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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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決戦前夜

 合宿2日目の夜は静寂が森を支配していた。

 まるで幻魔を恐れるかのように魔物たちは鳴き声すら発しない。

 昨日の喧騒が嘘のように生徒たちもまた物音も立てずテントに隠れるように休んでいる。しかし、揺れ動くランプの淡い光は消えることなく、そこかしこのテントから漏れ出ていた。

 異様な静けさの中で幻魔にいつ襲われるかわからないという状況の中、横になりすぐに寝付けるという神経の図太い者はいないようだ。


 魔物も人間も等しく息を殺したくなる存在――幻魔。

 なぜ幻魔がこの世界(アリアストラ)にいるのか。そもそもルダージュがいた魔界とはなんなのか。

 そしてルダージュを召喚することができたセルティアとは――


「……」


 やめよう。

 ルダージュは頭を振り、今は考えることをやめた。

 まだ学園生の安全が確保されたわけではない。そんな状況で考えたくもないことを想像して頭を悩ませるなんて馬鹿げている。この戦いが終わったらその時に向き合えばいい、と先送りにする。


「見張りお疲れ様です。温かい飲み物はいかがですか?」


 ルダージュが振り向くと両手に木製のマグカップを持ったセルティアが立っていた。


「ありがとう。隣、座るか?」


 ぽんぽん、と腰掛代わりにしていた岩を叩く。ついでに魔装でクッションを作るとセルティアは「器用ですね」と嬉しそうに座った。


「ふふ」


 近い。

 顔が近い。

 パーソナルスペースを配慮した、程よい位置関係のクッション。それは当然のようにセルティアにずらされ、密着できるところに再配置されてしまう。今更ルダージュはお互いの距離感についてとやかく言うつもりはないが、こんな時でもセルティアはいつも通りである。


「これは?」

「巫女様から頂いた特別製のお茶です。この森でしか群生していない植物の茶葉だそうですよ」


 詳しくは聞いていません、と彼女は笑い、静かにカップを傾ける。

 アリージェは生粋のお嬢様だが、セルティアも負けてはいない。平民の出と先に聞いておかなければ貴族なのではないかと感じる所作。精霊が関わらない限りは上品で、その横顔は優美ですらある。

 ふう、と深く息つき、憂うその姿もまた絵になった。


「……さすがにセルティアも今日は疲れたか?」

「え? ……あ、すみませんルダージュの前でため息なんて――」

「気にするな。同級生も近くにはいないし、他の見張りとの距離も近くはない。2人っきりの時くらい気負う必要はないぞ」

「……そうですね。今日は少し――いえ、とても疲れました」


 セルティアは膝を抱え丸くなり、ぼそぼそと愚痴のようなものを零していく。


「まさか本当に幻魔と交戦することになるとは夢にも思っていませんでした。ルダージュの帰りを待っている間は胸が締め付けられるような想いもしました。無事に帰ってきたら今度は聖刀剣の所有者に選ばれてるじゃないですか。わけがわかりません。しかも私があなたの召喚士という理由で巫女様からあの秘密(・・・・)も教えられて……正直な話、あまりの目まぐるしさに倒れてしまいそうです」


 幻魔討伐作戦は教師陣、生徒会を通して生徒たちに言い渡された。最初は幻魔がいる森で一夜を明かさないといけないことに彼らは絶望していた。だが夜の森の危険性、幻魔が襲ってこない保証が昼夜問わず存在しないこと、そしてルダージュが聖刀剣で幻魔と戦えるのは明朝からだという制限が功を成し、異を唱える者は現れなかった。中には聖刀剣と人型精霊という組み合わせで歓喜に沸く者もいたぐらいだ。「伝説の英雄たちの再来だ!」と。

 残念ながら巫女たちに禁呪の話まで聞かされたセルティアは手放しに喜べる状況ではなくなってしまった。


「やっぱり禁呪は嫌いか?」


 ルダージュが異世界から力を取り戻したい――という話をした時、彼女は『禁呪魔法を使う場合は諦めて』という旨を伝えていた。それを思い出しながらルダージュは問う。


「嫌いではない、と言えば嘘になります。ですが巫女様方を軽蔑しているとかそういうことはないんです。家族のため世界のためにその身を捧げた御姿は崇高だと感じてしまいます」


