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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
31/155

デジャビュ

 干乾びた鳥と肌艶が良くなった蛇と雑魚寝していたころ。


『む、式が終わったようだ』


 眼下を眺めていたイルムが尻尾を振りながら伝えてきた。彼女の言葉に釣られ、ルダージュが下を覗くと朝の光景を逆再生したかのように大講堂から人がぞろぞろと出てきた。

 入学式が終わったようだが、少し様子がおかしい。


「あれ? 次は教室で顔合わせだよな?」

『妾もそのように聞いておる』


 入学式終了後、学園の生徒たちは学年ごとにオリエンテーションを行う手筈となっている。担任の教師から授業内容や今後の予定――特にセルティアたちは精霊科1年は、2日後に控えている合宿の説明を受けることになっている。


 残念ながらそこでもルダージュたち精霊は蚊帳の外である。ほとんどの精霊には一方的にしか言葉が伝わらないので、いてもいなくても変わらないという判断である。


「なんで校舎に入らないんだ?」

『わからぬ』


 オリエンテーションが終わった後、すぐに召喚士たちと合流できるように、召喚獣(ルダージュ)たちは校舎の屋上で待機していた。だが肝心の生徒や教師は校舎に入らず、校庭を囲むように楕円を描き始めた。

 まるで試合場(リング)の観戦者だ。

 そこにはセルティアを除く生徒会役員の面々を含まれている。


『ぱ……ぱぃ……ぱぱ……い』


 血を吸われ、天日干しにされていたヴァルトロが地面を這って寄ってきた。鳥型ゾンビにしか見ず、元に戻す必要がある。


「ヴァルトロ、お前の好きな総長さんが下にいるぞ」

『ひゃっほーう!』


 干乾びた身体が一気に膨らむ。脅威の回復力である。


『おほ! 我が神が君臨なされているではないか! お? その隣にはミリアも……ルダージュにイルヴェノムよ、我は主の元に飛ぶ。とうっ!』


 言うや否や翼を広げ急降下してしまった。

 口を開けば胸の話しかしない痴鳥(ちどり)だが、なんだかんだ言いつつ召喚獣としてヴァルトロも召喚士にべったりである。ミリアが巨乳だったらどうなっていたことか。ルダージュには想像もつかない。


『ほう……小娘の隣にご主人様もおるではないか。妾も先に行くぞ』


 イルムもしゅるしゅると効果音を鳴らしながら校舎の壁を伝って下りて行ってしまった。

 ルダージュも付いていきたいところだったのだが、生徒会役員が集まっている所にセルティアの姿が見えないためあまり意味がない。下手に近づいたら総長に掴まりそう……という懸念もある。

 いつだったかルダージュは総長に後ろから急に抱きしめられてしまい、彼女の頭の巻き角が背中に突き刺さったことがあった。


(あれはちょっとしたトラウマ……っと、セルティア?)


 なんて回想に浸ろうとした瞬間、ルダージュは己の召喚士を発見した。

 ルダージュの召喚士セルティア・アンヴリューは人の群れを割る様に、悠然と自然のリングに入場していた。

 そこには立会人らしき教師と貴族専用制服に身を包んだ新入生の子どもまでいる。


 セルティアとその新入生は、物騒にもそれぞれが杖と剣を持ってこれから決闘でもするかのように向かい合っている。ルダージュにとっては既視感が強すぎて頭が痛くなりそうな光景だ。

 とりあえず状況を理解したい。そう思った彼は、


「ふっ!」


 軽く助走をつけ屋上から飛び降り、丁度セルティアたちが向かい合っている中間――より彼女に近いところに着地した。

 五階建ての建物から飛び降りたのは生まれて初めての経験だったが、思いの(ほか)狙った場所まで跳べるもんだな、と呑気な感想を抱く余裕すらある。


「お? あれは人型かな?」

「突然空から降ってくるから驚いたわ。どうしたのかしら……」

「生徒会長の精霊だから心配して駆けつけてきたんだろ」


 がやがやとルダージュが登場したことで外野が騒がしくなる。

 目立つことにはもう慣れてしまっていた。この世界(アリアストラ)に来て人型精霊として学園で有名になった彼は常に生徒たちから脚光を浴びていたからだ。

 だが、


「あの馳せ参じる姿。まさに騎士って感じだな。“『灰騎士』のルダージュ”の名は伊達じゃない」

「精霊なのに『灰騎士』……噂では本当に騎士の姿に霊獣化するそうよ。一目でいいから見てみたいわ」


 生徒たちが『二つ名』で語り合う姿を見ていると背中がむず痒くなってしまう。


(恥ずかしいからやめて……!)


