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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第五章 灰燼と紋様の召喚士
116/155

紅騎士対策会議

「最初で最後のーベにきしーたいさくかいぎぃー」


 これからどうやってセルティアの二柱目の精霊である紅騎士を助けるか、その話し合いをしようとした矢先のことだった。

 ミリアとアリージェに挟まれたティーユが両手を挙げて唐突に宣言したのだ。


「あのぉーティーユさん? その掛け声は必要なんでしょうか?」

「必須! ほら、精霊たちも真似してる……」


 ティーユは両手をそのまま振り下ろし目の前のテーブルを指し示す。

 テーブルの上では各々の精霊が手羽先や触手、ガントレット等を掲げ和気藹々と忙しなく動いていた。


「オルガ~! どうしますの、これ? あなたが発端ですのよ?」

「いやー発端と言われましてもねぇお嬢。ただの掛け声ですし……」


 アリージェの眼帯や包帯を外しながら、オルガは困ったように苦笑いを浮かべる。執事モードとなった彼は主人の後ろで献身的に看病を努めていた。


「わたくし、嫌の予感がしますわ。精霊たちがわたくしたちの真似をして対策会議ならぬ井戸端会議をしてしまうのではないか心配で……」

『いいわね! それ!』

『む、ではそのうち我らも会議とやらを行うか! 議題は召喚士の中で誰のおっ――』

『ぬしはちと黙っとれ』


 精霊同士の意思疎通は召喚士の耳には届かない。

 (ゆえ)鳥精霊(ヴァルトロ)に巻き付く蛇精霊(イルヴェノム)の図はなかなかに生々しく、じゃれついているだけには見えなかった。


「いやあああああ!? ヴァルトロが食べられちゃいます!! ロイくん! ロイくん!! は、早く止めてくださいぃぃ!!」

「……ガルバトス、仲裁してやれ」

「自業自得だからいやだ!」

「……だ、そうだが?」

「ええぇ!?」


 わいわいと騒々しくなった室内。

 1つの峠を越え、重苦しい空気を入れ替えるように活気を取り戻していく学園生徒たち。


「精霊科はいつもこんな騒がしいの?」


 中央のテーブルから離れた場所。

 唯一の魔法科生徒であるシンシアが隣に座っているエルフの男、ヘルエルに耳打ちする。

 

「こんなものだ。みんな会長とルダージュの前でいつも通りに努めようとしているのだろう」

「ふ~ん、まぁいつまでもどんよりしてるよりはマシかもね」

「暇ならうちの精霊(ルナール)の相手でもしてみるか?」


 ヘルエルはそう言って膝に抱いていたカーバンクル型の精霊をシンシアの上に乗せる。


「え、ちょ、私、精霊なんて扱ったこと――」

「斜に構えることはない。人畜無害な魔物を愛玩することとほとんど同じだ」

「そんなこと言われても……」


 ルナールのつぶらな瞳に見上げられシンシアは戸惑った表情を浮かべるが、好奇心に負けたのかおずおずと自分の手をルナールの頭に持っていく。


「きゅ~」

「……あっ……すごい、もふもふ……」


 肩身の狭い思いを1人感じていたシンシア。

 年長者として気に掛けていたヘルエルは、彼女の緩んだ横顔を慈愛に満ちた目で眺める。同級生といえでもヘルエルにとっては自分の子どもでもおかしくない年齢差だ。そんな顔にもなってしまう。

 さらに付け加えると、そんな学園生たち全員を慈しむように傍観する引率の先生兼巫女姉妹がこの場にもいたのだが、彼女たちは場を収めようとはしなかった。

 学園生が執り行う会議。

 その議長として最もふさわしい人物がこの中にいるからだ。


「はーい、みんな静かにしてね。そろそろ対策会議の本題に移るわ」


 バンバン、と尻尾と床を打ち合わせた軽快な音が鳴る。

 