 ただ、とセルティアは続ける。


「昔から魔法は自然を尊ぶことで得られる奇跡の力と教えられてきました。逆に禁呪は己が身を滅ぼす道理から外れた魔法とも。でも、平和に近いこの世界が禁呪によって得られた世界だと考えてしまうと、色々考えてしまい……自分のことが恥ずかしくなってしまいました」


 恥ずかしい? それはどういう意味だ……? と問う前に「くしゅん」という可愛らしいくしゃみが響く。


「寒いか? 生徒会長が風邪で指揮を執れなかったら、またロイにお小言を言われるぞ。ここは俺に任せていいからもう寝なさい」

「……ふふ」

「どうした?」

「ふふ、いえ、すみません。ティーユにお兄ちゃんと呼ばれている姿を思い出しまして、まだ呼ばれ慣れていないルダージュが戸惑う姿は可笑しかったな、と。私も呼んでいいですか?」

「勘弁してくれ」


 ティーユの時はなんとなく断りづらかったので了承したが、セルティアは冗談で言ってることが丸わかりなのですっぱり断る。これ以上妹が増殖しても困るのだ。


「残念です……では回りくどいことはせず素直に甘えることにしましょう」


 立ち上がり、ごそごそと近くに置いてあった袋から毛布を取り出す。それは見張り役に各々支給された物資の1つだ。ルダージュは別に寒さを感じてはおらず、魔装を羽織れば防寒対策の必要もなかったので出していなかったのだが……確かに毛布があればセルティアも暖をとれ――


「はい、これにくるまってください」


 なぜか毛布が掛けられてしまうルダージュ。

 彼としてはセルティアにはテントに戻って休んでもらいたいのだ。これではまるで意味がない――と返却しようと腕を上げたところで思い直す。あながちこれは間違いではないのではないか、と。『お言葉に甘えて私はもう寝るので(ルダージュ)はこれで身体を冷やさないでくださいね』という労いと考えれば合点がいく。


「なるほど、甘えるってのはそういうことか。セルティアもちゃんと暖かくして寝るんだぞ。おやすみ」

「……? ルダージュ? 何か勘違いをしていませんか? 私もまだあなたと一緒に見張り番をしますよ」


 ルダージュが「は?」と問いかける間も無く、セルティアが「ささ、足を開いてください」とルダージュの両膝を鷲掴み、ぱかっとモーゼの海の如く股を割ってきた。

 おいおい年頃のお嬢さんがなにを――

 

「失礼しますね」


 ルダージュの何とも彼ともいえない視線をよそにセルティアはくるりとターンすると、すぽっと割られてできたスペースに腰を下ろした。迫りくるお尻にどぎまぎしてしまったルダージュは抵抗する間も無くされるがままだった。


「セルティアさん」

「なんですかルダージュさん」

「これはいったいどういう事でしょうか?」

「寒かったのでルダージュで暖まろうかと。これで後は抱きしめてくれれば完璧ですね」

「……いくら俺でもセルティアのお願いに全て応えるわけ――」

「ルダージュ……?」

「――ん?」

「寒いです」


 陥落である。

 年下の女の子に(くだ)され、ルダージュは椅子へと成り下がった。

 身体を弛緩させ全てを預けるようにもたれ掛かってくるセルティアを抱き留める。傍から見たらおにぎりだ。顔を出している自分とセルティアが米で毛布が海苔。そんなくだらないことを考えながらルダージュは気を紛らわせようとするが、


