の肩を踏み台に空へと舞い上がる。
「……ぁぁぁああああああ!」
久しぶりだからだろうか。
自然と雄叫びを上げ、自らを鼓舞するように最後の斬撃を放った。
勝利の鐘が化物の首から落ち、重く汚らしい音を立てたのはすぐ後のことだった。
±
血潮が噴水のように降り注いできたためルダージュは堪らずフードを被る。聖刀を引き抜くと同時に、残された幻魔の胴体は沈み込むように崩れ落ちた。
――幻魔を倒した。
セルティアたちは幻魔との初めての勝利に呆然としている。
でも、まだだ。まだ終わっていない。
ルダージュにとってのここからが本番なのだ。
勝つことは目的のための手段でしかなく前菜のようなもの。
悠長に構えている時間はない。
「ルダッ――」
「みんな、お疲れさま」
いつものように抱き着かれる前にセルティア言葉を遮り、彼女に見せつけるように聖刀を横に構え、次のように言葉を続けた。
「これから俺は聖剣の塔に戻る。巫女様たちに幻魔の討伐に成功したと報告してくるよ」
「……あ、はい! 了解しました」
聖刀剣の正体を知っている彼女は察したように二つ返事で応えてくれたが――
「ちょっとお待ちになって! ルダージュはお疲れではないのですか? わたくしたちでしたら体力も有り余っていますわ。それにあの幻魔に勝利したというのに、あまりにも淡泊な……。せっかくですわ! 勝ち鬨を上げましょう!」
興奮しているのかアリージェお嬢様はそんな無邪気な提案をしてきた。
しかし、残念ながらルダージュはその親切を無下にしなければならない理由がある。
「そうしたいのは山々だけど、合宿は学園に戻るまでが合宿だよ。まだ安心するには早いんじゃないかな?」
遠足みたいな乗りだが優等生なアリージェには効果は抜群だった。
「!! ……さすが、ルダージュですわ。いついかなる時も気を抜かない気構え。わたくし、感服しました……!」
「はは、ありがとう。それに身体は疲労してなくても気苦労で倒れそうな人がいるしな」
視線はアーネに集まる。
彼女はルダージュが幻魔を倒してからずっとへたり込み「よかった、みんな無事で、ホント、よかった……」とずっと呟いている。いい加減な態度ばかりの彼女だが芯は生徒思いの教師なのだ。
「そう、ですわね。ではわたくしたちは先生を運びながら王都の方を目指していきます。おそらく森を離れる前に合流できると思いますわ。先生、立てますか?」
「あ、あぁすまない」
アリージェがアーネを支え、立ち上がらせる。
「セルティアは――」
「私は班長ですよ。みんなを放っておくことはできません――なんですか? その胡散臭そうな者を見つけたような目は」
「な、なんでもありませんわ」
十中八九精霊を優先しないセルティアに班員は疑問を抱いているのだろう。聖刀剣のことを知らなければ戸惑うのも無理はない。
「失礼な話です。私はただこの目に焼き付けたルダージュの雄姿を世界に広めたいだけなのに……早く皆のところへ合流しますよ」
と、嘘か真か判断に困る言葉を残しながら、セルティアはルダージュにウインクを残して班員たちを先導していく。
小さくなる後ろ姿を見守っていると聖剣が語り掛けてきた。
『ルダージュ、森の中へ』
「わかりました」
とは言ったもののルダージュは最初に向かったの先は森ではなく、転がっている幻魔の頭の元だ。
『どうした?』
「いえ……」
幻魔と向き合う。
生首となったそれはただの肉塊と成り果てていた。
「こんなものが道端に落ちていたら邪魔だな、と」
適当なことを彼は言った。
『そうか? 時が経てば自然と灰になり消えてしまう死体だ。幻魔という名の由来でもあるな。幻のように消えてしまう魔の獣、と』
「……それも、そうですね」
『気になるならば、森に隠そうか?』
「できれば」
『他愛もないさ。シルヴィエ』
竜巻が幻魔の胴体と首を森へ吹き飛ばす。その荒々しい運び方にシルヴィエの感情が見え隠れしているようにも思える。
飛ばされ、落下していく肉塊を見守り続けていると急かすような声が響く。
『私たちも隠れよう。こう開けた場所では変身を解くこともままならぬ』
「そうですね」
ルダージュが頷き、森へ入るとすぐ聖剣と聖刀が光を帯び、硬い柄の感触が徐々に華奢な指へと変化していった。
「やれやれ、聖剣として振るわれたのは何百年ぶりだったか……さすがの私も疲れてしまった。投げやりのように扱われた時は身体ではなく心が折れるかと思ったぞ」
瞬く間に目の前に2人のエルフが現れた。
ふふん、となぜか得意げなオリヴィエ。聖剣ジョークというやつなのだろう。
意外と余裕があるようなのでルダージュとしては今後も投槍戦法を取り入れることを視野に入れることにした。
「またお願いします」
「また!? ま、まあいい……君がそう望むなら受け入れよう。手荒くされるのもたまにはいいものだ」
「え?」
「気にするな。ただの独り言だ。それでは塔に戻るとするか。これから私たちは学園都市に住むことになるからな。ちょっとした旅ができる程度の荷造りは済ませてある。取りに戻るぞ」
捲し立てられて誤魔化されたような気がしないでもない。だがそれも後回しだ。ルダージュにとって今はそれよりも大事なことがあるのだから。
「じゃあ、俺が1人でその荷物を持ってきますよ。2人はセルティアたちを追って先に合流してください」
