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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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幻魔討伐作戦 ④

「遅いですよ。ルダージュ」


 非難する言葉。だがそれはどこか嬉しそうに弾んでいて判断に困る態度だった。

 幻魔がいなければ今すぐ振り返り、セルティアの顔で答え合わせをしたいところだ。


『見ろ。脅威的な治癒力だ。やつの傷口がもう塞がり始めている』


 解説するようなオリヴィエの声がルダージュの脳内に響く。

 断面をさらし、血が噴き出ていたはず幻魔の腕。それはもう皮膚に覆われて止血されていた。

 化物らしい芸当を目の当たりにし、ルダージュは思わず辟易する。「懐かしい」と感じてしまった自分に嫌気が差したのだ。

 

「……」

「……」


 幻魔とルダージュが互いを睨みあう。

 先に動いたのは幻魔だった。

 突進――ではない。森に身を隠すように逃走を図ったのだ。


「……なに?」


 電光石火の如く逃げ帰る幻魔にルダージュは思わず立ち尽くす。

 呆気にとられるとはまさにこのことだった。

 まさかまた逃走を選択するとは思いも寄らなかったのだ。


「追いますか?」

『……いや、誘っているのかもしれない。様子を見よう。私が感知して動向を探る。もし撤退中の生徒を襲いに行くような動きをされても、今の私たちなら追い付ける』

「わかりました。……怪我はなかったか? セルティア」

「あなたの魔装が護ってくれたのでみんな無事ですよ」


 ルダージュが振りかえると、そこには安心したように微笑んでいるセルティアと――見知った灰色の騎士がいた。


(なんで俺がそこに……ああ、魔装が騎士の姿になったのか。おかしいな……“彼女”に貸した一回目、そのときは普通の盾になってたはずだ。二回目はたしか……やめよう。今は無関係だ)


 過去を思い出し、気落ちしそうになったルダージュ。彼が自分を戒めていると、


「おにいちゃん」

「ティーユも無事なようだな」

「ん……ありがとう」

「?」


 ぴょんぴょん、と三段跳びのような歩幅で近づいてきた妹系バニーが感謝してきた。譲渡した魔装がつい先刻まで彼女たちを護っていたことをルダージュは知らないため、感謝された理由がいまいちわからなかった。


「さっき、誰と話してたの……?」

「さっき?」

「幻魔を追わない理由……」

「ああ、実は聖刀剣と会話ができるんだ。だから相談してた」

「おぉ……!」


 嘘は言っていない。聖刀剣の声の主が巫女だとは教えることはできないが、会話できることは事実である。


「儀式は成功したようね。巫女様たちは今どこに?」

「塔に待機してもらってます。アーネ先生……と、みんなも巻き込まれてたのか」

「成り行き、ですわ」

「お嬢の隣にいるのが従者としての役目だからな」

「僕は聖刀剣の活躍が見たかっただけだよ」


 幻魔が身を隠したことでルダージュの周囲に仲間が集まってきた。

 適当なことを言って誤魔化そうとしてが、生半可の理由では幻魔の相手などできない。

 大方、セルティアが生徒会長として他の生徒を護るために率先して動き、友達想いの彼らはそれに付き合った――ってところだろうとルダージュは想像する。1人だけ私欲も混じっていたがそれも含め本音なのだろう、と。


