聖剣の塔 下
「ふむふむ……ほう、これはまた――」
「あの……」
「ん?」
「まだ、ですか?」
「もう少し、もう少しだけ確かめさせてほしい」
「は、はぁ」
オリヴィエに顔を揉みくちゃにされて早数分。断るのも気が引けて了承したのはいいものの、段々と遠慮がなくなってきていた。最初はおずおずとルダージュの頬の紋様や顔の輪郭などをなぞる様な触り方だったのだが、今では頬を引っ張り変顔をさせられている。
「いはぁいんですが?」
「おっと、これはすまない」
ぱっと両手を放す……が、
「……」
「……」
定位置はルダージュの頬だと言わんばかりに手の平が彼の頬をまた包み込む。
ルダージュとしてはできればそろそろやめてほしかった。周囲の生徒たちの視線は痛いし、嫉妬も激しい。セルティアに至っては「なるほど、そのような撫で方が!」とよくわからないところで感心する始末。
「人の容姿に興味を持ったのは久々なんだ。だから、もうちょっとだけ顔を見させてはくれないだろうか……?」
仮面の所為で表情をうまく読み取れないが、なんとなく不安そうな声色だ。そんな態度をされては断れない。
(……それに俺も男だ。美少女のお願いを無下に断ることなどできようか、いやできるわけがない)
もうどうにもでもなれ精神である。
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
オリヴィエにとっての“見る”という行為が再開される。
指先で顎を伝い頬、耳、耳たぶ、眉、おでこ、鼻、瞼、鼻先、唇と、今度はまるで思い出のアルバムをめくり懐かしむ様にゆっくりと触れてきた。
こそばゆい!
「……あの方に似ている」
「精霊王、ですか?」
「そうだ。無論、瓜二つというわけではない。あの方はもう少し幼い顔をしていたし、悪戯が好きで人懐っこい顔だった。ルダージュは大人びていて生真面目な感じだな」
「聞いている限りどこも似てないような……」
「簡単に表現すると“精霊らしい顔”とでも言えばいいか。精霊界出身の人型の顔立ちというものをしている」
最後に左頬の紋様を一撫ですると「2人しか見たことないがな」とおどけるように口角を上げた。
「満足だ。ありがとう、ルダージュ。それにセルティア」
「お粗末様です」
「オリヴィエ様にならいつでもお貸ししますよ」
「そうか? 実は段々と楽しくなっていたところだ。くすぐったそうに身を捩るルダージュはなかなかくるものがある」
「わかります!」
「わからなくていいから……」
聖刀剣の巫女で雰囲気もどこか神秘的、かと思いきや意外にもお茶目なところを垣間見せたオリヴィエ。セルティアと思考が似ていることがルダージュとしては若干の不安材料にもなったが、逆を言えば少しだけ身近にも感じることができた。
「でもいいのか? 人型精霊のルダージュならば、さぞモテるだろう。ノイシスに憧れた召喚士としては気が気じゃなくなるのではないか?」
「「?」」
突然、オリヴィエがよくわからないことを言い出した。おかげでルダージュとセルティアは仲良く首を傾げ頭に疑問符を浮かべている。
そんな空気を感じ取ったのか今度は逆にオリヴィエさんが戸惑うように言葉を続けた。
「……今の子どもは精霊に恋をしないのか? 昔は絵本や書籍の影響で精霊――主に人型精霊に恋い焦がれた女が沢山いたんだぞ」
「もちろん知ってますよ。噂では半狼や竜の精霊と添い遂げた召喚士もいたと聞きます」
「精霊王も種族の壁など気にしない方だった。……故によく色々な女性にちょっかいをかけてはノイシスに怒られていたよ」
「軟派野郎だったんですね。俺としてはもっと種族に壁があるもんだと……」
「そういう考えの子もいるだろう。だがそれでは――ああいった子は生まれない」
オリヴィエが指さしたのは聖刀の前で地面に両腕をつき項垂れているヘルエルだった。聖刀を抜くことができなかったのか、後ろ姿には悲壮感が漂っている。
「エルフと人種から生まれたハーフエルフだな。私とは少し耳の形が違うだろ?」
「……ほんとだ」
確かによく見るとヘルエルの方がオリヴィエの耳より短い。
