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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
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その手の温もり

 最初にルダージュの目に飛び込んできたのは彼女だった。


『セルティア!』


 台座の上で横たわっているセルティアから反応はない。

 だが、上下する胸を見て呼吸をしていること、衣服に乱れや肌に傷がないことで最悪の状況には至っていなかったことが遠目にもわかり、彼女の無事に安堵する。


『……っ』


 彼女を見つけたことで胸が締め付けられるように苦しくなる。早く抱きしめ、彼女の声を聞かなければ本当の意味でルダージュは安心することができない。

 

「お初にお目にかかります。精霊様」


 今すぐにでも駆け寄りたい。

 それを邪魔するのは2人の黒装束。

 一方の男が仰々しく頭を下げ、それに倣いもう1人も頭を下げてくる。

 意味が分からなかった。


『お前たちがセルティアを攫ったのか!!』

「はい、左様でございます」


 意味が分からな過ぎて下手に動けない。

 なぜ普通に答える? なぜ俺を襲ってこない? そこで死んでいる学生服の男は誰だ? 疑問ばかり生じて状況がわからない。冷静になれ、落ち着け、セルティアとは距離が開き過ぎている。魔装に余裕はない、展開はできない、俺が死んだら彼女を助けられない――思考が駆け巡り、時間を稼ぐことに注力する。


『目的はなんだ』

「我々が強力な召喚獣を手に入れるために彼女から精霊の召喚権を頂きました」

『なん……だと……?』


(セルティアの精霊を奪うだと……?)


『そんなこと――』

「可能です。禁呪を使わせていただきました。目的とは少々異なるモノ(・・・・・・・)が召喚されましたが、とても素晴らしいものが手に入りました」


 仲間が運んでいる途中です、とぺらぺらと男が喋り続けている。

 それにしても目的? 目的とは何だ? そもそもなぜセルティアじゃないと駄目だったんだ……? 


『っ……!』


 思い当たる理由は一つしかない。ルダージュが人型精霊という希少な存在として周囲に認知されてるからだ。セルティアならもう一回人型を召喚できると勘違いされた――否、勘違いさせた(・・・)のだ。

 つまり――ルダージュの嘘の代償である。

 くそっ!


『目的は俺か! ならなぜ俺を狙わなかった!』

「……っ」


 男たちの息を呑む音が聞こえた。どうやらルダージュの予想は間違いではなかったらしい。


「さすがです。その聡明な思考、的確な判断力、感服いたしました」

『おちょくっているのか!』

「滅相もありません!」


 大仰だがわざとらしくはない態度で男は否定した。

 敵であるルダージュに対し、黒装束たちからは敬意のようなものが感じられた。言動や小さな所作のいたるところにそれが滲み出ている。

 最初にルダージュを精霊様と呼んでいるところに理由があるのかもしれない。


「我々は弱者の集まり。ルダージュ様では適していないのです」


 俺の名前まで……いや、当然か。


『最初から最後までわけのわからないことばかり……もういい、無駄話は終わりだ。お前たちが無理矢理召喚したセルティアの精霊(・・)を、返してもらうぞ』

「申し訳ありませんが抵抗させて頂きます」

『……』


 精霊という言葉に特段変わった反応はない。ということはセルティアの召喚魔法で魔界から化物が召喚された可能性は低いと考えられる。彼女の召喚魔法の秘密がばれなかったことは不幸中の幸いか。


「では、私たちもそろそろ御暇しまスか。――盾を」

「はい! 死者よ踊れ、デスワルツ」

『……!? お前は――!?』


 ルダージュが鎧の下で目を見開く。

 敵の傍らに転がっていた死体――アーデルデが操り人形のようにギクシャクと立ち上がりこちらを向いたからだ。


「こいつは我々の協力者でした。不敬にも贄であったセルティア様に情欲を抱いていたので殺しておきました。……あ、私たちは何一つとして傷をつけておりませんのでご安心ください。彼女は魔法で眠っているだけですので」


 誘拐しておいてなにをふざけたことを。

 ルダージュは憤りを隠せない。


「スタイル・スケルトンナイト」


 黒装束の女の魔法がアーデルデに変化を与え、全身の肉が腐り落ち死臭が立ち込める。

 骨と血で汚れた制服だけ、となったアーデルデだったモノは首に刺さっていた杖と帯刀していた剣を引き抜いた。

 ルダージュはいつかの模擬戦のときを思い出していた。犯人たちの言葉を信じるなら自業自得であり同情すらしないが、あのときの姿とはあまりにかけ離れており、あまりにも無残だった。


