それぞれの道
目まぐるしい初日が明けて、余裕を得たルダージュは改めてアリアストラの文明水準の高さに驚いた。電気機器などの機械文化はほとんど発達していないが、その代わりに魔法文化――魔導具と呼ばれる魔法を主軸にした道具ですべてを補っている。照明も洗面台もすべて魔導具であり、時計も存在し、トイレは水洗式で風呂にはシャワーもある。料理に使う調理器具は各種揃っており、フライパンなどはほとんど元の世界と瓜二つだった。
世界は違っても皆考えることは一緒なのか感動していた。衣食住の観点から見ても、あまりに元の世界に似通っていて『魔法』というものが存在しなければ「帰ってきたんじゃないか?」と錯覚してしまいそうになるほどである。
「何を考えているんですか? ルダージュ」
隣を歩いていたセルティアが覗き込むように首を傾ける。
「アリアストラのことを考えてた。ここは色々なものがあって住みやすいなって」
「なるほど。精霊界は大自然に囲まれた世界だと聞いたことがあります。人型のルダージュならばこちらの世界のほうが住みやすいかもしれませんね。ルダージュは精霊界のことをどれくらい覚えていますか?」
「……あまり覚えていないな。気づいたときには傷だらけで、すぐにセルティアの――たぶん召喚魔法に触れてこっちに来たから」
「そう、ですか……早く思い出せればいいんですが――」
「セルティア」
強引だが本題に移ることにした。
「あ、はい。どうしました?」
「実はそのときに……大切な“もの”を置いてきてしまったんだ」
「え!? そうなんですか!?」
「ああ、俺の力――魔装を知っているだろ」
そう言って手の平の上で魔装の渦を創る。
「ペインペルトとの戦闘でわかってると思うけど、これには使用できる量が決まっている」
「不思議な力ですよね。精霊さんの特殊能力の中でも初めて見るタイプです」
まじまじと渦を見つめてくるので、形を変化させ手の平サイズのヴァルトロ、ペインペルトと順に形作る。するとオモチャを前にした子供のように爛々と瞳を輝かせ、「わあー!」と小さな歓声を上げながらパチパチと拍手してくれる。
喜んでもらえて何よりだ。
「俺はあの世界から必要最低限の魔装しか持ってこれなかった」
また形状を変える。それは延棒のような味気ない長方形だ。
「これを何倍にも巨大にした……人が入れるくらいの大きさの魔装を忘れてきたんだ。これをセルティアの力で召喚できないか?」
セルティアがさっきとは打って変わり真剣な眼差しで魔装を眺める。
ルダージュは黙って彼女の言葉を待った。
そして、
「……すみません、ルダージュ」
彼女から出たのは謝罪の言葉だった。
「召喚魔法とは精霊をこの世界に招く魔法です。例えそれが精霊の力そのものだとしても精霊以外を召喚することはできません。あなたを召喚した私でも他の召喚士でも精霊界のモノだけをこちらに持ち込むことは不可能です。あの世界で生きている精霊でないと召喚魔法は適用されません」
「……そう、か」
生きている。その言葉にちくりと胸が痛む。
召喚する対象を調整することは難しいだろうとは予想していたが、ここまではっきりと断言されるとは思ってもみなかった。だが誤魔化したりせず教えてくれる彼女の優しさは嬉しく思う。
「召喚魔法では無理なんだね?」
「……はい」
諦めない。
それならまだ活路はある。
「なら、召喚魔法ではない別の魔法で回収することはできるんじゃないか?」
「……? どういう意味ですか?」
「そのままの意味さ。精霊を召喚する魔法じゃなくて精霊界のモノを召喚する魔法を使うのさ」
セルティアは目を伏せ、首を横に振った。
「ルダージュ、残念ながらそんな魔法は――」
「ないなら編み出せばいい」
「え?」
存在しない魔法なのか、未解明の魔法なのかわからない。だけどそんなことはルダージュには関係ない。
「セルティア、俺にこの世界の文字と魔法を教えてくれ」
「文字と魔法ですか?」
