剣聖の儀 -白銀の弾丸ー
「生徒たちが幻魔と交戦している可能性がある」
儀式を終えたルダージュにオリヴィエが発した第一声がそれだった。
お疲れさまという労いもこれからよろしく頼むという挨拶もなく、剣聖の儀式が始まりに過ぎないことを思い知らされる。
左頬の紋様に意識を集中させる。
両手は塞がっているためいつものように手を当てることはできないが、彼女が移動しているという認識はできる。だがそれは作戦とは逃げる方向が真逆、何かに沿って移動している――そんな感覚だ。
「……セルティアも巻き込まれているようです」
大丈夫。
心配ない。
彼女は強い。
逃げながら移動している。
戦ってはいない。
無理はしていないはずだ。
魔装を渡してある。
攻撃を受けても守れる。
大丈夫――
「ルダージュは彼女のことが大好きなんだな」
「え……?」
「手に表情が出ているよ。少しだけ痛い」
「え、あっすいません!」
冷静になろうと思考を巡らせていたつもりだったが、身体が強張っていたようだ。姉妹の手を強く握り締めていたことに気が付き、離そうとするが――
「くく、構わない。ルダージュに強くされるのは嫌いではない……むしろ好きかもしれないな」
と、握り返されてしまったのでそれも叶わない。
「妹もそう思っているようだぞ?」
『……!』
シルヴィエは両手でルダージュの左手を包み込んでいた。どうりで離れないわけだ、と得心が行く。逆にルダージュが握り締められている立場になっているのだ。離そうと考えても意味がない。
『……っ……!』
にぎにぎと感触を確かめるように優しく触れるシルヴィエ。
ボードは台座の上に置いてあるため筆談はできない。俯いていて恥ずかしそうにしているので感情はなんとなく理解できた。
「無鉄砲に飛び出さなかったのは偉いぞ。まだ私たちの魔力を貴方の身体に馴染ませていないからな。そのためにも心を落ち着けるがいい。1回だけ深呼吸だ」
オリヴィエの言葉に従い、ルダージュは深く息を吸い、そしてゆっくりと息を吐いた。隣ではシルヴィエも一緒になり深呼吸をしており、『微笑ましい』と感じる余裕が出てくる。
セルティアたちを信じて今は万全に備えるしかない。
「よし、心臓の音も落ち着いたな」
オリヴィエがルダージュの胸に手を当て、鼓動を確かめている。
(俺が上半身裸だってこと忘れてません?)
触られるとこそばゆい。ひんやりとした彼女の手の平は気持ち良く、ルダージュとしては逆に熱が上がりそうになってしまう。
「む? 少し早まったか?」
「気のせいですよ」
「だが――」
「気のせいです」
「――そういうことにしておこう」
これでは締まらないな、とオリヴィエが呟くと、繋いでいない手を天に掲げ、くるりと手首を捻る。ポンという効果音とともにルダージュの上半身を上着が覆った。脱いていた服が一瞬で移動したのだ。
便利な魔法だ。繋いでる手を離して普通に着ればいいのでは? ともルダージュは思ったが、それは野暮というやつだろう。
「おまけだ」
さらに一捻り、とでも体現するように純白のローブがルダージュの身を包む。
姉妹が纏っていた物と同じデザイン――というよりオリヴィエ本人のローブである。
彼女はいつの間にか薄着になっており、しかも機動性重視なためか色々と短く際どいギリギリのラインの恰好だった。思わず目を逸らしたルダージュにそれぐらいしかわからなかった。
「シルヴィエ」
『……』
姉は妹を見つめ、妹は姉に頷く。
息を合わせたかのように2人は光に包まれた。人型の光は収縮し、つないだ手の感触が急激に細く硬い形――柄へと変化し右手に剣を、左手に刀を、形作る。
ずっしりとした重厚感。刀身が光を反射し、二種の輝きを放つ二振りの武器。
聖剣オリヴィエ。
聖刀シルヴィエ。
特別な意匠をこらしているわけではない。だが、その研ぎ澄まされた美しさと存在にルダージュは圧倒される。
『感想はあるか?』
