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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第五章 灰燼と紋様の召喚士
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あなたとともに

 バン! と豪快に開け放たれた学園長室の扉。

 室内で控えていたルダージュたちは目を丸くし、闖入者が何者なのか確かめた。


「セルティア……」


 召喚獣が立ち上がり、戻ってきた召喚士の名を呼ぶ。

 

「ルダージュ、お待たせしました」


 対面するように向き合う2人。

 お互い目元が少しだけ腫れており、表情も硬い。嘘を告白してから初めての会話だ。緊張しないはずがない。

 張り詰めた雰囲気に当てられ、友人たちの顔も強張る。

 周囲が固唾を呑んで見守る中、最初に動いたのはルダージュと呼ばれた彼だった。


「……まだ、その、なんだ……」

「はい」


 いざ本人を目の前にすると尻込みをしてしまい、うまく言葉が出てこない。

 そんな彼の様子を見つめながらセルティアはただ静かに頷き、続きの言葉を待った。気丈に振る舞い、震える右手を左手で強く握り締める。

 契約の証である紋様に祈るように。

 そして彼は言った。


「まだ、その名前で俺のことを呼んでくれるのか? 君にはまだ俺のことがルダージュに見えているのか?」

「私は――」


 感情に引っ張られそうになり、即答しそうになった口を慌てて(つぐ)む。

 それをどう判断したのか、彼は少しだけ物悲しい表情を見せた。本当はそんな顔をさせたくない。だけどセルティアはどうしても直接聞きたかった。自分の気持ちを伝える前に彼の本音を。


「その前に教えてください」

「なんだ?」

「貴方は、どうしたいのですか?」

「……」


 セルティアから零れた質問はアリージェたちの問いと同じだ。

 少し前なら自分に嘘を吐き「わからない」と答えていたであろうその問いに、ルダージュは気息を整えた後、セルティアを真っすぐと見つめ返した。


「俺は君のルダージュでいたい。今まで嘘を吐き散々騙してきたのに何を言っているんだと思うかもしれない。でも、俺は、たとえ我が儘だと言われても……セルティアを護る騎士、本当の“ルダージュ”になりたい」

「……っ!」


 セルティアは抱き付きたい衝動を抑えた。

 もう大丈夫だと頭では理解していても実際にルダージュの口から直接告げられると安心感は段違いだった。いつものセルティアなら人目もはばからず彼の胸に顔を埋めていたに違いない。

 だが、それでは駄目だと彼女は自制する。

 ここで満足していては自分は彼の本当の召喚士になれないと自らを戒める。


「2つ、ルダージュにお願いと……我が儘があります」


 指を2本立て、ルダージュに突き付ける。

 彼はそれがセルティアに許されるための贖罪の条件とでも勘違いしたのか、神妙な面持ちで静かに頷いた。


「これからもルダージュは嘘を吐き続けてください。人型精霊だと偽り、私の精霊のままでいてください」

「……セルティア、それは俺が勝手にやっていることだ。君が願うようなことじゃ――」

「いいえ、これは私の願いでもあるんです」


 願いという形にしたいのだ。

 “彼の嘘”ではなく“私たちの嘘”にするために。

 召喚士としてルダージュだけに背負わせるような真似はしたくない。


「幻魔が蔓延る異世界――魔界。その存在はこの世界にとって脅威であり、私の召喚魔法とそれによって召喚された貴方と紅騎士――ユノさんは災厄の使者といっても過言ではありません。学園長先生がおっしゃっていたように嘘が漏れれば私たちは何かしらの罪に問われ裁かれるでしょう。だから――」


