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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
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ギルドクエスト

 ルダージュがこの世界(アリアストラ)に来て一週間と数日が経とうとしていた。

 セルティアの(風呂やベッドへと誘う)魔の手から逃れつつ、1人で入浴、就寝することができる安寧の日々が続いている。


 彼女からしてみれば精霊と触れ合いたいだけなのだが、だからと言ってルダージュにも譲れないものがある。これ以上は肉体的にも精神的にも限界だった。


 幸い彼のベッドは学園が用意したため、ソファーや床などで寝ることはなかった。搬入するときにむくれたセルティアを宥めるのはいささか骨は折れたが、彼女の課題を手伝う確約をして今は事なきを得ている。


 ちなみにその夜、セルティアがルダージュのベッドに潜り込み「私は天才かもしれません。ルダージュが私のベッドを嫌がるなら、私もルダージュのベッドで寝ればいいんですよ! 逆転の発想ですね!」と得意満面の鼻高々でのたまってきたので、布団で簀巻きにして彼女のベッドに(優しく)ポイ捨てしておいた。


「ルダージュ、気を引き締めてください。魔法で魔物らしきモノを感知しました。この速度だとあと2分ほどで視認できます」

「わかった」


 昨日、しくしくと嘘泣きをしていた彼女はどこへやら。今、ルダージュの隣には学園ナンバーワンの魔法使い、生徒会長セルティア・アンヴリューが珍しくローブで身を包み、森と平原の境界線付近に鋭い眼差しを向けていた。


 ここは学園都市から続くユニア街道という砂利で簡易的に舗装された道。

 ルダージュとセルティアは都市からは数キロ程度離れた場所にある魔物が縄張りとしている森の近くに来ていた。


「魔装を展開する。セルティアは後方で支援してくれ」


 浅瀬に寄せる波のように灰色に煌めく塵が草原へと流れる。一瞬の出来事で人目には砂埃のようにしか見えない。

 そしてそれは魔物たちにも言えることだ。


「来ました! 予想より早いですね。おそらくこちらの存在に気づいています」


 ある意味計算通りだ。

 ルダージュたちは自分たちを囮にしているため、魔物(あっち)にも気づいてもらわなければ埒が明かない。


「数は……8体にプラス2ひきか。後ろに援軍が隠れている可能性は?」


 ちょっと待ってくださいね、とセルティアが杖を構える。


「魔法には反応がありません。あれが全戦力のようです」

「そうか」

「こちらには私たちしかいないので油断しているのでしょう。ゴブリンとボワウルフですから」


 セルティアの課題とは魔物退治のことだった。

 精霊科に進級する生徒たちは自分の召喚獣とともに魔術ギルドでクエストを受注し、課題をクリアしていかなければならない。


 難易度によっては数件で済むが低難易度クエストだと何十件も熟さないといけない。

 長期休暇の宿題みたいなものだ。

 今回のゴブリンとボワウルフの討伐の格付けはSからFランクまであるうちのEランククエスト。

 セルティア1人でも楽勝なのだが、精霊との初陣ということもあり最初は簡単なものを選んだようだ。

 

(……にしてもゴブリンかー。ホント、ファンタジーな世界だな、ここは……って今更か)


 ゴブリンは三頭身の頭でっかち。醜悪で皺々な顔に赤黒い肌、薄黒い濁った眼に尖った鼻と耳が特徴的だ。

 ボワウルフは一言で表せば太った狼。胴体が極端に肥えていて他は普通の狼のようにシュッとしている。外見は間抜けだっが、乗り心地はよさそうである。現にゴブリンが乗り始めた。


「どうやら仕掛けてくるみたいですね」

「なるほど、そういう意味か」


 共闘して機動力の確保。動物並みの知恵が有り、どちらも雑食で肉が好物なので街道を移動する馬車や人も襲う。冒険者や魔法使いではない一般人の天敵である。

 

「ガギャアアアアアア!」


 物量で押し切る狩りが彼らにとっての正攻法なのだが、今回は相手が悪すぎた。

 一斉に雄叫びを上げ、文字通り猪突猛進にゴブリンたちが森から突進してくる。

 

「?」


 ルダージュは杖を構えたセルティアを手で制止する。疑問符を浮かべられてしまったがあの程度の相手、彼女の手を煩わせるまでもなかった。

 獲物たち全員がルダージュの張ったテリトリーに踏み込むまであと3秒前、2、1――

 

 ――パチン


 指を鳴らした瞬間、害獣たちは全滅した。

 最初に展開した魔装を一瞬で何十本もの槍に変化させ剣山のように生やし突き殺したからだ。

 血が魔装の槍に滴り、磔の肉塊となったそれはモザイク必須の絵面だ。だがセルティアは臆するどころかルダージュの指に興味が湧いたようで「すごいです! どうやったんですか!?」と手を握ってきた。