『外道め』

「お誉めにあずかり光栄です!」


 黒装束の女(こっち)は会話が成立しない。

 頭を下げる意味がわからない。わかりたくもなかった。


「ルダージュ様、また御会いできることを心から願っております」

『逃がすと思っているのか……』


 意味深な態度を無視し、セルティアを救うことだけに集中する。


「時間稼ぎはこちらが上手(うわて)だったようです」

『……』

「彼らがここにたどり着くにはもう少し時間がかかりそうですよ? ルダージュ様が彼女をここに置き去りにできないことを我々は重々理解しております」

『……ちっ』


 ルダージュが身構えるとスケルトンナイトがセルティアに剣を向け、黒装束たちが杖を構えた。攻撃を仕掛けたら彼女を襲うという意思表示だ。クレイゼルたちがこの場に向かっていることもばれている。


「ご決断を」


 賭けに出るか、セルティアだけでも救うか。


 ――答えは決まっている。


『……次はない。お前らがセルティアにしたことを忘れるな。俺は絶対にお前らを許さない』

「承りました。しかとこの心に刻み付けておきましょう」


 男が再度頭を下げる。

 そして詠唱を始めた。


「我らは無の幻影、夜にうごめく無音の影、エンチャント・インビジブル」


 黒装束たちの姿が見えなくなると同時に奥で神殿の壁の一部が崩壊する。

 それがゴングだったのか、スケルトンナイトがカチカチ歯を鳴らし突進してきた。

 生前の記憶が身体を突き動かすのか流麗な剣技の一撃がルダージュに迫る。


 避ける必要はなかった。

 剣は鎧殻に弾かれ、白骨化した口が開かれる。がらんどうになった眼はまるで驚いてるかのようでもあった。


『今、楽にしてやる』


 拳を振り下ろしスケルトンナイトを地面に叩きつける。

 床が蜘蛛の巣のようにひび割れ陥没する。それだけでスケルトンナイトは動かなくなった。


 ルダージュとアーデルデの再戦は虚しくも呆気ない結末だった。


『……』


 視線を逸らし周囲を見渡す。

 まだ油断はできない。

 鎧殻を維持できる魔装を確保しつつ微粒の魔装を散布する。短剣一本分の量を神殿に行き渡らせることで簡易的な警戒網を張り、黒装束たちが逃げたことを確認する。


『……ふぅ』


 やっと、やっとセルティアの安全を確保できた。


『……』


 台座に縛られている彼女に近づき、無骨で忌まわしい鎖と枷を静かに、そして強引にぶち壊す。


『セルティア』


 隣にへたり込み彼女を抱き起こす。

 攫われ囚われていたというのに、彼女は安らかな寝息を立て顔には生気もあり身体には傷一つ負っていなかった。黒装束たちが言っていたことは嘘ではなかったようだ。


『セルティア』


 呼びかける。


『セルティア……? 起きるんだ』


 呼びかけ、体を揺する。


『セルティア、頼む……目を、開けてくれ』


 彼女の身体がぶれる。揺すっていたと思っていたが、違う。


 ルダージュの腕が震えていたのだ。


『セルティア……! お願いだ! 目を覚ましてくれ!!』


 “過去”がルダージュを臆病にさせる。

 眠っているように見えて、本当は“彼女”のように――そんな疑心暗鬼が心を(おびや)かす。


『俺を、ひとりに、しないでくれ……!』


 灰色の手で彼女の頬に触れる。

 すると微かに、変化が訪れた。


「……ん、んー」

『セ、セルティア……!?』


 おとぎ話の魔法が解けたように彼女の目が少しづつ開き、そしてはっきりとルダージュを見つめ返す。


「はいいろの……きし……?」


 彼女の第一声は、初めて目にした騎士の外見。


『……っ!? これは、その――』

「ルダージュ、ですか……?」


 狼狽えるルダージュの名を彼女が呼ぶ。


『わかる、のか?』


 声が鎧で籠もっていても、セルティアには関係のない話だった。


「ふふ、当然です……私はあなたの召喚士、ですよ?」


 くすくすと笑顔を浮かべるがその笑みに力はない。

 

『どこか苦しいのか?』

「……いえ、そういうわけでは……ただ、眠気が抜けなくて……」


 忌々しいことにまだ魔法の影響が残っているようだ。


「ルダージュは、どうしてその姿に? それにここは……?」

『ここは妖精の森にある神殿だ。セルティアは……街で襲われて攫われたんだ』

「!」


 彼女は驚いたように目を見開いた。そして「そう、だったんですか……」と呟き、目を瞑り、ゆっくりとルダージュに寄りかかる様に身体を預ける。


「街で本を買った後のことが、よく……思い出せません」


 でも、と彼女は続ける。


「ルダージュが助けに来てくれたんですね。ありがとうございます」


 その言葉を、ルダージュは素直に受け取ることができなかった。

 俺の我がままが、俺の見通しの甘さが、俺の弱さが、彼女を危険な目に遭わせたと、後悔がルダージュを(さいな)む。

 思わず漏れたのは『ごめん』という贖罪の言葉だ。


「どうして、あなたが謝るんですか」

『……ごめん』

「もう……」

 