「ふふ、あったかい……」

「……さいですか」


 普通に会話したほう増しのようだ。


「お客さん、人型背もたれの具合はどうですか?」

「とても落ち着きますよ。さすが私の召喚獣です」

「俺としてはお兄ちゃんから椅子に格下げされたことに不服を申し立てたいところなんだが」

「ルダージュには“私の精霊”という特等席に座ってもらっているのでそこから下がることもなければ上がることもありません。私にとって最高位の……特別な席です」


 彼女はそう言い切り一息入れ、小さく呟く。


「でもみんなにとっては“生徒会長の精霊”……なんですよね」


 セルティアを抱きしめている腕に彼女の腕が重なる。しがみ付くような、すがり付くような、彼女の手がルダージュの裾をきゅっと掴んだ。


「セルティア……?」

「最初はルダージュが弱くても構わないと、そう思っていました。魔力の結果が出た時も、むしろあの時は低い結果に内心喜んでいました」

「……」


 突然の告白に驚きを隠せない。出会ったころ、確かにセルティアの反応がおかしいとルダージュは感じたことがあった。まさかそんなことを考えていたとは思いもしなかった。


「でも、ルダージュはやっぱり特別で、強くて、すぐに“生徒会長の精霊”として受け入れられてしまいました。生徒会長は精霊もすごいともて(はや)されて……ああ、また期待されてしまうのか、と」

「期待されることに疲れたのか?」

「……」


 その質問には答えが返ってくることはなかった。

 だが、心なしかもたれ掛かる背中が重く、深くなった。だからルダージュも言葉を交わすことはなく、ただじっと受け止め続けた。今はこれでいい。この続きは『セルティアが話したくなってからで構わない』とそう告げるように。


「ルダージュが特別でなければ私たちは全滅していました。現金な話です。仲間を救えたとき、あなたが無事に帰ってきたとき、私の精霊(ルダージュ)が強くてよかったと身勝手にもそう思ってしまったんですから」

「だから恥ずかしかった?」

「……弱さを求めていた自分、成績という肩書で強者だと勘違いしていた(おご)り、巫女様たちが聖剣に託した想い。色々ですよ――私の悩みなんてちっぽけで自分の弱さをまざまざと思い知らされた。そう感じました」


(……ったく、うちの召喚士様はもう――)


「セルティアは俺が強いと嬉しいか?」

「そう、ですね……わがままを言えば、はい」


 こくりと頭が動くのを手で感じ取る。

 あの……とセルティアが言葉を続けた。


「ルダージュ? どうして私は頭を撫でられているのですか?」

「励ましてるんだよ。ティーユと同じさ。君たち召喚士は悩みを深く抱え過ぎだ。子どもらしく生きろとは言わない。ただもう少し周りを頼れ。人間ひとりにできることなんて限られてる。自分1人で強くなろうとしなくていい。1人は弱い。だから、みんなで強くなれ。それまでは俺が皆を護るさ」


 また強くなる覚悟は前からできていたが、やる気が俄然湧いてきた……といったところだ。

 別にルダージュはこれから行うこと(・・・・・・・・)に後押ししてもらいたかったわけではない。これは不味くならない(・・・・・・・)ようにするための活みたいなものだ。


「……はい」


 反応が悪い。

 説得は失敗か? とルダージュはセルティアの頭を撫でつつ、後頭部を眺めていたら真っ赤になった耳がチラついた。


「もしかしてセルティア……照れてる?」

「ル、ルダージュから進んでスキンシップをしてくれるとは思っていなかったので……」

「……へぇ~」


 普段は精霊のことになると猪突猛進な彼女だが意外と押しに弱いのかもしれない。なにか誤魔化されたような気がしないでもないが、そういうことにすることにした。


「不敵な笑みが視えます……」

「振り返ってもいいんだぞ?」

「遠慮しておきます」


 形勢逆転。

 今夜はルダージュが優勢のようだ。

 たまにはこんなセルティアを見るのも悪くない。幻魔の出現が切っ掛けと考えると癪だが、本音を欠片でも聞けたことを思えば明日の戦いも悪くはなかった。

 あとは避難する生徒たちの安全確保を向上させる必要がある。


「セルティア。明日の朝、俺が儀式に向かう前に会いに来てくれないか?」

「なんですか? それは私と離れ離れになるのが――」

「それは違う」

「まだ言い終わってませんよ……」


 いつもはツッコミみたいな乗り。それが今回は拗ねたような呟きになってしまっている。

 歳相応の彼女の反応を楽しみながら、ルダージュは大事なことを告げる。


「渡しておきたいモノがあるんだ。それを受け取ってからセルティアたちは出発してほしい」


 あまり面白いものではないが、自分がが持ってるよりは有意義な使い方だと、そう信じて。


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