共犯者
「先生はどこまで知っているんですか?」
クレイゼルの元を訪れたルダージュは彼の他に誰もいないことを確認した後、そう切り出した。
ベッドが使われていない保健室はカーテンが全て開かれており開放的な空間となっていたため、クレイゼルしかいないことは一目瞭然だった。
「怪我もしてないのにやってきたと思ったら……藪から棒になんだい?」
「俺を召喚した、セルティアの召喚魔法のことです。先生は俺の話を聞いてどこまでわかっているんですか?」
「……ふむ」
片目を吊り上げ難しい顔をすると、指をくいっと動かし離れたところに置いてあった椅子を魔法で引き寄せ手元に近づけた。ポンポンと椅子を叩き、まるで「座りなさい」とでも訴えるようにルダージュに視線を送る。
「……」
長話になりそうだったので、ルダージュは素直に従い腰を掛ける。
「で、どこまで知ってるんですか?」
「少しは落ち着きたまえ。脈絡もなしに質問をされても答えようがないよ。まずはどうしてそんな質問をするのか聞きたいところだね」
それもそうだ。
少し気持ちが急いていたようだ。
「なんなら鎮静効果もあるこの新薬ポーションの実験体に――」
「結構です」
「……ち、フラン先生から押し付けられたものを処分できるいい機会だと思ったのに」
そんな危ないものを渡そうとしたのか、油断も隙もない。
「で? 昨日の今日でどうしてそんなことを聞きに来たんだい?」
緑色の液体が入ったポーションビンを適当に仕舞いルダージュに向き直る。
(……あれって昨日ヴァルトロの治癒に使われた物と同じ色……いや、どうでもいいか。今、大事なのはセルティアのことだ)
「彼女に聞きました。召喚魔法は精霊しか召喚できないと」
「うん、そうだね」
「でも、その魔法で俺は召喚されました。俺は人間で、俺がいたあの世界は……精霊界じゃありません」
「……」
「この世界に疎い俺でもセルティアの魔法が異常だとわかります。だからアリアストラの住人で、尚且つ俺の秘密を知っている先生の意見を聞きたくて……」
「……なるほど、だからそんなピリピリしているのか。私を口止めしたかったと?」
「そんなところです」
「まったく、昨日はからかい半分で仲がいいと揶揄したが、一日も経たずにずいぶんと彼女にご執心じゃないか」
「俺の命の恩人ですから」
私もキミの傷を治したんだけどな……とふて腐れているが無視する。悲しんでいる顔がわざとらしすぎて構いたくもない。
「はあ、まず最初の質問の答えだが……私はキミの話を聞いた瞬間からセルティア・アンヴリューが召喚士として危険だと知っていた。それも込みでキミが人間であることを秘密にしてほしい、とお願いしたんだ」
「そうなんですか?」
「……はあ」
二回目のため息。そう何度もあからさまな態度を取られると自分が呆れられるようなことをしているみたいで居心地が悪い。
「そもそもだよ? 最初に口止めをお願いしたのは私じゃないか。その私がなんで自分からばらさないといけないんだ。昨日だってキミの霊力を誤魔化すために協力しただろ?」
「……はい」
それはわかっている。だが……
「ルダージュくん、私は昨日忠告したね? キミが人間だということは隠した方がいい、と」
「え、ええ」
「それはキミのために言葉を選んで忠告したのさ。キミが人間だとばれたら大変だぞ、ってね。でも本当に大変なのはキミを召喚したアンヴリューくんの方だ」
クレイゼルは言葉を続ける。
「これは昨日伝えられなかった忠告の続きだ。“彼女のことを思うなら嘘を吐き続けろ”。キミの懸念通り彼女は精霊を召喚できない。もしくは召喚できるが今回は偶々キミがいた異世界――呼称を『魔界』としようか? 魔界からキミを召喚してしまった。もうそれだけで召喚魔法の根底を覆す大発見であり大事件だ」