「お姉さんもたまには先輩として学園の総長らしいところも見せないとね」


 リンドはそう言ってセルティアにウインクをしながら躍り出るように上座の横に立つ。紅騎士奪還の主役は生徒会長のセルティアだが、この場で唯一の上級生である自分(リンド)が取り仕切った方がいいだろう、という判断だった。

 加えてセルティアの横には今、ルダージュが座っている。せっかく分かり合えたばかりの睦まじい2人から負担を減らしてあげたいというお節介も混在していた。


「……」


 リンドを見つめ返したセルティアが無言で頭を下げる。

 進行役を買って出てくれたリンドに感謝しているのだろう。

 

「ふふ……では早速だけど紅騎士の強さについておさらいしましょう。ルダージュ? 彼女の強さはどれほどなの?」


 その声を機に視線がルダージュに集まった。

 騒がしかった友人たちはリンドの合図からとっくに態度を切り替え集中している。これが最後の山であり、紅騎士を救えばすべて解決したも同然なのだ。気も引き締まっていく。


「……少しだけ、セルティアにも伝えたが――俺が紅騎士に勝てる要素は皆無だ。そして恐らくだが……彼女に勝てる者はここには誰もいないと思ってくれていい」

『――っ』

「根拠は?」


 ルダージュの言葉に息を呑む友人たち。

 リンドは驚きながらも彼に続きを促した。


「みんなも知っていると思うが、この魔装という力には送った相手を自動で護ってくれる“譲渡”という能力がある。そして悠乃――紅騎士には俺が持っていたほとんどの魔装が譲渡されている」

「つまり……紅騎士と戦おうとしても、魔法も物理攻撃も全て“貴方の魔装”が彼女を護ってしまいますの?」

「……その通りだ」


 アリージェの問いに歯切れ悪く頷く。

 最大の敵を最強にしている元凶が味方にいる。

 この何とも言えない空気を払拭するのは難しい。皆、ルダージュの魔装や鎧殻の強さ、そしてその大本である幻魔の脅威を知っている。武闘大会で灰騎士にすら勝てていない自分たちでは手も足も出ないことは明白だ。


「自分の力なんだから「帰ってこーい」で呼び戻せないの?」


 リンドが手招きしながら実演するが、ルダージュは無言で首を横に振る。


「無理だ。返してもらうには送った相手の意思――つまり、悠乃が俺に魔装を返すという意思が必要だ。敵対関係の今、記憶喪失の彼女にそれは期待できないし、そもそも記憶があれば戦う必要すらないからな」

「八方塞がりね……」


 どうしたものかと学園生徒たちは頭を悩ませる。

 悠乃の記憶が戻ればすべては解決する。だが、ルダージュのように嘘を吐いていない限り、都合よく記憶が戻ることはないだろう。

 だいたい、


「あのぉ~どうしてユノさんは記憶がないんですか?」


 ミリアが躊躇いがちに手をあげ、ルダージュに窺う。


「ルダージュさんの世界では記憶ってそんな簡単になくなるものなんですか?」

「よっぽどの事故や病気でもない限り起こらない……と思う。身近なものでは無かったと断言はできる。こっちではどうなんだ? 例えば……記憶を消す魔法とかはないのか?」


 ルダージュはそこまで言葉にしてふと既視感を抱き、そして思い出した。

 記憶に関する魔法を自分は知っている。しかも実際に体験したこともあり、実行できる人間がこの中にいるということを。


「う~ん? 聞いたこと無いですねぇ……」


 だが、ミリアたちが首を傾げて思案するように、記憶を忘れさせる魔法は普通の魔法使いには縁のないものだ。

 話を振ることはできない。

 もし、その魔法について話すことになれば、彼女たちの正体についても語る必要性が出てくるかもしれない危険な行為だからだ。


「ルダージュ……」


 事情を知るセルティアも同じ結論に至ったのか小声で彼の名を呼ぶ。

 どうにかして彼女たちを外に連れ出して、“あの魔法”について助言を得る必要がある。それには自然な形で退出しなければならない。

 無言でアイコンタクトを交わし、ルダージュがセルティアに頷いた瞬間、

 