ルダージュとしてはこの世界に召喚された当初は、召喚士と精霊は飼い主とペット並みの間柄で恋愛観など皆無だと思っていた。だがセルティアからプレゼントされた絵本のおかげで童話の王子と人魚姫、ぐらいのファンタジーで捉えるようにはなっていた。
(……まさか本当に恋愛に発展する人もいるとは。ハーフエルフを引き合いに出すってことは相当現実的な話なのだろう)
「セルティアは憧れなかったのか? 精霊と召喚士の恋に――」
「あ、私は恋愛には興味ないので」
ぴしゃり、と言い切るセルティア。
この召喚士、精霊に現を抜かすばかりで色恋に疎いのである。というか鈍い。
好きな人がいるいないの次元の話ではなく、単純に恋愛事に興味が薄く、恋愛するぐらいなら精霊と戯れていたいと本気で思っているのだ。
ある意味、魔導都市学園精霊科として正しい在り方であり、生徒会長としても模範になっているため質が悪い。誰も咎めることなどできないからだ。
「興味がない……だと?」
聖刀剣の巫女が愕然としている。
(そういえば旦那さんとかいるのかなオリヴィエさん。エルフでしかも同年代の少女にしか見えないけど、ヘルエルより年上のはずだから……孫がいると言われても驚かないぞ、俺)
「セルティアよ、それでは駄目だ。若いうちはそうやっていつかいい人が現れるだろう、とのんびりしていいられるが時が経つのは早い。油断するとあっという間に百年という歳月が過ぎてしまうぞ」
「私、死んでますね」
「それどころか親に異性の好みを植え付けられてみろ。娘の誕生祝いに植えた苗木がいつの間にか“巫女の聖樹”と呼び称えられるようになっても理想が捨てられなくなってしまうのだ……」
なんとも実のこもった話である。
ガシッとセルティアの肩を掴むオリヴィエの手には力が入り、迫真的なものすら感じる。
窓の外を見ると森との境界線付近に他の樹木とは異なる大樹が堂々と2本、まるで双子のように寄り添っていた。
(もしかしてオリヴィエさんって未婚? それどころか誰とも付き合ったことがないんじゃ……いやいや、まさか、こんな美人を世の男どもが放っておくわけがない。ありえない)
「ルダージュは目の付け所がいいですね。エルフ族は子供が生まれると子の健やかな成長を願いアルルカの樹を植えるのですが、あのアルルカの樹は枯れないことで有名で――あぅ!」
大樹を眺めるルダージュの視線に気が付き、解説を始めようとしたセルティアにデコピンをお見舞いする巫女。
不思議な眺めだ。
なにか気に障ることでもあったのだろう。
「そう、枯れはしない。私たちエルフには寿命での死と老いがないのだから。だが……雨が降らない限り身動きの取れない樹は渇き続けるのだ」
黄昏ている。しかも若干のポエムも混じり始める。
「要するに恋人が現れないってことです」
「やめないか。せっかく直接的な表現を避けたというのに……最初の謙虚さはどこへ行った……?」
「いえ、よくよく考えたら今日から巫女様は先生なので、私も生徒として接しようかな、と」
一理あるな……とオリヴィエが納得してる。ルダージュもどう呼べばいいか迷っていたため、すぐ馴染みそうなセルティアの案を採用することにした。
「オリヴィエ先生は理想が高すぎるんですよ。そもそも聖刀剣を引き抜いた者を伴侶とする、なんてほとんどの人間が脱落しちゃうじゃないですか」
「……は!? 伴侶!? オリヴィエ先生が!?」
つまり聖刀剣を引き抜くと聖刀剣の巫女もおまけでついてくるということだ。
むしろそれは巫女の方が本命にしか思えない。
「こちらにはいませんがもう1人の巫女であるシルヴィエ先生も一緒ですよ」
両手に花である。
ああ、だから聖刀剣に挑戦するやつは男ばかりだったのか、とルダージュは納得する。
(やけにギラついた目をしてるやつが多いと思ったら……そういうことか。確かに男のロマンが詰まってるよ、オルガ)
「教えてませんでした?」
「初耳だよ。だけどこれでやっと合点がいった……って、オリヴィエ先生? どうしてうずくまってるんですか?」
威風堂々としていた彼女はどこへやら。伴侶の話になった途端に顔を――覆っている仮面をさらに覆って縮こまっていた。
