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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
34/155

英雄の森

「どうした、僕の顔に何か付いているのか?」


 昨日出会ったエルフのことを考えていたらヘルエルに疑問を投げられた。

 どうやらルダージュは無意識に同族である彼のことを凝視していたらしい。


「ぁ……っと、すまない。そういうわけじゃないんだ。昨日のことを思い出して……」

「昨日? ――あぁ、僕の同族(エルフ)に助けられた話か」


 移動の疲れにより、合宿2日目の馬車内は先ほどまで沈黙に包まれていた。だが、ヘルエルを皮切りに言葉が飛び交い始める。


「召喚士としていつかお礼を言いたいですね」

「わたくしも……セルティアの暴走を未然に防ぐことができた功労者に感謝の言葉とともに金一封でも贈りたいものですわ。そのエルフの女性は我が学園の救世主ですもの」


 大袈裟な物言いだが割りかし嘘とも言い切れない。


「暴走とは失礼な」


 隣でプンスカと怒ったふりをするルダージュの召喚士様。どうやら彼がいない間――というより、ルダージュがいなくなってしまったせいで文字通り“暴走”しそうになったのだ。


「“アレ”を“暴走”と呼ばずして何と呼ぶのですか、ルダージュが迷子と知るや否や魔法で空を飛んで迎えに行こうとするなんて……王都は学園都市とは違い、飛空が禁止されているのですよ?」

「だから、普通に歩こうとしたじゃないですか」

「それが本当に普通なら止めようとはしませんでしたわ。わたくし、あなたが呟いたこと聞き逃してませんのよ?」

「はて?」

「白々しい……民家を眺めながら「邪魔な壁ですね」と呟いたのはどの口ですか!」

「ふふ、冗談ですよ」

「目が本気でしたわ!」

「慣れてくださいお嬢。俺たちが知っている生徒会長はもういないんです。召喚士となって精霊(ルダージュ)と一緒にいる彼女が素なんですよ」

「うぅうっ~わたくしの憧れの女性が、ここまで精霊に盲目だったなんて……」


 知ってはいたが受け止めきれなかったのかアリージェが顔を覆ってしまい、そんな彼女を執事のオルガと当事者のセルティアが宥め始めた。

 不憫だ。


「騒がしくなったが、話を戻すか。ルダージュは僕に聞きたいことがあったんじゃないか?」


 セルティアたちを横目に、ヘルエルが続きを口にする。


「君のことだ。大方、我々のこと――エルフとはどんな種族か知りたいのだろう」

「俺ってそんなにわかりやすい?」

「わかりやすいというより有名だから知っている、と言った方がいいだろう。他の精霊はこの世界の種を“人間”と一括りにする。だが人型の君はエルフ、人族、獣人、亜人と分けて人を観ている。前に獣人の友人が言っていたよ。『人型精霊は俺たちの耳や尻尾を物珍しそうに観察する。一昔前の人種みたいな反応だ』ってね」

「……」

「――ああ、勘違いしないでくれよ? そいつは別に君の視線が嫌って訳じゃないんだ。僕もそうだがルダージュがそういった人間の種を気にすることに驚いていてね。人型精霊特有の反応だ、と僕たちも物珍しく思っているだけなんだ。気を悪くしたか?」

「いや、そんなことはない」

「それはよかった。実は彼の有名な精霊王も君と同じように種族の違いに戸惑ったそうだ」

「精霊王が?」


 精霊王――魔法使いノイシスに召喚された最初の召喚獣。そして最後の人型精霊だ。


「僕たちからしてみれば精霊の千差万別の姿かたちを創造した王が何をいまさら驚くことがあるのか、と思ったものだが、文献によると精霊王が他種族に出会う度に『耳を触らせてくれ』とせがんだらしい」


 ルダージュも人のことを言えたものじゃないが初対面の相手に対して失礼な精霊である。

 その多少の尊大さが王たる所以(ゆえん)でもあるのだろう。


「僕が尊敬する勇者アルスも精霊王にとってはエルフとの初めての邂逅だったらしくてね。彼も被害者の1人さ……っと、丁度いい」


 外を見てくれ、とヘルエルが馬車の窓を開け前方を指さす。

 そこには地平線を覆い尽くす巨大な森が現れていた。


「あれこそが勇者アルスが誕生した英雄の森。デュカリオン大森林だ。学園の許可がなければ関係者以外立ち入り禁止の絶対領域。聖剣の塔がそびえ、伝説の聖刀剣が祀られている聖域。僕もここまで間近で見られるのは初めての経験だ。この合宿に参加するために僕は学園に入学したと言っても過言ではない」


