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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
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閑話 愚かなアーデルデ ③

 誘拐は容易かった。

 アーデルデの仕事は1人になったセルティアに近づき足止めをする。それだけだった。後は準備を整えた黒装束たちが騒ぎを起こし、あれよあれよという間にセルティアを妖精の森の神殿に連れてきてしまった。


 まったく活躍していないな、とさすがのアーデルデも自嘲するところだったのだが、自分には禁呪を発動させる大役がある事を思い出し、すぐに気を取り直していた。

 だが、禁呪の魔法陣はまだ完成しておらず、役目を果たせない彼は暇をもて余していた。


 神殿内部は蝋燭の灯火が周囲を照らすだけで、目ぼしいものなど何もない。そもそも妖精の森に建造物が存在するなど聞いたことがないし、神殿の内部だけはマナが満ち――魔法が使えるというのも不思議だったのだが関心はなかった。

 今、彼にとって重要なことは自分が暇だという事実だけなのだ。


「……」


 やることもないので寝台ほどの広さの台座に乗った今回の戦利品を眺める。

 魔法によって眠らされたセルティアは無防備に四肢を投げ出し、両の手首と足首は魔導具の鎖で台座に繋がれていた。爆発の中で攫われたというのに衣服や肌に汚れや怪我はない。黒装束の宣言通り無傷で捕らえられたからだ。


 ごくり、


 と生唾を飲み込む。

 それは穢れを知らない女を汚してやりたいという男の情欲だ。

 もともとセルティアのことは庶民にしては美しい女だとアーデルデは評価していた。


 今回の儀式が終わったらセルティアは用済みだ。顔を見られているアーデルデは彼女を生きて帰すことはできない。だが、だからといって殺すのは惜しい、勿体ない。

 

「囲うか……」


 貴族の自分の婚約者としては身分が違いすぎる。だが、妾としてならアリかもしれない。

 そんな身勝手でツッコミどころ満載な妄想をしつつ、これはつまみ食いだ、と呼吸で上下する胸に手を伸ばしたそのとき――


「準備ができたよ。アーデルデ君」

「――!?」


 その行為を阻止するかのように横から腕が伸びてきて、アーデルデの手首を掴んだ。

 黒装束の性別不詳だ。


「彼女は大切な生贄だ。つまらないことをしていないで儀式に集中してくれないかな?」


 仮面を近づけてくる。平坦な声とは裏腹に、その奥の瞳はぎょろりと血走っており瞳孔が縦に細長く変形した。


「ひっ――」


 獣人の瞳、もしくは得体のしれない魔物にでも睨まれたかのような恐怖がアーデルデを襲い、身を(いさ)めさせる。


「は、はなせ!」


 しかし、その情けない姿をいつまでも晒すのは貴族としての矜持が許さないのか、持ち前の鈍感さを盾に気丈に振る舞うとアーデルデは黒装束の腕を払った。


「準備ができたのなら早く言え! 僕も暇じゃないんだぞ!?」

「……そうか、じゃあこっちにくるんだ」

「あ、ああ」


 特に気にする様子もなく、黒装束は踵を返す。身構えていたアーデルデにとっては拍子抜けする態度だった。


「何をしている。ここだ。ここに立て」

「ほら~はやくぅー」


 十歩ほど進んで振り返った場所には性別不詳の他に甘声が待ち構えていた。

 命令されることが嫌いなアーデルデは態と歩いて向かうが、その幼稚な行為を咎めるものはいなかった。


「ほいほい、来たね来たね。魔法陣は完璧だから後はアーくんがこの呪文を詠んで魔力を送り込むだけだよ。それでかんせーさ!」


 と懐から詠唱文と魔法陣が書かれた羊皮紙を取り出した。


「それだけなのか? 禁呪にしては――」

「特別なことをしないのかって?」


 アーデルデは頷き、神殿内に描かれた魔法陣を眺める。

 この禁呪魔法はセルティアが眠る台座を中心に巨大な円を描き、その円周上に六つの小型の円を配置し六芒星をかたどっている。陣全体からは歪な線が伸びていて、大地に張る木の根のように地面に縫い付けられているようにも見えた。


 魔法陣を踏み荒すように立っているアーデルデ。それ以外に特別なことはない。学園の結界魔法陣と同程度の大きさだ。詠唱文を受け取り少し読んでみたが変わったところはない。禁呪だと最初に聞いておかなければ成績優秀な自分でもわからなかっただろう、とアーデルデは思う。


