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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
20/155

閑話 愚かなアーデルデ ②

 その男はやはり“裏”が好きだった。

 精霊に敗北した時は校舎裏、そして今回は実家から勘当され路地裏へと身を隠していた。


「どうして僕がこんな目に……」


 男――アーデルデは悲嘆に暮れていた。

 精霊に逃げられたのは一週間前のことだ。翌日、二度目の召喚の儀に臨んだが自分には二柱目の精霊を召喚する才はなかったと知った。


 彼は暴れた。


 教師の襟首に掴みかかり『お前が細工を施したんだ!』といちゃもんをつけ、それを咎めたもう一人の教師を殴り飛ばした。自分より弱い癖に二柱目の精霊を召喚していた生徒を攻撃魔法で襲い、主を庇おうとした精霊にはさらに強力な魔法で追撃した。


 上級魔法で祭壇を滅茶苦茶に壊してやろうと腕を掲げた瞬間、世界が反転し、いつの間にか地面に横たわっていたのを覚えている。

 背中から首にかけてじくじくと鈍い痛みが広がった時、投げ飛ばされたのだと自覚した。


 アーデルデを止めたのはロイだ。

 そして魔法で拘束し、教師陣に引き渡したのはセルティアだった。

 2人はまるで部屋に侵入した害虫を駆除するように淡々とその作業を行った。アーデルデのことなど、もはやどうでもよく、彼に傷つけられた生徒と精霊に治癒魔法を施すことのほうが大切だった。


 彼らのその後ろ姿はアーデルデにとって癪に障る光景でしかなかった。ライバルたちが自分に目もくれず、無視し、何の言葉もかけなかったのだ。教師たちに腕を掴まれ引き摺られながらもアーデルデは喚き散らし関心を引こうとしたが、最後まで2人がアーデルデに一瞥をくれることはなかった。


「不愉快だ」


 学園がアーデルデに言い渡したのは停学だった。これまでの蛮行に対して寛大すぎる処罰ではあったが、若く優秀な魔法使いの芽を摘むことは学園の方針から外れ理念に沿わないため見送られた。


 もちろんそれは表向きな考えであり、そこに貴族であるアーデルデないしはカスティー家への配慮がなされていることは誰の目にも見えていた。


 暴言を吐かれた教師と殴られた教師2人はその決定に顔で不快感を示すだけで口出しすることはなかった。だが1人、その建前を思いやりで包んだ決定に異を唱える者がいた。


 そう、アーデルデだ。

 停学は不服としさらにはぐれ精霊を要求し精霊科に進級させろと明言(迷言)したのだ。

 会話は平行線だった。

 進級させろ、できない、の応酬が続き、決着がついたのは1人の教師の言葉が決め手だった。


『大人しく魔法科に進級しなければ退学だ!』


 アーデルデは怒り狂った。

 そして思わず言ってしまったのだ『魔法科に入るぐらいだったらやめてやる!』と。


 魔法科とは精霊を召喚できない落ちこぼれ集団という認識が生徒間の中にある。魔法について純粋に学び研究に専念しようという生徒も魔法科にはいるが、大体は召喚魔法と相性が良くなかった生徒たちで構成されているためあながち間違いではなかった。


 だが落ちこぼれと揶揄していても本気で彼らのこと馬鹿にしている者は少ない。なぜなら魔法科は治癒系魔法と薬草学を中心に単位を修得することを義務付けられているからだ。

 精霊とともに前線にでる精霊科、そして後陣に配しサポートに徹する魔法科。


 ノイシスが活躍した時代から変わらない堅実な仲間たち(パーティー)だ。

 自分の命を助けてくれる仲間を笑うやつはいない。

 ただ、わかりやすく活躍できるのが精霊科というだけだ。

 そしてアーデルデが魔法科に進級しない理由は、彼が数少ない魔法科を馬鹿にしている生徒の一人であり、治癒系魔法より派手な攻撃魔法を使って前線で活躍し目立ちたいという残念極まり無いものだった。


 学園を飛び出したアーデルデはすぐさま王都にある実家の門を叩いた。カスティー家として父の力を借り学園に抗議するためだ。

 久しぶりの帰郷に両親が泣いて喜んでしまうのではないかと妄想したが、現実はそんな甘いものではなかった。


 まず、家に入れなかった。自分の家なのに使用人に入れてもらえなかったのだ。

 アーデルデが帰ってきたことに困惑する使用人たちは彼の罵声を浴びながらも頑として命令を聞き入れなかった。そして騒ぎを聞きつけた彼の父と母が駆けつけ、やっとのことで面会が叶ったのだ。


