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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第五章 灰燼と紋様の召喚士
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一番星

 屋上から夜空を見上げると、そこには雲に隠れながらも小さな星々が輝いていた。

 幻魔の出現など何処吹く風と言わんばかりの静かな夜。心地の良い風はミリアのとんがり帽を攫うように追い抜き、セルティアの火照った顔を冷ますように優しく撫でていく。


「風が気持ちいいですねぇ、セルティー」

「……はい」


 とんがり帽が風で飛ばされないように手で押さえつつ、ミリアは親友の様子を盗み見る。

 セルティアの目は赤く充血し、頬は熱を帯びて桃色に染まっている。そんな顔を見られたくないのか彼女は校舎へとつながる扉の近くで(うずくま)るように腰を掛け、顔を腕の中へと(うず)めていた。

 幻魔を恐れ地上の光は消えてしまったとロイは語っていた。暗い影が広がる学園の屋上もまた傍から見ればその一部であり、影を落とすセルティアはその闇に溶け込んでしまっているようにも見えた。

 だがそれは自分の錯覚だとミリアはわかっている。

 たとえ周囲が幻魔を恐れようとも、セルティアが自分の召喚獣(ルダージュ)のことを嫌いになれるわけがないのだから。


「気分はどうですか? 落ち着きましたか?]

「……少しだけ」

「あぅ……」


 アリージェに頼まれセルティアを連れ出してはみたものの、小さく丸まった寂しがり屋を前にミリアはどうしたものかと頭を(ひね)る。


(ずっと無理ばかりしてましたから……)


 生まれた時からノイシスの加護に選ばれ、宮廷魔法使になるべく育てられたセルティア。

 平民とは思えない物腰と高い教養。誰とでも分け隔てなく接する温厚な性格に、生徒の模範となるような知識と実力。

 最初から持ち合わせていたわけではない。周囲の期待の声に応え、重い責任と重圧に耐え、零から創り上げてきたのだ。


(たまにびっくりするほど崩れますけど)


 ミリアはセルティアと最初に出会ったころのことを思い出していた。

 第一印象は「こんな完璧な人がいるんですかぁ!?」という単純なものだった。生徒会長の座に就く前からセルティア・アンヴリューという少女は完璧で、とても同じ平民出身だとは信じられなかったからだ。

 ノイシスの加護持ちとして入学当初から注目されていた彼女は筆記、実技ともにトップの成績を収め、大召喚士ノイシス様に選ばれるのも頷ける才女だった。

 悪目立ちしていた天災のミリアと対を成すように、天才のセルティアと呼ばれるのに時間はそうかからなかった。


(でも……その肩書が努力の天才だと知っている人は少ない)


 ミリアがそれに気付いたのはセルティアと友人になった後のことなので偉そうなことは言えない。

 羨望や嫉妬の眼差しに息詰まりそうになりながらも、夜遅くまで勉学に励むセルティアに聞いたことがある。「どうしてそこまで頑張れるんですか?」と。

 そんなミリアの問いにセルティアは屈託の無い笑顔で言った。


『精霊が好きだから……いえ、違いますね。私の……私だけの召喚獣に早く会いたいから頑張れるんです』


 セルティアにとってルダージュは特別な存在だ。

 それは彼が傷だらけで召喚された時のセルティアの慌てようでわかる。

 名付けるはずの名前を連呼し彼に縋るように泣きつく。気が動転し過ぎていたのか回復魔法をかけることすら忘れていた。彼の前では優等生という仮面が簡単に割れ、ありのままのセルティア・アンヴリューになってしまうのだ。


(合宿中に本音を打ち明けたらルダージュが受け入れてくれて嬉しかった。って後で教えてもらった時はびっくりしましたよ。だって、セルティー……普通の女の子みたいな顔をするんですもん)


 セルティアにとって召喚獣(ルダージュ)は家族でも友人でも親友でもない。唯一無二の相棒であり、苦楽を共有してくれるただ一柱の存在。それはルダージュにしかできない――彼にしかできない役だ。

