抱き枕が迎えた朝
二日目の朝、心地の良い双丘の感触と甘い香りに顔を包まれながら、ルダージュは目覚めた。
「……」
目の前にあるのはどう見てもセルティアの胸である。
どうしてこんなことになっているのか。
寝惚け眼だった瞳が徐々に覚醒し、昨日の夜の出来事を思い出していく。
進級祝いパーティーに招かれたルダージュは、そこで振る舞われたまともな食事に感動をしていた。
隣にいたヴァルトロがひたすら女子生徒の胸を血走るような目で吟味しては品評会を開催し、ソムリエのような情熱でルダージュに語っていたが、無視をして一心不乱に食べ続けた。『安心しろルダージュよ。この学園で一番の美乳はセルティア殿だ!』と力強く公言された時はさすがのルダージュも頬張る手を止めたが、学園の総長を見るや否や『神よ!!』と叫んで飛び立ってしまったため文句の一つも言えず仕舞い。
あれからヴァルトロは消息不明。ミリアがわたわたと慌てていたことを覚えている。
そしてパーティーが終わり、寮に戻ったルダージュとセルティア。
セルティアとの攻防――風呂に入るか否かの押し問答を制し、とりあえずは別々で入ることに成功したルダージュは……その後の記憶がなかった。疲労が溜まっており、倒れ込むように横になった時――久しぶりのベッドの感触と「良い匂い……」という変態的な感想を抱いたところまでは覚えている。
おそらくセルティアのベッドに横になりそのまま寝てしまったのだろうとルダージュは結論付けた。ソファーで寝るはずだったのだが大誤算である。
(この娘はそんなこと気にしないみたいだけど)
「るだあーじゅぅ~」
腕の拘束から逃れ起き上がるとセルティアが寝言を呟きながらまた抱き着いてきた。ルダージュの召喚士様は夢の中でも精霊と戯れたいらしい。むにゃむにゃと微笑ましい寝顔だが十中八九、夢の内容を現実に反映させそうなので、ルダージュとしてはできるだけ控えめな夢を彼女には見ていてほしかった。
「うぇへへ、だめですよぉるだーじゅう……そんなとこさわってわあ」
控えめな夢を――
「あん、もうイタズラっこなんですから~」
控えめ――
「……えっち」
「なにしてんだよ、夢の中の俺」
何かを探すように腕を伸ばすセルティアの寝相に、ルダージュは苦笑を漏らした。
「んふ~ふ……ぁれ? やわらか、い?」
セルティアが夢の内容を忘れることに期待しつつ、変わり身として本物の枕を抱かせる。
「そんなるだーじゅもすきー」
すりすりすりすり! と高速で頬を擦りつけている。本当に寝ているのか疑問である。
寝息を窺うため覗き込むと特に問題はない。無駄に満ち足りた笑顔ですーすーしているぐらいだった。呼吸なのか匂いを嗅いでいるのか謎なので日ごろから清潔でいようと決心を固めたぐらいだ。問題ない。
「……眩しい」
カーテンを開けると太陽が昇っていた。
「……」
久々に安心して眠ることができた気がした。
地獄では化物みたいな獣たちに襲われないよう、彼女と供に警戒を怠らなかった。
眠る、というよりは休息を取っていた、と表現するのが正しい生き方。交代交代で寝ずの番をしたり魔装で周囲の木々に偽装して獣たちから隠れるように仮眠したり、の繰り返し。
心休まる日などない。未来なんてなく不安しか存在しない地獄。
でも、それでも男は生きることができた。2人だから戦いながら生き長らえることができた。
思い出したくない地獄の日々の忘れられない大切な思い出。
今日、ルダージュは彼女との“約束”を果たしに行く。
(……いや、そんな大層なものじゃないな)
“彼女”をあの地獄から救い出し、この世界に埋葬したいだけなのだ。
セルティアとはもう話し合っていた。召喚の儀に使われた祭壇――ルダージュが召喚された場所をこれから視察する。名目上は記憶喪失を治す手掛かり探しだが、ルダージュは召喚魔法で“棺”をこちらに召喚できないかなどを調べるつもりだった。
「ん……ん~? あれ? 枕?」
「起きたか、おはようセルティア」
「おはようございます」
上半身を起こし挨拶を返すセルティアだが、朝に弱いのか頭がかくんかくんと揺れている。
「抱き枕ー」
「寝ぼけているのか本気なのか判断に困るな」
抱っこをねだる子供のようだ。
「眠いならもう少し寝てるかい? 授業はないんだろ?」
「いえいえ大丈夫ですよールダージュとの約束もありますし」
「……ありがとう」
セルティアが天使に見えてきた。寝ぐせすら愛らしい。
「ルダージュはよく眠れましたか?」
「ん? ああ、おかげさまでぐっすり眠れたよ」
「ふふふ、あっという間に寝付いてしまいましたからね。疲れていたんですね」
「ちょっと違うけどね」
「……? あ、私の抱き枕になるのが気持ちよかっ――」
「それはハズレ」
「照れなくてもいいんですよ?」
「照れてません」
盛大に勘違いをしているセルティアに「君が救ってくれたから普通に寝ることができた」と伝えられる日は来るのだろうか。
くすくす笑っている彼女を見つめながら、ルダージュは目を細める。
「わかりました。今はそういうことにしておきましょう」
返事をする代わりにやれやれとわざとらしく肩を上げた。
「ふふ、では顔を洗ってきます。その後に朝食の準備をしますね」
「俺も手伝うよ、何かできることはあるかな」
「そうですね~――」
何を手伝ってもらおうかな、と思案するセルティアと共に洗面所に向かい顔を洗う。私が拭いてあげますよ~と言いたげな彼女がタオルを持ってにじり寄ってきたが丁重に拒否。その後、学生寮の一室とは思えないほど広い部屋のキッチンで「精霊さんと朝食の準備をすることは想定外でした」と嬉しそうに話す彼女の横でルダージュは食器の準備をしていた。
これがこの世界での朝の習慣になりそうで、料理も覚えたら楽しくなりそうだな、と考えている自分がそこにいた。




