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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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帰還

「るだぁあああじゅううううううう!」


 日が暮れるころ、拠点に戻ることができたルダージュたちを待ち構えていたのは、セルティアの熱烈な抱擁――ではなく泣き腫らした顔のティーユによる兎ダイブだった。あのいつも眠そうな表情や喋り方をしているティーユが、はぐれた親に再会できた迷子のようにルダージュに抱き着いたのだ。感極まった叫び声は普段の言動からは想像できず、あまりに意外過ぎてルダージュは最初セルティアが抱き着いて来たのかと錯覚したぐらいだ。


「ルダージュ! ご無事でしたのね! 足音がするとティーユが警戒していましたの。でも人間の足音と聞いてもしやと思い……」


 駆け寄ってきたアリージェが目に涙を浮かべながら説明してくれる。遅れてオルガ、ヘルエルと班のメンバーが集まってきたが周囲に他の生徒の姿はなかった。


「みんな怪我はなかったか?」

「もう! それはこちらの台詞ですわ! セルティア班、エドガー班ともに無事でした。怪我をしていた生徒もアーネ教諭による回復薬で治療済みですわ……全て、あなたのおかげです」


 急に表情が暗くなり俯いてしまう。それはオルガとヘルエルも一緒でティーユに至っては抱き着く腕を緩めることもなく顔をうずめ黙ったままだった。


「どうしたんだ? みんなで暗い顔をして……まさか、セルティアがここにいないことに関係――」

「ち、違いますの! 彼女は生徒会の人間として先生方と作戦会議中ですわ。他の生徒たちにも幻魔が現れたことは伝えてありますが、まだ実感が湧かないことが幸いし大きな混乱もなく、各班テントで待機中ですわ」


 いの一番ですっ飛んできそうなルダージュの召喚士は生徒会の仕事のため出迎えることはできない。副会長のロイも一緒である。

 幻魔にどう対抗するか話し合っていうことに間違いはなく、ルダージュとしてはさっさと聖刀剣で倒す案を持っていきたいところだったのだが……目の前にいる子たちを放っておくこともできない。


「ルダージュ、私たちは先に報告に向かう。君は作戦の要だ。話がつき次第顔を出してくれ」

「わかりました」


 空気を読んだ姉妹が席を外すが、誰もこの現状について理由を話してくれないので沈黙が降りたままだ。

 どうしたものか、とルダージュが手を拱いていると意外なところから救世主は現れた。


「ルナール……?」

『この子たちはあなたを置き去りにしたことを後悔しているのよ』


 首飾りが突然霊獣化し、ヘルエルが驚いた声を上げる。

 小さな精霊はぴょんぴょんとオルガやアリージェの身体を跳び移り、最終的にティーユの頭上に着地した。

 落ち着きのあるお姉さんのような精霊はルダージュを見上げ言葉を続けた。


『こんばんわ。そして初めまして、ルダージュ。ちゃんと挨拶をしたのはこれが初めてね。あ、返事はしなくていいわよ。これは精霊同士の内緒話なのだから』


 小さく頷き返す。


『そう。それでいいわ。と言っても特にお話しすることはないの。この子たちが落ち込んでいるのは罪悪感に押しつぶされそうだから。難儀なものね。あの場にいても役立てなかったことは理屈でわかっている。でも感情がそれを許してくれない』


 なるほど。この気まずい雰囲気はそれが原因か。

 彼女たちはルダージュの提案に乗っただけなのだが、そんなこと関係なく『置き去りにしてしまった』という思いの方が強いのだろう。

 罪悪感というやつだった。


『うちの召喚士と執事の子は多少は割り切れているみたいだけど、そこのお嬢さんとこの娘は駄目ね。ちゃんとフォローしてあげなさい』

『淡泊でしょう? これでもルダージュには感謝しているのよ』


 ツペルの声だ。

 アリージェの靴の一部が分離して丸っこいスライムが語り掛ける。


『召喚士たちがあの状態じゃ戦いにならなかったもの。あたしたちも慰めようとしたけどぺろぺろ舐めることしかできないし……』


(それはお前が舐めたかっただけなんじゃ……)


