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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
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魔法科の同級生

 身体に異常がないか確認するため、という名目でルダージュたち3人は拠点広場の一画にある魔法科が設営した救護用テントまで来ていた。

 出入り口を潜るとそこには数人の魔法科の生徒が控えており、目立つところでアーネが椅子に体を預けだらけていた。


「……お? 生徒会長にルダージュじゃないですか」


 ルダージュが顔見知りであるアーネに声を掛けようとした瞬間、1人の男子生徒が先に声を掛けてきた。

しかし、どこかで見た顔だがルダージュは彼の名前を思い出せなかった。


「ほう……ルダージュは頭でも打ったのかな? どうやら俺の顔まで忘れてしまったようだね」


 呆けていたせいか皮肉を言われてしまう。どうやら彼はルダージュが自分の名前を忘れていると見抜いたようだ。やれやれといった感じで残念そうではあるが、「仕方ないな」と苦笑いを浮かべるだけで責める気配はない。


「か、顔は忘れてないぞ。ただちょっと名前が……」

「冗談、冗談だよ。ちょっと意地悪したくなっただけなんだ。レイフォンだよ。俺はレイフォン・ジル・フリーク。思い出してくれたかい?」

「そうだジルだ、ジル!」


 召喚されて間もない頃に出会った貴族の魔法使いだ。

 言い訳に過ぎないが、ジルが魔法科に進級する――という会話以来、ルダージュは彼と学園で再開することがなかったため、名前を覚える機会がなかったのだ。

 