「ああ、翻訳魔法では文字までは読めないからな。これから勉強して文字を覚えて魔法も使えるようにする。そして精霊界のものを持ち出す魔法を研究する」
幸いなことにここは魔法学園だ。魔法を研究する資料は豊富にあり、セルティアという先生もいる。最高の環境が整っている。怖いものなしである。
何年、何十年掛かろうが彼女を取り戻すためならばルダージュは努力を怠るつもりはなかった。
「……それほど大切なものなんですね。わかりました。不肖ながらこの私、セルティア・アンヴリューもノイシス様に選ばれた召喚士の身。私の精霊の頼みならばその創案の実現、お手伝いしましょう」
胸に手を当て凛々しく守り立ててくれる彼女は非常に頼もしい存在だ。
「ですが覚悟していてください。その内魔法学について詳しく教えますが、新しい魔法の創造は困難を極めます。“精霊界のモノを持ち込む魔法”が存在すれば御の字。そんな魔法はない、という可能性もありえます」
「……」
無言で頷く。
「そして見つけても……それが禁呪を侵さなければ発動できない魔法だった場合は――」
セルティアがこれまでにないほど真剣な眼差しで見つめてくる。
「諦めてください」
ルダージュにとって非情な言葉だ。
だが、彼女の真摯さがそれを感じさせない。
「禁呪魔法は身を滅ぼします。もしルダージュが過ちを犯そうとしていたら私が――」
「大丈夫だよ」
最後まで言わせる必要はなかった。
「セルティアが止める心配はいらないよ。その時は……辛いだろうが諦める。俺はやらない。約束する」
「……本当、ですか?」
「ああ! 俺が約束を破るような男――召喚獣に見えるか?」
「……見えませんね。私にはカッコイイ精霊さんしか映ってません」
うん、恥ずかしいからその一言はいらないかな。
「すみません、目的のためならなんでもやってしまいそうな勢いだったので私も暴走してしまいました」
「……」
反論できないため言葉に詰まった。
「話を戻しましょう。ルダージュが研究したい魔法が禁呪でない限り私は協力を惜しみません。大量の魔力が必要とあらば私はもちろん、ミリアやヴァルトロに助力してもらうのもいいかもしれませんね」
「ありがとう、心強いよ」
「とは言え、研究するのはルダージュですからね。書物を読めなければ前に進めません。最初はルダージュが言っていた通り文字の勉強から始めましょうか。何か参考になる本でも用意しますね」
いつもの(と言っても会って二日目だが)ルダージュたちのペースが戻ってきたので、彼はちょっとした悪ふざけを慣行しようと閃いた。
それが不味かった。
「ああ、よろしくお願いします、“先生”」
「……せん、せい?」
え? なんですかその素敵ワード。私が先生でルダージュが生徒さんですか? それは大変です。興奮します。シチュエーションが斬新すぎます。私の夢の中にそれは含まれていませんでした盲点です。ああ、どうしましょう、勉学に励むルダージュに私が優しく、手とり足とり、何から何まで、教えるんですね。大変です。とても興奮します。まずは何を教えましょうか。魔法学もいいですが生活術として料理も捨てがたいですね。今朝はとても素敵な……おっといけません私としたことが欲望に走りすぎました。そうです、最初はアリアストラの文字でしたね。ダメダメ、私は先生なんですからしっかりしないと。ルダージュ、そこの発音はもっと舌を巻いて――
「……」
セルティアが妄想の海へダイブして帰ってこない。怒濤の勢いにルダージュは飲み込まれそうになるが、水を得た魚に成り果てたセルティアに息継ぎは必要ないようだ。ミリアやロイが「精霊好き」「精霊マニア」と称していた理由がわかる。これはガチだ。ルダージュも薄々どころか初日から感じてはいたがこれは本物である。
「先生、ここがちょっと難しいです」
「どれどれ……もう、ここはさっき教えたじゃないですか」
寸劇まで始まってしまった。もう駄目かもしれない。
「ごめんなさい」
「ダメお仕置きです」
