聖剣の塔 上
オリヴィエ・リオン・ルフォル。
巫女として聖刀剣を護るエルフの女性。
見た目は少女にしか見えないが大召喚士ノイシスの片腕として活躍した勇者アルスの姉である彼女の年齢はヘルエルの数倍にも及ぶ。
幻魔期と畏怖された災厄の時代。その名の通り“幻魔”と呼ばれる魔物ではない化物に世界は脅かされていた。デュカリオン大森林に住むリオン族も例外ではなく、幻魔の襲撃に遭い壊滅の危機に追い込まれた。その際、オリヴィエは巫女として妹――シルヴィエと共に聖剣の封印を解き、弟のアルフォスに聖刀剣を託す。
その後、アルフォスは家族と部族の仇として幻魔を殲滅する旅に出るが、オリヴィエとシルヴィエは襲撃によってできた後遺症により里に残り、巫女として聖剣の塔を守護する道を選んだ。
幻魔がノイシスたちの働きにより全滅し、聖刀剣がまた祀られるようになってからは聖刀剣を管理する巫女として役目を果たしている。
――これがルダージュがヘルエルから聞いた巫女に関する情報だ。
許可証を得て森を入ると、すぐに開けた場所に着いた。そこは例年、合宿の拠点となる場所であり、教師の指示により生徒たちは男女に分かれ、自分たちの寝床であるテントを組み立てることとなった。
ルダージュたちセルティア班男性チームも同様に作業をこなしていたが、その間ずっと勇者ファンであるヘルエルが巫女たちについて熱く語ってくれた。
彼曰く――オリヴィエとシルヴィエは陰の立役者であり生きる伝説。世代や種族を問わずかなり人気があり、2人を拝めることを楽しみにしていた生徒も少なくないのだ。
「うし! 俺たちも完成だな。お嬢たちは……っと、手伝う必要はなさそうだ」
オルガはアリージェたちが順調にテントを張っているのを確認すると、うんうんと頷きまた口を開いた。
「お嬢たちの準備が終わったら俺たちも移動するか。出遅れて機会を逃すのは嫌だろ?」
「……僕に言ってるのか?」
「当たり前だろ。挑戦するんだろ? 聖剣に」
「言わずもがな――だが、君は間違っているぞ。オルガ。今日はオリヴィエ様が塔を管理している……ということは聖剣ではなく聖刀だ」
「ん? あー……そんなのどっちでも――」
「よくはない」
「え? なに? どういうことだ?」
「ほら、ルダージュが困った顔してるじゃねーか」
「話の流れが掴めん」
「細かいが大切なことだ。ルダージュ、なぜ聖剣の塔と呼ばれているのに“聖刀剣”と呼ぶか知っているか?」
ルダージュは首を横に振った。あまり細かいことは気にならない性格であり、いちいち質問していたら話が進まないと思って今まで流していたからだ。
「話は簡単だ。勇者アルスが聖剣の塔で引き抜いたその武器は“形状を変化させる剣”だったんだ。と言っても直刀か両刃剣の2種類しかないらしいが」
「だからその名の通り“聖なる刀と剣”なのか……」
わりとどうでもいい……と思ってしまう。豆知識のような小ネタ感を彷彿とさせる情報だ。
「祀られている今も定期的に聖剣から聖刀、聖刀から聖剣と形状を変化させている。巫女様たちは武器の形状でその日の担当を変えるそうだ」
「聖刀だったらオリヴィエ様、聖剣だったらシルヴィエ様……みたいな?」
「呑み込みがいいな。百点をやろう」
「ははは……」
「ちなみに試験とかには出ねーぞ」
やっぱり豆知識である。ルダージュの場合は精霊なので試験すら関係の話だ。
「ルダージュー!」
遠くからセルティアの声が聞こえてきた。
「どうやらお嬢たちもできたみたいだな」
「ああ、合流しようか」
初日の今日はテントを張り終えたら夕飯の準備が始まるまで自由時間だ。テント内で休息をとるもよし、教師に許可を取り精霊と森に探索へ出るもよし。
だが、ほとんどの生徒は拠点の広場から聖剣の塔へと続く道を我先にと進んでいく。
それはセルティア班も例には漏れなかった。
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聖剣の塔は岩の壁に囲われていた。
一部、人が通れるように無理矢理開けたのか、不自然に抉られた穴から壁の内部に入ることができた。
森の木々よりも高く、重厚な石造りの塔。
アリアストラの住人ですら生涯に一度お目にかかれるか否かの歴史的建造物。
ルダージュが『さぞこの世界の生徒たちは感動に打ち震えて観光するのだろう』と思いきや、学園生たちは塔自体にはさほど興味がないのか、次々と上層へと続く階段を上って行ってしまった。
「ふふ、私たちも行きましょう。ルダージュ」
自然と手を繋いでくる召喚士。
邪険に扱うと物凄く悲しい顔をされるので、こういう時のルダージュは軽く握り返すことを教訓にしていた。
「私は聖刀を観賞するだけでも満足ですが、ルダージュは挑戦してみますか?」
聖刀と呼ぶ当たりさすがの生徒会長といったところだ。
「挑戦ってのはアレか? 聖刀剣を引き抜く……ってやつ? 精霊が試してもいいのか?」
「もちろんです! と言いたいところですがオリヴィエ様から許可を頂く必要はありますね。私はルダージュを精霊としか見ていませんが、精霊王と同じ人型なら男性としても意識してもらえるかもしれません」
「?」
セルティアの言動は今のルダージュには難解だった。
なぜ精霊ではなく男として見られなければならないのか。その理由がわからない。
「あ、でも安心してください。最近は男性ばかりでは不公平だと声が上がり、女性でも挑戦していいことになったそうなので……おそらく巫女様の守備範囲はかなり広いですよ」
「はぁ……?」
守備範囲? 女性も挑戦していい?
