終幕 月影と呪印の追跡者
少女は泣いていた。
誰も居ない離れ家の一室で、ベッドに顔を埋めながら孤独に身を震わせる。
「兄さん……どこに行ってしまったの……」
学園に向かったはずの兄が行方不明となり、早一カ月が過ぎようとしていた。
足取りを追うため兄が通っていた学園に協力を仰ぐも、まったく成果が得られなかった。まるで、この世界から姿形を消してしまったかのように痕跡すら見つからない。
捜索が打ち切られたと、少女が両親から告げられたのはつい先ほどのことだ。
「にい、さん……」
意外だったのは兄が消えたことに両親が悲しんでいないことだった。
成績も悪く、身体も弱い結果の残せない兄のことを両親は貴族の恥だと考えており、疎んでいた。挙句の果てに『お前はあんな出来損ないにならなくてよかった』と兄を蔑む言葉を少女の前で放ったのだ。
「ぅ……っ」
知らなかった。
兄があのような肩身の狭い思いをしていたなど。
昔から努力家で体が不調でも笑顔を絶やさなかった兄。
でもその笑顔は仮面だったのだ。弱さを隠すために笑って誤魔化すために仮面を被り続けていた。
どうして気付いてあげられなかったのか。それはたぶん自分が兄の背中を追っていたから。背中しか見ようとしなかったからだ。兄のように優しく、直向きに努力できる人間になりたいと、目標にしていた。
だけど、よくよく思い出してみると、兄はあまり自分と顔を合わせようとしてくれる人ではなかった。向き合うことができていなかった気がする。
後悔しても、もう手遅れだった。
「……お姉さん」
兄と一緒に仕事をしていた異邦人の女性。
彼女もまたいなくなってしまった。
噂では、三柱目の人型精霊が精霊が確認され、見た目は黒髪の女性だと聞いている。
「……」
もしかしたら本人かもしれない。
記憶が戻り、変わりに今までのことを忘れ、本当の居場所に行ってしまった。
ここに帰ってこなかったことが何よりの証拠なのではないだろううか、と少女は考える。
それと同時に1つの疑問が湧く。
なぜ、兄は人型精霊を連れてきたのかという謎だ。
そして彼女を利用していた兄の仕事仲間。
兄と姉の行方がわからなくなった途端、ぱったりと迎えを寄越さなくなった。
まるで最初から消えることがわかっていたように。
「……よし」
泣き腫らした顔を上げる。
やることはもう決まっている。自分が兄を追わなければ何も始まらない。
覚悟を決めた少女が涙を拭うと、左手の甲が熱くなった。
「……ぁつ、な、なに……?」
いや、何かがおかしいと少女は手の甲を擦る。
涙の熱ではない。“それ”は誰かに何かを訴えるように段々と熱くなっている。
照明を灯していない暗闇の中、少女はベッドを這うようにして窓際の月明かりを目指した。そして――
「これ、は……」
月に翳した手。少女の目に映ったのは漆黒の曲線。まるで他人の手にメモを印すように図々しく描かれていくそれは……線が形となり紋章を形作る。
「……“ノイシスの加護”」
召喚魔法を編み出し、精霊王を召喚した魔法使い――ノイシス。
使用法、用途、発動者であるノイシスの意図、そのほとんどが謎に包まれた魔法の紋章。
わかっていることは1つだけ。
――召喚士として、強力な精霊を呼び出せる資質がある者に現れる。
だが、なぜだろう。
少女は思った。
栄誉であるはずの加護を授かり、喜ぶべきことなのに……その紋章をいざ目の前にすると違う感想を抱いてしまう。
――まるで呪いのようだと。
気落ちしているときに見てしまったから負の感情を抱いたのか、それとも漆黒の印が焼印のようで気味が悪かったからなのか……幼き少女にはよくわからなかった。
「……」
月の光を浴びせ、まじまじと紋章を眺める。
やがて空へと翳し、まるで月を捕まえるように握り締めるが、
――少女の小さな手は何も掴めない。
そして数か月後、兄に続きその少女もまた家族の前から忽然と姿を消すのだった。
灰騎士物語 前編 ―完結―
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灰騎士物語は外伝・追の章へと続きますが、先の展開が気になる方は同一作者の『白黒騎士物語』に続きが載っています。
※補足:『白黒騎士物語』は『灰騎士物語』の後編であり、約7年の月日がたっています。五章を読んだ段階で読むことができますし、外伝・追の章と読み比べることもできます。




