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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
29/155

プロローグ 下 勇者誕生

 里は壊滅状態だった。

 ほぼすべての家屋が半壊、または全壊し、戦闘をした形跡や爪で抉られたような壁や吹き飛ばされた板が辺りに散らばり落ちていた。食糧の果物は散乱していて果汁が飛び散り周囲を汚している。

 だが、その汚れは残酷なまでに赤色に偏っていた。


「み、んな……」


 里の仲間たちは食い散らかされていた。

 四肢だけが転がっているモノ、脇腹を抉られ腸が飛び出ているモノ、頭だけ残されたモノ、食われず遊ばれたのか血まみれになって関節がぐちゃぐちゃになったモノ。

 モノ、モノ、モノ。

 そこに生きている者はいなかった。

 全員が食い殺され、息絶えていた。


「姉さま! どうしたのですか!」

「見ちゃ、だめ……」

「姉さま? 泣いているのですか? 姉さま!」

「だめ……だめ、だよ……っ」


 シルヴィエがアルフォスを抱き締めて目隠しをしている。彼女は凄惨な光景を目にしながらもそれを弟にだけは見せまいと必死になっていた。


(長女の私が呆然としていてどうする! 敵の影は見えない。この場所から遠くへは行っていないと考えるのが妥当だが……)


「2人とも静かに……これからお父さまとお母さまを捜す」

「ん……」

「……」


 慎重に里を進む3人。

 そして、すぐに両親を見つけることはできた。


「――」


 もはやオリヴィエは言葉がでなかった。

 自宅の玄関を巨大ななにかが無理矢理通った跡を見つけた時から嫌な予感はしていた。いや、変わり果てた里を目前にしたその瞬間からかもしれない。


 だから妹と弟は中に入れさせず、外で待機させた。

 それは正解だった。


 残っていたのは2つの手首だけだった。


 重なる様に、まるで庇うように握られたその手はどちらも右手首だった。それは最低でもここで2人のエルフが食われたことを意味する。

 フラフラと力を無くした足取りでオリヴィエが歩を進める。向かう先は手首――ではなく、その近くに落ちている腕輪の元だ。


 2つの腕輪を拾い上げる。

 輪の内側にはルフォル家の先祖の名と、そして――


「……」


 泣き崩れそうになる身体を必死で奮え立たせる。奥歯を噛み意識を保つ。

 ここで立ち止まってなどいられない。長女として妹たちを守らねばならないと自分に言い聞かせる。


 オリヴィエの行動は早かった。


 両親から何かあった時のために財産の在りかは教えられている。床の隠し扉を開き、そこから宝石などの金銭を引っ張り出し丁寧に置いていく。しかし、彼女の目的は今はそれではない。そんなもの住めなくなった里を出るときに持っていけばいいのだ。


「あった……!」


 奥底に眠っていたのは古びた円盤状の石碑だ。そこには魔法陣が描かれており、聖剣の塔の扉を開けるカギでもあった。


「お父さま、お母さま。私は弟を護るために私の使命を果たします」


 決意を告げ、オリヴィエは家を出る。

 そこで待っていたのは嘔吐して胃液を吐き出す弟と「ごめんね……ごめんね……」と泣きながら彼の背をさする妹の姿だった。


(ばれてしまったか)


 できれば弟にはこの惨状を見せたくなかった。だがそれは時間の問題であり、先送りにしかなっていないことも理解している。


「姉さん……?」


 シルヴィエが戻ってきた姉に気が付き、不安げな表情で見上げる。だが、濡れた瞳には現実を受け止める覚悟が読み取れた。


「……受け取れ」


 それ以上は何も言わない。

 言えなかった。


「……っ」


 形見となってしまった両親の腕輪の1つを手にし、シルヴィエからまた一筋の涙がこぼれる。

 嘆くことはしなかった。ただ「ありが、とう……」と姉にではなく、父と母へ別れの言葉を告げる妹の強さをオリヴィエは誇りに思った。


「巫女様!」

「!? お前たち! 無事だったか!」


 姉妹を巫女と呼ぶのは里の者しかいない。

 エルフの仲間が3人オリヴィエの元に馳せ参じ1人が片膝をつき、他の2人が弓を構え警戒にあたった。


「報告せよ!」

「は! 里の被害は甚大、狩りに出ていた男衆はただいま交戦中、敵の数は八――ただの魔物ではありません!」

「……やはりか」


 里を離れていた仲間たちは難を逃れたが、敵と遭遇してしまっていた。

 生存者の気配を感じ取り戻ってきた3人だったが、すぐに働いてもらわなければならない。

 オリヴィエは命令を下す。

 