どうやらルダージュは不出来な生徒のようでこれから折檻されるらしい。うらやま――じゃなくてご愁傷さま。
(どうしよう、これ。落ち着くまで暇だ)
とりあえず頬に手を当ていやんいやんと首を振っているセルティアが他の生徒の通行の邪魔なので近くにあったベンチに座らせる。ついでにルダージュも隣――ではなく1人分のスペースを開けて腰掛ける。決してセルティアが怖いわけではない。
「ふう」
祭壇まであともう少しというところまで来たのにとんだ足止めを食らってしまった。これからはもう少し熟考してから言葉をチョイスしたほうがいいな、と反省する。
「はぁ~幸せですぅ」
いい笑顔だ。まさに至福の時、といった感じだ。
これはこれで可愛らしいので偶にはいいかもしれない。偶には。
「……」
それにしても、当てが外れてしまった。
セルティアには悪いが召喚魔法で彼女と魔装を召喚できないなら祭壇を調べる価値はない。
召喚魔法が生きている精霊しか召喚できないなら、その魔法ではもう彼女をこの世界に召喚することは不可能。この情報だけでも十分な収穫だ。それなら早く別の方法を考えるために今すぐにでも研究を――
「……ん?」
ふと、自分の思考に我に返る。
召喚魔法が精霊しか召喚できない――?
――嘘だ。
なぜなら召喚魔法は人間のルダージュを召喚できた魔法だ。そんなことある訳がない。
セルティアが嘘を吐いているわけではない。アリアストラという世界の常識が召喚魔法というものを勘違いしている可能性が高い。
「セルティア、セルティア! 起きてくれ」
「――!! あ、あれ? いつの間に私は腰を掛けて……?」
「気にしなくていい。ところでセルティア、そういえば聞くのを忘れていたんだけど……俺が召喚されたときって傷のほかに特別なことはなかったか?」
「え? あ、はい。えっと、そうですね――」
突然のルダージュの質問に、セルティアは戸惑いながらも当時の状況を鮮明に語る。それは召喚魔法としてはかなり異質で異様な光景だった、という内容だ。
「……」
失態だ。
自分が救われたことで浮かれていて自分が召喚されたことに疑問を持っていなかった。セルティアの召喚魔法はあの地獄に繋がる、と事実から解釈していた。それは助けられたルダージュにとっては都合のいい話で終わりだ。だが、セルティアやこの世界の住人にとっては話が違ってくる。
話を最後まで聞くと、どう考えてもセルティアの召喚魔法は変だ。
周りの人間は人型が召喚されたから特別な演出だと思っている節がある。それはセルティア本人も例外ではない。
だが、真実を知っているルダージュは精霊界ではなく、あの地獄に召喚魔法が現れたことを知っている。
もし、もしもだ。召喚魔法の光球に触れたのがルダージュではなく地獄に住む獣たちだったらどうなっていたのか。そういえば……と思い返すと、最初に魔法が出現したのは紅の怪鳥の隣だった。もしかしたらあれはルダージュではなくあの紅の怪鳥を召喚する予定だったのかもしれない。
思わず身震いする。
最悪だ。最悪の光景しか思い浮かばない。
化物は人を襲う。残虐な獣だ。
それをセルティアが召喚した、となれば戦犯は彼女になってしまう。
魔導学園都市一帯が焦土と化し、セルティアやミリアも含む学園生、先生たちも助からない。
化物は強く、並大抵の魔法では対抗できなことが予想できる。
「……っ」
(くそ、自分のことばかり考えてたツケか、これは)
もし最初に「召喚できるからやってみましょう」とセルティアから提案されていたら大惨事になってたかもしれない。召喚魔法の光球は精霊と人間の区別すらついていないため、平気で魔装ではなく化物を召喚する可能性があった。
ルダージュが召喚されてから時間にして一日も経っていないのが救いだ。まだ大丈夫、問題も起きてはいない。幸いこの秘密を知っているのはルダージュとクレイゼルだけ――
(――って問題だらけじゃねーか! そうだ! あの先生! クレイゼル先生に全部話しちまった!)
