聖刀剣の巫女 上
咄嗟に腕を交差させ首を護る様にガードした――が、ぞくりと背筋に悪寒が走り、警報を鳴らすように全身を巡っていく。
幻魔の身体を傷つけた直刀。それをルダージュは鎧殻で防御しようとしている。
それは――愚策だ。
『っ!』
脚にありったけの力を込め大地を蹴る。
次の手を全く考えていない回避だけに特化した我武者羅な動きだ。
「――ほう」
鎧殻の籠手の部分とオリヴィエの直刀が擦れあい、耳障りな金切り音を響かせる。
彼女は感嘆の息を漏らした。それはルダージュに感心ような仕草だ。剣戟による攻撃を避けられるとは思っていなかったのだろう。
だからだろうか、さらに警戒を深めるように静かに直刀を構えなおしている。
その間、ルダージュは蹴りの勢いに押されて踏鞴を踏みながらも、転ばないようにするだけで精一杯だった。
わけがわからなかった。
なぜ敵対しているのか、ルダージュは状況を飲み込むことができない。
「小型であれば、一撃で屠ることができると思ったが……やはりそう簡単に事は進まぬか」
『……』
斬りつけられた鎧殻を確認すると浅くではあるが傷跡が残っていた。瞬時に魔装で補強し元に戻すが、あのまま腕で防御していたら籠手ごと斬り飛ばされていたかもしれない。
『どうして……』
「……なに?」
『どうして俺を攻撃するんですか!』
混乱する頭で叫ぶ。
おそらくオリヴィエはセルティアたちが寄越した助っ人だ。ルダージュには自分が攻撃される謂れなど、どこにも――
「くく、これは驚いたな」
『っ!?』
仮面で覆われていない彼女の口元が、これほど可笑しいことはないと口角を吊り上げる。
「二足歩行、人のような形――というだけでも珍しいというのに、言葉まで喋れるのか」
『……え? 何を言って――』
なんだ? どういうことだ? とルダージュは困惑する。人型精霊だという話を昨日したばかりだ。
ルダージュたちの間に決定的な齟齬が生じているのは明白だ。
「答えは簡単だ。お前たちは世界の敵、魔物ではない化物、災厄の象徴、そして――私の家族の仇、“幻魔”だ」
「!?」
(幻魔!? 俺が!?)
オリヴィエの言葉に驚くルダージュだったが、
「滅ぼすには十分な理由だと思わないか?」
『……』
否定はできなかった。彼は幻魔の亜種みたいなものだ。幻魔の喰らい魔装という能力を得た化物。オリヴィエの認識が間違っているとは言えない。
だが、そうなるとなぜこのタイミングで襲われたのか、疑問が残る。
最初から気づいていたのなら出会った瞬間に斬り殺されてもおかしくはない気迫を彼女は持っている。セルティアに配慮してルダージュが独りになるのを狙っていた……とも考えにくい。世界を救った勇者の姉、聖刀剣の巫女と謳われる人物。幻魔がのこのこと目の前を歩いていたらその場で仕留めるだろう。
(なぜ今更なんだ……?)
言葉まで喋れる、とオリヴィエが驚いたこともルダージュは引っかかっていた。ということはつまり、ここにいる幻魔と昨日の精霊は別物だと考えている節が有力だ。
だったら――
『待ってください! オリヴィエ先生!』
「な!?」
ここにいる自分が幻魔ではないと納得してもらうしかない。とりあえず声で気づいてもらうしか方法はない。
『俺です! ルダージュです! 昨日、セルティアと一緒にいたせいれ――!?』
無数の閃光に襲われた。
恐ろしいほど早く、先程とは比べ物にならないほどの殺意の籠もった剣戟に襲われ、誤解を解いている場合ではなくなった。あらかじめ身構えておかなければ避けられなかっただろう。距離をとるのも精一杯だ。
「卑しい化物風情が、奇怪な術を操りあの方を真似るとは知恵が回るではないか。……確かに今の私の心を乱すにはとても効果的だ。だが……」
互いの位置がまだ離れているにもかかわらず、彼女は抜刀術のように腰に直刀を帯刀する。淡く発光するマナが直刀を包み込み、さながら鞘の役割を果たしていた。
