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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第二章 幻魔と伝説の聖刀剣
28/155

プロローグ 上

第二章はプロローグだけ過去編になります。

 それは魔法使いノイシスが大召喚士と謳われる少し前の話。

 エルフの里の1つ、デュカリオン大森林に位置するその場所では、今日もまた仲の良い3人姉弟が早朝から魔物狩りに出掛けようとしていた。


「アルフォス、今回は我らエルフ族として弓の技術、そして四系統魔法の内の風魔法の練習を行う」

「はい! オリヴィエ姉さま!」


 木の上に巣を作る鳥のように、エルフ族もまた大樹の枝木の上に家を建て、そこを住処とする種族だった。巨木の間には蜘蛛の巣のような円網(えんもう)状の足場があり、住家同士を繋ぐ橋として活躍している。

 そしてデュカリオン大森林に住まうエルフ――森から名を借り、リオン族と名乗る総数150人にも満たない部族。

 その族長の家の前では、長女オリヴィエ・リオン・ルフォルが快活な笑みを見せていた。


「返事だけは一人前だな弟よ。この前までキーピーラビットを目の当たりにして腰を抜かしたとは思えないな」

「姉さま!? それは忘れてくださいとお願いしたじゃないですか!」


 緑がかった金髪と碧眼。人族よりも横長の耳。それがエルフの特徴であり、彼らは皆男女問わず端麗な顔立ちをしている。

 オリヴィエにとって恥ずかしがる弟の顔は“他のどの男より”も可愛く、そして愛おしく思えた。


「いじめちゃ、ダメ……」


 弱々しくもはっきりとした口調のもう1人の姉が抗議の声を上げる。


「シルヴィエ姉さま?」

「人聞きの悪い……からかって遊んでいるだけだ」


 後ろから急に抱き上げられ困惑するアルフォスだったが、抱き着いてきたのが次女で姉のシルヴィエだと知りさらに顔を赤く染めた。


「放してください! 降ろしてください! ぼくはもう子供ではありません!」

「……や」

「そうだぞ、シルヴィエ。降ろしてやれ。……もしくは私に渡せ」

「……やだ」

「どうして姉さまたちはぼくを持ちたがるんですか!?」

「「可愛いから……?」」

「こんな時だけ声を揃えないでください!! 里の者が見ています! いい笑いものです!」


 傍から見ると目元が凛としているか垂れているかの違いしかない姉妹が子供を取り合っているようにしか見えないこの光景はアルフォスが生まれて十年間、里の恒例のものとなっていた。

 オリヴィエとシルヴィエは人族からしてみれば十代後半の女性にしか見えないが実年齢は姉が167歳、妹が113歳。そしてアルフォスは見た目通り10歳の子供だった。


 姉妹は長男を溺愛し、いつも世話を焼いていた。

 狩りを教授することも本来は彼女たちの父の役割であるのだが、オリヴィエたちが買って出た……というよりは可愛い弟が好き過ぎて奪い取ってしまったのだ。


「どうして僕たちの娘はああなってしまったんだろうね、ママ」

「私にふらないでくださいよ、パパ」


 族長の家の窓から顔を出したのは歳若く見える2人の男女。彼らがオリヴィエ達の両親であり里の(おさ)だ。


「行き遅れたせいかな?」

「聞こえてしまいますよ、ほら」

「え……? あだっ!」


 矢籠(しこ)が頭にぶつかり倒れ込む父。

 投げたのはオリヴィエだった。


「誰の所為だと思っている。お父さまが『娘を嫁にしたいのなら本人と戦って勝つことだな、はっはっは!』と皆に宣伝してしまったからではないか」

「無責任……」

「だって! 妻より弱い旦那に面目を保つことはできないからね! ルフォル家に婿養子として当然――」


 復活した父の顔に道具袋が投げ込まれる。

 今度はシルヴィエだった。


「おかげ様で私たちは恋人すらできたことがない」

「みんな弱すぎ……」


 娘可愛さに百年以上前から修行と称して戦闘訓練を施されたエルフ姉妹。彼女たちに勝てる者は里のエルフどころか他郷の者ですらついぞ現れなかった。もちろんこれは父の策略――非花嫁修業だったのだが、その時はまだ姉妹たちが事実を知ることはなくリオン族の使命(・・)の延長だと勘違いしていた。