「すぐに仲間たちの援護に戻り敵の陽動に移れ。私たちは――聖剣の塔に向かう」

「な!? 巫女様! しかし、あれは――」


 傅いていたエルフの男が目を剥く。

 警戒していた他のエルフたちですら思わず振り返るほどの驚きだった。


「もはや一刻の猶予も許されない。お前たちが私を巫女と呼ぶ意味を知れ」


 男たちが秀麗な顔を歪め渋面する。

 みんな理解しているのだ。

 聖剣の力を使わなければ全滅すると。


「私も巫女の1人……」

「シルヴィエ」

「姉さんだけになんて、させない」


 聖剣なんていらない、と言っていたはずのシルヴィエが姉と同じ決意を口にする。


「……わかった」


 オリヴィエは姉として妹の覚悟を受け止める。

 想いは一緒。

 生き残った里の仲間たちを助け、そして――弟を生かす。

 それだけだ。


「敵襲!」


 エルフの1人が叫ぶ。彼の視線の先をオリヴィエたちが追うと、そこに“やつ”がいた。

 その場にいた全てのエルフが息を呑んだ。

 大口からは食事の名残か血が滴り落ちている。蜘蛛のような六つ足が大樹に突き刺さり、トカゲを連想させる胴体を支えている。口しかない顔から尻尾の先まで黒い甲殻に覆われ、その先にはなぜか巨大な目玉があった。

 ぎょろぎょろと生物らしからぬ動きで視線を彷徨わせ、止まり、オリヴィエたちを捉える。


『……っ』


 身の毛がよだつとはこのことだろう。

 理性ではない、本能があの生物を拒む。


「お前か! お前がみんなを!」


 最初に動いたのはアルフォスだった。

 口元を拭い、身体に掛けてあった弓を構え弦を引く。


「属性付加! ウィンド・アロー!!」


 高い魔力が練られた矢が大口に吸い込まれる。

 矢尻が舌に突き刺さり、一瞬怯みを見せる。


「弾けろ!」


 キーピーラビットを討伐した時と同じようにウィンド・アローは風魔法で勢いを増し螺旋の風が周囲を切り裂き尚且つ矢を貫通させる。


 ――そのはずだった。


「え……?」


 魔法は発動しなかった。

 アルフォスの必殺の一撃はただの射撃になっていた。


「そ、そんな……さっきまでできてたはずなのに……」


 自分の失敗を疑った。

 だがそれは姉によって否定される。


「無駄だ! アルフォス! 今は逃げるぞ」

「ね、ねえさま……?」

「あの化物どもには効かない(・・・・)んだ! シルヴィエ!」

「はい……!」

「うわっ!」


 アルフォスはシルヴィエに抱きかかえられそのまま森の奥へ姿を消す。


「足止めは任せたぞ! 倒さなくていい! 無理はするな!」

「「「は!!」」」


 オリヴィエが妹たちの後を追い、残してきた化物と仲間の死闘を背に森を駆け抜けた。


 

 ±



「ロック・ウォール!」


 聖剣の塔に到着したオリヴィエが最初に行ったのは土魔法で壁を造り、侵入を防ぐあるいは遅らせるための工作だった。

 自然を共に暮らすエルフがその木々をなぎ倒しながら魔法を発動するというのは褒められたことではないが、本人たちはそれどころではない。エルフ族専用の結界が破られた今、物理的な防壁が最善策だった。