「“禁呪”だ」


 オリヴィエの凛とした声が室内に刺さった。

 思わずルダージュとセルティアが驚いたように姉妹を仰ぎ見る。そこには申し訳なさそうに目を伏せるシルヴィエと諦めたように肩を落としたオリヴィエがいた。


「禁呪……ですの? オリヴィエ様。禁呪には記憶を消す魔法がありますの?」

「少し訂正するが、記憶を消す――なんて強力な魔法は確認されていない。だが記憶を忘れさせる魔法は禁呪の中に存在する」


 巫女の言葉に周囲が驚きを孕んだように感心する。


「つまり、忘れているだけだから思い出すこともできる、ということですね」

「その通りだ」


 正解だとばかりにリンドに頷くオリヴィエ。そして彼女は言葉を続ける。


「そしてこれは言いそびれてしまっていたのだが……紅騎士が鎧殻を纏っていなかった姿――タカマキ・ユノからは禁呪による魔法をかけられていた形跡を感じた。おそらく、いや、間違いなく彼女の記憶障害は禁呪による魔法の効果と考えていい」

「さすが巫女様ですわ……常人であれば普通は感じ取れません。わたくし全く気づきませんでしたもの……って、どうしましたのセルティア? せっかく勝利への糸口を見つけましたのに顔色があまり……」

「あ、これは大丈夫です。アリージェ。私のことは心配いりませんから」


 誤魔化すように笑うセルティアにアリージェは不審そうに眉根を寄せた。

 よくよく見ると隣にいるルダージュも気まずそうに口を一文字に閉じている。


(ま~た何かありますのね……! 今は問いただしませんが、この方々は本当に――わかりやすいところがまた変に愛嬌があるので嫌になりますわ……!)


 もう少し自分たちを頼ってくれてもいいのではないか、と文句も言いたくなるが事情があることはルダージュの件でわかりきっている。アリージェは気づかなかった振りをして静観するつもりでいた。

 だが、その我慢は無駄になる。


「オリヴィエ先生、よろしいですか?」

「なんだ? 副会長」

「禁呪魔法を解くには専用の解呪魔法が必要だと聞いたことがあります。記憶を忘れさせる魔法――とりあえず忘却魔法と呼称しますが、紅騎士を救うための解呪魔法を知るにはまず根本(こんぽん)である忘却魔法を知らなければなりません」

「よく勉強しているじゃないか」

「ありがとうございます……ではなく、それはつまり忘却魔法を知らない私たちでは解呪できないってことではないですか? 紅騎士に禁呪魔法をかけた術者を探し、解呪魔法を吐かせる。もしくは解呪魔法を一から組み上げなければなりません。作戦の見直しが――」