「なに? いや、しかし……そのようなことで甘えるわけには――」
「疲れてる――って言ってましたよね?」
「う……」
「俺は慣れてますから体力も有り余ってます。この森の魔物ぐらいならこの状態でも倒せるので心配もいりません。シルヴィエさんも――」
と、声をかけて気づく。
ボードを塔に置いてきたままだった。これでは筆談ができない。
「休んでいてください。ボードも忘れずに持ってきますね」
『……』
ニコッと目を細め、ルダージュの手のひらをくすぐるように文字を書き始めた。
「あ・り・が・と・う……ですか? どうしたしまして。あ、そうだ。あと腕輪もお返しします」
宝物をこれ以上預かっているわけにもいかず、ルダージュは慌てて腕ごと突きだした。
「……そうか。あ、あの、ルダージュが嫌じゃなければ、このまま受けとっ、預かってくれても――」
「遠慮しておきます」
「……そうか」
『……』
しゅん、と寂しそうに落ち込むオリヴィエ。シルヴィエに至ってはどんよりとした雰囲気でいじけるように延々とルダージュの手に丸を書き続けている。
(……くすぐったい)
「えーと、とりあえず腕輪を汚したくないので返しますね」
「ああ……ん? 汚れる?」
腕輪が外され、疑問が投げかけられるが、適当に「獣の返り血とかですよ」と誤魔化す。
「あとこのローブも」
魔法で着せられた時とは逆に、今回は普通に脱いでしまう。
幻魔の血を浴びたはずのローブはまったく汚れていなかった。防水性能は完璧である。
血まみれの物を羽織らせるわけにはいかないとルダージュは思っていたため丁度よかった。
「別にこれも――」
「駄目ですよ。借りた時は黙ってましたけど、お2人のエルフの服装は非情に際どいので男子生徒にとって目の毒です」
「そ、そうなのか……?」
オリヴィエが驚くように仮面ごしにルダージュ見上げる。陰ではシルヴィエがローブを開き自分の服装を確かめていた。
「すまない……服は、その、魔法で清められる所為か疎くてな……持ち合わせもあまりない。森を出る時はローブを脱ぐ機会もなく、中身を気にする必要もなかったから……」
ほとんど事実である。
そして言葉にはしないが自分では御洒落を楽しめない、ということも起因している。
だったら、
「いつか近いうちに、服を買いに行きましょう」
「え?」
「せっかく学園都市に住むんですから、巫女装束ばかりではいられませんよ。俺の独断と偏見の趣味丸出しに着飾ってもらいます」
「え、あ……」
「拒否権はありません」
巫女にローブを着せながら矢継ぎ早に提案すると、ただ一言小さい声で「強引だ……」と彼女は呟いた。
ただ、ルダージュの勘違いでなければその口調は少し弾んでいて嬉しそうに聞こえた。
やがていつものように「くくく」と笑いだすと彼女は諦めたように口を開いた。
「お手柔らかに頼むよ」
「覚悟しておいてください。……あと、そこでニコニコしているシルヴィエさんも連行決定済みですから」
『……!』
突然話を振られ、狼狽え始めたシルヴィエはいつものように顔をボードで隠そう――として、持っていないことに気付き、慌てて姉の後ろへ隠れてしまう。
「あまり私たちをいじめないでくれ」
「人聞きの悪い……」
「じゃあ、いじわる」
(じゃあってなんだ、じゃあって……)
「……まったく、それでいいですよ。さ、これ以上長いは無用です。追い付けなくなっちゃいますから早く行ってください」
背中を押し催促する。
「しかしすぐ合流しては怪しまれないか?」
「――2人はもともと幻魔がやられそうな気配を感じていた。俺が迎えに行く前に様子を見るためにここに来ていた。儀式で疲弊している巫女の代わりに俺が塔まで荷物を取りに行った――で、どうですか?」
「ふむ。別段、違和感はないな。ルダージュは嘘が上手いな」
「……」
特別な意図はないのだろうが、ルダージュには重い言葉だった。
「ルダージュ?」
「なんでもありません。では行ってきます。2人も気を付けて」
ポンと2人を森の外へ押し出し、踵を返す。
背中に視線を感じるまでは塔に向かうように逸れるように移動し、少しづつ目標へと近づくことにした。
「……」
振り返り、完全に2人の姿が見えなくなったことを確認し、記憶を辿りながら森を走る。
そして――見つけた。
ずたぼろになった片腕を持つ首なしの化物とその頭。
飛散した血は周りの木々を赤黒く染めあげ、少しづつではあるが蒸発したように塵のように霧散している。さっそく消え始めているが、まだ時間に余裕はある。
そんなに早く消えるものではないと知っていたはずなのに……自分は何を焦っているのだろう、とルダージュは自問するが、
「……はっ」
鼻で笑う。
そんなこと分かり切ったことだ。
これから行うことを誰にも見られたくない。
自分の正体を知られるわけにはいかないからだ。
だから――さっさと済ませてしまおう。
「――」
歩み寄り、死体に手を掛け、力任せに引き千切る。
赤黒い塊が手元に収まり、血が腕を伝って地面に滴り落ちていく。
腕輪を返したのは正解だった。時が経てば灰のように消えると知っていても穢したくはなかった。
そう、これからルダージュが幻魔に何をしようと、その痕跡は消えてしまう。
だから、
手も服も口も、何もかも汚れることを厭わず、彼は幻魔の肉に、
――噛り付いた。