むしろ今までは駄目だった理由が思い浮かばない。少なくともルダージュはアリアストラという世界で種族間の差別や男尊女卑、女尊男卑を感じたことはなかったので、さらに謎は深まるばかりだ。
「アリージェはどうしますか? 私はオリヴィエ様とシルヴィエ様に御会いし、少しでもお話ができれば満足ですが――」
「わたくしも同じですわ。思い上がる訳ではありませんが、もし聖刀剣が抜けたとしてもわたくしにはもったいない御方です。それに将来は――」
と、頬を染めたアリージェがちらりと横を歩いているオルガを盗み見る。
「ん? どうしたんですかお嬢」
「な、なんでもありませんわ! オルガ、釘を刺しておきますがあなたは聖剣を抜いては駄目ですよ!」
「えぇー!! どうしてですか!? 聖剣には男のロマンが詰まってるんですよ! 挑戦だけでもしたっていいじゃないですか!」
「邪まな気持ちが透けて見えます! 却下ですわ!」
執事として主の命令にはさすがに逆らえないのか、がっくりと肩を落とすだけでオルガはそれ以上反論することはなかった。
「セルティア。わたくしはこの色ボケ執事さんと先に行って見学していますわ」
だが、その落ち込む姿すらアリージェは気に食わないようで、彼の腕に自分の腕を絡めると引きずる様に階段を上っていってしまった。
「相変わらず彼らは仲がいいな」
「私たちも……マブダチ」
ティーユがヘルエルの背に引っ付きながら何か適当なことを呟いている。
「君の場合は疲れてるだけだろう。……いい加減離れてくれ」
「のんのん、眠たいだけ」
「テントで休んでいればよかったじゃないか」
「仲間外れ、よくない……」
「むぅ」
2人には身長差がありティーユがヘルエルにしがみつくとギリギリで地面に足が届かなくなる。
面倒見がよさそうなヘルエルはティーユに懐かれてしまったようだ。
ため息を吐き、説得を諦めた彼は気だるげなバニー娘をおんぶする。
「まったく、帰りは自分の足で歩くんだぞ。そもそも明日から本格的な合宿なんだ、この程度のことで――」
「パパ優しぃー」
「誰がパパだ。これでも僕はまだ100代の若造だぞ」
10代やら20代ならいくらでも聞いたことがあるルダージュだったが「100代」は初耳だった。しかもエルフでは若造扱いである。
「おじいちゃん優しー」
「エルフに老後などない。振り落とすぞ」
と、なんだかんだ言いつつ彼らもアリージェたちに続いた。
「皆さん、仲がいいですね」
「そうだな」
クラスメイトたちの仲睦まじい様子に呆れながらもルダージュたち2人は向かい合い笑い合う。
「――では、私はルダージュにお姫様抱っこでもしてもらいますね」
「対抗しなくていいから」
さも当然のように要求してくるあたり本気なのだろう。精霊に抱っこされながら階段を上る生徒会長など威厳もへったくれもないため断固として却下する。
「他の生徒も見てるんだぞ。自重しろ」
「見てなかったらいいんですか?」
「……」
言葉に詰まってしまう。咄嗟に否定の言葉が出てこない。
やぶさかではない――と思ってしまったからだ。
「ふふ」
そんなルダージュの心を見透かしているのか、セルティアの笑顔は眩しいものだった。
「楽しみにしてますね。ルダージュ」
「……」
やはりルダージュは、何も言うことができなかった。
近日中に中と下も投稿します。