「っ!」
脳内に直接語りかけられたかのようにオリヴィエの声が頭に響く。
『御明察のとおり、頭に直接“声”を届けている。契約の力の一端に過ぎないが便利だろう?』
「じゃあ――」
と口を開こうとしたがすぐに遮られる。
『残念ながら無理だ』
まるで思考を読んでいるような反応だ。
『前にも教えたが妹は“声”が禁呪の代償だ。それは脳内でも変わることはない』
「そう、ですか……」
シルヴィエとじかに話すことができるかもしれないとルダージュは期待したが、そんな都合のいい話はないようだ。
『ちなみにルダージュの声は基本的に垂れ流しのように私たちに流れ込んできている』
「……はい!?」
『安心しろ。私事は守られている。貴方が伝えたくない言葉や思考は心が口を噤んでいる。私たちの心が全て声にならないことと同様に、な。程度でいえば“思わず口に出た言葉”までは私たちに伝わっていると考えてくれ』
(なるほど? よくわかったような、わからないような……)
ルダージュは漠然と理解し、とりあえずは聖刀剣を握っているときは余計なことを考えないように気を付けることにした。
『で、感想だ。私たちを手にした感想を述べなさい』
「その質問はわざとですよね?」
『好奇心だ』
「そろそろ助けに――」
『焦るな。もう少しで勇者としてわかりやすい状態になる。妹も気になるそうだ』
返事をするようにそよ風がルダージュの頬を優しく撫でた。発生源は聖刀――シルヴィエからだ。
しかし、期待されても別段の感想など、すぐに湧いてくるはずもなく。ルダージュがあえて言葉にするなら、
「持ちにくい」
『……は?』
ルダージュの言葉があまりに意外だったのか素っ頓狂な声が響いた。
(いや、だってオリヴィエさんを聖剣と一言で片付けたが、実際は刃渡りが1メートル以上もある剣だ。もはや聖剣というより聖大剣だ。シルヴィエさんは刀だからまだいいが、この大剣を片手で持たないといけないのは厳しい。刃の部分を地面に降ろす――という手もあるがそれはなんとなく嫌だ)
両手で握るならまだしも、最初から剣と刀の二刀流。初心者には言葉通り荷が重かった。
『そ、それだけか? 見た目に関しては……』
「見た目、ですか……? んー不謹慎かもしれませんが――」
『ああ! なんだ? 言ってみるがいい』
不謹慎と前置きしたはずなのだが、なぜか食いつきがいい。
「とても綺麗です」
『……』
ルダージュには巫女姉妹がずっこけるビジョンが見えた。
『人が剣になったことは……?』
「魔法ってすげぇなーって」
魔法のない世界から来たルダージュとしては当然の感想だが、
『……』
無言で返されてしまう。
彼としては弁明したいところだが陳腐な感想しか湧いてこないのだ。どうしようもない。オリヴィエが求める答えの見当もつかない。ファンタジーを目の前にした現代人なんてこんなものだろ? と開き直りたいほどだ。
『……く、ふっはは、思い出した。思い出したよ。そういえばあの方も私たちの正体を知った第一声が「かっけええ!」だったか。そうだ、貴方たちはそうだった。まったく、私は今更なにに怖気づいていたのやら』
精霊王も素直な性格だったのだろう。
でも、
「カッコイイなんて女性に対する褒め言葉じゃないですね」
『くく、それを言ったらルダージュの「持ちにくい」は失言だったな。私が重いみたいじゃないか』
ブーメランが眉間にめり込んでうずくまってしまいそうだ。
ぐうの音も出ないとはこのことである。
「違いますって! 俺、まともに剣を振るったことがなくて、うまく手に馴染まないっていうか……」
『わかっている。わかっているさ。ルダージュは精霊だからな』
声を押し殺したように笑うオリヴィエがさらに言葉を続ける。
『では、そうだな……この戦いが終わったら私たちが直々に剣術を教えよう』
「あ、それは嬉しいですね。ぜひお願いします」
