聖剣の塔 中
召喚獣と召喚士の絆はとんがりハットと青い闖入者によって分かたれた。
「セルティー! 聞いてください! 副会長ったら酷いんですよ!?」
『ルダージュ! 我が心の友よ! 寂しくはなかったか? 辛いなら我のトリ胸で涙を拭ってもよいのだぞ!』
聖剣の塔の上層に着いた途端、煤けたミリアとヴァルトロがタックルをしてきたのだ。
おかげで繋いでいた手が離れてしまった。
「ミリー? どうしたんですか?」
セルティアたちが抱き合っているためルダージュは手持無沙汰になってしまった。仕方がないのであまり気乗りしなかったがヴァルトロの羽毛をいじることにする。
「クランケット! 人聞きの悪いことを言うな!」
遅れてロイが自分の二柱の精霊を引っ提げてやってきた。ルダージュとしては会話に加わってもよかったのだが、それは召喚士同士の会話。ここは召喚獣として背後に控え、聞き耳を立てるとにした。
なによりヴァルトロがなかなかいい毛並みをしていて、ちょっと癖になりかけていた。
「マクセル? あなたは私の親友に何をしたんですか? 内容によっては許しませんよ?」
「誤解だ。怖い顔をするな。俺はただテンサイの魔女の1人のお目付け役として任を全うしていただけだ」
ロイとミリアは同じ班である。理由は学園一の問題児ミリア・クランケットを監視するために副会長のロイが抜擢された、という流れだ。
「そのあだ名もやめてください! 不名誉です!!」
「あら? 私は好きですよ。テンサイかどうかは別としてミリーとお揃いですから」
「セルティー……、――って思わず感動しそうになりましたがやっぱり嫌です! セルティーはそれでいいかもしれませんが私の場合は災難とか災厄とか、そーいった悪い意味なんですよ!?」
「ふふふ、間違ってはいませんね」
「ひどい!」
辛辣な親友である。思わずルダージュがそのやり取りに吹き出しそうになると、ミリアが口をへの字に曲げキリッとした涙目で器用ににらみつけてきた。
俺は笑ってませんよー気のせいですよー。
「もう! ルダージュさんまで!」
「はは、悪い」
親友同士言いたいことを言える仲……というのは羨ましいものだ。自分にもそんなやつができないか、とルダージュが羨望するほどだ。
(……お? ヴァルトロの羽って綺麗なだけじゃなくて所々に宝石みたいなものが埋め込まれてるのか。抉り取ったらなかなかの価値がありそう――)
『どうしたのだ友よ。そんなに捏ねくり回されたらいくらノンケの我でも興奮して――』
とりあえず投げ飛ばした。
それがルダージュたちの友情の形であり、いつも通りの光景だった。
「それで? 何があったんですか?」
「どうもこうもない。そこの魔女が聖刀剣に手を出そうとしたんだ」
「……普通では? 聖刀剣への挑戦は合宿に参加している学園生全員に与えられた平等の権利です。……まあ、ミリーが女の子という点を除けばおそらく学園で一番引き抜く可能性がありますし、男の子として焦る気持ちもわかりますが――」
「勘違いするな。俺は端から聖刀剣に興味はない。問題はこの塔ごと全てを破壊しかねない魔力を帯びて剣に近づこうとしたそこのアホだ」
「……ミリィ?」
「ひっ」
セルティアの笑顔は素敵だ。もちろんこの場合は横顔限定であり、あの笑顔を正面から受け止める勇気はルダージュにはない。