「思い出してくれて嬉しいよ。……ま、俺は長期休暇中に実家に帰郷していたから、ルダージュと会ったのはあの1回きりだったからね。覚えていなくても無理はないよ」

「……すまん」

「大丈夫、気にしてないよ。それにこの先生()に比べればマシだよ。俺のフルネームどころか名前すら覚えようとしないんだから」

「うっさいわい」


 引き合いに出されたアーネが小石程度のマナの塊を指で弾きジルの頭を攻撃している。相変わらず精霊科でも魔法科でもマイペースな先生だった。


「――で? 君たち精霊科の生徒はどうしてここに? 他の生徒も聖剣の塔からぞろぞろ帰ってきているみたいだけど……なにかあったのかしら?」


 ジルの隣にいた眼鏡を掛けた女子生徒が疑問を投げかけてくる。

 はきはきとした性格が眼光から滲み出ている。


「実はルダージュが聖刀剣に挑戦したところ、派手に吹き飛ばされてしまって……魔法科の方に怪我の他に異常がないか診てもらおうかと思って」


 場がどよめく。

 内容は聖刀剣が人型精霊でも抜けなかったことに対してだ。

 その中でも1人、アーネだけが別の反応を示す。


「怪我? 怪我をしたのか? ルルが?」


 ルルとはアーネが付けたルダージュのあだ名である。


「? はい、それで巫女様も危険と判断したのか生徒の立ち入りを禁止されてしまい、今回のこの合宿ではもう他の生徒は挑戦できないそうです」


 落胆の空気がテント内に落ちる。

 どうやら魔法科の生徒も聖刀剣に挑戦しようと考えていたようだ。


「巫女様が付いていながら怪我……にわかには信じがたいな。細心の注意を払っていただいているはずだが、どれ、ルダージュはここに座りなさい。私が直接診察しよう」

「よろしくお願いします」


 と、ルダージュが椅子へと動いたところで、ずっと彼の背後に引っ付き隠れていたティーユが周囲の目に止まることとなった。


「ティーユ! あなたいたの!?」


 代表してメガネっ娘が驚いている。どうやらティーユと魔法科の生徒は知り合いのようだ。

 しかし、それは当然のことでもある。ここにいる生徒は全員同級生であり、今は学科が異なるだけ。学園に入学してから1年から3年までは同じ魔法科でもあったのだ。

 だが、ルダージュが何となく感じた気安げな雰囲気は、同級生というよりは友人に対する反応である。


「ハーイ」


 眠たげな顔で流暢(りゅうちょう)な返事をするティーユの態度はいつも通り。


「そうか、セルティア班ってことはティーもいるのか。それなら彼女に診てもらえばよかったじゃないか」

「彼女って有名なんですか?」


 私の出る幕はないと言わんばかりにだらけ始めたアーネにルダージュが質問をすると、そんなことも知らんのかと目を丸くされる。


「自己紹介した時に成績はドベで戦闘では役に立たないお荷物、とは聞きました」

「あ~……」


 アーネが呆れたように視線を移すと、そこには魔法科の女子生徒たちに揉みくちゃにされているティーユが「ブイ」とピースサインを向けているところだった。


「ティーは見てのとおりバニー系獣人なわけだが、彼女たちは非戦闘民族で生まれながら攻撃系魔法が不得手なんだ。その代わり治癒系の魔法に長けていてね。ティーはその中でもずば抜けて優秀なのさ」

「へぇ~」


 話を聞いていたのか視界端で「ふふん」と踏ん反り返っているティーユ。

 その頭を男子生徒が撫でようと近づくが「シャー!」と猫のように威嚇している。


「と、まあ、あんな感じでマスコット的な存在として魔法科に進級するはずだったんだが、精霊の召喚に成功したことで話が変わったということさ」


 戦闘では役に立たない。それは謙遜でもなんでもなく、攻撃魔法が苦手で前線では戦えない、回復担当の後衛という意味だったのだ。


「ティーユにとって危なくないですか、この合宿」

「だからルルたちが護るんだよ? 君たちの班にはその穴を埋める生徒が多く配置されたはずだ」


 ルダージュは班員たちを思い浮かべた。

 貴族令嬢のアリージェに執事のオルガ、エルフのヘルエル。そして生徒会長であり自分の召喚士セルティア。

 見た目通りの優秀なグループ、といった面々だ。他の班とのバランスが悪いんじゃないか、と疑問を感じることもあったが、それはティーユを戦力として数えていない班分けだったということだ。


「よろしく……ね?」


 ポンと肩を叩かれルダージュが振り向くと、ティーユの人差し指が頬に突き刺さった。


「……」


 マイペースだ。マイペース過ぎて特に非難する気力も湧いてこない。それよりもルダージュとしては反対側の肩をポンポン叩いてくる存在がちょっと鬱陶しかった。確認しなくてもわかる。彼女だ。振り向けば晴れやかな笑顔で迎えてくれるだろうが、敢えて罠にはまる必要はない。


「アーネ先生……ルダージュは健康そのもの」

「なんだ? もう診ていたのか?」

「外傷以外に問題はない……たぶん」

「たぶん……って」


 自分の与り知らぬところで治療しようと試みてくれたことには感謝したいが、患者を不安にさせるようなことは言わないでほしかった。


「自信がないとは珍しい。だから私の元へ来たのか」

「ん……」

「安心しろ。私も同意見だ。問題があるとすれば……そうだな、魔力に乱れがあるぐらいか。でもそんなもの疲労があれば誰でも起こる。お前たち2人にも疲れが見えるぞ? 休息でもとってくるといい」

「そうする……いこ?」

「あ、ああ」


 促され、立ち上がる。


「ありがとうございました、先生」

「あいよ~」


 と、気だるげに手を振ると彼女はすぐさま机に突っ伏した。

 

「行こうか、セルティ――」


 思わず言葉が途切れてしまう。

 ルダージュの横でリスのような膨れっ面の召喚士が、いかにも「不機嫌です!」と自己主張をしていたからだ。


(……とりあえず抜くか、空気)


「……」


 パンパンに膨らんだ両頬を親指とその他の指で押し込む。


「ぷひゅー」


 情けない音が鳴った。


「……!」


 さすがに恥ずかしそうだ。頬を赤く染めながら非難がましい上目遣いで見上げてくる。

 ルダージュも悪乗りしたくなってしまった。頬はモチモチしてて気持ちいいし、癖になりそうでもある。


「ルダージュ……ルダージュ」


 今度はティーユが裾を引っ張ってきた。

 なんとなく嫌な予感を感じながらも彼女を見下ろすと……予感は的中していて頬をハムスターのように膨らませたバニーがそこにいた。

 しかも「ん」と顔を差し出してくる始末である。ルダージュも鈍感ではないためティーユの意図を理解できるが、それを実行に移すと収拾がつかなくなることは明白だった。


「ん!」


 情けない音がまた鳴った。誘惑と根気に負けた結果である。


(なんなんだろうなこれ。召喚士2人が精霊に頬を摘ままれてるってどんな状況なんだ? これがツッコミ不在の恐怖ってやつか?)