『……っ』
危険だ。
ルダージュの本能が訴えている。まともに受ければ致命傷は確実であり、灰色の鎧殻では防ぐことはできない。逃げなければ、死ぬ。
「無駄だ。私はこの森の範囲であればマナを感じ、マナを有するもの全てを視ることができる。逆にマナを全く感じないお前たち幻魔もまた、知覚することができる。どこへ身を隠そうとも、私たち聖剣の一撃からは逃れることはできない」
聖剣が本物だとオリヴィエが宣言する。
どうやって抜いて、なんで巫女が持っているのか、色々と聞きたいことは山ほどある。彼女の言葉にも妙な引っかかりを覚えるが、そんなもの後回しだった。
ヒントは得た。
オリヴィエは今のルダージュに全くマナ――魔力を感じていない。だから幻魔だと判断している。昨日出会ったときは多少なりとも魔力を感じていたはずなのに、だ。
昨日と今日の違い。そんなもの一つしかない。
鎧殻だ。鎧殻が魔力を遮断している。魔法が効かない幻魔と魔法が効かない鎧殻。彼女にはルダージュと幻魔の区別がつかないのだ。
答えはわかった。
だが、
「弾けろ!」
『――っ』
ルダージュが決意するよりも早く、オリヴィエは鞘から聖刀を引き抜き始めた。
避けることはできない――と、直感的に悟ったルダージュは一か八かの大勝負に出た。
『信じてくれ!!」
一瞬で魔装を霧散させ、鎧殻と解く。完全に無防備な状態だがどっちにしろ聖刀剣が相手では紙同然だ。だがこれでオリヴィエにはルダージュの微弱な魔力が伝わるはずだ。
「ふえっ!?」
巫女らしくない素っ頓狂な声があがった。
「そんなまさか!? ルダージュ? え、でも――あ」
「あ」
驚き過ぎたのか。力を籠め斬り抜こうとした腕を急に弛緩させたのはいいが、マナで構成された鞘を解除する事を彼女は忘れていた。
「しまっ――!」
鞘には聖刀の能力を増加させる役割があった。それが起爆となり、彼女の意に反して聖刀が勢いよく射出される。しかも力を緩めていたことで彼女の手から聖刀がすっぽ抜け、ルダージュに襲い掛かるという緊急事態だ。
避けようとしても無駄だった。聖刀はルダージュの動きに合わせるように軌道が変わり、小型ミサイルのように追尾機能まで搭載していた。殺意が高すぎて逃げられない。
「――っ! シルヴィエ!」
これ、死んだかも――とルダージュが諦めかけた矢先、何故かオリヴィエは己の妹の名を叫んだ。
すると――
「……は?」
それに呼応するように聖刀が光に包まれ――入れ代わるように1人のエルフの少女が姿を現した。
あまりの衝撃に、ルダージュは命の危機だったということも忘れ、目を点にする。
剣が女の子になった。
しかも彼女はオリヴィエと同じ純白のローブを羽織り、口元を隠すような仮面を身に着けた少女。王都でルダージュが世話になったエルフだ。やっぱり彼女はオリヴィエ先生と姉妹だったのか、と納得する。
呆然と立ち尽くすルダージュの目の前で、オリヴィエの妹――シルヴィエが風の魔法でくるりんと体勢を立て直す。だが、勢いは完全に殺せなかったのか、ふわりと降り立った後にぶつかる様にルダージュを押し倒してしまった。
「……っと」
避けることはできたが、甘んじてクッションの役割を果たすルダージュ。
頭は上手く働かない。色々起こりすぎて彼の脳はパンク状態だ。
そんな彼にもぞもぞと馬乗りになるように身体を起こしたシルヴィエは、初めて出会った時と同じように今度はローブの裾を黒板の代わりにして、文字を書き綴った。
『怪我はない?』
向けられた言葉はシンプルで短い文。それはルダージュがまだ文字を読むことが難しいと知っている彼女なりの配慮だった。
「……」
「!」
驚き過ぎて即座に返事ができなかったせいか、シルヴィエが心配そうにルダージュの顔を覗き込んだり頬を軽く摘まんだりしている。
(この姉妹、人の顔を摘まむの好きだな……!)