 冷静に見えるが興奮が抑えられないのか白い肌を高揚させ熱っぽくヘルエルが語り続ける。

 セルティアがノイシスについて語る時と同じ空気であり、それは馬車が森の手前で停留するまで治まることはなかった。

 目的地へと到着したため、生徒たちが解放されるように外へと飛び出していく。


「エルフの森は結界によって守られている。その里の部族が魔法を施した許可証を身につけなければ中に入ることはできない。だが……見てみろ」


 ヘルエルの視線の先では男子生徒が許可証を持たないまま森に侵入しようとしていた。


「おい、あれは大丈夫なのか」

「本来であれば許される行為ではない。だがこのデュカリオン大森林の結界を破る、とは拍が付くことと同義。今後のための力試しのつもりなのだろう。止める必要はない」


 案の定、侵入を試みた男子生徒は結界に阻まれたのかバチバチと雷撃に包まれ吹っ飛ばされていった。魔法科の医療班がすぐさま治療にあたっているが、確かに彼を咎める者は教師の中ですらいなかった。

 それどころか他の生徒――主に男子生徒が次々と結界に飛び込んでいっては返り討ちに遭い黒焦げになって戻ってくる。

 

「……バカなのかあいつらは」

「言ってやるな。男には意地っつーもんを見せなきゃいけねえ時があるんだ」


 いつの間にかルダージュたちの隣にオルガが並んでいた。


「まさかお前も参加する気か」

「おうよ! これは男のロマンが詰まってる。ここで立ち止まってちゃ――っぐふ」

「まさかあなた、わたくしをおんぶしながら結界に突進するなんて暴挙、冒しませんわよね?」


 ツペル(靴)がアグニードと共に我先にと馬車から外へ飛び出してしまったため歩くことができなくなってしまったアリージェ。その緊急手段として今現在彼女はオルガにおんぶされながら移動している。


「じょ、冗談ですよぉ、お嬢! だから首から腕を放してください!」

「面白くありませんわ。いいから早くツペルとアグニを捜してください! わたくし、恥ずかしくて顔が熱くなってきましたわ。予備の靴もツペルが持って行ってしまいましたし……」


 かぁ~と茹蛸のように肌を真っ赤にし、オルガに隠れるように抱き着く。この世界で成人に近い彼女が他の生徒も見ている中、従者におんぶされているという状況は耐えられないのだろう。

 しかもこれは精霊たちによる悪戯である。

 ツペルたちは去り際に『ドキがムネムネ、おんぶだっこ大作戦決行よ!』と叫びながら逃げていたのだ。元凶たちがわざとこのシチュエーションを作ったのは確認するまでもない。さらには「おんぶすればいい」と提案したのはルダージュであり、彼も一枚噛んでいる。


「なに言ってんですかお嬢。小さかった頃なんてお嬢はおてんば娘で怪我した時とか疲れて歩けなくなった時なんかいつもこうやっておんぶしてっ――ぃてててて!!」

「いい加減にしませんとその軽いお口にツペルを突っ込みますわよ! ――あ! ほら! あちらにわたくしたちの精霊が! すぐに向かうのですオルガ号!」

「やっぱり昔と変わらないじゃないですか~!」


 主従であり幼馴染。

 仲の良い2人を見送りながら、


「……で、今後のため、とか男のロマンとかどういう意味なんだ?」

「……簡単に言えば聖刀剣を引き抜くための準備運動だ」


 嵐のように去っていった主従を眺めながらルダージュたちは会話を続ける。一日中ずっと寝食を共にすればもはや慣れた光景だ。


「はぁー……って、聖刀剣を抜く!?」


 まるで使い古したゲームのイベントではないかと驚く。


「勇者アルスが聖刀剣を手放すときに明言したそうだ。『聖刀剣に認められし者に私の全てを託す』と。当時の国王も勇者の想いを尊重し、聖刀剣を国宝として管理している。今でも所有者が見つかればすぐにでも王国騎士として抜擢され、昇進できるだろう」

「出世街道まっしぐらか。だけど、それとあいつらの特攻に何の関係があるんだ?」

「単純な話だ。聖刀剣は強いやつしか相手にしない。結界も破れないようでは触れることすらできないだろう」

「なるほどね」


 だから準備運動なのだろう。

 また1人、また1人と宙を舞い黒焦げになって生徒が戻ってくる。見た目的には派手で痛々しいがそれほどダメージを負っているわけではない。回復魔法をかけられた彼らはすぐに起き上がりピンピンしていた。結界という名称通り、自衛には優れているが攻撃性はないのだろう。むしろ生徒たちのために安全性を重視しているようにも見える。