「この痴態……自ら説明することに最早なんの羞恥も覚えることはないと開き直ってはいたが……あの方と同じ人型精霊の耳に入ると思うと……!」
居た堪れないのか、巫女という立場がなければ脱兎のごとく逃げ出してしまいそうである。エルフである彼女の白い肌が桃色に染まってしまうほど恥ずかしいのだろう。
聖剣に乗じて花婿を探していた、なんて確かに旧友には言えない。
「聖剣で婚活」
「やめてくれ!」
今度は耳を塞ぎ始めた……ちょっと楽しい、とルダージュは思ってしまう。
しかし、実際に言葉にするとインパクトはあった。なんでそんなことになってしまったのか俄然として興味も湧いてしまう。
「聖剣にこだわらずとも気になる方はいなかったんですか?」
「父と同じようなことを口にする……」
と、オリヴィエは頬を引き攣らせた後、やがて観念したようにため息を吐き、ぽつぽつと語りだした。
「元々は好みではない男から求婚を断るための常套句にしていたのだ。“聖剣を抜くことができれば考える”とな。それが当時の王の耳に入り、ならばそういう催しにしようと提案され、あれよあれよという間に今の形が出来上がってしまい……今に至る」
苦労人だ。だが、過去を懐かしむ姿はどこか楽しそうにも見えた。
「ちなみに聖剣とか関係ない場合の理想は……?」
「私たちより強い男だ」
「……」
セルティアを見つめる。どれくらい強ければいいの? という無言の問いだ。
「私とミリーを同時に相手にして完封するぐらい強くても合格ラインぎりぎりですね、たぶん」
無謀でしかない。
まだ聖剣か聖刀に審査してもらった方が安全でお手軽だ。
「で、オリヴィエ先生。物は相談ですが……聖刀剣にルダージュを挑戦させてもいいですか?」
「な、なん、だと?」
難易度が高すぎて聖刀剣を手に入れた時の想像も妄想もまったくできていないルダージュだったが、挑戦自体はタダであり、何より“聖剣”というキーワードには男心をくすぐられるため触ってみたいという気持ちもある。言うなれば博物館に来た観光客のような気分だ。
それにセルティアの望みを断る理由はない。
「精霊が挑戦するのは初めてのことではない……」
と、オリヴィエがルダージュを見上げ――さらに頭上へと視線を移した。
『ほう、ならばその挑戦、我が先にやらせてもらおうではないか』
どこから湧いて出たのか、ヴァルトロがルダージュの頭の上に乗ってポーズとっている。
それは翻訳しろという合図なのか、彼の頭を激しく揺さぶった。
「ヴァルトロも挑戦したいって言ってます」
「と、鳥の精霊か……巫女として止めはしないが――」
『話がわかるではないか! なんだろう、この塔に入って以来、ササミ―の高鳴りが抑えられないのだ。しかし、やっとわかった。我の精霊としての勘が告げている。この高揚は全てあの直刀からもたらされたものだと……!』
直訳すると「オリヴィエの胸に飛び込みたい」という意味である。
「やめたほうが……」
『未来の妻よ! 止めるでない! さぁ、いざ行かん! 我は蒼剣の霊鳥、剣とパイおつの守護者なりぃぃぃ……!』
飛躍したヴァルトロが聖剣へと向かう……が、
ガンッ
と教室の窓に突っ込む鳥のように、見えない壁にぶち当たったのか聖刀に触れることも、近づくこともできず己の勢いに押しつぶされていた。哀愁ある後ろ姿はまるでハエ叩きに潰された虫のようだ。
(……あ、落ちた)
「ヴァルトロオォォォォ!?」
ミリアがすぐに駆け寄ったので放置することにした。
「聖刀剣も……鳥はちょっと駄目なようだ」
ですよね。剣にも選択権がありますからね。
(俺は、どうなることやら)
±
ルダージュはあっさりと聖刀剣が祀られている台座の近くまでは来ることができた。
吹き飛ばされたり見えない壁に阻まれたり、なんてこともない。
後方ではセルティアが手を振り、その隣ではオリヴィエが静かに成り行きを見守っている。周りの生徒たちも人型精霊が聖剣に挑戦する姿が珍しいようで静観している。
さて、どうしたものかと首をひねる。