 この使えない使用人を首にするようアーデルデが口を開こうとした時、ここでも様子がおかしいことに気づく。

 まだ、門が開かないのだ。長男であり、家を継ぐべき人間が帰ってきたというのに家に帰れない。

 父と母は苦々しい顔をして妹たちは玄関からこちらを覗き見るだけで兄との再会を喜ばない。しかも門に阻まれた状態で帰郷した理由を話せときた。


 わからない、この状況はなんなんだとアーデルデは顔を歪める。しかし父には逆らえず渋々これまでの経緯を説明した。最初から最後まで包み隠さず事実全てを、自分は何も悪くないと自信に満ちた態度で自らの蛮行を、語った。


 アーデルデが見たのは頭を抱える父と母の姿だった。そして言い渡される『絶縁』の二文字と『名を捨てろ』という言葉。

 理解が追い付かなかった。いや、する必要もなかった。

 使用人たちの態度が急変しゴミを放り投げるようにアーデルデを馬車に詰め込んで移動し始めたからだ。

 捨てられたのは魔導都市学園の校門前だ。


 アーデルデは一瞬、絶縁とは冗談で、送り届けられただけだと思考する。

 当然それは勘違いであり、本人の意向とカスティー家の申し出によりアーデルデはとっくに学園を退学となっていてそこに彼の居場所はなかった。

 アーデルデは冷静だった。冷静に一日を生き残るため有り金で宿を取った。貴族に相応しく今の自分に見合わない高級宿だ。


 無計画なわけではない。

 一日でも我慢すれば両親が思い直すだろうと考えたからだ。天才の僕を親が手放すわけがない、と。

 我ながら完璧だと夕食の葡萄水で喉を潤しながらほくそ笑んだ。

 

 所持金は二日で費えた。


 両親はおろか使用人も学園関係者も現れなかった。アーデルデはそこでやっと自分が本当にカスティー家に捨てられたのだと自覚した。


「あいつらさえいなければ……僕は――」


 魔導都市の路地裏へと身を隠したアーデルデは誰に原因があり、誰が悪いのか考えた。これからのことを見通せばギルドで冒険者登録をして日銭でも稼いだ方が建設的なのだが、そこまでの考えは及ばない。


「そーんなところで何してるんっスか? 学生さん」


 1人2人と憎らしい顔を思い浮かべていたアーデルデに胡散臭く軽い調子の男の声が耳に届く。


「なんだ、お前――たちは?」


 路地裏は貧困街に繋がっている。そこに住む下賤(げせん)な輩が物珍しさに自分に興味を抱いたのかと最初は思った。だが、顔を上げたアーデルデの目に飛び込んできたのは予想とは異なる集団だった。


「こんにちはー、元気ぃー?」

「しょぼくれた顔していては二枚目が台無しだな」

「あらん、あたしは男の情けない顔って好きよ」


 人数は四人。

 皆一様に黒装束に身を包み目深にフードを被り、その奥では魔物を模したような不気味な黒仮面がアーデルデを見て笑っていた。


 性別は不明。

 声から察するに胡散臭い男と態と甘ったるくしたような声を出す女。そして中世的で判別できないやつが1人にオカマも紛れ込んでいる。


 追剥ぎか盗賊か、アーデルデはまず彼らをそういった類の連中だと疑った。しかし、その異様な出で立ちはあまりにも露骨すぎた。自分たちが不審者だと宣伝しているようなものだ。夜の闇に紛れるための衣装ならまだわかる。だが、日が差さない路地裏とは言え太陽が昇りきった真昼間にする装いではない。


 なにより、油断していたとはいえ四人もの人間にここまでの接近を許していたことにアーデルデは驚愕していた。腐ってもアーデルデは元学年三位の実力の持ち主だ。得体のしれない彼らに身構え、臨戦態勢が自然と整いつつあった。