「……匂いに釣られた」

「ティーユ?」


 眠そうな赤い瞳が森を睨む。

 後ろを歩いていた彼女はセルティアの手を借りながら移動していた。小さくも鈴の音のような声と視線を追うと、そこには四足の魔物が森から顔を出し黒焦げになった生徒と治癒に当たっていた生徒に狙いを定めている瞬間だった。


「冗談ではないぞ。こんな状況で襲われるなど、バカバカしい――」

「ルダージュ!」


 ヘルエルが胸元のアクセサリーに手を伸ばし、セルティアが名を呼んだ時にはもう魔物が森を飛び出し一直線に獲物の元へ駆けていた。


「っ!」


 魔装で三叉の槍を形成し、射出する。

 それは今にも生徒を食い殺そうとする魔物の大口に吸い込まれ、喉を、皮膚を、貫通して首の根から血飛沫とまき散らした。

 放たれた槍の勢いは抑えず、大型の魔物を吹き飛ばし、森にあった樹木に磔にした。


「おみごと」


 やる気のない拍手がルダージュを称賛している。

 振り向き、魔装を解くとぼとりと大きな音を立てて魔物が地面に落ちた。


「……人が焦げた匂い。香ばしい匂い。魔物の鼻をくすぐる」


 どうして魔物が襲ってくるとわかったのか、ルダージュが質問しようとしたら先読みされてしまった。


「匂いを嗅ぐ音が聞こえた」


 ティーユはそう言って自分の兎耳を立て、なぜか手の平でもウサ耳を作る。彼女なりの意思表示なのだろうか。


「……ぴょん」


 真顔で兎の真似をしている。しかも鳴き声ではなく効果音だ。何のアピールかわからず絡みづらい。


「さすがですティーユ、そしてルダージュ。私はこのことを先生に報告しておきます。あなたは魔法科の生徒のお手伝いをしてください」

「さーいえっさー」


 ずるずるとセルティアに引きずられていくティーユを見送りながら、ルダージュとヘルエルは森の入り口にたどり着くまで周囲を警戒する。

 いつもの日常に突発的なアクシデント。


 異世界の合宿らしい展開に、ルダージュは1人心躍らせる。



 ±



 魔物の登場により生徒たちが結界を使った力試しを控え、黙々とデュカリオン大森林の入り口手前までやってきた。精霊科、魔法科の子どもといえども、彼らは異世界の魔法使い。厳戒体制を敷けば森の魔物も早々に近づくことはできない。最初の襲撃以来、襲われることはなかった。


「みんな揃ったかー? では各班整列! 点呼を取り次第担当教員に報告!」


 数多くの教師がいる中、アーネが珍しく獣耳をキリッと立て指揮を執っている。

 セルティアの担任となった彼女とはこれから関わりも増えてくるだろうが、早速意外な一面を垣間見てしまった。


「んーっし、さすがにこの短距離で迷子になるおバカさんはいなかったようね。……結界に挑むせっかちさんは沢山いたようだけど」


 男子生徒とごく一部の女子生徒が目を逸らす。


「まったく、毎年毎年性懲りもなく……って愚痴ってる場合ではないか。これから合宿の拠点となる森へ入る――が、その前に許可証を発行してくださった、オ……」


 お……?


「――巫女様よりお言葉を頂戴する! 心して聞くように!」


 様付けをするほどの巫女の名前を覚えていないアーネに対し、ルダージュはがっくりと肩を落とした。

 しかし、周囲の反応は皆無に等しい。

 自分と同じように呆れている生徒が大半かと思えば、


『……』


 彼らの視線はある一点。アーネの背後に控えているローブを纏った人物に注がれていた。

 

「くく、アーネよ。貴様も人のことが言えぬではないか。毎年毎年忘れおって」

「も、申し訳ありません」


 昨日出会ったエルフと同じ純白のローブだ。しかし、普通に喋ることができており、筆談をする必要がない。「別人か?」とルダージュが首を傾げている間に、


「学園生諸君! 遠路遥々よくきた!」


 フードが外れ、緑がかった金髪が風に揺れる。そこには口元ではなく、目元を覆うように上半分を隠す仮面と固く閉ざされた瞼があった。


「君たちは今日から五日間、このオリヴィエ・リオン・ルフォルの生徒だ!」


 エルフの少女が快活な笑みを見せ、生徒たちから割れんばかりの歓声が沸く。

 それが瞳を閉ざした少女、オリヴィエとの出会いだった。

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