 アリアストラの住人は精霊に対し異名――『二つ名』を付ける慣習がある。例えばヴァルトロは『蒼剣の霊鳥』、ガルバトスは『零の龍槍』、イルヴェノムは『覇蛇の黒杖』といった具合だ。基本的には霊獣化した際の獣の姿や霊核化したときの武器や属性に沿った名前にするため、ルダージュは晴れてセルティアの命名により『灰騎士』と謳われるようになった。


(たぶん、灰色の騎士だから灰騎士……なんだろうなぁ)


 異名が有名になった訳は、ルダージュが『セルティアの二柱目の精霊を追って“あの”妖精の森を闊歩した』という話が生徒たちの間で広まっているからだ。


 セルティアが攫われた誘拐事件は学園と国の意向によりもみ消され一般生徒には伝わっていない。理由は多々あるが学園生徒の不安を煽りたくないという考えと、ノイシスの加護持ちしか狙われなかったことから、他の生徒が襲われることはない、という判断だった。

 ルダージュとしては他生徒の危険を考えるとあまり納得はしたくなかったが、それ以上に加護持ちの召喚士であるセルティアの精霊が奪われたというのは、彼女を学園に入学させた国がその財産が奪われたということと同義であり、周囲に知られるわけにはいかない秘匿事項だ。


 元ノイシスの加護持ちとして宮廷魔法使とならなければならないセルティア。そんな彼女が自分の召喚獣を奪われるという大失態を犯した。ルダージュという人型精霊を召喚したという功績がなければ色々(・・)と危なかった、と教師陣にぼかされながら脅されたときはさすがのルダージュも肝を冷やしたが、逆に考えればルダージュが活躍すればセルティアの罪を軽くすることもできる。

 今後、2人には勅命が下り、アリアデュラン王の元まで赴くことになる。それまでにはセルティアの精霊として活躍しておく必要がルダージュにはあった。


 ただ、ノイシスの加護が消えた事実は隠すことができないため、事情を知らない生徒にはセルティアが召喚した二柱目の精霊は気難しくて逃げてしまった、ということになっている。

 それはそれで情けなくないか? と思わなくもない話なのだが、召喚した魔法使いと反りが合わなくて逃げる――はぐれ精霊となる召喚獣も稀にいるため疑惑を持たれることはなかった。それどころかあの生徒会長でも手懐けることのできない精霊がいるのか、と畏怖されるほどである。


 そしてルダージュが鎧殻――灰騎士のまま森を脱出した姿を生徒に目撃されたこと、セルティアが『灰騎士』のルダージュと名付け広めたことで二つ名が浸透して今に至る。

 妖精の森はルダージュが思っている以上に世間では危険地帯と認識されているため、そこを無傷で突破した彼の霊獣化は学園最強なんじゃないかと噂されていた。


「また、厄介ごとか?」


 だからだろうか。

 好戦的で好奇心旺盛な魔法使いや召喚士にルダージュが勝負を挑まれることが続いた。

 この騒ぎも人型精霊(ルダージュ)の強さを知りたい、霊獣化を見たいという類にセルティアが巻き込まれているのではないか、とルダージュは推察したのだが――


「いいえ、これは恒例行事みたいなものですよ」

「恒例行事?」

「ええ、平民である私が生徒会長の座についているのが貴族の新入生には面白くないようです。会長に就任したころから毎年決闘を挑んでくる子が1人2人はいるんですよ」


 生徒会長モードのセルティアはルダージュの登場を予期していたのか、さほど驚きもせず微笑をたたえそう答えた。相変わらず会長としての外面は凛としていて気品すら感じる。これがルダージュを含め精霊の前だと化けの皮の如く相貌が崩れ、緩み切っただらしのない笑みになるのだから人間、わからないものだ。


「……ところでルダージュ」

「ん?」

「どうしてここに? 皆さんが言っていた通り……私を心配して来てくれたんですか?」

「……」


 その手をわきわきさせてにじり寄ってくる。精霊好きの片鱗を早速披露し始めたセルティアに、ルダージュは思わず後ずさる。


「どうして逃げるんですか?」

「なんとなく」


 どうせ新入生に彼女が精霊オタクであることを周知されるのは時間の問題だ。だがせめて決闘を終えてからにしてほしいとルダージュは切実に願ってしまう。

 生徒会長としての威厳を見せる場面で召喚獣といちゃついている場合ではないのだ。


「お前たち、僕のことを忘れているだろ」


 腕を組み仁王立ちしているちんちくりんの子どもが踏ん反り返ってセルティアたちを見下そうとしていた。もちろん小柄な身体の所為で逆に見上げるはめになっているのだが、貴族として育てられたせいか人を馬鹿にした態度が様になっている。

