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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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剣聖の儀

 聖剣の塔に再訪したルダージュと巫女姉妹。階段を上り、聖刀剣が祀られていた部屋にたどり着くと、そこには床全体を覆うように1つの魔法陣が描かれていた。

 姉妹が急遽用意した、魔力のパスを繋ぐための事前準備である。


「着いたようだな。ありがとうルダージュ。ここで降ろしてくれ」


 ルダージュの耳元で吐息交じりの声が鼓膜を揺らす。

 おんぶされていたオリヴィエのものだ。


「大丈夫ですか?」

「心配いらんよ。さすがに森はマナの感知なしでは歩けないが、我が家くらいはどうにかなるさ」


 パスを繋ぐ儀式――精霊契約とは別種の契約魔法に備え、魔力を極力消費したくなかったオリヴィエ。そんな彼女のためにルダージュは彼女をおぶって塔の上層まで走ることになった。


「配置には着いておくか。再契約することになろうとは露とも抱いていなかったからな。準備に時間がかかってしまったが、この術式であれば他種族とも契約できるだろう。例え精霊でもな」


 ルダージュはオリヴィエに手を引かれ、聖刀(シルヴィエ)が刺さっていた台座まで移動する。どんなことをするのか、内容は聞かされていないがセルティアと契約した時と同じでルダージュがやることは特にない。


「ではルダージュ、脱ごうか」

『ごうかいに』

「……はい?」


 特にない――はずなのだが、ルダージュの妄想が爆発しているのか、「服を脱げ」という幻聴が――


「聞こえなかったのか? 服を脱いでくれ」

『だいたんに』

「ちょっと待ってください」


(なぜ俺は儀式の度に服を脱がないといけないんだ! 誰が得するんだ! また臭うのか!?)


 思わず体臭を確認しそうになるが、さすがにそうではないだろうと思いとどまる。


「……理由を聞いてもいいですか」

「魔法陣をルダージュの身体に直接描くためだよ。君の頬の紋様と同じようなものだ。ただ精霊の契約とは違い、儀式が終わってしまえば模様は見えなくなる」

「……なるほど」


 理由があるなら駄々をこねている時間もない、と服に手を掛けるが、


「えーっと、どこまで脱げば……」

「今は上だけでいいぞ。予定としては手の平から肩まで描くつもりだ」


 結構な範囲の広さだった。

 しかたない、とルダージュが上半身裸になるとシルヴィエがボードで顔を隠し――ているように見せかけて頬を赤くしながらも彼を凝視している。

 さすがのルダージュもジロジロと観察されると恥ずかしいものだった。


『……!』


 そして何を思ったのかボードにマナの筆を走らせ、姉に向かって一言。


『すごい』


 と、説明していた。

 もはや何も言うまい。姉も姉で自身の顎に指をかけ「ほう、それは――」と意味深なことを呟いて黙ってしまうし、「なにが?」とルダージュが質問をした瞬間、負けである。


「……」


 ふと、オリヴィエが彼方を見据えるように塔の外へと視線を向け動かなくなった。

 撤退組がいる方角だ。


(もしかして何かトラブルでもあったのか?)


 ルダージュが不安を胸に口を開きかけた瞬間、


「あ、ちなみに私たちはまだ脱がないぞ。期待に添えなくてすまない」

「してませんよ! いきなりなに言い出すんですか!」


 急に振り向いて喋ったと思ったらこれである。

 あまりに唐突だったので、ルダージュは思わず突っ込んでしまう。


「そうなのか? セルティアが『私の精霊さんはエッチなので気を付けてください』と言っていたぞ」

「あの娘はまったく……」


 いつの間に……と頭を抱える。これから幻魔との戦闘だっていうのにずいぶんと呑気な会話だが、ルダージュも人のことは言えない。


「そういえば教えていなかったな。シルヴィエ、巫女装束の説明をする。回ってくれ」


 言われた通りシルヴィエが純白のローブをたくし上げ、ひらりひらりと見せつけるように一回転する。恥ずかしかったのか、そのままボードで顔を隠してしまう。


「この正装は私たちが聖剣になった時に着ていた服なんだ。儀式の影響を受けてこの服も聖剣の一部となっている。この仮面も特別製だが……これは後でいいか」

「はぁ」

「気のない返事だ。これは大事なことだぞ。つまり私たちが聖刀剣から元の姿に戻っても全裸にならない、ということだからな! 期待に添えなくて――」

「だからしてませんって!」

「……残念ではないのか?」

「そもそもシルヴィエさんが俺に飛んできたときちゃんと服は着てたじゃないですか……その心配はしてませんよ……」

「それもそうか。ん……?」


 シルヴィエがボードを姉に向けている。丁度、ルダージュには見えない位置だ。内緒話ということだろう。ルダージュも無理に聞こうとは思っていないので台座に腰を落ち着けて待機することにした。


「……私が言わないと駄目か? シルヴィエが伝えてくれても……そんなに頭を振らなくてもいいだろう。私にだって羞恥心というものがだな――それにこういったことは男性の彼からやってもらいたいという願望も……なに? 婚期遅れが夢を見るな? くくく、我が妹ながら生意気になったものだ」


 眺めていたらなぜか殺伐としてきた。一触即発の雰囲気である。仮面の美少女2人が笑顔で睨みあっている。


「あの……そろそろ儀式を始めませんか?」


 空気を読まず、話を強引に進めることにした。道草を食って前菜に時間をかけていてはメインディッシュに間に合わない。


「すまないがまだ儀式の準備が完全には整っていないんだ。魔力が満たされれば魔法陣が時を知らせてくれる。それまでは……」


 巫女の2人がルダージュの目の前で片膝をつき頭を垂れる。

 まるで騎士のように(かしず)く巫女たちにルダージュは戸惑いを隠せない。


「これを」


 袖がまくられ、2人の白い腕があらわになる。そこには合宿中に何回かちらちらと見え隠れしていた木製の腕輪がはめられていた。同じ形、似たような模様の装飾がその腕輪には施されている。


「私たちの宝物のようなものだ。これを貴方に預かっていてほしい」

「……」

「服と違って儀式の影響を受けなかった物だ。私たちが聖刀剣に変身すると落としてしまう。だから、預かってくれ。今はまだ預かってくれるだけでいい」

「……わかりました」


 ルダージュも馬鹿ではない。大仰に渡されたら何かしら意味があるものだと察することはできる。


「御手を」


 両の手の平を差し出し腕輪を受け取ろうとした。だが置かれたのは無機質な木の感触ではなく、熱だった。右手には姉、左手には妹の手がそれぞれ重なり、彼女たちが腕輪を外すと自分の手首、甲、指と順々に滑らせるように移動させ、今度は逆にルダージュの手首まで滑らせカチリと腕輪をはめた。

 まるで結婚式の指輪のようだと、ルダージュは思った。あながちそれは間違いではなかったのだが、彼がそれを知るのはもう少し後の話だ。


「これは……なにか意味が?」

「どうだろう。つい形式ばった渡し方をしてしまったが……」


 たぶん、とオリヴィエは続ける。


「意味があるものにしたいと……私たちは思っている」

『……』


 まっすぐと仮面の少女たちがルダージュを見つめる。

 ルダージュはなんて答えればいいのかわからなかった。言葉による答えは不要にも思えた。今はただ、これから手に入れる力の重みだけを知っていればいいのだと。


「――時間だ」


 魔法陣が光を帯び、部屋全体をまばゆく照らす。

 そしてつないだ手は次第に指を絡め、手の平を重ね合わせるように、


 契約は――結ばれた。

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