「ルダージュ? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ?」
「うえっ? あ、いや、なんでもない、大丈夫……大丈夫だ」
なんてことだ。
ルダージュの身の上話を聞いていたクレイゼルを思い出す。あの人めっちゃ喜んでたし絶対に何か知ってるだろ……! という不安が押し寄せる。
今日中に口止めしなければならない。
「あれ? 生徒会長じゃないですか。こんなところでどうしたんですか?」
「ジルくんじゃないですか」
と顔を上げたセルティアが呑気に男子生徒と挨拶を交わしている。
誰だこんな切羽詰ってるときに……! と思わなくもルダージュだったが、彼女の召喚獣として無作法な態度をとる訳にもいかず一応視線だけは彼女と同じほうに向けた。
「今日はルダージュに祭壇を見せてあげようと思ったんですよ」
「祭壇……ですか?」
そこにいたのは貴族用学生服に身を包んだ学園の男子生徒だった。
顔は――俗に言うイケメンというやつだった。性格に難ありのアーデルデすらそこそこ顔はよかったが、彼は美少年という言葉が似合う好青年だ。ただ残念なのは少し肌の血色が悪いことぐらいだろう。
「セルティア、彼は?」
「おっと、紹介が遅れましたね。彼はレイフォン・ジル・フリーク。私と三年間クラスが一緒だった同級生です」
「レイフォン・ジル・フリークです。ジルと呼んでください」
手が差し出され握手を求められた。
この世界でもそういった文化があるのかと驚きつつも慌てて立ち上がり握り返す。
ヴァルトロともやっていたが手羽先の印象しかなくてこの時は忘れていたのは内緒だ。
「セルティアの召喚獣のルダージュです。よろしく、ジル」
挨拶を返すと満面の笑みを返された。
爽やかだ。
どっかの馬鹿とは大違いだ。
「いや~人型精霊を目にする機会があるとは思ってもみませんでしたよ。流石ですね。生徒会長」
「もう、煽てないでください」
「でも相変わらず精霊に関しては欲深いというか、なんというか……」
ジルがわざとらしく意地の悪い笑みを作って見せる。
笑顔すら自由自在のイケメンである。
「どういう意味ですか?」
しかし、セルティアは特に関心はないようで、普通に対応していた。
「祭壇に向かってる、ということはもう一柱召喚する気ですね? 人型だけじゃ物足りないんですか?」
「……は?」
なん……だと……?
彼は今なんて言った?
もう一柱――それは精霊の数え方だ。
つまりそれはセルティアが召喚魔法を使うということである。あの地獄に繋がる可能性がある魔法を発動できると、彼らは言っているのだ。
「え? あーなるほど。加護が消えてないからですね。でも違いますよジルくん。ルダージュも心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ」
そういう意味で見ていたわけでは……と、思わなくもないが、話がこじれないなら嫉妬精霊のままでも問題はない。
「加護が消えていないと精霊をまた召喚できるのか?」
「半分正解で半分ハズレといったところでしょうか。そもそも召喚の儀を行えるのは一人一回です。それは加護持ちでも変わりません。ですが稀に二回目の召喚の儀を行える人間がいます」
生徒会総長がその1人ですね、とセルティアは続ける。そういえば昨日挨拶をした総長は両手に紋様をしていたとルダージュは思いだした。
「ノイシス様の加護は召喚の儀を行うと本来は消えてしまうものなんです。でもルダージュを召喚した私にそれが残っている、ということは私も二回目の召喚の儀を行えるということです。だからジルくんはそんな勘違いをしたんですね?」
「そんな、とは酷いじゃないですか。精霊好きで有名な生徒会長がノイシスの加護と召喚獣を携えて祭壇に向かおうとしていたんですよ? 俺でなくともこの推理にたどり着きますよ」
「失礼な話です! まだルダージュとの親睦を深めている最中、まっただ中であるというのに他の精霊さんに浮気する訳ないじゃないですか! 不誠実ですよ!」
ぷんぷんと怒った様子を見せるセルティア――はいいのだが祭壇に向かってまばらに歩いていた生徒たちが一斉に向きを変えて逆走し始めた。