 放すタイミングがわからず、ルダージュは助けを求めるように視線を彷徨わせた。


「……俺は精霊科じゃないからわからないんだけど……それは精霊との新しいスキンシップなのかい?」

「ふつはほうなんへふ!」

「うん。副会長が見たら卒倒しそうな顔をしているね。お小言を言われないためにもそれくらいで満足しておくことをオススメするよ? 黙っておいてあげるから」


 ロイが言う「生徒会長としての威厳がーっ」というやつである。確かに今のセルティアからは生徒会長としての威厳など皆無だ。

 そしてジルの忠告が効いたのか セルティアが自分からルダージュの手を引き離した。


「まったく、ルダージュは悪戯がすぎますよ」

「めっ」


 寄って集ってルダージュを攻め始めた。


「ほほう、2人してそうくるか」


 ジルに「スキンシップ?」と問われたときに「実はそうなんです!」ってくぐもりながらも元気に答えていた召喚士様の台詞ではない。しかもなぜかティーユまで便乗している。


「頬を差し出してきたのはそっちだろ? ん?」

「あう……」 


 お仕置きとばかりにティーユの両頬を摘まんで伸ばす。隣で「うらやま――しい!」と本音が駄々漏れで繕うことをしないセルティアはさすがといったところだ。


「俺の忠告、聞く気ないよね」


 ジルは苦笑しながらルダージュたちを見守っていた。

 その目はどこか羨望を含む悲観を感じさせる。

 召喚士を一度は目指した魔法使いとして、何か思うことがあるのだろう。彼はその感情を吐露するように一筋の赤い雫を口からこぼし――


「ごはっ」

「ジル……!?」


 吐血した。

 涙ではなく血だ。


「ジルくん!?」

「ジル……!」


 スキンシップとかそれどころではない。セルティアとティーユも血相を変える。

 ルダージュはその時『ジルは身体が弱い』という話を思いだしていた。


「あ、またなのね? ジル。吐血するのはいいけどテントは汚さないでくれる? 掃除が大変なのよ」

「ああ、うん。ごめんね。注意するよ」


 ルダージュたち3人が今にも駆け寄って介抱しようとした矢先、そんな呑気な会話を聞いてしまったら動くに動けなくなってしまった。

 間延びした魔法科2人の会話は尚も続く。


「ハンカチいる? 薬を調合するから座ってて」

「ありがたく借りるよ。いやー精霊科が精霊といちゃいちゃしてると僕たちには目の毒だね。嫉妬の炎で赤く染まるところだったよ」

「一緒にしないでくれるかしら? それと、うまいこと言おうとしているようだけど全然うまくないから乗ってあげないわよ」

「あらら、それは残念だ。……あ、ごめん。心配かけたかな。実は最近になって持病が悪化してね。よくこんなことになるんだけど、全然別に気にしなくていいがばぁ」

「ちょっと! また吐いたの!? もう……喋りすぎよ、安静にしてなさい」

「はは、俺のお姉さんみたい」

「同級生を年上扱いとは感心しないわね……それにあなた、長男で姉はいないじゃない」


 とりあえず大事には至らないようなのでルダージュは胸を撫で下ろすが、


「姉じゃないならなんだっていうんだ」

「知らないわよ。面倒見のいい優しいクラスメイトでいいじゃない。ほら、口元に血が付いたままよ。拭いてあげるからこっち向いて」


 どっちが目に毒なのかわかったもんじゃないな、と思ってしまう。そしてそんな彼らの耳に「……どっちも爆発しろ」という、いじけた呟きが聞こえた気がしたが、本人のためにも幻聴ということで片付けられた。


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