勇者の姉たちから剣を習う。またとない機会であり、普通はありえない幸運だ。この世界で剣を扱った者ならば、誰もがうらやむシチュエーションでもあった。
(俺みたいな素人が教授されるなんて……いいのだろうか? いや、そもそも――)
「ところでオリヴィエ師匠」
『気が早いではないか。愛いやつめ』
「剣術も使えない勇者って外聞的にはどうなんですか?」
ルダージュの戦い方は決まっている。聖刀剣であろうと魔装と同じように振り回すだけだ。
だがそれは周囲の目にどう映るのだろうか。割と滑稽に映り、勇者の名に傷をつけるのではないだろうかと不安になってしまう。
『改まって気にすることではないな。弟も最初は上手く扱えなかった』
懸念はバッサリと切られた。
『それに……む? 魔力の共有が終わったようだな。ルダージュ、気分はどうだ?』
「そういえば……少し熱いですね」
身体全体が火照り、いつの間にか湯気のようなオーラがルダージュを包み込むように揺らめいている。
苦しいわけではない。冬の日に温かい飲み物を飲んだ時のような、ほっとするような熱だ。
『直に馴染む。それと身体から立ち上っているそれは視認できるほどマナが溢れ出ているためだ』
「これが……マナ」
鎧殻が装備できない現象を目の当たりにすると何とも言えない気分になる。
しかし、嘆いている時間はない。
「これでみんなを助けに行けますね」
『ああ、勇者第二世誕生の瞬間だ』
勇者と呼ばれるのは、さすがのルダージュも照れくさかった。
『恥ずかしがる必要はない。相応しい称号だ』
「心を読まないでくださいよ。それで、俺は勇者としてどうやって戦えばいいんですか?」
『なに、簡単なことだ。とりあえず塔から飛び降りて幻魔の元へ向か――』
言い終わる前にルダージュは適当な窓から外へと飛び出した。この高さなら何とか着地できるだろうと、落下しながらその方法を考える。
『無茶をする……着地の心配はしなくていい。風の魔法はシルヴィエの専門だ』
上昇気流のような風がルダージュを浮かせ衝撃を緩和させる。
地面に降り立ち、そのままセルティアたちの元へ駆け出す。
また彼女を追うために森の中を突っ切るのか……と思わず森に対し因果を感じてしまうが、今回は妖精も居なければ魔物が出てくることもない。幻魔の影響もたまには役に立つ。
それにしても、
「身体が軽い」
『シルヴィエは風の聖刀。貴方が願えばさらに速く、さらに高く、加速できる飛躍の刀だ。そして私――オリヴィエは大地の聖剣。肉を断ち、骨も断つ、敵を屠り全てを切り刻む火力の剣。私たち2人の魔力を供給し、強化を施しているから当然だ』
「スピードとパワーってことですね」
物騒な自己紹介を要約する。
身体強化魔法の上位互換であり、それが勇者と言わしめる強さの正体だということだ。
(……ん? ってことは――)
『とどのつまり勇者は脳筋の頂点というわけだ』
やっぱりか! もはやその単語からは逃れられない運命なのか!
魔法はどこに逝ってしまったのか。ルダージュは本気でわからなくなってきた。
『幻魔には魔法が効かないからな。私たちも適当に魔法で支援はするが大きな打撃とはならない。聖刀剣にとって“斬る”ことが必殺の一撃であり、この禁呪の本質でもある。剣術など二の次だ』
「単純明快ですね」
『わかりやすくていいだろう? 聖刀剣を持つ勇者に求められるいるのは幻魔を斬る力だけ、というわけだ』
さて、とオリヴィエが間を置き言葉を続ける。
『近道だ。跳ぶぞ、ルダージュ!』
呼応し、木々を踏み台にして森の上空へ抜ける。
眼下に広がる緑の海。ルダージュが目を細めた視線の先には、幻魔と複数の生徒の姿が小さく映る。
『覚えているな。私が貴方と幻魔の戦闘に横槍を入れた一撃を』
こくり、と頷く。あれを再現しろという巫女からの御達しだ。
『挨拶代わりだ。叩き切るぞ!』
その合図を機にルダージュは空を蹴り、白銀の弾丸となった。