「だ、だって歴代の先輩方や過去の偉人の方々が挑戦してビクともしなかった聖刀剣ですよ!? 直接的ではなく搦め手で刺さってる床を壊そうって考えてもいいじゃないですか! そしたら挑戦する前に後ろから副会長に魔力チョップされて暴発して――ぃたぁぃ!」
「世界的な遺産になんてことを……反省しなさい」
セルティアのマナを纏った手刀――もとい魔力チョップがミリアの顔面に炸裂する。咄嗟に魔力の壁で抵抗したようだが完全には防げなかったようだ。
ただの自業自得のため同情する者はいない。
「副会長、よくやってくれました。引き続きミリアが過ちを犯さないように見張っていてください。ついでに合宿中に魔力がちゃんと制御できるように特訓してあげてください。手段は問いません。手心も不要です」
「言われなくてもそうするつもりだ。まさかこいつがこんな危険分子だとはな。俺の認識が甘かった……覚悟しておくんだなクランケット」
「いやぁあ~! 帽子は掴まないでくださいぃ~」
一件落着である。
ミリアがこの合宿中に徹底的にロイにしごかれることが決定し、万々歳の大円満に収まったのだ。
聖剣の塔が学園生によって倒壊……などという洒落にならない大事は見事に回避された。
「面白い会話をしているじゃないか。私としてはあの手この手と策を講ずるのは嫌いではない」
唐突に第三者の声が割って入った。不躾だが不思議と不快感はない。それどころかその澄んだ声は彼女の性格をそのまま表してるかのようで小気味好さすら感じてしまうほどだ。
「オ、オリヴィエ様!?」
セルティアが狼狽えるのも無理はない。
期間限定の学園の先生――という肩書があろうと、その実態は『聖剣の塔の巫女』というルダージュの尺度では測定不可能な偉人。そんな巫女オリヴィエがいつの間にか隣に立っていたら誰でも畏縮してしまう。
「すまない、目が見えなくなってから耳の感度が鋭くなってね。君たちの会話が興味深くてつい盗み聞きをしてしまった」
「あ、う、すすすすいません! つい出来心だったんです! 本当に塔をぶっ壊そうなんて考えていたわけじゃなくて――」
慌ててミリアが釈明しようとするが巫女はあまり気にした様子もなく首を傾げた。
「ん? あぁ、謝る必要はない。過去にもそういう生徒はいたし、数年に一度開かれる剣聖の儀でも少なからずおったよ」
「そ、そうなんですか?」
「それに……見ていなさい」
彼女が指さした方向には一振りの直刀が台座に突き刺さっていた。
聖刀剣――または聖刀と呼ばれる宝剣。それを今まさに、1人の男子生徒が引き抜こうと手を掛ける。
「はっ!」
柄を握りしめ力を込めている。だが聖刀はビクともしない。
大地に根を下した大樹のように気高く、塔の天蓋をすく太陽の光が刀身を揺らす。“聖なる刀”の名に相応しいその直刀は、彼を受け入れなかった。
聖刀に触れることすらできない、とヘルエルは大仰に言っていたが、実際はそこまで厳しくはない。一般人でも触れることはでき、結界のように弾かれる者は少ない。
ただ、どちらにしろ結果は変わらないというだけだ。
「くそっ」
無駄と理解しても諦めきれなかったのか、ただ業を煮やしたのか、男子生徒は段々と腕に力を入れ、片手から両手、手だけではなく足を踏ん張り、身体全身をばねのようにしならせ――
(って、おいおいおい! 力技かよ! 傷つけたら大変だぞ!?)