『伝えたかったのはそれだけ。後は任せたわ、ルダージュ。この借りはいつか返すから』


 ルナールはそう言って来た道を戻り、物言わぬ首飾りへと霊核化した。いつの間にかツペルの分離体も消えている。

 要は丸投げである。ルダージュがフォローしないと駄目なのであり、これも召喚獣の務めなのだ。


「……ぁー」


 なに言えばいいのかわからない。

 年下たち(一部を除く)を励ました経験など、ほとんどないのだ。

 だからルダージュは思ったことだけを口にすることにした。


「……ありがと、な」

「……は?」

「え?」


 オルガとアリージェに疑問符を返された。そんなに俺が感謝することが意外か。これでも異世界に不慣れながらも礼節を持って接してきたつもりだ。心外である――と、つまらない冗談で心中の気恥ずかしさを隠す。


「だからありがとう、って。大変だったろ? セルティアを足止めするの」


 途端に顔が見えないティーユを除くみんなの目が泳ぎ始めた。


(そこまで酷かったのか。俺の召喚士様は本当に勇ましいこと)


「オルガが止めてくれたのか?」

「あ、ああ。でも俺は説得をしただけだ。最終的に救援に向かおうとした会長を止めたのはお嬢だ」

「わたくしは何も――」

「会長を抱きしめて身体を張ってたよ」

「ヘルエル!? あなたまで!」

「はは! そっかそっか。2人ともありがとう。(うち)の召喚士に無茶をさせないでくれて。あの娘に怪我がなかったのはみんなのおかげだ」


 赤面した顔を隠すように俯いたアリージェが小さく「――はい」と頷き、オルガはそんなお嬢様を一瞥した後「おう」と口角を上げた。


「俺も巫女様たちの助けもあって幻魔を取り逃がしはしたが無傷で帰ってこれた。救援を要請したのはヘルエルなんだって?」

「まともに戦えるのはあの方々しか考えられなかったからな」


 オリヴィエたちも幻魔らしき反応を確認するために色々と準備をしていたのだが、その途中でヘルエルが幻魔との交戦を彼女たちにいち早く伝えたのだ。


「それより――」


 『僕のことはいいからティーユ(そっち)を元気づけてやれ』と目配せしてくる。召喚獣(俺たち)の思惑に気が付いているようだ。年長者にはやはり敵わない。


「ティーユもありが――」

「私は……なにも、してない」


 遮られ、さらに抱き着く腕が強く締まる。彼女は少し震えていた。


「怖くて、声もでなかった……逃げることだけ考えてた。ここに帰ってこれても、ずっと縮こまってた。ルダージュのことも、セルティアの心配も、する余裕なんて……なかった」


 最低、と彼女は自分に嫌悪感を漏らす。


「ティーユ……」


 アリージェたちが心痛な眼差しを向ける。どこか共感できるところがあってしまったのだろう。

 いい子たちだ。

 だけどルダージュからしてみれば少し悩み過ぎでもある。


「怖いなんて当たり前のことだろ」


 ポン、と頭に手を置く。

 手持無沙汰だった手の有効的な使い方だ……と信じたい。


「幻魔の相手なんて誰だって怖いさ。怖いなら逃げたってかまわない。克服する必要もない。その上で自分ができることを精一杯頑張ればいいんだよ」


 くしゃくしゃと髪を撫でるが今のところ嫌がる素振りはない。はね除けられなくて良かった……とルダージュは1人安心する。


「でも私……ルダージュを置いて……逃げた。仲間を置いて逃げるなんてさい――」

「人型チョップ!」

「きゅっ!?」


 吃驚したのか、がばっと顔を上げたティーユと目が合う。紅い瞳は充血してさらに赤く染まり大変なことになっていた。


「誰が置いてかれたって? あれは俺が殿を務める作戦だろ。勝手に悪い方に解釈するな」

「でも――」

「でももへちまもない。それにさっきから逃げた逃げたって自分を責めてるようだけど、別にティーユは逃げてないだろ」

「……え?」

「もし本当にティーユが仲間を置いて逃げるような子なら、あの化物が幻魔だとわかった瞬間に1人で逃げればよかった。ティーユの戦闘力ならここに戻ってくることもできるし時間もかからない。でも、そうしなかった」

「それは……」

「助けたかったんだろ? 傷ついたクラスメイトを見て自分ができることを考えてた。だからセルティアの指示も待てた。動けない仲間を安全なところまで退避させることもできた」

