決戦の日
「……これはなんですか?」
決戦の日、薄暗い早朝。
約束通りルダージュの見送りに来たセルティアは、彼から受け取った“あるもの”を片手に何とも言えない表情を浮かべた。
反応に困るのはルダージュの予想通りでもあり、承知の上だった。何せ“それ”は――
「“魔装の塊”だ」
「……いえ、それはなんとなく色でわかります」
なぜこんなものを? と疑問が返ってくる。
セルティアについてきた班員たち、アーネ率いる魔法科の生徒数名、巫女の2人も、傍から興味深そうにセルティアの手の平に乗っている灰色の球体を覗いている。班員たちは激励のため、ジルたち魔法科の生徒は決戦に臨むルダージュの体調を診るために来ていた。無論、結果は万全であり、撤退作戦を行う魔法科の生徒の方が緊張で顔色を悪くしているぐらいだ。
「霊獣化した状態だと聖刀剣が握れないからだ」
周囲の一部から驚きの声が上がり、顔色がさらに悪化する。
それもそうだ。今から聖刀剣で幻魔を倒しに行くという者が、肝心の剣を「握れない」などと言い出したのだ。胃も痛くなるというもの。しかし、アーネとセルティアは作戦の中身を知っているのでそこに驚きはない。魔装の塊については納得できなかったのか首を傾げたままだ。
「あの……水をさしたくはなかったのですが、わたくしたちにもわかるように教えていただけますか? あなたは聖刀剣に選ばれたはずでは?」
「それは私が説明しよう」
アリージェの言葉にオリヴィエが割って入る。
「聖刀剣が彼を選び、実は台座から抜けていた――という話は覚えているな?」
そういう設定になっている。
さらに聖刀剣は剣と刀に変化する武器ではなく、聖刀と聖剣に分離することもできる武器とも昨晩のうちに伝えられていた。
「聖刀剣が本来の力を発揮するためには、剣の魔力をルダージュに供給し続ける必要がある。これから行う儀式は彼の身体にその魔力を運ぶパスを創る儀式だ。そして皆も知っていると思うが……霊獣化したルダージュには魔法が効かない」
「ぁ……!」
「気付いたようだな。軽く実験をした結果、霊獣化した状態では聖刀剣の加護を受け入れられないと判明した」
そういえばそうだった! という反応が周囲から上がる。
ルダージュ自身も力を受け入れる決意をした後、儀式の話を聞いて同じ反応を示した。むしろ巫女姉妹と一緒に『どうするよこれ?』といった微妙な空気すら流れた。最初は『魔力を受け取る手だけ鎧殻を解いたらどうだろう?』という提案もあったのだが、その場合は魔力が鎧殻の内側にこもって暴発する可能性が問題として残ってしまった。
「だからルダージュには聖刀剣と契約し、霊核化した今の状態で幻魔と戦ってもらうことにした」
鎧殻は諦め、純粋な聖刀剣の力だけで戦う。それがルダージュたちの結論だった。
「なるほど……セルティアはご存知でしたの?」
「召喚士ですから。聞かされてはいました」
でも……と腑に落ちないのか彼女は眉を顰めたままだ。
「その塊には俺の全ての魔装を凝縮してある」
「どういう意味ですか?」
「あーつまり……」
と、魔装の塊を指さしつつ説明を加えていく。
「それがセルティアの元にある限り俺は鎧殻――霊獣化できなくなる。ついでに剣とか槍とか武器も出せない。素材となる材料がそこにあるんだからな」
「おいおい! じゃあ、お前は幻魔と戦うってのに丸腰で行くつもりなのか」
「そういうわけじゃないよ、オルガ。俺には聖刀剣がある。それに本音を言えば魔装と聖刀剣の力を相殺させずに自在に操る自信がない」
「でもよぉ盾ぐらいにはなるだろ?」
「まぁな、だからこそこれはセルティアに預かっていてほしい。お前たちが森を抜ける間に幻魔に襲われない保証はないからな。これは盾。俺が儀式に臨んでいる間、みんなを護るお守りみたいなものだ」
「盾……?」
じっとティーユが魔装を眺め訝しんでいる。