「くく、やんちゃな坊やだ」
ハラハラしているルダージュの横で巫女が笑う。
「おいたが過ぎると嫌われてしまうぞ?」
瞬間、塔の内部で嵐が吹き荒れる。バチンと稲妻が走ったような音と共に男子生徒の手が聖刀から弾かれ、風圧が彼を吹き飛ばす。
あまりに一瞬の暴風。ルダージュたちは少し体がよろめき髪を乱されたくらいだが、直撃を受けた彼はそのまま地面をゴロゴロ転がり巫女の前で不自然なまでに急停止した。
オリヴィエは手を掲げている。魔法で生徒のことを止めたのは明白だ。
「お疲れさま。諦めの悪さと努力は認めてもいい。だがそれでは聖刀剣の所有者としては相応しくないな、少年」
「え? ……あ、はい」
男子生徒は自分の身に何が起こったのかうまく把握できていないようだ。派手に転がった割には傷一つついていないのは奇跡としか言いようがない。
「正座したまえ」
「え、あ、あの――」
「正座だ」
「……!」
声色は柔らかいのに凄みを感じる。
無意識のうちにルダージュも背筋を伸ばし、姿勢を正したぐらいだ。
「アルフォスの姉として弟に憧れてくれるのは嬉しいが聖刀剣は繊細な剣だ。君も男なら……そうだな、女性に接するように優しくしてくれないと剣に嫌われてしまうぞ?」
「も、申し訳ありません!」
綺麗な土下座である。
この世界にもあるんだな、正座と土下座。と別のところで感動を覚えていたルダージュはさておき、オリヴィエの言葉は続く。
「私は君のような気概は嫌いではないが……それとは別に、あの程度のそよ風で倒れてしまうようではまだまだ修行が足りないな。この合宿を機により自分を磨くといい」
「はい! ありがとうございます!」
男子生徒は説教をされながらもその後二三言、言葉を交わすと晴れ晴れしい笑顔を浮かべて班員の元へと戻ろうとする。そこでは巫女に説教されていた姿を妬んだのか、多数の男子生徒が魔法を掲げて待機していたが、幸せ絶頂の彼は気付くことなく死地へと赴いて逝った。
「――と、まぁ多少やんちゃしたところで聖刀が迎え撃つだけだ」
オリヴィエが振り返りミリアを見つめる。
つまりは塔を破壊するほどの魔力で近づけばそれ相応を迎撃が待っている、ということだ。
「ち、ちなみに私があのまま挑戦したら……?」
「柄に触れることすらなく外の岩壁まで一直線だ」
「――」
オリヴィエがご丁寧にも魔法で岩壁とミリアらしき球体をマナで作り再現を始める。ピューと壁に吸い込まれていったミリア(仮)がパーンと音を立てて弾けてしまった。
コミカルでシンプルな寸劇だが、なぜかグロい。
ミリアは今にも白目をむきそうな勢いだ。
「ふ、ふふふ、副、会長! 私が間違ってました! あなたは命の恩人です!」
「わかった――わかったから引っ付くな!」
「くく、冗談だ」
「合宿中は大人しくしてます! 副会長の命令に従って慎ましく生きますから! 私を見捨てないでください! 一生ついていきますからぁ!」
「いいから手を放せ! 暑苦しい……! 巫女様が冗談だとおっしゃっていたのが聞こえなかったのか! あぁ~ったく、アンヴリュー! お前の親友だろ!? どうにかしてくれ!」
「マクセルになら安心してミリアを任せられますね。お幸せに」
ロイが胸を押さえ始めた。素直になれない男に対し、遠回しの「あなたに興味ない」発言が心に刺さったようだ。ルダージュはちょっと同情してしまった。
しかもロイの肩に乗っているイルムがミリアを威嚇してガルバトスがそれを宥めている。賑やかだ。
「君たちはどうする?」
蚊帳の外になっていたルダージュとセルティアに巫女が挑戦的な笑みを向けてきた。
(……というかこの人、目が見えないようだけどそういったことを一切感じさせない。立ち振る舞いや身のこなしに迷いがない。どうなってるんだ?)
今もまたセルティアに向き直り、瞳を閉じながら観察するように眺めている。不思議な巫女だ。
「私は……ノイシス様を尊敬し召喚士となったので遠慮しておきます。剣ではなく杖の方が扱いに慣れていますから」
「そうか? 魔力の安定と強さを見れば君が一番聖刀剣に近い存在だったのだが……ん? この魔力は……」
と、オリヴィエが訝しげにセルティアに近づき顔を寄せる、そしてややあってからぽつりと呟いた。
「もしかして君は、紋章持ちの――」
「はい、ノイシス様から加護を授かっていたセルティア・アンヴリューと申します」
「そうか、アンヴリュー家のセルティア……くく、やはり時が経つのは早いものだ」
オリヴィエは「実は――」と前置きし、
「君は覚えていないだろうが君が赤子の頃、私とシルヴィエに出会っているのだ」
「王都アリアデュランの王城ですね。私が加護持ちであることを父と母が報告した際、祝福の詩を頂いたと聞き及んでおります」
「ふむ、ご両親から聞かされていたか」
「その節はお世話に――」
セルティアが感謝の言葉と共に頭を下げようとしたとき、オリヴィエはその頭にポンと手を置き押し止めた。
「そう堅苦しくしなくともよい。あの方は天才であるがゆえにどこか破天荒で、私たちも旅へ出るたびに――いや、いつも手を焼いたものだ。“ノイシスの加護”など大層な名が付いてはいるが、友である私たちですら意味がわからない魔法だからな。詩は贈るが本当に祝福していいものか、私たちも悩んでいるのだ」
「は、はぁ……」
「“加護持ち”という肩書も窮屈だろう。色々と苦労したのではないか?」
「っ!」
置いてけぼりだ! 会話に参加できない!