 さすが異世界人、慣れている。


「あーこれは違うんだ。別に指を鳴らさなくても同じことはできるよ」

「……え!? ではなぜ? もしかしてルダージュ――」


 かっこつけたかったんですか? とセルティアがなぜか赤い顔をしてニヤニヤし始めた。

 それは至って当然の反応だった。誰だってそう思う。しかし、その後に「可愛い、可愛い!」と口元を隠すように連呼するのはセルティアだけであろう。


「半分正解で半分ハズレだ」

「あ、認めちゃうんですか……」

「……どうしてそこで残念がるんだ」

「いえ、恥ずかしそうに否定して照れるルダージュを見たかったなんて、そんな……思ってませんから」


 だだ漏れっすよ、セルティアさん。

 あまりにわざとな発言に、ここで素直に反応したら相手の思う壺だと感じ取ったルダージュは華麗にスルーして話を進める。


「俺は魔装を操るときに体の動きに関連付けて動かしている。そうすることでより精密に操れるからだ」

「……あ、そういえば模擬戦の時もやってましたね」


 彼女の言葉に頷く。

 おふざけからのこの切り替えの早さはセルティアの好ましいところの1つだ。


「あと味方へのサインの意味も込めている。動作一つで次の俺の行動がある程度分かればセルティアも動きやすいだろ?」


 連携、そして同士討ちを防ぐためのこの案は魔界にいた時に彼女と考えたものだった。

 ほとんどの場合そんな事態にはならず、いつの間にか連携は取れるようになっていたため、あまりこだわったサインは存在しない。


「なるほど、ではいつも以上にルダージュの動きを見ないといけませんね!」

「いつも以上というのが引っかかるが……そんなところだ」

「でもルダージュ、1つだけ問題があります」

「問題?」

「はい、アレを見てください」


 セルティアが指し示す方向には魔物の死骸が串刺しになっていた。

 魔装を解くことを忘れていたため痛々しい光景が続いている。

 ぼとっ、ぼと、と槍が霧散したことで元魔物が地面に落ちていく。

 当然、動き出すものはいないが、それこそが彼女にとって悩みの種だった。


「このクエストでは魔物が弱すぎて私たちのチームワークが発揮できません」


 確かにルダージュがゴブリンたちの相手をすればご覧の有様だ。さらに言えばセルティアが魔法を放っても一撃である。


「だから――これです! このクエストも同時に行いましょう!」


 セルティアがローブから取り出したのはクエストの受注用紙だった。異世界文字で書かれているためルダージュにはさっぱりわからない。


「……ごめん、読めない」

「――っと、すみません。これはここの森を根城にしているゴブリンとその巣の駆除を依頼されています。時間に余裕があるのでこれもクリアしてしまいましょう」


 ルダージュが倒したのは食糧調達班だったということだ。


「ゴブリンは大体どれくらいいるんだ?」

「あの部隊の約十倍と予測するのが一般的ですね」


 80体。

 普通であれば召喚士1人で挑む数ではない。


「セルティアは大丈夫なのか?」

「あなたと一緒なら平気です」


 言い切られてしまった。

 もともと断る気なんてさらさらなかったルダージュだが、俄然としてやる気が湧いてくる。


「決定だな。じゃあ、まずは――」

「倒したゴブリンとボワウルフの左耳を切り取りましょう。ちゃんとギルドに提出しないと依頼達成になりませんからね。頭がきれいに残ってるといいんですけど……」

「……」


 異世界に来てから感覚がマヒしているが、年頃の女の子と話す内容ではない。異世界の女の子は逞しく、これが常識なのだと無理矢理納得するしかない。 


「俺も手伝うよ。その方が効率いいし」

「ありがとうございます。では、このナイフは――ルダージュには必要なさそうですね」


 ルダージュの手にはすでに魔装のナイフが握られていた。

 気分は狩りゲーだ。無理をして食べなくてもいい――と考えるだけで心に余裕ができる。


「ルダージュはどのくらい読めるようになりましたか?」

「この世界の文字のこと?」


 文章が読めなかった所為か、セルティアがゴブリンの耳を切りながらそんな話題を振ってきた。彼女には時間があるときに先生としてちょくちょく教えてもらっているが、まだまだ赤ん坊レベルである。


 首を縦に振る彼女に自分がどの程度できるようになったのか話した。「なにか教材があればいいんですが……」と呟く彼女は「んー」と小さくうなる様に悩んでいて、ゴブリンの巣窟を2人で殲滅した後もどこか上の空だった。

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