ルダージュとしては詳しく説明してもよかったのだが、黒板を持ったシルヴィエが『そろそろ……』と裾を引っ張り促してきていたので叶うことはなかった。
「とりあえずセルティア。君に魔装を譲渡する。受けとってくれるか?」
と、確認している間にも魔装がルダージュの意思で動かなくなっていた。言葉や態度とは裏腹にセルティアは魔装を無意識に受け入れてくれたようだ。一瞬だけルダージュは“彼女”に与えた時のことを思い出してしまった。
「わかりました……ところでルダージュ、これは形を変えられたりはしないのですか?」
「ん? もう俺の管轄から外れたから俺の意思では変えられないな。セルティアから返してもらわないと――」
言い終わる前に突き返すように魔装が差し出される。
何か気に食わないことでもあったのだろうか、とルダージュは首を傾げた。セルティアの身になれば、わけのわからない球体をプレゼントされても戸惑う気持ちも理解できる。しかし、一から十まで説明していては逃げる時間が残され――
「形が可愛くないです」
「――なんですと?」
「どうせならただの球体ではなく造形はルダージュを模範にしてください」
後ろでアリージェが天を仰ぎ、隣ではオルガとヘルエルが苦笑している。
ティーユに至っては「それ、私も欲しい……!」と興奮気味に強請ってくる始末だ。
この緊張感の無さは良いのか悪いのか。ただ少し、恐怖で張り詰めていた空気が弛緩したのは怪我の功名のようにも思えた。
セルティアにとって可愛い=ルダージュという謎の方程式が出来上がっている事に関してはルダージュは無視する方針だ。彼も藪をつつきたくはない。
「……そのうちな。気が向いたら渡すから……今はそれで我慢してくれ」
「「えー……」」
不満気なステレオがルダージュの耳に響く。
彼の脳内では『1/10スケールフィギュア~灰騎士のルダージュ~好評予約受付中!』という売り文句が過り、頭を抱えることしかできない。
「ですがこれでは持ち運びが……あら? 消えてしまいました」
セルティアが掲げた魔装がさらさらと風によって飛ばされたかのように見えなくなる。
(よしよし、譲渡はちゃんと成功したようだ。“彼女”以外に貸したのは初めてだったが……成功してよかった)
「見えなくなっただけだ。あとはセルティアの意思に呼応して勝手に動いてくれる。基本的に護るために渡した魔装だから防御面でしか役に立たないと思うが、ないよりはマシだろうさ」
「消えてしまったのはその所為ですか?」
「持ち運ぶのに不便だとセルティアが感じたからだな。俺が自在に操っている魔装を制限付きで疑似体験してると考えていい」
原材料が幻魔という問題点に目を瞑れば、魔装という便利な武器を貸せるのは色々と役立つ。今は背に腹は代えられない状況であり、死んでしまっては元も子もない。
「……じゃあ、これで俺の用事も済んだ」
後顧の憂いもなくなった。あとは儀式を経て幻魔を討伐する。
そしてその後に――
「頑張って……」
ぽすっとティーユが顔を埋めるようにルダージュに抱き着く。随分と懐かれたものだと感心すると共に、抱き癖は時と場所を選んでほしいとルダージュは苦笑する。
(……まあ、今はいいか)
「御武運を祈っておりますわ」
「お嬢たちのことは俺たちに任せておけ。全力で守る」
「君は僕の憧れと同じ存在になれる。絶対に勝てると信じているよ」
「……改めて激励されるのは照れくさいな」
「これでは足りないくらいですよ」
自分の召喚獣からティーユを引き離し、そのまま抱き寄せたセルティアは彼を見上げ、
「無事に……帰ってきてくださいね。ルダージュ」
「ああ、もちろんだ」
「昨日の言葉、信じていますよ」
「任せろ」
「セルティア、彼は私たちが全力でサポートする。決して死なせはしない」
『約束』
「オリヴィエ様、シルヴィエ様……」