「あれれ~? もしかしてうちら警戒されてるのかにゃ~?」

「あんたのぶりっ子演技が気持ち悪いんじゃないかしら?」

「お前にだけは言われたくにゃ~いよ~だ」


 甘声とオカマが争い始めたが警戒は解かない。

 逃亡系の魔法を発動してそれに乗じて逃げてしまおう。そう考えたアーデルデはゆっくりと懐にしまっていた小型サイズの杖を握ろうとした。

 しかし――


「あ、杖なら先に回収させてもらいましたっスよ。もしも魔力を増幅された上級魔法なんて撃たれたら俺らもただじゃ済まないっスからね」


 ひらひらと黒装束の一人がアーデルデの杖を振る。

 慎重に行動しているように見せていたアーデルデだったが驚きのあまり慌てて体を弄り始めた。

 いつだ! いつ盗られたんだ!

 気持ちの悪いぐらいの手際の良さにアーデルデは動揺を隠せない。


「別に俺らはあなたに危害を加えようとしているわけじゃないっスよ。あと、怪しいモンじゃないっス」


 なははと笑う男に、信じられるかそんなもの、と心の中で吐き捨てる。

 アーデルデが険相を深めると男は慌てたように取り繕い始めた。


「ありゃー困ったっスねー。どうも俺がお話しするとこんな展開に……あでっ!」

「君のそのへらへらした軽薄さが悪い。ここはボクに任せろ」


 正体不明の男の頭を叩いた後、性別不詳が近づいてくる。


「やあ、すまないね。ボクたちは所詮有象無象の集まりなんだ。多少の無礼は許してくれると助かるよ。アーデルデ・グロウ・カスティー君」

「なっ! なぜ――」


 僕の名前を、と言葉を続ける前に性別不詳が「あ!」と何かに気づいたように声を上げた。


「ごめんごめん、今はアーデルデって名前だけだったね。学園にも家にも捨てられた可愛そうで惨めなアーデルデ。くふ、あはは、ダッサい! 滑稽な名前だね!」

「お、お前っ……!」

「学園で君は今や時の人だよ? 精霊に見捨てられたお間抜けさんだってね」

「なんだと!? あいつらああああ!」


 他の黒装束があちゃーと仮面越しに天を仰いでいるがアーデルデにそんなことを気にしている余裕はなかった。貴族である自分が程度の低い連中に馬鹿にされたのだ。許せるはずがない。


「お前らは何者だ! 金ならないから失せろ!」


 こういった輩が欲するものは金だ。と、アーデルデは当たりを取った。

 貴族を襲い金品を要求する。護衛をつけていればまずありえない事件だが手っ取り早い手段でもある。

 しかし、性別不詳にとってはあまりにも意外な台詞だったのか、表情はわからないままだがきょとんと呆気にとられ棒立ちになっていた。そんな仕草だった。


「やだな~君に金銭を要求しても無駄じゃないかアーデルデ君。そろそろ自分の身を弁えた方がいいよ? 君には何の価値もないのだから」

「うるさいっ!」

「だから――(わたくし)たちが君に価値を与えるよ」

「な、なに?」


 突拍子もない言葉、そして悪魔の甘言のように彼女(・・)は囁く


「ねえ、君をこんな目に会わせた人間に復習したくはないかい? 君を馬鹿にした人に天罰を、君を嗤った人々に悲劇を――与えたくならない?」


 ねっとりと舌で(なぶ)るように、熱い吐息を肌に絡みつかせるように、彼女はアーデルデの耳元で言葉を転がす。


「そ、そんなこと僕は……それに僕にはもう力が――」

「力がないなら手に入れればいいの。君にとって最強の精霊を手に入れれば君は学園に戻れて両親も許してくれる」

「無理だ。僕にはもう召喚魔法を発動する権利がない」


 アーデルデは彼女との会話に魅入られていた。この会話に違和感も矛盾も不自然さもない。彼の意志の根底が全てを受け入れる。


「大丈夫、だったら君の代わりに召喚してもらえばいいのよ。そしてその精霊を貰っちゃうの。身の回りにいたでしょ? 強い精霊――人型精霊を呼び出せそうな召喚士さんが」

「――セルティア・アンヴリュー」

「そう、彼女に手伝ってもらうの。でも普通に頼んだら抵抗されちゃうわ。だから、攫って、眠らせて、召喚の儀の媒介にするのよ、キ・ミ・が」

「媒介? そんな話聞いたことがない。いったいどうやって――」

「禁呪よ」


 彼女の言葉(魔法)は続く。


「禁呪魔法で君があの娘の召喚魔法を操作するの。呪文はアレが用意してくれるわ」


 アレと指し示す方向には甘声がピョンピョン飛び跳ねアピールしていた。


「禁呪か……」


 呟く声に迷いはなかった。だが、禁呪という存在に不安だけを覚える。

 そんなアーデルデを彼女は赤子をあやす母のように優しく後ろから肩を抱いた。


「大丈夫、大丈夫よ。安心して。何も怖くないわ。それだけ(・・・・)なら代償は大したことないわ。禁呪はあなたを裏切らない。そして手に入れるの、あなただけの最強の精霊を」