 ああ、またいつもの喧嘩か……と思いつつも勝負に挑んで負けた男性陣エルフが古傷を抉られたことで遠い空を眺め現実逃避したころ、父がまた起き上がる。


「だからお父さんも反省して妥協して心を痛めながらも苦肉の策として他種族の男でもいいと血反吐を吐きながら譲歩したじゃないか」

「大げさな」


 他種族に差別意識を持っているわけではなく、許容範囲を広くして娘をとられる可能性を大きくしたくないだけの父の戯言である。

 しかし、それでもなお彼女たち姉妹を負かす者は現れなかった。


「僕は本当に好きな人ができたら強さなんてこだわらなくてもいいと教えたよ?」

「それは……そうだが……」

「……」


 姉妹は押し黙る。

 アリアストラという世界は強さこそ全てだ。強くなければ弱肉強食のこの世界を生き抜くことはできない。


 エルフに限らず獣人も竜人も人も他の種族も、強さに恋慕する。

 強い男に惚れろ、と育てられていた姉妹にとって今更その考えを曲げろというのは土台無理な話であった。

 ……が、それもまた父の画策であり手の平の上だと思うと面白くない。


「もういい、私たちは長寿のエルフ族。数百年も過ぎれば相手の1人や2人できるはず」

「たぶん……」


 弱気なことを言うな妹よ……と、咎めるオリヴィエ本人の顔にも自信は見られない。


「それまでは可愛い弟()遊ぶ――可愛い弟()遊ぶのが私たちの生き甲斐だ」

「今言い直しましたよね!? ぼくで遊ぶって言いましたよね! 姉さま!?」

「楽しい……」

「シルヴィエ姉さまも否定してください!」


 恋人がいないエルフ姉妹の反動とでもいうのだろう。恋愛で発散できない情熱を弟に家族愛を注ぐことで誤魔化そうとしている……のかもしれない。


「お父さまとお母さまも何か言ってやってください!」


 両脇を姉妹に抱えられ宙ぶらりんとなったアルフォスが助けを求める。

 だが、


「そんな事では僕たちの“婚姻の腕輪”を送ることができないじゃないか。新婚でもあるまいしそろそろ外したいところだぞ」

結婚の話(そっち)じゃないです! 姉さまたちを煽らないでください!」


 アルフォスはぎりぎりと腕を締め付けられることで姉たちの怒りを身体で実感していた。

 婚姻の腕輪とはその名の通りエルフ族が結婚を期に相手へ送る腕輪のことだ。材料は自身の根城となる森の樹木のみを使用する。後は魔法などで加工して形状を整え内側に名を刻むだけなのだが、大抵は両親が自分の腕輪を我が子に贈る習わしがあった。