 ミリアは考える。

 彼が今、友人たちに囲まれ“ルダージュ”と向き合っているならば、セルティアに対して自分は何ができるのだろうかと。

 大それたことはできないかもしれない。ただのお節介にしかならないかもしれない。

 だけどそれがセルティアの友人であるミリア・クランケットの役目だと信じ、彼女は声を上げた。


「セルティ―は……どうしてそんなに泣いているんですか?」

「……」


 ミリアの問いに表情を曇らせたままのセルティアはなにも答えない。

 それはつまり答えがない、もしくは“答えたくない何かがある”という裏付けだ。

 

「……っ、ルダージュさんが嘘を吐いていたことが悲しかったんですか?」

「……違います」


 とんがり帽を目深に被り挑発するように問うと、セルティアから否定の言葉が返って来た。


「じゃあ……ルダージュさんが精霊では無かったことが原因ですね?」

「……違います」

「彼が、幻魔の力を手に入れた人間だったことがショックだった?」

「違う……」

「――それとも彼が言うように、元人間の化物――」

「違う!!」


 セルティアが立ち上がり涙で頬を濡らしながら叫んだ。


「どうしてミリーまでそんなことを言うんですか……! ルダージュは……私のルダージュは化物なんかじゃありません!!」

「じゃあ、どうして……?」

「……っ!」


 言葉に詰まるセルティア。

 彼女はミリアの問いを全て否定したが、それは客観的に見るとおかしなものだった。

 嘘を吐かれても悲しくない。精霊でなくてもいい。幻魔の力を手に入れた元人間でも問題はない。

 召喚士であることに誇りを抱いていた少女の言動とは思えないものばかりだ。だがそれはルダージュの召喚士であるセルティア・アンヴリューだからこそ断言できる本音だった。


「私は……悔しかったんです……」

「セルティー……?」

「彼の嘘に気付いておきながら、彼が話してくれるのを待つだけで自分は何もしてきませんでした……」

「でもそれはルダージュさんも望んでいたことだと思いますよ?」

「わかっています……でも、でも! 私はそんな彼の強さに甘えて、無邪気にもその強さを喜んでいたんですよ? この世界の敵である幻魔を糧にしなければいけない力なのに……!」


 合宿で起こった幻魔による襲撃。

 決戦前夜、幻魔に対抗できるルダージュの力をセルティアは誇りに思っていた。

 しかし、その裏で彼は力を増すために幻魔を食べる算段をしており、誰にも告げることのできない強さの秘密を抱えていたのだ。それどころか苦悩などおくびにも出すことなく、悩みを打ち明けるセルティアを励ましてさえいた。

 ルダージュとの大切な思い出が今では滑稽に思えてしまう。自分だけが一方的に舞い上がり喜んでいたと思うと恥ずかしく……そして、どうしようもなく寂しい。


「どうすることもできなかった。頭ではわかっています。でも、それでも悔しいじゃないですか! 私は召喚士セルティア・アンヴリューのはずなのに召喚獣である彼のことを何もわかっていなかった。人型精霊を必死に演じようとしていたルダージュの横にいながら、私は彼の召喚士として何もできていない……」

「……」

「自分勝手なんです……彼が苦しんでいるのに、私は彼の召喚士になりたい。“ルダージュ”である“彼”にちゃんと召喚士として認めてほしいと……そればかり考えてしまう。酷い生徒会長ですよね? 友達に迷惑をかけながら、本当はルダージュのことで頭が一杯一杯なんです……」


 セルティアの涙の理由はルダージュが嘘を吐いていたからでも、友人を巻き込んだからでも、果ては紅騎士が敵だからでもない。

 ただ、寂しかったから。

 それだけだ。

 寂しがり屋と告白した彼女らしい真情の吐露が形となって表れただけなのだ。


「セルティー」


 だったら次の行動は簡単だと、ミリアは自分を鼓舞するように頷き提案する。


「紅騎士さんを助けにいきましょう」

「……え?」

「今まで何もできていなかったとそう思うのなら、今から2人に召喚士らしいことをしてあげればいいじゃないですか。ルダージュさんの大切な後輩であり、セルティアの二柱目でもある紅騎士さんを、召喚士セルティア・アンヴリューとして救いに行くんですよ!」