「その心配は無用だ」


 まるで用意していたかのようにロイの懸念を切り捨てる。

 そしてオリヴィエは自分の手のひらに魔法陣を描き、それをロイたちに見えるように(かざ)した。


「この魔法陣が忘却魔法専用の解呪魔法だ」


 ルダージュとセルティア以外の生徒たちが目を見開く。

 魔法使いの中でも禁忌とされる禁呪魔法。それを使える可能性を巫女の姉が示唆してしまったのだ。


「さ、さすが巫女様ですわ……でも、本当にその――」


 アリージェが先程と同じような口調で巫女を称えようとするがしどろもどろで言葉が続かない。


「信じられないのも無理はない。だから、実際に解いて見せよう。シルヴィエ」


 こくり、と妹は頷き、自分の手の平に姉と同じ魔法陣を描く。

 そしてゆっくりとした足取りでセルティア以外の精霊科1年の手や額といった肌に触れていく。


『……?』


 最初は皆、自分が何をされたのか理解できていないようだった。

 しかしそれは当然のことだった。彼らが忘れていたのは約1カ月ほど前のほんの数秒程度の出来事なのだから。


「……聖剣の塔」


 初めに気付いたのはヘルエルだった。

 ぽつり、と呟いた彼は驚愕したようにルダージュとそして巫女姉妹を仰ぎ見た。


「ルダージュが……聖刀を引き抜いている」

「何を言ってる? ルダージュは巫女に選ばれた男だ。聖刀を持つのは当た……り、前――」


 ヘルエルを訝しんでいたロイだったが、彼もまた同級生エルフが言わんとする意味を理解したのか絶句するように口を閉じた。


「どうしたんだみんな? いったい何があった?」


 当時、リンドとシンシアは聖剣の塔にいなかったためシルヴィエは触れていない。

 彼女たちにとってシルヴィエに触れられた友人たちが次々と茫然自失となる姿は奇妙に映ったことだろう。

 

「聖刀が……シルヴィエ様に変身した……」


 ロイが結論だけを端的に述べた。


「副会長、お姉さんたちにもわかるように説明して」

「……聖刀の正体がシルヴィエ様だったんです。合宿で聖刀剣の塔に登った時、ルダージュが聖刀を引き抜いた瞬間、聖刀がシルヴィエ様の姿になりました。それを今、思い出しました」

「なに……それ……」

「つまり、我が妹の正体は聖刀剣の一振り、聖刀シルヴィエだったということだ」


 戸惑いを隠せない彼らにオリヴィエは畳み掛けるように真実を告げる。


「片や姉である私は聖剣オリヴィエ。伝説と謳われた聖刀剣は禁呪によって創られた禁忌の魔剣だった――というわけだ」

『……』

「……なんてことだ」


 言葉にならないのかほとんどの学園生たちは硬直し、ヘルエルに至っては目元を覆い隠し俯いている。

 知ってはいけない世界の秘密を、今夜だけで2つも聞かされたのだ。思考も停止してしまう。


「どう考えても私たちが聞いていい話じゃないわね……」


 唐突に明かされた真実にシンシアは眉を顰めた。

 聖刀剣が巫女の禁呪によって創られた武器。口に出すことさえ(はばか)妄言(・・)がまた一つ増えてしまったのだ。巫女の意図が読めず、顔が強張るのも無理はなかった。


「なぜ、わたくしたちに……?」


 戸惑いを隠せないアリージェは直接本人にその思惑を問う。

 

「これはアルフォスのお節介と私たちが君たちに提示できる保障みたいなものだ」


 オリヴィエは淡々と答え始めた。


「紅騎士に掛けられた禁呪魔法。その解呪方法を知っている時点で、私たち巫女が禁呪についてよく知っていると語っているようなものだ。なぜ巫女が禁呪について知っているのか? 解呪方法までわかるのか? もしかして、もしかすると……邪推され詮索される危険性を高めるならば、最初から真実を知ってもらったほうが効率がよく安心できる」

「……」


 押し黙っていたロイがいい例だ。

 学園長室内にいる生徒たちは癖はあるものの、優秀で頭の聡い子がほとんどだ。

 禁呪について詳しい巫女、そして禁呪とは普通の魔法とは違いマナだけではなく術者の代償が必要だ。

 よって、導き出される答えは、


「もう気付いているかもしれないが、私の目が見えないのは聖剣になるために払った代償の1つだからだ」

『私は声』


 (おの)ずと理解してしまう。

 オリヴィエの目とシルヴィエの声が失われた理由を。


「聖刀剣である私たちは禁呪そのもの。だから正体がばれないように君たちが目撃してしまったあの時の状況を忘れてもらっていた。幸い、この身体はもう代償を支払った後だからな。5秒程度なら忘却魔法も無料だ」


 皮肉るように語るオリヴィエ。

 だが、口調は真剣そのもので誰も口を挟むことができない。


「ちなみに紅騎士の場合は、彼女の過去をすべて忘れさせるほどの力。おそらく、その禁呪に支払った代償は決して小さなものではないだろう。術者は身体の一部を失っているに違いない。あとは――」