 当然、誰も結婚する予定のないルフォル姉弟が受け取れるわけもなく、腕輪は両親の右手首に嵌められたままだった。


「今晩のおかずはキーピーラビットのお肉がいいわ。頑張ってアルフォス」

「……あ、はい! わかりました! 必ずぼくが仕留めてきます……!」


 ……あれ? そんな話してたっけ? とアルフォスがマイペースな母に翻弄されたところで姉妹たちも自分たちが狩りに出かける途中だったことを思い出した。


「シルヴィエ」

「ん……」

「では、行ってきます。お母さま……それとお父さま」

「行ってくる……」

「はい、いってらっしゃい」

「そんなついでみたいに……ほら、2人とも忘れものだぞ」


 と、矢籠と薬草等を入れるための道具袋が投げ返され、2人は器用にアルフォスを抱えながら掴み取る。


「あの……姉さま? そろそろ降ろして欲しいのですが……」

「どうした弟よ。おんぶがいいのか?」

「それともだっこ……?」

「話を聞いてください!」


 願いは聞き届けられることはなかった。

 狩りに行くはずの自分が狩られた魔物のような扱いを受け、アルフォスはちょっぴり複雑な気分のまま出掛けることとなった。


 3人を見送った後、父と母は向き合う。


「どうして僕たちの娘はああなってしまったんだろうね、ママ」

「……」

「おや? どうしたんだい?」

「……からかう事が好きなところはオリヴィエが受け継いでしまったんですね」

「ふむ、じゃあ言葉数は少ないけど素直なところはシルヴィエが受け継いだのかな」

「……そうですね。ではアルフォスはどちら似でしょう?」

「ん~わからないなぁ。まあ、それはこれからゆっくり見守っていけばわかるさ」


 父が母を後ろから抱きしめる。

 婚姻の腕輪が子供たちの安全を願うように重なりコンと優しい音を鳴らした。



 ±



 キーピーラビットとはデュカリオン大森林に生息する兎系の魔物だ。小柄で愛らしい見た目とは裏腹に筋肉質な肉と退化して小さくなった耳が特徴的だ。この魔物にはある特性がありまともに戦闘を行うと非常に厄介である。そのため索敵能力が低いことを利用し、気づかれない距離を維持しながら戦闘態勢に移る前に狩るのが主流だ。


 アルフォスが腰を抜かしたのはへまをしてその特性を見てしまったせいだ。

 その時は姉たちによって助けられたのだが、今回の狩りではその時の教訓を活かし、すでに二体仕留め終え、現在は三体目に狙いを定め、木の上で弓を構えているところだった。


「属性付加・ウィンド・アロー……!」


 風を纏った矢がキーピーラビットの首に命中し、そして螺旋の風が威力を増幅させ肉と骨を穿(うが)つ。貫通した矢は地面に突き刺さり、魔物の頭もまた地面へと転がった。

 いささか過剰な攻撃だと思わなくもないが、一撃で絶命させることは姉たちから指導であり、自分もまた魔物の怖さも知っているアルフォスとしてはこの狩り方が一番安定するようになっていた。


「さすが私たちの弟だ」

「上手になったね……」

「ありがとうございます」


 隣で見守っていた姉たちに褒められ素直に頭を下げるアルフォス。その上にオリヴィエの手がポンと置かれた。


「これはいつもの身内贔屓というわけではない。その幼さにして中級魔法のウィンド・ランスを武器に付加させ尚且つ詠唱を短縮することもできている」

「すごいこと……」

「アルフォスはいずれ我らリオン族の長を務めることになる。この調子で成長していけば、皆お前の力になってくれるだろう」

「頑張って……」


 ぐりぐりと二人の手がアルフォスの頭を撫でる。

 だが、アルフォスの表情は優れずいつもの明るさはない。


「ぼくはまだまだです」

「ん?」

「人族にはぼくとほとんど歳が変わらないというのに賢者と呼ばれている少女もいるらしいじゃないですか。それに比べてぼくは無詠唱もまだできませんし、あの魔物と正面から戦うこともできません」

「なんだ? 朝のことを根に持ってるのか?」


 からかったことを気にして拗ねているのかと思ったが、そうではないらしい。

 アルフォスは首を横に振った後、森の彼方――緑あふれる自然の風景を壊すように突き出ている塔を見つめた。


「里が守護している“聖剣の塔”。ぼくはあの聖域を族長として護ることができるのでしょうか」


 他種族との抗争が絶えなかった時代。先代のエルフ族が建造した聖剣の塔。封印されし聖剣が眠っていると言い伝えられ、リオン族は聖剣の塔を護る使命を帯びていた。

 

「お前ひとりで背負う必要はない。アルフォス」

「オリヴィエ姉さま?」

「あれは我らリオン族が護るのだ。辛ければ私たち姉を頼り、父と母を頼り、里の仲間、友を頼れ。そもそもお前はまだ十歳ではないか。いったい何百年後の心配をしているのだ?」