 セルティアはルダージュを見つめ、用意していた言葉を紡ぐ。


「嘘で私を護ってください。そして灰騎士の精霊として、私のために世界を騙し続けてください。ルダージュ」


 我ながら恥ずかしいことを言っているとセルティアは思った。

 なぜならこれは希望と自惚れのようなものだからだ。

 「私のため」と言ってしまえば、彼が嘘に負い目を感じる事もなく、素直に頷いてくれると信じている。そんな期待からでた言葉なのだ。


「そ、それが1つ目! 私からのお願いです……!」


 取り繕い、誤魔化すように人差し指をピンと立てルダージュの顔の前まで持っていく。

 指が唇に触れそうな距離になると、彼はセルティアのその手を取り、


「わかった」


 と、真剣な眼差しで噛み締めるように頷いた。

 セルティアの言わんとする意味を理解したのだ。


「ぁ……」


 セルティアは気恥ずかしくなり手を引こうとした。だが、彼女の手はルダージュの大きな手に優しく包まれるように捕まったままだった。

 それを見て彼女は思い出す。

 ルダージュと紅騎士が相対したあの時、どこかへ消えてしまいそうな彼を引き留めるために袖を掴み“我が儘”を通そうとした先刻。

 答えに(きゅう)していたルダージュはセルティアの手を握ることができず、糸が途切れるように離れ離れになってしまった。


「もう1つは?」


 でも今は違う。

 そこには2人の手を引き剥がすことのできない絆があった。

 セルティアの手を握るルダージュの手は決して力の強いものでは無かった。むしろ、セルティアの手を支えるように添えているだけだ。

 だがそこには“お互いが離れようとしない限り絶対に外れない”という有り触れた強さがあった。 

 セルティアが無意識にルダージュの手を握り返す。

 想いが重なった今なら彼は応えてくれると信じて、あの時(・・・)の“我が儘”をもう一度、告げる。


「私と“一緒に(・・・)”紅騎士を助けてください」

「!?」


 目を見開き、驚きの表情を浮かべるルダージュ。

 セルティアの言う我が儘の意味に気付いてしまったのだ。

 そして、目の前にいるのがあのセルティア・アンヴリューであることを再確認し得心が行く。

 彼女はどうしようもなく精霊が大好きな女の子だということを。


「――紅騎士は強い。恐らく普通に戦えば俺は負ける」

「はい」

「魔法使いが束になったところで同じだ。彼女には魔法は効かないし、俺よりも優れた盾があらゆる攻撃を防ぐ。セルティアは俺に“負け戦に誘ってくれ”と、そう言っているんだぞ?」

「……」

「俺はもう、護ることのできない戦いはしたくない」


 強大な相手に2人で挑む構図は、ルダージュにとって悠乃を護ることができなかった幻魔戦を思い起こさせる。

 セルティアもルダージュの過去を知り、最初は無理強いなどしたくないと思っていた。

 だが、その迷いはミリアのおかげでもう消えていた。


「私、ルダージュに嘘を吐かれていたことを何とも思っていないんです」

「……え?」


 セルティアの唐突な告白にルダージュは目をぱちくりと(しばた)く。

 そんな彼を余所に、セルティアは思いの(たけ)を打ち明け続ける。


「異世界人で元人間って聞いたときも驚いただけで、幻魔の力を持ってるって言われたときは……もっと早く貴方の嘘を聞いておけば力になれたかも……とは思いました」

「セルティア……」


 優しい言葉にルダージュの涙腺が緩む。

 だが、次の瞬間、セルティアから思いも寄らぬ言葉が飛び出る。


「――つまり、なにが言いたいかというとですね……私はルダージュのことがどうでもいいんです」

「……」


 セルティアの後方で控えていたミリアはこの何とも言えない光景を忘れないだろう。

 返答に困り、無理矢理無表情を貫こうとするルダージュと驚きのあまり目が点になった友人や先輩、巫女の姿を。

 ルダージュの秘密を聞かされた時よりも空気は凍り付いており、時が止まってしまったのではないかと錯覚するほどだった。

 しかし、セルティアは目の前にいるルダージュに夢中で、その空気に気が付かないままその言葉の本当の意味を告白した。


「貴方の過去がなんであろうとどうでもいい。そう思えるほど私は今の貴方が大好きなんですよ、ルダージュ」

「!?」


 それはセルティアがミリアとの押し問答で得た答えだ。


「私は精霊が好きです。自分の召喚獣はもっと好きです。だから私は紅騎士を救いたい。召喚士として貴方と同じ召喚獣を救いたい。そしてルダージュは私を見ていてください。――自分の召喚獣を救う召喚士の私の姿を」

「……見るだけでいいのか?」

「いいえ」


 首を横に振った後、セルティアはルダージュを真っ直ぐと見上げた。


「私が貴方たちを召喚獣と認めるようにルダージュも私を召喚士として認めてください。ルダージュが私の隣にいたいと願ってくれるように、私もルダージュの隣にいたいです」

「認める……そんな偉そうなこと俺に言う資格は――」


 我慢の限界だった。

 煮え切らない態度に痺れを切らし、セルティアは一歩前へ踏み出しルダージュに抱き着く。


「ルダージュ、これは順番です。貴方を受け入れた私たちを、ルダージュが受け入れる番なんですよ? そして召喚獣である貴方が、私のことを召喚士として受け入れる。そういう順番なんです。ずるいですよ。私の我が儘は聞いてもらえないんですか?」


 ルダージュは思った。

 どっちがずるいのかと。

 セルティアの召喚士になりたいという気持ちを、彼女の召喚獣になりたい自分が断れるわけがない。

 彼女が我が儘を口にした瞬間から言い包められるようにできていたのだ。

 賢しい娘だ。それと同時に強い娘でもある。

 彼女なら本当に悠乃を助けられるのではないかという根拠の見つからない期待すらしてしまう。


「……負けたよ、セルティア」

「えっ……あ……」


 抱き付いている少女に倣うように抱き返す。


「君は俺が護る。だから一緒に、悠乃を救いに行こう」

「は、はい! もちろんです! ルダージュ!!」


 抱き締め合う2人。

 自分たちの世界へトリップしてしまった彼らを見つめながら周囲の友人たちは苦笑いを浮かべながらも温かく見守っていた。

 公衆の面前で抱き合っている召喚士と召喚獣。

 出会った頃の2人を思い出し、副会長は呆れたようにため息を吐いた。


「変わらないな、お前たちは」


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