セルティアが図星を付かれたような表情をしてるのがルダージュとしては心配なのだが、だからといって邪魔をできる雰囲気でもなかった。
「……」
セルティアが何か言いたそうにルダージュの方をちらりと覗き見る。だがそれも一瞬で、すぐさまオリヴィエに向き直ってしまう。
「わ、私は! 幸せ者です! 学園にも通わせてもらっていますし、それに……」
「それに?」
「ルダージュにも出会えました!」
会話への強制参加である。これから昔の話に花を咲かせるのかと思いきや、急にルダージュが照れるようなことを言い出すので油断も隙もない。
「ルダージュ? それは君の――セルティアの精霊の名か?」
「はい!」
「紋章持ちの精霊か……さぞ膨大な魔力を有しているのだろう」
すみません、魔力レベル2の雑魚です。
セルティアも少し困った顔をしており、ルダージュのことをどう説明したものか悩んでいる。
「しかし、はて? 感が鈍ったか? マナを感じ取れないな。森の内部であれば誰がどこにいるかくらいは把握できるのだが、それらしい魔力を感じない。……セルティアよ、霊核化させて魔力を抑えさせているのか?」
「いえ、あの……」
「ん?」
「私の、と、隣に」
「隣……? 彼がどうした?」
ルダージュはほとんど話していないのに性別を言い当てられてしまった。セルティアも驚きを隠せないのか目を丸くしている。並大抵のことではないようだ。
「お初にお目にかかります、セルティアの契約精霊のルダージュです」
いつまでも無言を貫くわけにもいかず、緊張しながらもルダージュは巫女に話しかけた。
「ああ、こちらこそよろしく。聖剣の塔の巫女オリヴィエ・リオン・ルフォルだ。しかし、最近の精霊にしては妙に畏まっているな。精霊は我々人類にとって良き隣人。そんな話し方をされるとこちらとしてもむず痒い……ん?」
ぴくっとオリヴィエが動きを止める。まるでロボットが停止したような見事な硬直だ。
「――セルティアよ」
「はい」
先程までとは打って変わって深刻な空気を醸している。
心境の変化を促す“何か”が今の一瞬で起こったのだ。
それは、
「人型精霊の召喚に成功したのか?」
雰囲気に押されてか、こくり、とセルティアは頷くだけだった。ルダージュとしても辺境の森に住むエルフとはいえ、稀有な存在である人型精霊の存在を学園の関係者が“今、初めてその情報知りました”みたいな反応があまりにも意外で、どうしていいのかわからない。
学園から報告されていないのは、どう考えても不自然だった。
「ふむ」
一息、オリヴィエが呼吸をはさむ。余程、驚いているようだ。
「大丈夫ですか? 巫女様」
「オリヴィエと、そう呼んでくれ。様も不要だ」
葛藤が、彼女の中に渦巻いているのか、仮面の下で閉ざされた瞼からは彼女の心中を察することはできない。ただ精霊王の知人として人型精霊に対し何か思うところがあるのかもしれない。
「とりあえず、だ。ルダージュ」
「なんですか?」
「貴方の顔に触れてもいいだろうか?」
……なぜ?