「禁呪はねぇ~勘違いされやすいけどただの魔法と変わらないんだよ~。だけど強力で癖のある魔法だからマナだけじゃなくて発動者は代償も払わないといけないんだぁ」

「代償……」

「あれ? あれれ? 今更怖気づいたのかな?」

「そんなことは――」

「そんなことはないよね。アーデルデ君。(わたくし)は君が成し遂げてくれるって信じています」


 なぜかアーデルデの代わりに性別不詳が答える。

 だが、不思議と不快にはならなかった。それどころか活力も(みなぎ)り自信も湧いてくる。


「当然だ。僕を誰だと思っている。カスティー家の嫡男、アーデルデ・グロウ・カスティーだぞ!」


 堂々と宣言するアーデルデに性別不詳は「すばらしい!」と拍手を送る。

 そんな彼女を見つめながら甘声はうへ~と悪友に呆れるのだった。



 ±



「では、アーデルデさん。お願いしまっス」

「それはいいが……お前たちはいったいなにをしてるんだ?」


 召喚の儀を行うために配置に着いたアーデルデ。

 彼に待ち受けていたのは黒装束たちの“それらしい行為”だった。


「これは俺たちなりに祈りを捧げているんです。邪魔しないでくださいっス」


 四人とも儀式を見守れる位置に陣取り、片膝を突き、指を組み、こうべを垂れ微動だにしなかった。

 アーデルデは宗教関連(そっち)に詳しくはないが、自分の手助けをする理由を聞いた時に『人型精霊が召喚されるその瞬間に立ち会いたい』と黒装束たちが言っていたことを思い出した。


 彼らの宗教は精霊王を崇める信仰なのだろうか?

 そもそも精霊を崇める宗教などアーデルデは聞いたことがないので疑問しか残らない。


(……どうでもいいか)


 片隅に放置されていた杖を魔法で手元に引き寄せ、握り、構える。

 他者を気にしている余裕などない。

 アーデルデは甘声に教えてもらった指示に従い、杖に魔力を流し込んで魔法陣に突き刺した。そこから血脈のように魔法陣の“続き”が杖、手、腕、肩、胸、腹、首と順々にアーデルデの身体を侵食し、全身を描いていく。

 どくん、どくんと鼓動のような等間隔で、アーデルデの魔力が魔法陣に吸われていく。


「これが禁呪か」


 己が魔法陣の一部となり魔法を発動する道具となる。

 最高じゃないか。

 これで最強になれるなら、使われてやろうじゃないかとアーデルデは儀式の成功を確信しほくそ笑んだ。


「アハハハハハ! いぃ気分だ! 召喚するぞ! 僕の、最強の精霊を!!」


“我は欲する”


「古の盟約は天啓の導き」


“我は掴む”


「久遠の記憶は悠久の絆」


“我は奪う”


「朋よ聞け、共よ応えろ。誓いの言葉は我が手の中に」


“我は愚かな簒奪者(さんだつしゃ)


「精霊召喚――来たれ、魔を討ち滅ぼす光の聖獣よ!」


 召喚魔法に禁呪の文言を重ねる。

 魔法陣全体が光り輝き空中へと浮かび上がる。まるで咲き開いた花弁の時が巻き戻るように、魔法陣が球体()を造り上げる。


 その間もセルティアは静かに眠ったままだ。禁呪の対象者であっても身体に異常はない。しかし、彼女の身体の一部、左手甲の漆黒の紋章――ノイシスの加護がルダージュを召喚した時と同じように一瞬輝くと、跡形もなく消滅してしまった。

 それは精霊を召喚する権利を奪われた証拠であり、それと同時にアーデルデが召喚に成功した証拠でもあった。


「よし!」


 目敏いアーデルデがセルティアの紋章がなくなったことで歓喜する。


「――っ!?」


 だが、喜んでばかりいられなかった。

 大量の魔力が魔法陣によって奪われたのだ。


「……っか! なんだ、これは!?」


 全身を巡る魔法陣がアーデルデの魔力を際限なく(・・・・)吸い尽くそうとする。

 杖に必死にしがみつき崩れ落ちる体を支える。


(そうか……! これがあったからあいつは召喚の時に膝をついていたのか!)


 アーデルデがセルティアの召喚の儀を思い返している間にも禁呪で創られた球体型魔法陣の召喚は止まらない。狂い、反転、崩壊、そして……どす黒く禍々しい闇色の卵。


「ハハハハハ! そうだ! それを待っていた!」


 飛びそうな意識を何とか繋ぎ止め叫ぶ。

 アレはセルティアと同じ人型の召喚方法。あそこから召喚される精霊は間違いなく最強だとアーデルデの顔に笑顔が粘ついた。


 それが伝播したのか黒装束たちも感動と興奮に身を打ち震わせていた。むせび泣いたり平伏したりする者まで現れるほどだ。

 一行が見守る中、卵は溶け出す。

 アーデルデは人型精霊が召喚されるその瞬間を見逃さないために、目を見開く。


「さぁ! ご対面だ! 人型精霊を手に入れれば、僕は……最強の……」


 だが、その結果は彼の想像と全く異なっていた。


「……な、なんだ、これは……!? これが僕の召喚獣、なのか……?」


 人型精霊はいなかった。いや精霊すらもどこにもいない。

 そこにいたのは――


「こ、これでは……まるで“は――」


 言葉は続けられなかった。立ち上がり、召喚されたモノに近づこうとしたアーデルデは胸に違和感を得て立ち尽くす。


「?」


 見下ろすとそこには剣が飛び出していた。

 剣先から血が滴り落ち、地面をぽつぽつと濡らしていく。

 