「最強の、精霊」

「私たちは彼女を無傷で攫って、一時的に眠らせるわ。あなたはおびき寄せる役、そして禁呪で召喚の儀を行う召喚士の役よ」

「……僕は――」


 アーデルデは見比べる。がやがやと賑わう魔導都市の市街地と寂れて薄汚い貧困街の世界を。


「僕は、こんな所にいていい人間じゃない。学園で一番になり、生徒会長……いや、総長として君臨するべきなんだ」


 彼女は何も言わず頷く。本人の意思が恥ずかしげもなく曝け出されるのを待っている。


「そうだ! 簡単じゃないか! 精霊が召喚できないなら奪えばいいじゃないか! ふは、アハはハ! 待っていろよアンヴリュー! ノイシスの加護持ち! お前の最後の精霊はこの僕、アーデルデ・グロウ・カスティーのものだ!」


 高笑いが響き渡る。

 下品で醜い愚者の狂騒だ。

 そんな彼を見て黒装束たちは嗤っていた。張り付いた仮面のようにいつまでも笑顔を崩さなかった。

 “裏”が好きなアーデルデが、同じく“裏の世界”を愛する者たちに魅入られたのは、もはや必然だったのかもしれない。


 ±


「相変わらず貴女の魔法はえげつないわねぇ」


 フラフラと捨て駒の学生が街の喧騒に消えていく。その背中を眺めながらオカマが片腕を組み頬杖を突きながら感嘆の息を漏らした。


「“己の欲望に忠実になる”だけの催眠魔法よ? 私はその手助けをしただけ。まともな理性が働けば人を殴ることすらできない欠陥品よ」


 あのガキがやりたいことをやってるだけ、と彼女は吐き捨てた。

 自分で(けしか)けておいて無責任な言い草だ。


「この作戦は嫌いかしら? ……それと口調が戻っているわよ」


 おっといけない、と口を塞ぐように仮面を手で覆う。


「……気を抜くとすぐこれだ。あんな回りくどい魔法じゃなければボク(・・)も苦労はしないんだけどね。作戦に不満はないよ。ただ、あのガキが嫌いなだけだ」


 元性別不詳が声色を変え演技を始めた。こうなると本当に性別がわからない。


(あたしはどこからどう見ても乙女だけど)


 黒装束のまま(しな)を作り無駄にポーズをとる。そんな奇行には慣れているのか他の三人はオカマを無視し話を進めていく。


「じゃーそろそろ俺は監視に移りますっス。儀式の準備とルートの確保の方はお願いするっスよ」

「はいほーい、失礼がないようにお部屋をきれーにして待ってま~す」


 甘声の口は軽く、冗談のように聞こえるが、内容は本気だ。


「あたしはリーダー……彼に報告に行くわ。新しい仲間がどんな子かも気になるし」


 黒装束たちは組織で動いていた。彼らは仲間であり、賛同者。

 それを束ねるリーダーも存在する。

 今回の任務は彼らのリーダーがアーデルデに目をつけ、道具としての利用価値があると見出したことが起点となっている。


「ボクも監視についてくよ。男にあの方(・・・)を運ばせるわけにはいかないからね。……なに? その笑い? 嫌なの? 死ぬの?」

「ち、違うっスよ! なんでもないっス! 怒らないでくださいよぉ」


 男の真似をしている奴が此処ぞというときに女面したのが可笑しかった。なんて口が裂けても言えなかった。


「むしろ大歓迎なんでお互い協力しましょう! ……では、我々『教団』の繁栄のため、皆さん頑張ってくださいっス!」


 彼らは暗躍する。自分たちの目的のために。

 神を崇める礼拝者として、信仰心に付き従う。

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