 残念なことにアーデルデと同じ人種のようだ。


「失礼しました。私の精霊は非常に心配性なのでこの騒ぎに居ても立っても居られず駆けつけてくれたそうです」

「おいおい……」


 なんて都合のいい解釈なのだろうか。あまり否定できないところが悔しい。


「説明は終わりました。すぐに下がらせます――」

「必要ない」

「え?」

「下がらせる必要はないと言っている。……おい、そこの黒髪」

「ん? 俺か?」


 黒髪と呼ばれたのは初めてだった。他の生徒からは「人型」や「ルダージュ」と名前で呼ばれていたため驚いてしまう。

 アリアストラには無い髪色なので、初対面の人間にとっては自然と目が行く場所なのだろう。


「そうだ。その墨をこぼしたような汚らしい髪の君だ」


 酷い言い草である。

 しかし、過剰に反応を示したのはこの発言を受けたルダージュではなく、周りの野次馬――主に在学生たちだった。


「バカ、やめろ!」

「死にたいのか!?」

「殺されるわよ!」


 大げさである。

 貴族とはいえ十二歳ぐらいの少年にちょっと悪態をつかれただけだ。セルティアの悪口でも言われない限りルダージュは動じるつもりもない。見くびるな、というやつだ。


「お前が噂の人型精霊か」


 どうやら少年には周りの声は聞こえていないようだ。


「噂がどんなものかわからないが……生徒会長の召喚獣ではあるな」

「そうか、じゃあお前も決闘に参加するんだ」

「……遠慮しておくよ」

「なに……?」

「セルティアと1対1で戦ってくれ」


 新入生に召喚獣はいない。ルダージュが混ざってしまえば2対1。フェアな試合ではなくなってしまう。

 ただでさえ生徒会長のセルティアに新入生の子どもが挑もうとしている状況だ。セルティアが勝つことは明白であり、毎回ルダージュが試合を挑まれたときに賭け事を始める学園生たちですら今回はその話題すらしない。


 彼女が言っていた通りこれは恒例行事だ。

 勝負を挑まれ、圧勝するまでが行事。

 そこにルダージュまで加わってしまえば試合とすら呼べなくなってしまう。

 しかし、ルダージュの思惑は、


「はん! ただの腰抜けか!」


 面倒な方向へと解釈されてしまう。


「精霊王と同じ人型精霊がどれほど強大な力を秘めてると思えば……なんてことはない。噂通りの魔物にも劣る魔力の弱さだ。お前がいたところで勝負の結末は変わらないだろうが……これは僕なりの手心だったんだけどね」

「はあ」


 ルダージュの魔力は確かに低い。だが、少年はセルティアの魔力のことを忘れているようだ。おそらくルダージュの弱さを鑑みてセルティアの成績を信じていないのだろう。そうでなければ勝負すら挑まなかっただろう。他の新入生のように。

 無知は罪とはよく言ったものだ、とルダージュは感心する。


「ま、黒豆ごときじゃ盾にもならないか!」


 腰抜けの次は黒豆だった。


「ホントやめろ!」

「馬鹿野郎! 死ぬぞ! 社会的に死んで登校できなくなるぞ!」

「アホ―!!」


 在学生たちの反応がやはりおかしい。ここまでくるともはや絶叫に近い。

 何かに怯えるような彼らを目の当たりにして、新入生たちも一様に不安そうな表情を浮かべている。


「なあ、セルティア。みんなの様子がおかしいんだけど心当たり――」


 と、この状況を教えてもらおうとルダージュが振り返った瞬間、答えはそこにあった。


「……ふ、ふふ、私の精霊さんを豆粒扱いですか……それにルダージュの美しさを理解できないどころか魔物以下とほざいてしまうとは……ふふふ、これは教育を施し矯正させなければいけないようですね。えぇ、生徒会長としてこれは当然の義務――」


 ぶつぶつぶつぶつ、とセルティアが俯きながら何事かを呟いている。


「……」


 在学生たちが懸念していたのはこれだったのだ。

 完全にキレてしまっている。

 色々ツッコミたい部分がルダージュとしてはあったのだが、そんなことをしたら噛みつかれそうな勢いだ。


「あの、セルティア――」

「ルダージュ」

「は、はい!」


 呼びかけると、それはもう怖いくらいのとびっきりの笑顔でセルティアはルダージュを見つめ返した。


「危ないので下がっていてください。私はこれから新入生に身の程というものを理解させなければならないようです」


 顔が引きつっている。

 まるであの時と逆だ。セルティアを馬鹿にされ模擬戦に挑んだルダージュと同じ。

 そう考えると引き止めることはできなかった。


 ……というか、怖くて無理だった。彼女からは変なオーラが出ており、足元の大地が薄氷を踏んだように割れている。ルダージュにはこれ以上()み込む勇気がない。


「相手は子どもだから加減してやってくれ」


 ルダージュが少年のために言えるのはこれぐらいだった。


「安心してください。手加減はちゃんとしますよ。……試合なので失礼のないように本気で臨みますけどね」

「?」


 手加減はするが本気。どういう意味なのだろうか。

 確かめたいが暗黒面に堕ちた彼女に圧倒されて聞き返すことはできない。


「と、とりあえず頑張って。俺は後ろで応援してるから」

「はい!」



 ±



 その後、魔法使いのセルティアに体術のみ(・・・・)で打ち負かされ、心身ともにぼこぼこにされボロ雑巾のように転がった新入生が出来上がった。

 誰もが戦慄する中、新入生たちの心は一つとなった。

 ――人型精霊(ルダージュ)を馬鹿にするのはやめよう、と。


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