「それも……そうですが――」

「くどい……」

「いたいっ! シルヴィエ姉さま?」


 ぺしっと軽くはたかれてアルフォスは目を丸くする。いつも温厚で眠たそうな顔をしている次女がそういった行動に移るのが珍しかったからだ。


「聖剣は私たちエルフ族の切り札……でも、戦う必要がなければいらない……」

「おい、シルヴィエ――」

「……」


 不必要なことまで弟に教えてしまうのではないかと危惧したオリヴィエが妹を止めようとするが、彼女は姉を見つめ無言で首を振り言葉を続ける。


「争いがなくなれば塔は壊す予定……」

「そ、そうなのですか!?」


 初耳だった。


「え!? でもぼくたちの使命は聖剣の塔を護ることでは? それなのに聖剣ごと壊してしまうのですか?」

「……ん」


 次女は少し迷った後に頷く。


「わけがわかりません」


 それが正直な感想だった。リオン族(自分たち)が守るべきものを自ら破壊する。そこにどんな意味があるのかアルフォスの頭では理解できなかった。聖剣がその程度で壊れるのかも謎だ。見たこともないのだから。


「弟よ、あまり深く考えるな。シルヴィエは口下手だから真に受けても無駄だぞ」

「ひ、ひどい……」

「はは」


 ガーンとショックを受ける次女とそれを見て苦笑する弟の頭を、オリヴィエは同時に撫で始めた。


「いずれ答えがわかる時が来る。それは私たちが本気で戦わねばならない瞬間が来たときか、もしくは世界が平和になり強すぎる力を持たなくていい世の中になった時のどちらかだ。その時に聖剣の真実を教えよう」

「聖剣の真実……ですか?」

「ああ、もしかしたらアルフォスは怒ってしまうかもな、もしくは泣いてしまうかもしれない」

「怒る? ぼくが誰に怒るんですか?」


 答えはなかった。

 ただ、心なしか姉の撫で方がさらに優しいものとなったのを感じた。

 隣で顔を伏せる次女の表情はわからなかった。


「さて、無駄話が過ぎた。そろそろ昼も近い。キーピーラビットの処理をした後に昼食にでもしよう」

「……はい!」


 露骨な話題逸らしだったが、アルフォスはとりあえず聖剣のことは忘れることにした。口下手な姉たちが弟の自分に気負う必要はないと励ましてくれているのだ。その想いを無下にすることはできなかった。


「いい返事だ。このままならアルフォスも――」

「姉さん……!」


 次女のシルヴィエの声とは思えないほどの切羽詰った悲鳴に近い叫びが上がる。


「後ろ……!」


 思わず臨戦態勢を整え振り向くが、背後から魔物が襲ってきたというわけではない。もしそうなら接近すら許さず仕留めることができる。何人もの男たちを打ち負かしてきた実力はだてではない。

 だがそれも、遠く離れた里の異常に気が付けるほど万能ではなかった。


「煙? いや、あの赤い狼煙は襲撃を受けた合図か!?」


 昔は一獲千金を夢見てエルフという希少な種族を捕まえ売り払おうと考える人間たちが少なからずいた。

 だが短命である人族が知恵も魔力も己に勝るエルフに勝てるわけもなく、オリヴィエたちは返り討ちにして殺していた。もちろんその時に狼煙をあげる必要など皆無だった。

 つまりこれはいつもとは違う相手、もしくは規模だということだった。

 

「ありえない! この森には今や結界がある。破壊された形跡はない!」


 人間、もしくは他種族の集団が大規模で襲ってきた可能性を否定する。

 結界魔法とはエルフ族にしか扱えない特別な魔法だ。その魔法がデュカリオン大森林を覆ってからはリオン族の許可なしで余所者が足を踏み入れることは不可能だったからだ。


「結界を破らずに侵入した? そんなことどうやって……!?」


 まさか、とオリヴィエはある結論に達する。


「“やつら”には結界も通用しないのか……?」


 やつら。

 それは名前を持たない獣。

 世界に災厄をもたらすと恐れられている魔物ではないなにか。


「姉さん……」


 シルヴィエも同じ結論に達したのか姉の手をいつの間にか握っていた彼女の瞳は不安で揺れていた。

 弟は現状を理解できていない。ただ、ここまで慌てる姉たちを見たのは初めてであり、戸惑いを隠せなかった。


「2人とも……一旦、家に戻るぞ。シルヴィエはアルフォスを護れ」

「わかった……」

「アルフォス」

「姉さま?」

「絶対に私たちから離れるな」

「……」


 シルヴィエがアルフォスの手を握る。


 いつもの元気のいい返事はなくなっていた。

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