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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
27/155

エピローグ 灰騎士物語

 セルティアを救出した翌日。

 その日は朝からばたばたしていた。


『心配したぞ、友よ。昨日、我が君が誘拐されたと聞いたときは気が気ではなかったのだ』

「そうみたいだな」

『主と我も助けに行きたかったのだが“神”に止められてな、逆らうことができなかったのだ。許してくれ』

「総長さんの判断ならしょうがないな」

『あの方によると主は妖精の森にはいると妖精に必ずイタズラされるらしい。上空を飛ぶことも不可能だと聞いたときは歯痒かったぞ』

「難儀な話だ」

『何はともあれ、こうやって友の無事を確認できて我は安心した。……ところで我が同郷の友よ』

「ん?」

『お主の無事は確認できた。それはもういいのだ。間に合っている。次はセルティア殿の無事を確かめたい。だから、な? いい加減、我を放してくれぬか?』

「ははは、つれないこと言うなよ。――いいからお前はここで大人しくしてろ」

『なぜだ! なぜ邪魔をする!? 我はただ、セルティア殿の無事を! 抱擁で! あの谷間に挟まれて! おっぱいの感触を! 味わいたい――』

「途中から趣旨が変わってるぞ」

『――は!?』


 セルティアを救出した翌日。

 魔法による治療と警護を兼ね、学園の保健室で一夜を明かした朝。

 文字通りばたばた(・・・・)していた。

 

 ――ルダージュの腕に抱かれているヴァルトロが。


『クエエエエエエ! 放せぇい! 我も主のようにあの素晴らしき美乳に顔を埋めてスリスリしたいのだ!』

「アホか! だから放せないんだよ!」


 昨日の夜。

 ルダージュとセルティアは精霊の部隊を引き連れた学園の教師陣に保護された。ルダージュが殺した魔物たちの死骸や血により道ができており、彼らは神殿までの経路をほとんど迷うことはなく移動することができた。

 学園に帰還した後はセルティアが魔法に侵されていないか、アーネを筆頭とした救護隊による治療と検査が施された。


 幸い、睡眠魔法以外は掛けられておらず至って健康と診断されたのだが、だからといってそのまま学生寮に帰る訳にもいかず、保健室のベッドを借りて一夜を明かすことになった。

 その際、急に甘えだしたセルティアが添い寝をルダージュに強請り、頑として彼の腕を掴んで放さなかったというハプニングもあったのだが、この時ばかりはルダージュも折れてしまい、「寝るまでなら」という条件の元、抱き枕になることを受け入れていた。


「せるてぃぃぃ!」

「泣き過ぎですよ。ミリー」

「だ、だってぇぇぇぇ」


 昨日は面会謝絶だったためルダージュたちは事情を知る生徒会と教師陣以外とは誰とも会うことはなかった。そして今日、許可が下りた途端に飛び込んできたのがミリアとヴァルトロだった。

 セルティアたちが夕食時にいないことを不審に思ったミリアは総長とロイに理由を問いただしており、本当はセルティアを救援に向かいたかった。


 しかし、ミリアは妖精の森で前科があるため役に立たない。その所為か最初は強行突破しようと半ば暴走気味になっていたのだが、総長が魔法で眠らせて大人しくさせてしまった。

 手段は強引だが賢明な判断である。隠し事も説得も面倒だからと魔法で解決するところはあの人らしい、とルダージュは思ってしまう。


『おっぱい、お、っぱい、ぱい……おつ……』


 ついでにこいつを永眠させてくれればよかったのに。そのうわ言はなんだ。

 飛び込んできたとき、ヴァルトロはどこぞのオモチャのように『胸の彼方へ、さあ行くぞ!』と口走っていた。落ちるフラグを立てた彼を、ルダージュが叩き落としたのは言うまでもない。


