聖刀剣の巫女 下
歩いて話そう、というオリヴィエの提案を受け、3人は生徒たちが待つ拠点を目指し進んでいた。
そしてルダージュは姉妹の過去――幻魔による森の襲撃、家族の死、禁呪魔法による“生剣の儀”について話を聞き終えた。
「じゃあ聖剣の塔とは名ばかりで、伝説の剣なんて最初から存在しない。代償を糧に強力な剣を生み出す禁断の塔だったってことですか?」
「そうだ。あれは先代のリオン族が戦争で生き残るために残した負の遺産。塔に見立ててはいるが、その正体は禁呪魔法の魔法陣そのものだ」
妹のシルヴィエが先頭を歩き、彼女の裾を掴み寄り添うように姉のオリヴィエが続く。
「禁呪により私たち姉妹は聖剣・聖刀へと生まれ変わり、森を荒らした幻魔どもを退けた。……里の皆が殺された後だったがな」
「……」
「代償は大きかった。私は光を失い、妹は声を失った。そして……」
オリヴィエは口籠り続きを口にはしなかった。それ以上は話したくないのだろう。視覚や声だけでは飽き足らず、禁呪は彼女たちから他にも“何かを”奪ったのだ。
気軽に聞けるものでは無い。と、ルダージュは雰囲気から察する。
「……弟のアルフォスが同族嫌いになってしまったのは私たちの責任だ」
オリヴィエの表情が変わり、話題は彼女の弟――アルフォスの過去へと移る。
「同族嫌いの勇者……」
「私たち姉妹を聖剣へと変えた塔もそれを巫女の定めとしたエルフの同胞も、両親でさえも、な。だが世界を旅し、仲間と出会い、勇者と呼ばれるようになり、だんだんと大人になるにつれてそれも緩和されていった。今ではいい思い出だが、当時は隣でやきもきしたものだ」
「……隣?」
ヘルエルの解説では、巫女は幻魔の襲撃によってできた後遺症により森に残った……となっていたが、そもそも聖刀剣は姉妹のことなので、彼が解説した歴史は改竄されたものということだ。
「どうした? 私たちのことで気になることでもあったか?」
「いえ、友人から聞いていた話と食い違うな、と」
ルダージュがそういうとオリヴィエ先生は「ああ、なるほど」といった具合に頷く。
「私たちと聖剣にまつわる話を聞いてはいると思うが、ほとんどが嘘だと思ってくれて構わない。巫女として聖剣の塔を守り続けている……という話もあったと思うが、当然ながら弟が旅に出た時は聖剣として同行したよ。心配だったからな」
シルヴィエが同意するようにこくこくと頷いている。
「私たちは武器として常に弟の側にいたよ。禁呪であることを周囲に悟られるわけにはいかなかったから、エルフの姿にはほとんど戻ることもなかった」
くく、とオリヴィエは自虐するように鼻で笑っているが、事情が事情なのでルダージュは笑えなかった。
「幻魔を滅ぼし災厄の時代が終わった後、聖剣である私たちは御役御免。強大過ぎる力を封印するという名目で私たち姉妹はこの故郷の森で余生を過ごすことにした……が、アリアデュラン旧王と弟がそれを良しとしなかった」
「……?」
良しとしない?
過ぎた力を封印しておく、という観点だけを見れば自然な流れだ。聖剣を国宝として扱った当時の王が姉妹たちを手元に置きたかった――という意味なのだろうか? しかし、それでは彼女たちの弟である勇者アルスが反対するはずだとルダージュは想像する。
(それに、どちらかと言えば王様と弟が結託しているようなニュアンスのような……)
「ま、その……なんだ……ようはアレだ」
もじもじ、と気恥ずかしそうにオリヴィエが落ち着かない様子を見せる。隣にいるシルヴィエも黒板で顔を隠している。
これからなんのカミングアウトが始まるのか。ルダージュが身構えていると、
「君も昨日、挑戦しただろ?」
「昨日……? あ――」
「そうだ、剣聖の儀と称して行われる――」
「婚活!」
「皆まで言うな!」
「いたっ!」
ぴゅん、とマナの塊が飛んできてルダージュのデコに衝撃を与える。もちろん威力はない。
「王とアルフォスは私たちの婚約者を探そうと躍起になっていてな。私と妹はもう聖刀剣になってしまったから半ば諦めていたが……そんな私たちの態度が癇に障ったんだろう。お膳立てとして剣聖の儀という見合いの場を設けられてしまったのさ」
聖刀剣に認められたものが巫女も嫁にできる。
それは当然の謳い文句だったということだ。なぜなら聖刀剣そのものが巫女姉妹本人なのだから。
言うなればあの儀式は――
「茶番だよ」
「……ばっさり切りますね」
「剣だけに、な」
オリヴィエの聖剣ジョークにルダージュは辛うじて苦笑いを返す。
だが、聖剣そのものである彼女たちの意思で結果が左右されていたと思えば、確かに茶番そのものだ。断言もするだろう。
「もともと平和な世を取り戻した時点で聖剣を人の手に渡らせるつもりはない。誰かの元に嫁ぐという選択肢も消えていた。挑まずとも結果が見えているそれを、茶番と言わずしてなんと言うか」
「……」
ルダージュは自分がこんなことを考えるのは正しいのか間違っているのかわからなかったが、彼女たちの考え方はとても寂しいものに思えた。森を離れない理由は自分たちの故郷だからだと理解できる。だがそれは聖剣だからという負い目にも帰結しているような気がしてならない。まるで自分たちを――
「ああ、ちなみに聖剣の意志関係なしに聖剣の使い手として相応しい相手がここ最近まで現れなかったというのも事実だ」
――あれ?