「そっか、じゃあ存分に披露しようじゃないか。みんなは物陰に隠れていてくれ。あとは全部、俺がやる」

『ルダージュ、やつがこちらに向かって動き出した。仕掛けてくるぞ』

「……! 来る! 上!!」


 オリヴィエとティーユの警告に、空を見上げる。

 空中で車輪のように回転する幻魔。その巨体で押しつぶすことしか考えていない猛進な姿はまるでチャリオットのようだ。


『このままでは直撃だ。私を地面に突き刺せ。魔法で誤魔化す』

「っ……! はい!」


 一瞬の躊躇の後、指示に従いオリヴィエ(聖剣)を地面に刺すと、円柱型の土塊がパイルドライバーのように撃ちだされた。

 オリヴィエが大地に干渉し、魔法を放ったのだ。


「グッ、ガ――」


 衝突し、土の塊は破砕され、幻魔はその衝撃で回転が止まり地面へと叩き落される。

 隙は――逃さない。

 体勢を立て直そうと片腕で起き上がろうとしている幻魔。ルダージュが一瞬で詰め寄り、聖剣を横に薙ぎ払う。

 狙いは支柱としていたもう一本の腕。だがそれは驚異的な反応速度を見せた幻魔に角で弾かれてしまった。


「……!? っ、まだだ!」


 腕を引くように聖刀を構え、今度は幻魔の目玉に狙い刺突する。だが、それもまた角でいなされ、防がれる。


「くっ」


 剣戟が不快な金切り音を立てたことで、ルダージュは思わず身を引いた。

 立ち上がった幻魔はそんな彼を威嚇するように吠える。

 ルダージュは鎧殻での戦闘に慣れてしまったせいかヒットアンドアウェーのような戦法で戦うことができていない。攻撃は最大の防御――ではなく、防御は最大の攻撃をモットーに戦ってきたからだ。がちがちに鎧殻(防御)を固めてひたすら(魔獣)に突進していた日々が今の彼を形成している。

 無敵ではなくなり、幻魔の攻撃は致命傷ばかり。


(どうすれば俺は彼女たち(聖刀剣)をうまく――)


『ルダージュ。私たちは1つ大事なことを伝え忘れていたようだ』

「どうしました?」


 戦闘の最中(さなか)、彼の悩みに答えるようにオリヴィエが告げる。


『私たちに遠慮しなくていい』

「……え?」


 どういう意味か、最初はわからなかった。


『先刻、なぜ私を横に薙いだ?』

「それは――」

『縦に振り下ろし、そのまま()を地面に叩きつければ、土魔法で援護することができた』

「……」

聖刀(シルヴィエ)刃音(はおと)を聞いて切り結ぶことをやめたな? 折れるのではないかという貴方の不安が伝わってきた』


 思わずため息が漏れる。

 彼女たちの力を披露すると豪語しておきながら、裏では加減がわからないと本人に公言しているようだ。

 じゃあ、


「……やっかいですね。心が読まれてしまうのがここまで手強いとは」


 隠しても隠し切れないのなら本心を言ってしまったほうがいいと、ルダージュは開き直る。


『貴方は優しい。聖刀剣を手にしても、私たちを人としか見ていないのだから。だけどその優しさは今は不要だ。武器に気遣いはいらない』


 風が吹き、(オリヴィエ)の言葉を肯定するようにルダージュの髪を撫でる。


見縊(みくび)るな……ってことですか?」


 世界を救った勇者の武器。

 最強の剣と刀。

 禁呪に身を染めた覚悟。

 ちょっとやそっとの打ち合いじゃ欠けることも折れることもない信念がある。そういうことなのだろうかとルダージュは受け取った。


(でも、どうしても振るうときに彼女たちの面影がちらついて腕が鈍る。万が一、もしかしたらと考えたら――)


『私たちを信じてくれ』

「!」

『後ろにいる彼女たちと同じだ。私たちも貴方が幻魔に勝つと信じている。だから貴方にも信じてほしい。聖刀剣(私たち)は幻魔に勝てる魔法だと。信頼でその優しさを上書きしてほしい。さすれば聖刀剣の名が伊達(だて)ではないことを証明しよう』


 それに、と彼女はおどけるように言葉を続けた。


『こう見えて、私たちは意外と丈夫なんだぞ?』

「……はは、負けましたよ」


 そこまで言われてしまっては選ばれた者として立つ瀬がない。

 不安に思う事自体が信用していないことと同義になっていた。それは巫女姉妹に対して失礼な態度だったとルダージュは改める。彼がやるべきことはたった1つ。彼女たちを心から信じ、敵を斬ることだけを考えればよかったのだ。

 改めて言葉にしよう。


「俺と一緒に戦ってくれますか?」

『もちろんだ』

「剣術なんて皆無な、無茶苦茶で出鱈目ですよ?」

『くく……シルヴィエならこう言うだろう「よゆう」だと』

「わかりました。俺も聖刀剣を信じます。だからついてきてください」

『私たちはもう君のモノだ。どんなことがあっても、ずっとそばにいよう』


 大胆な告白に胸の高鳴りを感じる。こんな状況じゃなければルダージュでさえ勘違いしてしまいそうなセリフだ。

 そして――それと同時に罪悪感も押し寄せてくるが、雌雄を決する瞬間(とき)は来ている。

 幻魔はルダージュたちの出方を窺っている。ならば先手必勝だ。


「先に謝っておきます」


 一言添え、ルダージュは聖剣を握る手をおおきく振りかぶり、『……む? これはいったい――』と疑問符を浮かべているオリヴィエの声を無視し――


「いっけええええええええ!」


 聖剣を投げ飛ばした。

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