「ロック・ウォール!」


 最後の壁が出来上がり、聖剣の塔の周囲を円上に岩壁が囲っている。


「姉さん、大丈夫……?」

「問題ない」

「私も土魔法が得意だったら……」


 系統魔法の得手不得手は生まれた時から決まっている。

 だから、


「適材適所というやつだ」

「うん……」

「それよりアルフォスの様子は?」


 2人で塔の門へと続く階段を眺める。

 そこでは階段に座り込み姉たちから両親の結末を聞かされ、塞ぎこんでいる弟の姿があった。彼の手元には2つの腕輪が抱きかかえられていた。

 

「……10歳か」


 親を亡くした悲しみは一緒だ。

 でも、自分たちは大人でアルフォスはまだ子供だった。

 その想いをはかり知ることはオリヴィエにもシルヴィエにもできない。


「私たちは良い姉ではなかったのかもしれないな」

「うん……」

「これから可愛い弟を戦火に送り込もうとしているのだから」


 やつらを倒せる存在は世界の救世主。力を得たアルフォスは否応無しに戦いに身を投じることになるだろう。

 酷い姉だとつくづく思う。だが、巫女である自分たちでは弟の代わりにはなれない。

 適材適所というやつだ。


「そっちは……」

「ん?」


 口ごもる妹を優しく促す。言いたいことは今のうちに(・・・・・)言っておいた方がいいとオリヴィエは考えているからだ。


「そっちは、許してくれる、と思う……でも――」

「ふ、そうだな。アルフォスは優しい子だからな。困っている人がいたら見過ごせない優しい子。だからこそ、私たち……リオン族のことは許してくれないかもな」


 大好きな弟に嫌われたくないという気持ちがシルヴィエから滲み出ている。

 だから姉は言葉を続けた。


「聖剣の塔に上るのは私だけでいいんだぞ?」


 すると、シルヴィエは怒ったように頬を膨らまし姉の頬を自分と同じように膨らむように伸ばした。


「……いたいぞ、いもうとよ」

「姉さんだけにはさせないって言った」


 泣きそうな顔だ。

 父と母を亡くしたさっきと同じ顔。


「言った……!」


 オリヴィエは頬を抓る妹の手を解き、抱きしめた。


「すまない、シルヴィエ」


 首が横に振られ、髪にくすぐられたオリヴィエは笑顔をこぼす。


「私たちでみんなを護ろう」


 決意を胸に、姉妹はアルフォスの元へ歩む。

 これから彼は聖剣を握る。強大な力を手に入れても優しい弟ならその力の使い方を間違うことはないだろう。


「オリヴィエ姉さま、シルヴィエ姉さま。ぼくは力が欲しい……やつらを殺す最強の力が」

 

 最初はそれが憎しみにまみれていても姉として、家族として、彼の道は違えさせない。

 見守り続ける。

 そのためならなんでもできる。


「アルフォス、聖剣を抜こう」

「……え?」


 驚く弟から腕輪を受け取り、姉妹はそれを自分の手首に嵌めた。

 弟の空いた手をそれぞれが握り、くしくも朝と同じ狩りに出かけた時と同じ構図となった。


「聖剣ならやつらを狩ることができる」

「でも、封印されているはずでは? ぼくなんかに――」

「聖剣はアルフォスしか使えない……」

「そうなのですか!?」

「……うん」


 嘘だ。

 オリヴィエとシルヴィエが弟にしか使ってほしくないだけだ。


「聖剣があれば戦えますか?」

「もちろんだ」

「聖剣があれば殺せますか?」

「よゆう……」

「せ、聖剣があれば……」


 アルフォスが言葉に詰まる。

 その瞳からは大粒の涙がこぼれた。


「お父さまと、お母さまのかたきを……討てますか!」


 姉妹は力強く頷いた。


「安心しろアルフォス。私たちはお前を1人にしない」

「ずっとそばにいる……」

「姉さま、ぼくは聖剣が欲しいです! もっと強くなりたいです!!」


 その言葉を最後に彼らは踏み出した。

 階段を上がり、聖剣の塔の門を開く。



 その日、世界に勇者が誕生した。


 聖刀剣(・・・)を握り、世界の災厄に立ち向かう彼を、人々は“勇者アルス”と呼び称えた。

 勇者は里と名を捨てた同族嫌いのエルフ。

 大召喚士ノイシスと共に世界を救った彼の隣に、


 愛した姉妹(かぞく)の姿はどこにもなかった。

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