先生と呼ばなくなった相手に、セルティアはそれ以上何も言わず深く頭を下げた。抱き着かれたままのティーユが窮屈そうにしていてシュールだが、そこまで気が回っていないのかセルティアは真剣な表情のままだ。
「く、苦しい……!」
「あ、す、すみません!」
堪らず呻き声をあげたティーユが開放されると周りから笑い声が漏れ、少しだけ和やかな空気が流れた。
「ま、もし怪我をしたら俺たちのところにまた来るといいさ」
「ジル、それには及びません。ルダージュは怪我なんてしませんし、もしもがあれば今度は私が診ます」
ハードルが上がっている。昨日は魔法科や回復系召喚獣を集結させていたのにずいぶんと株が上がったものだ。彼女の隣では「予約……」と手を挙げて勝手に制度を決めているバニーや『わたしも』と手を振って乗っかってくる巫女もいる。
ルダージュは見なかったことにした。
「……俺たちの仕事なくなっちゃうな」
「暇になったら私のルダージュ文言集とか聞きます? 昨日なんてとてもいいこと――」
「遠慮しておくよ」
「やめてください」
「あら……残念です」
ツッコんだら負けなのだろう。とりあえず恥ずかしいからやめてほしいと願うルダージュだが、セルティアが言いふらすことがないように、この戦いが終わったら注意しておかないなければならないという目標が新たにできた。
(……死亡フラグっぽい)
「さて、ルルへの挨拶も済んだことだしお前たちはここを脱出することだけに全力を注げるな。この時間帯ならば魔物に襲われる危険性も少なくすぐに森を出ることはできる。だが森の出入り口から馬車までは距離があり、さらに外周しなければならない。そして森から離れたとしても儀式が終えるまで幻魔が私たちを追ってこないとは限らない」
いつも気だるそうなアーネとは思えないほどペラペラと不安点を上げていく。
「王都には早馬を送ったが討伐部隊の編制、移動には時間がかかる。また、私たちが幻魔に襲われた場合、進路の大幅な変更を強いられる。なぜならばそのまま王都に向かえば化物を一般市民に擦り付けることになるからだ」
ここまでは昨日の時点で全生徒に通達された撤退作戦の内容と同じだ。そしてさらに昨日は語られなかった全容が明らかになっていく。
「つまり撤退中に幻魔に襲われた場合、私たちは囮として時間を稼がなければならない……それはわかっているね?」
弛緩していた空気がまた張り詰めたものとなる。
アーネは先生として緩み過ぎていると判断したのだろう。だが恐怖による緊張ではなく生徒を鼓舞するように身を引き締めさせる。
「学園は召喚士、魔法使い育成校だ。すなわち幻魔討伐は我々学園の義務であり大義だ。撤退中、私たち教職員はもちろんこの場にいる君たちと生徒会が中心となって足止めを行うことになるだろう。倒す必要はないが――っ!?」
すっとアーネの口元にオリヴィエの人差し指が触れた。
それ以上言葉にするなと口を塞ぐように優しく、仮面に隠れた横顔はどこか物悲しくも慈愛に溢れていた。
「アーネがなにやら不似合いなことを口走っていたが……忘れてしまえ」
えぇ……と全員で困惑してしまう。
アーネが珍しく教員らしい態度で教鞭を執っていたのにあんまりな扱いだった。
全てを否定されたアーネは柄にもなくしゅんと獣耳を垂らしてへこんでいる。
「くく、そう落ち込むな」
へこんだ頭を撫でられている。生徒の前で子ども扱いされたアーネは赤面することしかできなかった。容赦のない追い打ちにルダージュは頭の中で彼女に合掌した。
「エルフの私からしてみれば人間は皆小童よ。短命な命をむざむざと散らすことはない。足止めのために立ち向かうことなどない。逃げろ。必死に逃げて、そして――」
オリヴィエがルダージュを見詰める。
目は見えないはずなのに瞼に閉ざされた瞳が彼を捉えている。
「勇者を信じなさい」
夜が明ける。
太陽が姿を見せ支配された森を照らし、幻魔討伐作戦の開始を知らせた。