「アンヴリューの様子はどうだ?」

「ロイ、来てたのか」


 昨日の夜も少しは話をしたロイだったが、案の定見舞いに来たようだ。

 だが、なぜか廊下に佇んだままで部屋には入ってこようとしない。


「ご覧の通りだよ。見舞いだろ? そんなところにいないで入って来いよ」

「いや、いい。あの2人の邪魔をするのは気が引ける」

「……確かに、な」


 ルダージュたちの視線の先にはベッドに座っているセルティアと、彼女に泣きついているミリアの姿があった。

 セルティアがミリアを抱きしめ(なぐさ)め、何事かを2人で話し、泣き、笑っているその光景はとても男のルダージュたちが割って入れるようなものではなかった。


『ぱい……ぱい……』


 しくしくと泣いている鳥に、その感性は存在しないようだ。


「なは! ヴァルトロは相変わらずだな!」


 槍ではなく小型龍のガルバトスと、


『まったく、これだから雄というものは……妾のご主人様を見習ってほしいものだ』


 蛇の精霊がロイの肩から顔を出した。


「みんなも来てくれたのか」

「当たり前だろ兄弟!」

『詰まらぬことを申すでないルダージュよ。妾たちは一度刃を交えた仲であろう?』


 彼らの言葉に頷き、ルダージュはロイを見た。


「決めたんだな」

「まあ、な。何度もアプローチを受けていていつまでも待たせるわけにはいかない」


 ロイはルダージュに左手の甲を見せる。

 そこには昨日会ったときにはなかった契約の紋様が描かれていた。


「紹介しよう。彼女の名は覇蛇の黒杖イルヴェノム。俺の二柱目の召喚獣だ。イルムと呼んでやってくれ」


 そう、かつてペインペルトという名前だった彼女は契約が破棄されたことで名を捨てた。そしてはぐれ精霊になるところをロイに拾われた。経緯は聞いていないルダージュだったが、イルムがロイのことを気に入り、ここ一週間ずっと契約を迫っていた。その様子を度々目撃していたルダージュは陰ながら応援していたので、自然と祝福の言葉が口に出る。


「よかったなイルム。愛しの(・・・)ロイと契約できて」


 ――余計な一言と一緒に。


『こ、これ! なにを申すのだルダージュよ! 妾は別にそのような――』

「デレだ! デレ!」

(やかま)しいぞ! ガルバトス!』

「おい、お前の一言で俺の両肩が騒がしくなったんだが?」

「よかったなロイ。ガルバトスは雄だから修羅場にはなりそうにないぞ」


 目つきに鋭利さが増すが無視した。


『ルダージュも黙れ。黙るのだ!』


 しゅるしゅると照れ隠しなのかロイの腕や手首に巻き付きルダージュを見上げるイルム。

 巻き付かれてどうしたものかと困惑するも、やはり自分の召喚獣が可愛いのかその背を撫で始めるロイと、それを笑いながら見守るガルバトス。


 うるさくなった彼らに気付いてしまったセルティアとミリアが手を振っている。

 そこに涙はない。


 からかう事ができる友人たちに囲まれて馬鹿話をする。セルティアたちの日常がちゃんと帰ってきたことを実感できる最高の一時だった。

 

「ところでルダージュ」

「ん?」

「お前が抱きかかえてるそれ、動いてないぞ」

「……」


 ……忘れてた。



 ±



「私は精霊を取り返します」


 セルティアはそう言い切った後、今後の方針を話し合い学園長室から退室した。

 ミリアたちと朝食を取った後、ルダージュとセルティアに待ち構えていたのは事情聴取だった。

 セルティアが誘拐されるまでの経緯、黒装束たちの行動、使った魔法、言動、犯行目的、様々なことを聞かれた。


 ノイシスの加護が消えていることに気付いたセルティアは昨日の段階で、自分が誘拐された理由を悟っていた。その彼女からは寝るときに精霊を取り返したいという決意は聞いていたので、ルダージュとしては彼女と供に全力で黒装束に臨む所存だ。

 学園側もサポートはしてくれるそうなのでクレイゼルを中心に黒装束たちの情報が提供されるだろう。


「意外と早く終わってしまいましたね。これからどうしましょうか?」


 自分が召喚した精霊を奪われた。そう知ってもなお笑顔を絶やさない彼女は空元気を出しているように見える。


「俺としては昨日の今日なんだからセルティアには安静にしていてほしいんだけど……」

「だからこそ、です。黒装束たちのせいで私とルダージュの時間も奪われました。なにかしないと勿体ないです」

「ん~」


 頭を捻る。

 身体を動かして嫌なことを忘れるか、それとも街へ出かけてデートでもするか。ここはやはり体調のことを考え部屋でゆっくりできることの方が、と頭を悩ませていると――


「お~い、アンヴリューくーん、待ってくれ~」


 セルティアを呼び止める声が後方から聞こえてきた。


「クレイゼル先生?」


 2人で振り返り、セルティアが呟く。

 そこには確かにクレイゼルの姿があった。手を振り、何かを小脇に抱えている。

 もしかしてあれは……


「いや~よかった。まだ遠いところに行ってなかったんだね。探すはめにならなくてよかったよ」

「先生? どうされたのですか?」


 セルティアの質問にニカッと笑ったクレイゼルは「じゃーん!」と言って小さい板――いや、絵本を掲げる。


「精霊王の冒険!!」


 持ち主であるセルティアがいち早く反応を示す。


「これを探していたんじゃないかと思ってね。持ってきたんだよ。すまない。本当はもう少し早く渡そうと思っていたんだけど、色々立て込んでてすっかり忘れていたよ」

「どうして先生がこれを!? 私はなくなったものだとばかり――」


(……あ、不味い)