「ぅ……」

「頑張ったな」


 その言葉が切っ掛けになったのか涙腺が決壊したようにぐしゃぐしゃになった。


「んー!」


 ティーユはそれを隠すようにルダージュの胸にまた顔をうずめてきた。

 しょうがないので落ち着かせるために背中をトントンとさすりながらあやす。効果があるのかは不明だ。周囲はティーユを見て安心したような笑みを浮かべているので、ルダージュの行動はたぶん間違ってはいないだろう。

 にしても、


「……」


 動けない。これでは会議に参加できない。


「ルダージュ。後学のために幻魔とどのように戦ったのか教えていただけますかしら」

「ん、そうだな」


 ティーユが落ち着くまでアリージェが話し相手になってくれるつもりのようだ。

 お言葉に甘えることにした。



 ±



「……満足」


 数分後、そんな強がりな言葉と共にティーユが離れた。

 目は真っ赤で鼻もすすりっぱなしだがそこはご愛敬である。


「俺の胸でよければいつでも貸すぞ。羽毛とかはないから触り心地はよくないと思うけど」

「ん……ありがとう……ル――」


 る?


「おにいちゃん……」

「……急にどうした」

「なんとなく……」


(なんとなくって……いや、別に嫌じゃないし気にしないけどさ)


 ティーユの真意がわからなかった。なにか基準でもあるのだろうか。傍らで「僕はおじいちゃんなのに……」と落ち込んでいるエルフはどうすればいいのか。


「だめ……?」


 上目遣いで見つめられ拒絶するなど不可能に近い。条件反射で「構わないよ」とルダージュが許可した瞬間、バニー娘は小さくガッツポーズをした。微笑ましい。


「じゃあ俺はそろそろセルティアたちのところに行くよ。たぶんすぐに幻魔討伐作戦の概要が説明されると思うから、そん時は他の生徒を集合させる手伝いを頼むことになる」

「ええ、お任せくださいな――と、ちょっとお待ちになって」

「なんだ?」

「討伐と、おっしゃいましたか?」

「うん」

「皆さんで逃げるんじゃありませんの?」

「どうせまた襲われるから倒せるときに倒す、って結論になった」

「いったいどうやって」

「あーそれはまぁ後で説明するよ」


 巫女様がね。と心の中で付け加える。

 適当な理由をつけてルダージュが聖剣の持ち主として相応しい――と巫女が証明する。そして明朝に剣聖の儀を行い、そのまま幻魔を討伐しに行く。至ってシンプルな作戦だ。

 問題はこのデュカリオン大森林の夜の移動は非常に危険であり生徒たちは明日の朝まで森を出ることはできない。ルダージュが受ける儀式も準備に時間を要するためすぐには動けない。こればかりは幻魔が拠点であるキャンプ地を夜中に襲ってこないことを祈るしかなかった。


「ルダージュー!」


 慣れ親しんだ呼び声だ。落ち着くものがある。


「遅いです! どうしてすぐに私に顔を見せてくれないのですか!? 私はもう心配で心配であなたが帰ってきたとオリヴィエ先生から聞いたときはもういてもたってもいられず……本当は生徒会長として我慢するべきなんでしょうが、マクセルに『そわそわして目障りだ。さっさと行っ――』てこいと言われたような気がしたので最後まで聞かずに迎えに来てしまいました!」

「いつも通りで安心した」

「そうです! いつも通り抱きしめて、押し倒す準備はできてたんです!」

「ほう」

「まあ!」


(そこの執事とお嬢様、いちいち反応していたらこれから先大変だぞ。あと、押し倒されたことはまだない。言いがかりだ)


「怪我をしていては大変だろうと魔法科の方々にはすぐに治療ができるよう待機させ、精霊科では回復系召喚獣を集結させましたが……その様子では必要はなかったみたいですね」

「心配かけたな。この通り頑丈だけが取り柄の身体だ」


 そう言うとセルティアはふっと安堵したように顔をほころばせた。


「まったくです。このような胸の裂ける思いはもうこりごりです」


 ぽすん、と効果音を立てて抱き着いてくる。

 遊園地のマスコットにでもなった気分だ。鎧殻(着ぐるみ)は霧散させたままなので中身は丸見えだ。しかも――


「ルダージュ」

「ん?」

「おかえりなさい」


 その中身が“人型の着ぐるみ”だから質が悪い。

 そんな余計なことを考えながらルダージュは「ただいま」と召喚士に告げるのだった。

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