「お待ちください」


 ロイが空気を読まず、止めに入る。

 確かに禁呪に詳しいと宣言したことで巫女による見解は説得力を持っていた。

 記憶喪失の理由が曖昧なままでは会議を進められても納得できなかったかもしれない。

 だけど、


「聞くべきではなかった。人払いをすれば明かす必要もなかった世界の秘密です」

「……」

「なぜ、俺たちにまで教えてしまったんですか?」


 ロイは全ての事情を最初から知っていたと思われるセルティアとルダージュを横目に、巫女に詰め寄るように訴える。自分たちが邪魔なら適当に追い払えばよかったのだと。

 禁呪を扱った者に向ける世間の目は冷ややかだ。

 どうして今更、自分を追いつめるような真似をするのかわからない。


「言っただろう。これは保障だ」


 しかし、オリヴィエはそんな疑問を一蹴し、


「“姉と勇者の秘密を知ってしまった生徒たち”をアルフォスは無下にはできない」

「!?」

「私たちは君たちの将来を潰すような真似はしないと保障する。そして先程行った宣誓が未来永劫果たされることを信じている」

『これは信頼の証』


 オリヴィエとシルヴィエの言葉に学園生たちは巫女の言わんとする意味を理解した。

 これは巫女姉妹による誠意だ。

 魔界の存在。幻魔と人型精霊の関係性。

 世界を揺るがす秘密。口封じをするだけなら権力を行使し殺せばいい。元勇者であるアルフォスならその力を持っている。

 だが、そんなことをするつもりはない、と遠回しに宣言するため聖刀剣の秘密を明かしたのだ。


「くく、これをネタに弟を揺すれば多少は将来に融通が利くかもしれないな」


 不遜な態度を崩さないまま不敵に笑うオリヴィエ。

 それは本気なのか冗談なのか誰にもわからなかった。

 そして、


「ちんぷんかんぷん……!」


 しゅっ、と勢いよく挙手したティーユが兎耳を垂れさせ、


「右に同じくです……!」


 彼女の横にいたミリアが連係するように右手を挙げた。

 どうやら回りくどく小難しい話は彼女たちには伝わらなかったようだ。


「難しく考えることはない。……ルダージュの秘密と共に私たちのことも秘密にしてくれ、とそう頼んでいるだけだ」

「お~、それならできる……」

「なんだ~簡単じゃないですか~」

「くふ、そうか……簡単か」

『ありがとう』


 巫女の正体を受け入れることを簡単だと言い切る2人。オリヴィエは堪えきれず笑い、シルヴィエはただ感謝の言葉を綴った。

 マイペースな2人のおかげか少しだけ緊張の糸が途切れたように空気が弛緩していく。

 アリージェは心の中でため息を吐き、目の前にいる巫女の共犯者に半眼を送った。


「これでもう一蓮托生ですわね」


 巫女の秘密を知っていたであろうセルティアとルダージュ。

 それを責める理由はない。むしろ秘密を共有したことで仲間の意味合いが深まったとも考えることができた。


「えーと、その……」


 アリージェの言葉にセルティアはどう返答すればいいのか迷った。

 巫女の秘密を黙っていた手前、気まずさが先行する。

 自分も彼女たちに嘘を吐いていたことには変わりないのだ。

 謝る必要はないが、さてどうしたものか――


(――みたいなばつの悪そうな顔をしていますわ)


 隣に座っているルダージュも召喚士と同じような顔をしている。

 どうやら嘘や隠し事に対して過敏になっているらしい。


(揶揄ったり意地悪ができそうなのは当分先ですわね、これ)