「そう考えると茶番を演じたのは一度のみだな」
『みんな弱すぎ』
「結構辛辣ですねシルヴィエさん。……え? ってことはお2人が本気で選んでも選ばなくても1人しか候補者がいなかったってことですか?」
「そうなる」
さすが姉妹だ。寸分たがわず綺麗に頷いている。
「そして――ここからが本題だ。私たちは学園の教師として生徒の安全を確保しつつ帰路に着かせ、尚且つ、被害の拡大を防ぐためここで幻魔を討伐しなければならない。そこで、その候補者に聖剣を使ってもらおうと考えている」
「それは、つまり……」
「勇者の再臨だ。弟を待っている時間はない。幻魔は明日の朝までに傷を癒し、また我々を襲ってくるだろう」
魔装の少ない今のルダージュではあの幻魔を相手に完封できない。オリヴィエとシルヴィエが戦いに普通に加わっても同じことだ。簡単に勝てる敵ではない。
狡猾な幻魔に隙を与え、生徒が怪我を負って死んでしまったら、その時点で負けである。幻魔という化物を相手に完全勝利するためには勇者という存在が必要不可欠だということだ。
「戦力的にも勇者の登場は急務ですね。だけど、どうして俺にその話を? もしかして俺の近くに……その候補者がいるんですか?」
みんな大切な仲間だ。『幻魔なんかとの死地へは追いやりたくはない』というのがルダージュの本音だ。
(もし、候補者がセルティアだったとしたら、俺は……)
「そのことなんだが……その、非常に言いづらいことがあってだな……」
「……?」
先程まで聖刀剣について語っていたオリヴィエにしては歯切れが悪い。隣ではシルヴィエまで『ごめんなさい』と黒板を掲げている。
やはり候補者とはセルティアのことなのではないかと一抹の不安がよぎるが――
「……ルダージュ、君に私たちを扱ってほしいと考えている」
「――へ? 俺が、ですか?」
まさかの申し出にルダージュは目を丸くした。なぜなら彼は自分は絶対に有り得ないと考えていたからだ。
「え? でも俺、昨日挑戦した時に盛大に吹っ飛ばされて不合格だったはず……ですよね?」
と言うとシルヴィエがさらに委縮したように縮こまり『ごめんなさい』ボードで顔を隠してしまった。よくよく考えると、“聖刀に吹っ飛ばされた”ということは“シルヴィエに吹っ飛ばされた”ことになるので、彼女の態度も理解できる。ルダージュはよく覚えていないが、触り方が拙かったり強すぎたりしたのだろうか。
「すまない。実はあの時、君が聖刀――シルヴィエに触れた瞬間、妹が驚いて変身を解いてしまったのだ」
「変身を解く?」
オリヴィエの言っていることはおかしい。
彼女の言葉が正しければ、あの場にいた生徒たちに本当の姿を見られたということになる。だが誰も聖刀がシルヴィエだった――という話はしていないし、ルダージュもそんなこと覚えていない。
「……聖刀剣が禁呪だと周知されるわけにはいかない。だから私はあの場にいた者たちに5秒ほど記憶を忘れてもらうことにした」
これがその時の記憶だ、とオリヴィエが自分の手のひらに魔法陣を描き、ルダージュの肌に押し付けた。
別段の変化はない。
ただ、ルダージュが昨日の儀式を思い出すと、確かに聖刀に触れた瞬間に驚いた顔のシルヴィエが現れてそのまま流れるように吹き飛ばされた記憶があった。
(あの時のもやもやした感覚はこれか……! どうりで倒れていた理由がわからなかったわけだ)
魔法で記憶に蓋をされた。
だからあんなにも一瞬の出来事のように感じたのだ。
「思い出したか?」
「はい、ばっちりと」
「……怒って、いるか?」
「え? それは――」
勝手に自分の記憶を消されている。さらにはセルティアやミリアたちの記憶も消されている。
彼らの仲間として怒るべきところなんだと、ルダージュは思う。
だが正直、あまりにも初体験なことでどうすればいいかわからない。記憶を消されたことなんて今までなかった。しかもなにか『大切な思い出』というわけではなく5秒程度の断片。無論、シルヴィエに再会できた瞬間と考えれば大切な場面だったわけだが、そういう問題でもない。
「……っ」
ふと、ルダージュがシルヴィエに視線を移すとばっちりと目が合った。
彼女は『ごめんなさい』ボードの上から目元だけをひょっこり出していた。
謝罪の意味はわかったが、彼女たちが魔法を使ってまで正体を隠す理由がわからない。
「少し聞いていいですか?」
「話せることならば」
「どうして聖刀剣だとバレてはいけなかったんですか? 先生たちは幻魔から世界を救った勇者ですよね。例え聖剣が禁呪だと知れ渡っても――」
「私たちを咎める者はいない、と?」
「――はい」