わかりやすい連中だ。
でもよかった。話を聞く限り、彼女はルダージュに黙って召喚魔法を使うことはない。もし使いそうになっても焼き餅焼きの嫉妬精霊に成り果てたルダージュが力づくで止められる。
「ジルくんは確か……昨日は病欠で休んでいたんですよね」
「そうですよ。相変わらず虚弱体質なので朝から調子が悪く部屋で休んでました」
「ということは今日が召喚の儀ですか?」
「はい、もう終わりましたよ」
「そうですか! おめでとうございます! ……あれ? でもジルくんの精霊さんはどこに……?」
「いませんよ。俺は魔力が足りず召喚の儀に失敗しました」
「……」
「不合格です」
急に空気がどんよりと重くなった。
セルティアはやってしまった! といった感じで冷や汗を掻いて口を×の字にして俯いてしまった。
ジルは怒っているかな、と思ったが彼から出た言葉は意外なものだった。
「……はは、ありがとうございます。生徒会長」
口元を隠すように苦笑するイケメンがそこにいた。
「魔力が低くて体も弱い俺のような劣等生でも召喚士になれると思っていてくれてたんですね。ありがとうございます」
「すみません。無神経でした」
「謝らないでくださいよ。結構、嬉しかったんですから。それに俺には目標ができたんです」
「目標……ですか?」
「はい、恥ずかしいので内緒ですけどね。俺は召喚士にはなれませんが、このまま魔法科の四年に進級して頑張っていこうかなと思ってますよ」
陰がなく吹っ切れたように晴れ晴れとした顔をしているジルに釣られ、セルティアにも笑顔が戻る。
「……ふふ、そうですか。三年連続で同じクラスだったので少し寂しいですね」
「休みが明けたら早速、合同合宿で一緒になるじゃないですか。おそらく救護班として活動しているので怪我をしたら顔を出してくださいよ」
「ルダージュが守ってくれるので怪我はしません」
「いきなり惚気ないでくれるかな?」
いい男だ。気配りができて貴族なのに嫌みがなくツン要素もない。
まるで主人公の友人ポジションにいる人畜無害な男友達のようなやつである。
主人公がロイでその友達がジル、ライバルにアーデルデ――は小物過ぎる。
ヒロインはもちろんセルティアだ。否、どちらかというとセルティアが乙女ゲー主人公のような立ち位置である。男友達も多く、生徒会長であるため話の中心になりやすい。しかも鈍感系だ。
そして肝心のルダージュの立ち位置はもちろん――
「どうかしましたかルダージュ」
ペットの犬か相談事を裏声で答える熊のぬいぐるみ辺りが無難だ。
人目がある中、なんの脈絡もなしに頭を撫でられるのは小動物的立ち位置に他ならない。
「!?」
がしっと撫でていた手を掴み引き離す。
反対の手も伸びてきたのでそれも掴む。
「むむ!」
お互い譲らない攻防戦だ。隣で「やっぱり仲いいよね」とニヤニヤしている男がいるが無視した。物凄い目つきの悪い顔を引き攣らせ「何をしてるんだ、お前たちは……」と呆れているツンデレ男もいるが……それは無視できなかった。
なんでこんなところにいるんだ? 槍まで携えて。
「どうしたんだツンデレ主人公。やっと素直になったのか」
「……ルダージュ。俺はお前の言葉がよくわからん」
「いいところに来ましたね副会長! ちょっとルダージュを拘束してください! ナデナデができません!」
「アンヴリュー、頭が痛くなるから喋らないでくれ」
相変わらず辛辣だ。そのおかげでルダージュはセルティアの可愛らしいふくれっ面を拝むことができたので咎めることはしない。
「生徒会長であるセルティア・アンヴリューに用事があってきた」
ピタッと動きが止まる。どうやら遊戯もここまでのようだ。
「なんですかマクセル副会長、それは急ぎの案件ですか?」
がらりと態度が変わり心なしか目つきもキリッとしている。精霊がかかわらなければいつもはこんな感じなのだろう。
「よく聞いてくれ」
と前置きをしたロイが深呼吸をする。真面目な雰囲気でなければこれから告白でもするのか、とからかいたいところだが、よほど疲れているのか目頭を押さえ頭まで抱え始めた。
本当に大丈夫か?