 過去の思い出として笑いながら語れることをアリージェは夢見る。そして、主人の願望を代弁するかのように彼女の執事がセルティアにアドバイスを送る。


「そこは「これからもよろしく」とただ一言、生徒会長から贈っていただければお嬢様もお喜びになります」

「ちょっ、オルガ!? 何を勝手なことを――」

「はいはい、イチャイチャするのは全てが片付いた後の話よ。アリージェも今は堪えてね?」

「わたくしはイチャイチャなんて……って、もうそれでいいですわ。全て終わったら祝勝会をする予定でしたし……楽しみはその時にとっておきますわ」


 続きは後で聞きますわ、と物語るようにセルティアを一瞥し、片目を瞬き合図するアリージェ。

 その期待に答えるようにセルティアは静かに頷いた。


「さて、話を整理すると――紅騎士は禁呪魔法によって過去の記憶を忘れている。でも解呪することは可能であり、その魔法は巫女様から教えてもらうことは……」


 リンドは要点をまとめながら確認するようにオリヴィエに目配せする。

 

「可能だ。セルティアならば二時間程度で習得できるだろう」

「ありがとうございます。――つまり、セルティアが解呪魔法を覚え、紅騎士の記憶を取り戻してあげれば事態は丸く収まるってことね」


 紅騎士対策の指針は整い始めた。 

 タカマキ・ユノの記憶が戻ればルダージュと敵対する理由もなくなり、戦う必然性もなくなる。これならばなんとかなるのではないかという空気が周囲に広がっていく。

 だが、この作戦には1つ重大な課題が残されたままだった。


「問題はどうやってタカマキ・ユノと接触するか、だな」

『解呪魔法は相手の肌に直接触る必要がある』


 巫女姉妹が解呪魔法の欠点を告げる。

 それ以前にまず大前提として、


「ルダージュと同じ魔装の鎧を纏った彼女には魔法が効かない。鎧殻の上からでは解呪魔法も無効化されてしまう。攻撃して隙を作るにしてもルダージュが譲渡した魔装の壁が立ちはだかる」

「……」


 皆の何か言いたげな視線がルダージュへと集中する。居た堪れなくなった彼はその視線から逃れるようにそっぽを向いて誤魔化した。


「やっぱり紅騎士さんと戦って、勝った後に言うことを聞いてもらうしかないのでしょうか……最初から説得できるのが一番ですけど……」


 ミリアの案に周囲は頭を悩ませた。

 果し合いのような挑戦状を叩きつけてきた紅騎士。その目的は謎だが、勝つことができれば素直にこちらの指示に従う可能性もある。もしくは気絶させることができればその間に解呪させることも可能だ。

 だがそれは灰騎士よりも強い紅騎士に勝つことができればの話だ。


「ちなみに後学のためにお聞きしたかったのですが、リンド先輩は決勝戦でどうやってルダージュに勝つつもりでしたの?」

「私?」


 紅騎士を倒す参考とするため、決勝で灰騎士と戦う予定だったリンドにアリージェが助言を求めた。


「そうね~霊獣化したうちの子たちにルダージュは任せて、私はセルティアと一騎打ちをする予定だったから……余計なことは考えていなかったわ!」

「……策はありませんの?」

「ないわね! 竜人として殴り合うだけよ」

「脳筋……っ!」


 いっそすがすがしいと思えるほど単純明快だった。


「しょーがないじゃなーい。三年前の<武闘>で竜人の私が普通の人間でしかも下級生に負けたんだから。これでもお姉さん、カイチョ―との再戦楽しみにしてたのよ? それに魔法が効かない召喚獣なんてまともに戦うだけ無意味だから――って、セルティア~?」