「……そうだな。ある程度はいるかもしれないが世界は私たちを許容してくれるだろう。だが、それは関係ない。聖剣を生み出せる禁呪が存在すること、それが問題なんだ。禁呪とは代償を支払う魔法。悪意あるものは他の者を代償に強大な力を手に入れようと画策するだろう」
隣でシルヴィエが黒板を掲げている。そこには謝罪の言葉ではなく絵が描かれていた。
姉の説明を形にしたのだろう。悪い目つきをした人間たちが横倒れになっている人を囲んで、儀式を行っていた。わかりやすいがコミカルな画風なため緊張は欠けている。
「私たちは巫女として、私たち以外の聖剣を創りだすことを許さない」
彼女たちは保身のためではなく世界のために行動している。幻魔を倒すためにその身を犠牲にして、平和になった後も次の火種を生まないように隠して、隠れて、ずっとこの世界を見守っていた。それも何百年もの間、ずっとだ。
壮大すぎて言葉はでてこない。
(やはり聞いてよかった)
こんな話をされては彼女たちを咎めることなどルダージュにはできない。
「だが、これを言い訳にするつもりはない。聖剣の正体が露見してしまったのは私たちの不注意によるものだ。君たちに魔法をかけたことは後悔していないが――」
「聖剣は俺じゃないと扱えないんですか?」
「――む? そういうわけではない。私たちの独断と偏見で決めているが、一応契約する必要はある。総合的に判断して君を選んだ」
「お2人は俺の魔装や鎧殻――鎧を見て嫌悪感とかはありませんか? 幻魔とほとんど同じ力ですよ?」
嘘は言っていないが卑怯な言い方だ。ルダージュ本人でさえ詳細不明の化物の力。だが真実を語って話がややこしくなり、セルティアに迷惑がかかる事態はどうしても避けたい。
「……ないとは言い切れない」
『きらい』
だろうな、と姉妹の気持ちを正面から受け止める。彼女たちからすれば両親や仲間の仇と同じ力だ。そんなものと手を組むことなど本当はしたくないだろう。
「記憶を消されていたことを責めるつもりはありません。みんなも理解してくれるはずです。でも、無理に俺を選ぶ必要はないと思います。学園の先生に手伝ってもらったほうがいいのでは?」
そう提案するとオリヴィエはゆっくりと首を横に振った。
「おそらくそれは不可能だ。学園の教師といっても幻魔との戦闘を経験したものなどいない。精霊を連れていればまともに渡り合えるとはいえ、あの化物を前にして平常心でいられる者はいないだろう。下手に彼らを前に出せば死ぬことになる」
教師でも幻魔の相手はできない。ルダージュが懸念していたことは当たっていた。この森の中でまともに幻魔と戦えるのはルダージュと巫女姉妹だけということだ。
「ただ、勘違いしてほしくない。私たちが君を選んだのは消去法ではない。独りで幻魔に立ち向かっている、とセルティアから聞いた時から、私たちはルダージュに私たちの力を託すつもりでいた。駆けつけた時――霊獣化を見抜けないという不幸な事故はあったが、その気持ちに変わりはない」
そういえば……とルダージュは思い出す。オリヴィエは加勢に来た時から抜けないはずの聖刀を握っていた。ルダージュが幻魔と戦っていることを承知の上で、だ。
つまりそれは、最初から自分たちの正体をバラすつもりでいたということに他ならない。
「聖刀剣は大切な者を護る力であり、勇者とは幻魔に立ち向かう勇気ある者のこと。召喚士や仲間を護るために幻魔と対峙した君が、聖刀剣を正しく扱えると確信している。今更、幻魔に似た力など私たちには関係ない」
『あなたしかいない』
それは揺るぎのない決意のこもった言葉だった。それを拒むことなどできはしない。
「……わかりました。正直、先生たちが登場してからずっと聖剣が欲しい、俺のものにしたいって思ってたんです。俺はもっと強くなりたい。だから、ください。2人の力を俺に」
本心だ。そして後々に言い訳できないようにルダージュからも頼むことにした。
(俺の力が「本物の幻魔の力なんだ」――って、伝えるときがもし来たら……聖剣で刺されても文句言えないな、これ)
「「……」」
ルダージュが色々と覚悟している間、沈黙が返される。
オリヴィエは硬直し、シルヴィエも黒板を抱きしめるだけで返事をしない。
「もしかして急に気が変わった……とか?」
「――っと、いや、すまない。少し昔のことを思い出していた」
『なつかしい』
「?」
気にするな、とオリヴィエが口元を緩め、シルヴィエが目を細める。
そして、少し恥ずかしそうにしながらも言葉を続ける。
「精霊ルダージュ。貴方に聖剣オリヴィエ、聖刀シルヴィエを託します」