 ルダージュは少しだけ好ましくない展開になりそうな予感を感じ取った。


「あれ、ルダージュくんから聞いてないのかい? これが現場に残されていたから彼はアンヴリューくんの助けに向かうことができたんだよ?」

「……え? でもそれは契約の証が私の居場所を教えてくれたとルダージュが――」

「ああ、それは後だよ後。彼はこれを見た瞬間アンヴリューくんが買ったものだと気づいたようだよ?」

「先生!」


 的中してしまった。

 せっかく昨日から彼女の前ではサプライズに気付かない振りをしていたのに台無しである。


「ルダージュ」

「……はい」


 ああ、ばれた。たぶんばれたよ、これ。

 察しのいいセルティアは当然の疑問を口にするだろう。


「どうして絵本(これ)だけ(・・)でわかったんですか?」

「えーと、それは……」

「目を見てください」


 絶体絶命。逃げ道が見当たらない。

 白状するしかなかった。


「あーその、なんだ。セルティアがこの本を買いに行く前に、俺が素直にクエストの報酬を貰ってただろ?」

「?? はい……そうですけど――」

「あの時、俺もセルティアにプレゼントを渡したいな~と思っていたから、絵本を見てすぐセルティアが買ってくれたものだと――」


(うっわ、これ、やばいな。口に出すのはさすがに照れる。自意識過剰にもほどがある)


「……」

「まあ、あれだ。自惚れというか、うん、そんな感じです。はい――ってうお!」

「ルダージュ!」


 急にセルティアが抱き着いてきた。後半はあまりにも恥ずかしくなって誤魔化したのだが問答無用というやつだ。


「……」


 セルティアは何も言わない。

 ただ、ルダージュを抱きしめるその姿は抱きしめ返すには丁度良く――


「私の存在を忘れないでくれるかな? ん? なんだいそのいいところを邪魔するなって目つきは」

「別に、なんでもないですよ」


 おかげで見事にタイミングを逃していた。


「ルダージュ! これからの予定が決まりましたよ!」


 バッと顔を上げたセルティアがいったんルダージュから離れる。


「先生、ありがとうございました。それでは私たちは用事を思い出しましたのでこれで失礼します!」

「はいはい」


 呆れた顔の先生から絵本を受け取ると、セルティアはルダージュの手を握り走り出した。


「ちょ、どこに行くんだ!?」

「すぐ近くですよ!」


 校舎を出て庭園を走る。

 特別なことはない。そこは学園の庭の一角に置かれた何の変哲もない木製のベンチだった。


「ルダージュは真ん中――より右に座ってください」


 と、促されなすがままに腰を下ろす。


「私は……っと、ここがいいですね」


 セルティアはルダージュの左側――つまりはベンチ中央を陣取った。


「遅くなりましたがこの絵本は私からのプレゼントです。これでこちらの世界の文字を勉強するのに役立ててください」

「……ありがとう」


 やはり異世界文字を学習するために絵本を買ったようだ。義務教育がないため文字を覚えるだけの教科書が希少な世界。絵本は重宝し、ルダージュにとっては最適である。


「……さ、というわけで早速本を読みましょう。私が朗読します」


 なるほど、と頷く。

 それならゆったりとした時間を過ごせるため断る必要も皆無だ。

 セルティアと一緒に異世界の本を読むという時間は、なかなか乙なもので楽しそうだと心が弾む。


「ルダージュは右側を持っていてくださいね。私はこっちです」

「近すぎないか?」


 セルティアの顔はもう目と鼻の先だ。彼女は身体を傾け寄りかかってくるし、これ以上ないほど密着している。


「これぐらい寄らないと読めません。あと、あなたの左手は~ここです」


 と、腕を持ち上げられそのまま彼女の肩を抱くような姿勢にさせられてしまった。

 ……まじか。


「あの、セルティアさん」

「なんでしょう精霊さん」

「周りには他の生徒もいるんですが?」

「そうですね」


 ……会話終了! うちの召喚士様は気にしないってさ!

 ルダージュが耳を澄ますと「あ、生徒会長と人型精霊だ」「相変わらず仲いいなぁ」としか言われていないので、彼も気にしないことにした。


「やっぱり、なんでもないよ」

「ん? 変なルダージュですね」


 ふふふ、と頬を緩めるセルティアを見て、ルダージュも自然と笑顔になる。


「それでは『精霊王の冒険』の始まり始まり~」



 ――むかしむかしあるところにひとりぼっちのおんなのこがいました



 セルティアの優しい声に耳を傾けながら、ルダージュは改めて異世界の空を仰いだ。


 青空が澄み渡り、白い雲はゆっくりと流れ続ける。


 風は肌を撫で、心地の良い大気がルダージュたちを包み込む。


 召喚士セルティア・アンヴリューが紡ぐ、美しい世界。


 契約の絆がページをめくる、その物語は――



 精霊と少女の恋物語

第一章 精霊と紋章の召喚士 ―完―


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