「いや~ご苦労様でしたっスねぇ。アーデルデさんのおかげで我々から被害を出さずに儀式を行うことができましたよ。感謝してもしきれないっスね」

「がはっ! お、お前……!! なに、を……!?」


 激痛がアーデルデを襲う。

 痛みで顔を歪めている彼の瞳に映ったのは獣の笑顔を張り付けた仮面の男だ。


「意外そうな顔しないでくださいっスよぉ~初めから俺たちはあなたを使い捨てるつもりで近づいたんですからっと!」


 アーデルデの背中から剣を引き抜いた男はすかさず剣を振り、彼の首を撫で斬りにした。

 動脈を切られ血を噴出させたアーデルデが崩れ落ちる。


「それでは皆さんお仕事の続きですよ~。そろそろお客様がお見えになるようなのでお出迎えしまっス」

「はいはーい! うちもここに残って時間稼ぎしたぁいで~す!」

「ほい決定、んじゃ残りのお二人であちらを例の場所に運んでくださいっス」

「ぐすっ、わかった。ボクは役立ちそうにないから従うよ。御会いできないのは残念だけど」

「あなた……出会ったら昇天しちゃうんじゃないかしら? それに大丈夫? あの召喚獣を運ぶのも相当よん?」

「問題ないさ……大人しそうだし、怪我をすることはないと思う」

「そういう意味じゃないんだけど……ま、いいわ。さっさと行きましょう」

「ああ」


 地面に転がっているアーデルデのことなど最初から存在しなかったように黒装束たちが話を進めていく。事実、彼らにとって仲間でもなんでもないアーデルデは駒でしかなかった。それ以上にアーデルデみたいな努力もせずに強者でいられた存在というのは黒装束たちにとっては敵だったのだ。


(ふざけ、やがって……待っていろ、今魔法で回復して上級魔法で消し炭にしてやる……! ヒール!)


 関心がないなら逆に好都合だと、気づかれないように無詠唱で回復魔法を唱える。

 だが――


「っ!?」


(な、なぜだ? 魔法が発動できない! 無詠唱でも初級魔法ぐらいならこの俺でもできるはずなのに! 早くしないと俺の召喚獣がどこかに運ばれてしまう! 追い付かないと! ヒール! ヒール! ヒール!!)


「ひ……っ、ぅ」


 痺れを切らし詠唱しようするがうまく口が回らない。

 それどころか身体から魔力そのものが抜け落ち、魔法が発動する兆候すら見えなかった。


「……ぃーる、ぅー」

「あ! まだ生きてたの?」

「――っ」

「詰めが甘いんじゃないかにゃー」


 甘声に気付かれ身体をビクつかせるが彼女はやはりアーデルデを無視して男を問い詰めるだけだった。


「面目ないっス」

「もう駄目だよぅ。これじゃあ、ちゃんと材料に使えないじゃん」


 材料? と朦朧とする意識の中、甘声を見上げると、しゃがんでいた彼女と目が合う。


「無駄だよ」

「ぁ……」


 なにが? と疑問を口にしようとしたが、アーデルデにはもうその力は残っていない。


「どうやらこの禁呪の代償は魔力をぜーんぶ奪っちゃうものだったらしいね。今のあんたはもう召喚士でも魔法使いでもないただの役立たずだよ。残念でした」


 事実だけを述べる感情を感じさせない声だ。

 魔法使いですらなくなったと聞いてもいつものように罵倒することはできなかった。アーデルデには指先1つ動かす余裕はなく段々と瞳から光が失われていく。


「バイバイ」

「っ――」


 制止する声は届かなかった。

 甘声はアーデルデの首に彼の杖を抉り込むように突き立てた。それはまるで彼にゆかりのある、かの精霊を表しているようでもあった。そこに意図があるのかはわからない。ただ、甘声は“甘声らしからぬ声”で言葉を続ける。


「うちらはね、あんたみたいな人間は大っ嫌いなんだ。どう? 魔力もない弱者になった気分は……って、もう死んでるか」


 屍となったアーデルデを見下ろし仮面が笑う。

 そして――


『セルティア!』


 石壁が破砕される音と男の声が耳に響いた瞬間、彼らは仮面の奥で狂乱の笑みを浮かべるのだった。

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