召喚魔法はこの世界と精霊界を繋ぐ道だ。とクレイゼルが黒板を使い三つの丸で∵を描き、Vの字になる様に線で結ぶ。下の丸にはアリアストラ、左上には精霊界、そして右上に魔界、と言葉で説明を加えながら異世界文字を綴っていく。
「はっきり言っておこう。キミの話が全て本当ならば……アンヴリューくんは魔界の獣をこの世界に召喚できる力を持っている……ってあまり驚かないんだね」
「ある程度は、予想してここにきてますから」
「ん? ……あ~だから口止めか。私は知っているからね。彼女が魔界の獣を召喚してしまうかもしれない危険人物だと。でもその心配は不要だ」
「どういう意味ですか?」
「なに、難しい話じゃない。アンヴリューくんが二回目の召喚の儀をしなければいいだけだ。召喚魔法を発動しなければ彼女に危険性なんて全くない」
「……」
それはまあ、そうだろう。
そもそも召喚しなければいい、という単純な方法はルダージュも考えていたことだ。
「彼女からどこまで話を聞いているか知らないが、セルティア・アンヴリューは卒業後に宮廷魔法使としてこの国の王様に仕えることになっている。宮廷魔法使というのは簡単に言えば警護部隊だ。その1人がノイシスの加護持ちというのは箔が付いているようなものだ。おそらく二度目の召喚は王の勅命がない限りしないだろう」
「セルティアは俺とパートナーになったばかりなのに他の精霊に夢中になるのは不誠実だ、と言ってましたけど」
ガクッとクレイゼルが肩を落とす。
「あんの精霊好きめ! 自分の立場を忘れているな。確かに彼女ならそっちを優先的に考えそうだが……これは将来のことを踏まえた厳重注意をしておいた方がよさそうだ。一教師として」
ルダージュの所為で叱られることが確定してしまった召喚士に、心の中で「すまんセルティア」と合掌を送る。
「ルダージュくんは私が彼女を危険視していないか確認するために、ここまで来たようだが、それは余計な気苦労だよ。私はね、根っからの研究者なんだ。キミたちみたいな研究の塊がこの私だけに真実を送り届けて来てくれたことが嬉しくてこの場で拝みたいぐらいだ! ありがとう、とね!」
クレイゼルが急に立ち上がり妙なテンションで語り始めた。怖い。これがマッドサイエンティスト――いや、研究者なのでマッドリサーチャーである。
「そんな私がこの情報を他の人間に渡すわけないじゃないか! 独占して調べたいんだよ! キミは恩人を守りたいようだが私は教師として生徒を守りたい――なんて建前なんてない! そんなものは邪魔だ! 研究したいだけなんだ! そして家に帰りたい!」
「おい、どこ行った一教師」
「ルダージュくん。私たちは共犯者だ。彼女の秘密もキミの正体も私は口外しないと誓うよ」
「わかった、わかりましたから! 先生の熱意は伝わりましたから手を握らないでください! 熱い! 気持ち悪い!」
「その代わり、と言うわけでもないが早速実験に付き合ってくれ。これは魔界のことを調べるために必要なことなんだ。なに、キミの魔装を念入りに、満遍なく、楽しく調べるだけだよ!」
それからセルティアが保健室にやってくるまでルダージュはひたすら実験に付き合わされる破目になった。
クレイゼルはまるで狂人者のように目がギラついていて、何をされるのか不安で仕方なかったが、内容は至って普通でルダージュがいつもやっているような魔装で武器を創ったり昨日の模擬戦の再現をしたりするだけだった。
そんなこんなで予期せぬ実験に見舞われることもあったが、不安要素は減ったと考えてもいい結果に落ち着いた。
セルティアの召喚魔法の特異性に関してはルダージュが嘘を吐き続ける限り周囲にばれる問題はなく、彼女が精霊を召喚しようと願わない限り世間に魔界の存在が明るみになることもない。
クレイゼルは……変人ではあるが秘密を洩らすことはないだろう、とこればかりは信じるしかなかった。