「で、でも、ルダージュは私を連れていきたくないみたいですし……彼の過去を知った今となっては無理強いなんて――」

「らしくないですよセルティー。学園のみんなが呆れるほどの精霊好きの生徒会長が、自分の精霊を前にして足踏みなんて……。まるで初めて召喚魔法に挑む私みたいで――……それとも、」


 そこでミリアはあることを思い付いた。

 自分にしかできない応援の仕方があったじゃないかと閃いたのだ。

 本当の意味で彼をルダージュと()ぶため、その一歩を踏み出させるために。


「おまじない、したほうがいいですか?」

「! ミリーそれは……」


 おまじない。

 それは召喚魔法に挑戦するミリアに、自信を持たせるために行ったセルティア直伝の元気の出る魔法だ。

 ただ、


「もう私にはノイシス様の加護は……」


 セルティアは自身の左手の甲に視線を落とす。

 幾何学的な形をした漆黒の紋章は見る影もなく消え去っている。幻のように消えてしまったそれは最後まで紋章の意味と答えを教えてはくれなかった。

 しかしミリアは「そっちじゃないですよ」とセルティアに近づき、彼女の右手を両手で包み込むように持ち上げた。


「セルティーにはこっちがちゃんとあるじゃないですか」

「ぁ……」


 右手の甲には召喚士が召喚獣と契約した証である紋様が描かれている。当然ながらセルティアの手にはルダージュとお揃いの紋様が浮かんでいる。

 始めの頃は紋様を眺めているだけで顔がにやけてしまった。それがいつの間にかそこにいるのが当たり前のようになり、それどころか色々なことをさらに求めるようになっていた。想いが変わったわけではない、想いが強くなったのだ。

 セルティアとルダージュの関係の形は傍から見れば変わってしまったように見えるかもしれない。でも、本当はそうではない。紋様の形が勝手に変わることがないように、契約の証は最初から証明していたのだ。

 セルティとルダージュは召喚士と召喚獣である、と


「……」


 涙はとっくに止まっていた。

 今更、気づいてしまった。契約の証が消えていないのなら彼も自分と同じ想いを抱いてくれていると。

 求めていた答えは身近にあり、でも自分はそれだけではもう満足できない。


「おまじない、効きませんでしたか?」

「ミリーあなた……」


 してやったりといった顔でセルティアの顔を覗くミリア。

 その顔は少しだけ、ほんの少しだけ、小憎らしい顔をしていてセルティアは思わず照れ隠しのデコピンをお見舞いしたくなってしまった。


「あぅ! ……あっ、帽子!」


 そんなセルティアの感情を肩代わりするように悪戯な風がミリアのとんがり帽を飛ばしてしまった。

 おまじないのため両手が塞がっていたミリアは帽子を押さえることもままならず、見送るように帽子を視線で追う。手を離して追いかければいいのに、おまじないを中断しないあたりは流石親友といったところだろう。


「大丈夫ですよ、ミリー」


 セルティアが包まれた右手を解きほぐすように離すと、彼女は飛んで行った帽子に向かって真っすぐと駆け出した。大丈夫の意味は『自分は大丈夫』なのか、それとも『帽子は大丈夫』なのか。

 頼もしい後ろ姿を見送るミリアにはもうどちらでもよかった。


「ナイスキャッチでーす! セルティー!」


 空に飛び上がり、空中で帽子をキャッチしたセルティアはそのまま屋上のフェンスの上に着地した。

 ミリアはそんな彼女を追いかけ、そして隣に並ぶ。

 セルティアは帽子を抱きながら、都市部を眺めていた。

 光を失った街はいまのセルティアには暗すぎるのかもしれない。

 だけど、


「ロイくんが言う通り、街は光を失ったままですね」

「……はい」

「でもセルティー、空を見てください。今日は星空がこんなにも輝いて見えますよ!」


 ミリアに促され、セルティアは空を見上げた。

 そこには燦然と光り輝く星空が広がっており、思わず息を呑む美しさがあった。


「……綺麗、ですね」


 泣いていたことなど忘れてしまったかのようにセルティアは呟く。

 そして――


「そうですね。雲も晴れたみたいなので、さっきよりずっとよく見えます」


 ミリアはそう補足し、セルティアを見つめながら眩しそうに目を細めるのだった。


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