「マクセル?」
セルティアも異変に気が付いたようで心配そうにしている。
「すまん……頭が痛くなるようなことばかりであまり眠れていないんだ」
大丈夫、大丈夫だ、とアピールしているが全然そうは見えない。
それに、気のせいだろうか……? ロイの制服の袖から見える素肌に何か紐のようなもので巻かれた痕がある。あれはなんだ? 縄で拘束されてたのか? ……え? なにそのSMプレイの後みたいな痕跡。
本当に何があったのかと心配になってしまう。
「実はな……」
ごくりと生唾を飲み込む。これから性癖でも告白するのだろうか? その場合、ルダージュたちでは受け止めきれない。
「グロウの馬鹿が精霊に契約を破棄されたそうだ」
「……は?」
「どうしたらそうなるんですか!?」
ルダージュが疑問符を浮かべている横でセルティアが絶句し、わけがわからないと憤る。
「簡単に説明するとだ。『危害を加えられたからもうやっていけない』だ、そうだ」
まるで精霊本人から直接話を聞いたような言い分。
「へ? グロウくんが精霊に傷つけられたんですか?」
「違う違う。悪い、簡潔過ぎた。アーデルデが精霊を傷つけようと蹴ったり魔法を放ってきたりしたそうだ」
又聞きだから詳しくはわからん、とロイが続ける。
「グロウ本人には確認を取っていないが契約を破棄されたのは確実だ。そしてあいつのことだ。二回目の召喚の儀を決行すると踏んで、俺はここに来た」
どうやらその予感は見事的中したようだ。
これからルダージュたちが向かおうとしていた祭壇付近から見っともない奇声が上がる。内容は精霊が召喚できないことに対する罵倒だ。
「……わかりました。私も生徒会長として生徒の蛮行を止めに行きます」
「ああ、このままだと何を仕出かすかわからないからな」
信用のないアーデルデ。日頃の行いを知っているものからすれば当然である。
「ルダージュ。すみません、約束が守れなくなりました」
「気にしなくていいよ。それに魔装の件が無理なら調べる理由もなくなってたし」
「そう、ですか? では、ルダージュはどこか別のところで時間を潰しててもらっていいですか?」
「え? 俺も行くよ?」
「えっと――」
「ルダージュ。あいつに勝ったお前が行くと話がややこしくなりそうだ。待機していてくれた方が俺たちは助かる」
セルティアが言いよどんだのは素直に「邪魔だ」とは言いたくなかったからだ。ロイにフォローされるまで理解に時間を要した。
「了解。じゃあセルティア、俺はクレイゼル先生に用があるから先生とこにお邪魔になってるよ」
「はい! 問題が片付いたらすぐ向かいますね!」
「ジル、お前は……あいつと仲が悪かっただろ。巻き込まれないうちに退散しておけ」
「うん、ありがとう。そうすることにするよ」
貴族同士、ロイとジルは知り合いだった。アーデルデとジルの仲が悪いのも予想はできた。
……そもそもあいつと仲がいいやつなんていないだろ、というツッコミは敢えてしない。
「では行ってきますね。待っていてください」
「ああ、気を付けて」
ロイに目配せすると無言で頷いてきた。
何かあってもセルティアのことは彼が守ってくれるだろう。
「それじゃあ俺は逃げることにするよ。これから魔法科の進級に関する講義を受けないといけないんだ」
駆けて小さくなる背中を眺めているとジルから声を掛けられた。
講義……それはルダージュにとって少しだけ懐かしい響き。
「またな」
手を振ってセルティアたちとは逆の方へ走り去っていくジルを見送り、ルダージュは歩を進めた。
クレイゼル先生を口封じ――口止めするために。