伝説の聖刀剣は魔力が高い人間を持ち主にするらしい。セルティアの魔力を“見た”オリヴィエがセルティアを一番聖刀剣に近い存在と評価したんだ、間違いはないだろう。この時点でルダージュは詰んでいる。それどころか力技で引き抜くことも許されない状況。魔力は低いが体力と筋力が自慢の彼では八方塞がりだ。
ミリアが実行しようとした刺さっている台座を破壊するという小細工も無駄なあがきにしかならないだろう。
本当はセルティアに聖刀剣の話を持ち掛けられたとき、鎧殻の力を使って引き抜く――なんてことも考えていた。
だが、資格があるかないかの直球勝負しか受け入れてくれないのであれば、その作戦も意味がない。
「……よし」
潔く戦って、潔く玉砕されることにした。
正直、ルダージュは聖刀剣を手にするビジョンが全く想像できていなかった。勇者が振るっていた剣をどうやったら低魔力の自分が扱えるのか、そもそも剣術もできないではないか、と。
魔装の槍や剣も普段は投げたり、振り回したりしているだけ。師範を仰ぎ、武術を一から習わないことには握る権利すらなさそうである。
(とりあえず……さっきの男子生徒の二の舞はごめんだ。俺は聖刀が放つ魔法で吹き飛ばされたくはない)
鎧殻で全身を固めるのは大げさなので、籠手だけ装備する。
国宝に触れる立場としては鑑定士の白手袋みたいでなかなか気の利いたことをしているんじゃないかと自画自賛したくなる心遣いだ。もちろん、「化物の力だから汚いだろ?」と突っ込まれてしまえばぐうの音も出ない。
所詮は気分の問題であり、魔装は魔法を無効化できるという事実に基づく防衛である。
「……うし、準備完了。名付けて灰手袋ってところか」
こういうのは勢いが大事であり、覚悟ができたら即行動。
ルダージュは透かさず聖刀の柄を握りしめ――
『……!?』
聖刀剣が震えた気がした。
「う、あ……れ?」
そこまでは、覚えている。
「……!? ルダージュ!? 大丈夫ですか! どこか怪我はしていませんか……!!」
天井が見える。どうやらルダージュは仰向けに倒れているらしい。
セルティアが駆け寄ってきて身体を起こしてくれたことで、ルダージュは自分の服が汚れていることがわかった。それはまるで地面を転がり回ったかのような砂汚れだった。
しかも、
「俺、も……吹き飛ばされた、のか……?」
聖刀は遥か前方。
一瞬で元いた場所まで戻されていたのだ。
「わかりません。私にもあまりにも一瞬の出来事で……気が付いたらもうあなたが倒れていたんです」
そう、あまりにも一瞬過ぎた。柄を握ってから、吹き飛ばされ、倒れるまで、まるで何も覚えていない。
これでは無理矢理引っこ抜こうとした男子生徒の見事な二の舞……と思いたいところだが、彼は無傷だった。それは聖刀に吹き飛ばされながらもオリヴィエが魔法で守っていたためである。
「い……っ……」
だが、衝撃が強すぎたのかルダージュは掠り傷だらけだった。
「この程度なら私でも治せます。でも一応、魔法科の方にも診てもらいましょう」
「心配性だなセルティアは」
「精霊の心配をするのは召喚士として当たり前です」
目の前で突然倒れていたら不安にもなるというもの。
(でも、どうしてこんなことに……なにか聖刀剣にとって不味いことを俺がしたのだろうか……?)
ルダージュが思い出そうとしても柄を握ったことしか覚えていないし、変な感覚が彼を襲っている。まるでさっきまで見ていた夢を思い出せなくなる。そんなもやもや感だ。
「……」
オリヴィエが傍らで佇んでいた。
仮面の奥は相変わらず固く閉ざされ、唯一表情としてわかる唇も一文字に強く結ばれていた。
「あの……すみません、俺が――」
謝ろうと思った。
原因はわからないがルダージュが根源であることは明白だ。
しかし、
「……すまない」
ルダージュの言葉を遮るように、オリヴィエの謝罪が重なる。
「皆にもすまないことをした。今日はもうこれ以上聖刀剣に挑戦することは聖剣の巫女として許可できない。すまないがこの広間も空けてもらう。上って来ている生徒には残念だが引き返すように伝えてくれ」
雰囲気に押され誰も理由を問うことはできなかった。
聖剣の巫女の視線に押されながら、ルダージュたちは下層へと続く階段に向かい塔を後にした。