 考え事をしているのかセルティアはテーブルの上をぼーっと眺めていた。

 ヴァルトロが躍っても他の精霊たちが戯れていても無反応。リンドに呼びかけられたことでやっと覚醒したように顔をあげた。


「……総長もやっぱりそう思いますか」

「へ? な、なに? 急に……」


 最初は気に障ることでも言ってしまったのかと不安になった。

 だがそれは杞憂に過ぎない。


「ルダージュのような完全魔法耐性持ちに戦いを挑むことです」


 セルティアのあまりに真剣な眼差しにリンドはたじろぐ。しかしすぐさまその意味に気が付いた。セルティアの目は紅騎士戦に向けた策の足掛かりを見つけようとしている目だ。


「……そうね。無謀だと思うわ。こう言っちゃなんだけど……だからノイシス様は精霊の助けを借りて幻魔と戦う道を選んだのだから」


 セルティアの意思に応えるようにリンドは明け透けに自分の意見をぶつける。

 灰騎士や紅騎士と戦うという意味。それは人間の思考を持った幻魔(ばけもの)との戦闘だ。下手をすれば幻魔以上に厄介で強大な敵。

 作戦を考えたところで魔法使いでは普通に戦う事すら不可能な相手だ。


「戦うのは無意味。私も彼女を傷つけたくない……。なら――」


 セルティアが立ち上がり宣言する。

 

「紅騎士に勝つ方法を考えました。ルダージュ、それにみんなも……聞いてもらってもいいですか?」


 語られたのはセルティア・アンヴリューが召喚士としてできる紅騎士救済作戦の概容だ。

 友人たちは最初、『この精霊バカは何を言っているんだ?』と心配になった。なぜならその作戦はあまりに滑稽で、危険と隣り合わせな奇行でもあったからだ。

 だが、それと同時に『セルティアならやってしまう』という呆れにも似た期待をしてしまう自分たちがいた。この召喚士は生徒会長という肩書とお上品な顔立ちのせいで誤解されがちだが、中身はただの精霊好きの少女だということを。


「くく、締まりのない戦いになりそうだ」


 作戦の説明が終わり、最初に笑ったのはオリヴィエだった。

 巫女姉妹はセルティアの語った作戦が本当に成功するのか確認するための実験に付き合う予定だ。セルティアの策が実戦で通用するならば何とも言えない光景が決戦の場で繰り広げられることだろう。

 

「いいんですよ。だって私は紅騎士を――自分の精霊を救いに行くだけなんですから。ね? ルダージュ」


 オリヴィエを始めとした周囲の苦笑に意に介することもなく、セルティアは隣に座る精霊に微笑んだ。

 

「参ったな……セルティアには驚かされてばかりだ……」

「ふふ、灰騎士にはついさっき勝ったばかりなので、自信もありますよ?」

「え?」


 なんのことだろう? と首を傾げるルダージュだったが、先程「負けたよ」と彼女に降参していたことを思いだした。


「はは、なるほど。そういうことか。……紅騎士もきっと、セルティアに抱き締められたら敵わないだろうな」


 ルダージュはそう言って晴れやかに破顔する。

 きっと悠乃も自分と同じように負けてしまうのだと、確かな予感を抱きながら。



 ±



「お、仲直りは済んだみたいだね。よかったよかった」


 セルティアたちが明日の決闘に向けて最終確認作業を行っていた頃。

 学園長室の主であるアルフォスが姿を見せた。


『遅かったね』

「少し、ね」

「……?」


 姉の言葉に歯切れ悪く答えるアルフォス。彼の様子にシルヴィエは首を傾げた。


「それよりもだいぶみんないい顔になったじゃないか! 学園の長としては喜ばしいことだよ、うん!」

「当然ですわ。わたくしたちの絆は嘘の一つや二つで途切れるほど、やわじゃありませんもの」

「そうだね。じゃあ姉さんたちのこともお願いしても大丈夫そうだね」


 その言葉に学園生たちは納得の表情を浮かべた。

 聖刀剣の秘密の共有は巫女の独断ではなく、アルフォスも一枚噛んでいたということだ。


「ところで手の空いている生徒はいるかい? 少し君たちに手伝ってほしいことがある」

「なんでしょう?」


 アルフォスの突然の申し出にリンドが代表して聞き返した。


「実は――」


 アルフォスの頼み。そして彼が語る経緯と推測。

 それはまた一つの波乱を予感させるには十分な内容であり、学園生たちはチームを組み行動を開始するのだった。

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