 ――あなたは謝ってばかりですね。


『……』

「……騎士さん?」


 沈黙に耐えかねたのか、セルティアがそんな呼び名でルダージュを見上げる。


「それがあなたの霊獣化――本当の姿なんですか?」

『……わからない』


 “彼女”を護ることができなかった力を認めなければいけないのか。

 失敗を繰り返さないために信じた力を認めていいのか。

 

 わからない。

 

「……ふふ、こうしているとアレですね」


 また黙ってしまったルダージュにセルティアが優しく微笑む。


「私がお姫様で、ルダージュがお姫様を守る騎士みたいですね」

『……っ!』


(それは……彼女が俺に言ってくれた……っ)


『ぁ……っ』


 もう駄目だった。彼はまた、耐えられなくなってしまった。


『俺は、騎士に、なりたかった……』

「ルダージュ?」


 声が震える。

 彼女の亡骸の横で、枯れ果てたはずの涙が頬を伝う。


『大切な人を守れる、そんな騎士に、なりたかった……でも、俺は弱くて、護りきれなくて……』


 思い出してしまう。

 あの終わりの瞬間を。

 紅蓮に包まれた怪鳥と2人で戦ったことを。


 死と隣り合わせの激闘。

 強すぎて、勝てなくて、ルダージュたちはボロボロで、彼女を護りながら逃げるのが精一杯だった。

 2人で死を待つか、戦って死ぬか、選択を迫られたとき――


『俺は……自分しか護れなかった』


 彼女は自殺した。


 自分が足手まといになっている。先輩だけなら勝てる。そう考え――気づいてしまった彼女が自ら盾になり命を絶った。

 1人になった男は死闘の末、魔獣を倒した。

 だけど、そこには何も残らなかった。


 腕の中には冷たい現実。

 独りになった男と孤独な約束だけが取り残された。

 あのまま死んでしまいたかった。

 跡を追いたかった。

 でも、彼女の“願い”がそれを許してくれない。


『セルティアは俺を救ってくれた。だから守りたかった』


 セルティアによってこの世界に召喚されたルダージュは救われたのだ。

 命だけじゃない。

 彼女の願いを、彼女との約束の続きを、彼の全てを、救ってくれた。

 だから、


『今度こそ大切な人を守ろうと誓った! セルティアを死なせはしないと!! 騎士になると約束した……! それなのに俺は、キミをこんな危険な目に遭わせてしまった。また、護れなかった……っ!』

「ルダージュ」


 身勝手な独白を黙って聞いていたセルティアが、普段と変わらない優しい声で苦笑する。


「実は私、寂しがり屋さんなんです」

『……え?』


 その告白は唐突だった。


「だから、私のことをもっと抱きしめてくれませんか?」


 不意の願い事にルダージュの頭が混乱する。


「ルダージュ? もっと、ですよ? もっと強くお願いします」


 よくわからない。

 だが、セルティアが望むなら、と強く彼女を掻き抱いた。


「もっとです、もっともっとも―――――っと強くです」


 無茶な話だ。

 これ以上強くしたらセルティアをまた傷つけてしまう。


『セルティア、さすがにもう――』

「聞こえましたか?」


 彼女はルダージュに問いかける。


「感じましたか?」


 彼女はルダージュに微笑む。


「私はここにいます」


 セルティアの手がルダージュの灰色の手を、胸の上へと導く。

 とくん、とくんと鎧殻から伝わってくるのは彼女の鼓動の音だ。


「ルダージュは嘘つきです」

『!』

「あなたはこんなにも私のことを守ってくれてるじゃないですか」

『お、俺は――』


 ルダージュの口元に彼女の人差し指が押し付けられた。


「私、たぶん怖かったんです。こんな場所で寝ていて、誘拐されたと知って、記憶も曖昧で……でも、目を覚ました瞬間にルダージュがいたから、あなたがいたから私は今、安心できているんですよ?

 あなたは私の精霊、私の召喚獣、私の最高のパートナー



 “『灰騎士』のルダージュ”



 あなたは私を護る騎士、約束を守る騎士。私を護れない、そんな嘘はいりません。どうしてもあなたが自分のことを信じられないなら、私をもっと強く抱きしめてください。抱きしめて、その腕で私が生きていることを確かめてください。


 ――私はここにいます」


『セル、ティア……』


 灰色の手で、ぎゅっと、抱きしめる。

 彼女はとても温かくて、ルダージュの手には温かすぎて、それでも手放すことなんてできそうになかった。


「ルダージュ」


 セルティアが呼ぶ。召喚獣の名を呼んでいる。


「助けに来てくれて、ありがとうございます」


 さっきは受け取ることができなかった彼女の言葉。

 受け取る資格なんて無いと思っていた。

 そう思っていたはずなのに……。

 

『……当たり前だろ。俺はセルティアの精霊――灰騎士のルダージュだからな』

「はい!」


 俺の手は、空っぽではない。この温もりだけは真実でありたい。


 そう信じ、そう願い、ルダージュはセルティアの手を取り、2人の紋様を重ねた。

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