「あ、だ、大丈夫です、読めます。突然、熱烈に押し倒されたことに吃驚してただけです」
「……っ!」
ボンっと顔が真っ赤に染まり、慌てて次の言葉を書き、今度は顔を隠すように掲げた。
『重い?』
思わず苦笑してしまう。
聞きたいことや話したいことが沢山ある中で、聖刀剣や幻魔など関係なく出てきた質問に安堵してしまう。例え剣に変身しても彼女も普通の女の子なんだと再認識する。
「軽くて心配になってしまうぐらいですよ……っと」
「!?」
上体を起こしたことでお互いの顔が至近距離まで迫ってしまった。
ぱぱっと慌てるようにシルヴィエが立ち上がると、透かさずルダージュに手を差し伸べる。
借りない理由はないな。
「ありがとうございます」
「だ、大丈夫か2人とも!」
オリヴィエが小走りで向かってきた。
最初に妹の心配をするのかと思ったら意外にもルダージュの元まで駆け寄り――
「ほ、本当に君なのか? 精霊で人型の、ルダージュなのか!?」
「ぐほ」
また昨日と同じように、ぺたぺたと顔や身体中のあちこちを遠慮なしに触ってくる。まるで確信はしているが疑いが払拭できない相反する思いに急き立てられているようだ。
思う存分、心行くまで確認してもらい、疑いを晴らしておきたいルダージュだったが、このまま放置すると彼女の手が危ういところまで伸びてしまうため途中で止めさせた。
「ストップ、待って、止まってください。昨日はそこまで許した覚えはありませんよ? 落ち着いてください。本人ですから」
両手首を掴んで拘束する。
「すまない、気が動転してしまって……確かに魔力を感じる。この感触、感覚は彼の――ルダージュ、君のものだ」
納得したようだ。
隣では姉の懐から取り出した黒板に文字を描くシルヴィエがいた。なにを言いたいのかと思いきや、掲げた黒板には『私も!』としか書かれていない。ルダージュはなんとなく『私も!』が何を指しているのかわかってしまい、聞かなかったことにした。
「……すまない」
パッと拘束を放す。
「え? ああ、くすぐられるのは苦手なんで今度からは――」
「そっちではない。過信していた。この身体になってからマナが“視えないもの”は全て“幻魔”だと判断していた。まさか精霊に刃を向けるとは……巫女の名折れだ」
ルダージュが思っている以上に深刻に悩んでいるようだ。彼からしてみればオリヴィエに非はない。魔装は幻魔の力そのものであり、勘違いをさせてしまった自分が悪いのだと。
異世界に嘘を吐いている自分が原因なんだと、わかっている。
「オリヴィエ先生は間違えてなんかいませんよ」
「……?」
「先生が視たのは俺の霊獣化。魔法を無効化する鎧を纏った俺の姿です。驚きました? 幻魔みたいですよね」
彼女は口ごもる。うん、とは頷けはしない、ずるい言い方だ。
「だから、たぶん俺の魔力の気配を遮断していたから、先生は見間違えたんだろうなって気づきましたよ」
「……怒ってはいないのか」
「ないですね。間違ってはいないし誤解なんてよくあることです」
「……仕方がない、と言わないんだな。君は」
仮面に手を掛け独り言のようにオリヴィエは呟いた後、ふわりと朗らかな笑みを見せる。
「間違ってないと言ったり、誤解だったと言ったり、矛盾しているぞ」
「ははは」
笑って誤魔化すことにした。改めて言われると無茶苦茶な言い分だ。幻魔と自分の関係がややこしくて、伝えたいことがこんがらがってしまった。
「くく、まあいい。想いは受け取っておく。シルヴィエも怪我はないようだな。……なに? 心配するのが遅い? 頑丈なことが取り柄なのだからそもそも無用な問答だ」
ぺしぺしと黒板を叩き抗議の声をあげるシルヴィエ。王都の時は頼れるお姉さんだったが、妹になるとちょっとだけ態度が幼い。
ルダージュは少しだけ懐かしい気分に陥りそうだったが、今は感傷に浸っている場合ではないと気持ちを切り替える。
「……オリヴィエ先生、シルヴィエさん」
幻魔はまだ倒していない。全ての脅威が去ったわけではない。
セルティアたちと合流し、これからのことを話し合わなければならない。
だが、その前にはっきりさせなければならないことがある。
なぜ聖刀がこの場にあったのか。その聖刀がシルヴィエに変身したのか。
「君が視た全て、それが真実だ」
「……」
ルダージュはただ静かにオリヴィエの次の言葉を待った。彼女は正面から見据えるように向き直り、シルヴィエは黒板を抱きかかえどこか不安そうな表情で2人を見守っている。
「聞いてくれるか? 聖刀剣の巫女と謳われた私たちのことを」
そして――と、彼女は自虐的な笑みを見せ、言葉を続ける。
「禁呪を犯し、聖剣、聖刀と呼ばれた愚かな姉たちの話を」




