お前の名は
「あなたはこれからどうするおつもりですの?」
意気消沈と項垂れるルダージュに、アリージェが詰め寄る。
セルティアの友人として目の前の彼が何者になるのかを確かめるために。
だが、返って来たのはいつもの彼らしくない答えだった。
「……わからない」
ルダージュは酷く憔悴していた。
過去を語る時は悲しい目をしていたが、今はさらに寂寥とした空気を醸している。
この世界にたった独り招かれた異世界人。家族や友人を失い、唯一の理解者が生存していたかと思えば敵に回っていた。
嘘を吐き続けていた彼はずっと孤独だったのかもしれない。
「幻魔のことを知ってから、俺は嘘を吐き続けるつもりでいた。……騙し続けて、生きていくしかないと」
共犯者に裏切られるのは計算外のことだった。
そのため嘘がバレた後のことなど考えたこともなかった。バレたら終わりだとそう考えていたから。
「こんなことになるなんて……みんなに迷惑をかけ――」
「それはもう聞き飽きましたわ」
ぴしゃりと呆れたように言い放つアリージェ。
(あの召喚士にしてこの召喚獣あり、ですわね。……まったく、今は他人のことなど気にしてる場合ではありませんのに)
「先に申し上げておきますわ。わたくしはあなたの嘘を責めるつもりもありませんし、騙されていたことに激怒する理由もありません。顔を上げて、他の方々の顔をご覧になったらどうですの? あなたを責めている方がいらして?」
「……」
アリージェの言葉にルダージュは恐る恐る顔を上げた。
周囲を見渡すと苦笑いを浮かべている学友たちの姿があった。
「お嬢の言う通りだ。今更、1つの嘘ぐらいで俺たちの仲は傷つかねーさ」
「僕は基本的にアルフォス様の味方だから明言は避けたいところだけど……個人的には合宿の時から君を友人だと思っているし、今もそれは変わらない」
オルガとヘルエルが間を空けずに言い切る。悩む素振りすら見せず、まるで用意していたかのように迷いがない。それもそのはず、彼らはルダージュの過去を聞く前から自分の想いを曲げるつもりがなかったのだから。
「話が壮大すぎてあなたの嘘なんかどうでもよくなりそう。あなたよりブライト先生に一言物申したいくらいよ」
「今の後輩はみんなそんな感じなの? 『精霊王の冒険』のファンとしては少し残念――」
「……空気読んで、総長」
「カグラちゃんにそう言われるのは釈然としないわね……」
眼鏡をかけ直し、ここにいない男に矛先を向けるシンシア。
リンドは人型精霊が登場する絵本の愛読者の1人だったため、少なからずルダージュが人型精霊でなかったことを惜しみ、ティーユにツッコミを受ける。
「あ、もちろんルダージュに対する態度は変わらないわ。興味を持ったきっかけに過ぎないし、秘密を知れたのは特別な関係になれたみたいで嬉しいよ」
竜の尻尾を振り、喜びを隠そうとしない学園の総長に学園生たち一同は困ったように笑みを浮かべた。
――1人を除いて。
「……」
ロイは考え事をするように腕を組み、足元を見つめている。
副会長として会長を支えてきた彼は他の友人たちとは違い、何か思うところがあるのか沈黙を守っていた。
会話に加わろうとしないロイを見つめ、アリージェは気まずそうに視線を逸らす。ロイだけではなく巫女姉妹も黙ったままだ。
聖刀剣を引く抜くことができたルダージュは巫女姉妹にとって婚約者候補ともいえる相手だった。学園生の立場から見れば、セルティアの次に動揺しているのは確実にオリヴィエとシルヴィエだ。
(そう簡単に割り切れる話ではありませんわよね……)
肯定的な発言を求めるのは酷であり、もとよりそのつもりもない。
だが、だからこそアリージェはルダージュの答えを求めた。
「……あなたに罪があるとするならば……それは嘘を吐いたことではなく、わたくしたちを騙し続けられなかったことです」
「っ!」
出しゃばると宣言したからこそ、セルティアの友人代表としてアリージェは言葉を選ぶ。
「しかし、嘘は明るみになり、あなたは人型精霊ではなくなってしまいましたわ。今一度問います。あなたはこれからどうするおつもりですの? あなたはセルティアの何になりたいのですか?」
「……俺は――」
唇を開き、答えを口にしようと戦慄く。
だが、やはりわからなかった。
嘘つき精霊ではなくなった自分が何者かなんてわからない。
元人間で幻魔を食った化物。
そんな自分がセルティアの隣にまだ居座ろうなど、おこがましいにもほどがあるとそう考えてしまう。
「俺は……もう、彼女の隣にはいられない……」
絞り出すように零した嘆き。
その痛ましい姿に学友たちは悲嘆の表情を浮かべ視線を落とした。
自分たちではセルティアの力になれないのだろうか、と。
「……まだ」
だが1人、俯く彼らを余所に、“嘘つき”を真っすぐと見据える男がいた。
「お前はまだ、嘘を吐くのか」
「ロイ……?」
“嘘つき”が顔を上げる。
そこには眉間にしわが寄った怒り顔の――いつものロイがいた。
「俺はもう自分の過去を話した……これ以上の嘘なんて――」
「いいや、お前は嘘を吐いている。そして、俺たちに教えていない……教えたくないものがあるはずだ」
「……」
“嘘つき”はロイが言わんとする言葉の意味がわからなかった。
これ以上自分は誰に嘘を吐いているのだろうか、彼らに教えていないものなどあっただろうか、と。
「気付かないか? だったら教えてやる」
それは、
「お前の名だ」
「……俺の、名前……?」
「そうだ。お前がただの人間だったころ。異世界の二ホンという場所にいた時の名前を、俺たちは聞いていない」
『――!』
学友たちがはっとしたように“嘘つき”を見詰めた。
彼が語る過去の話にはチキュウやニホン、そしてタカマキ・ユノという地名や名前が出てきたが、肝心の彼の名前は出てこなかった。
「それは何故だ? 何故、自分の本当の名を語ろうとしない? 過去を語る上で不便だとは思わなかったのか?」
「……」
ロイの詰問に“嘘つき”は押し黙る。
自分でもわからない。語る上で必要がないと勝手に判断したのか、言いそびれただけなのか、わからない。
いくら答えを考えてもわからなかった。
「紅騎士と相対したときもお前は聞かれていたな。『あなたはなんていう名前なのか』と」
「! どうして、それを……」
「悪いとは思ったが盗み聞きさせてもらった」
ロイは手の平を上に向け、小さな風の渦を発生させた。
風の魔法を使った、という意味だ。
「紅騎士にタカマキ・ユノという名前があるようにお前にも過去の名前があるのだろう? お前はあの時、なんて答えようとしていたんだ」
「……! それは……!」
思い出す。
紅騎士――悠乃と再会し、彼女に名前を聞かれた時。
元人間で“嘘つき”な男はなんて名乗ろうとしていたのかを――
「わから――」
「嘘を吐くな!!」
ロイが詰め寄り、ルダージュの襟を掴み持ち上げる。
感情的になった副会長の姿に周囲は呆気に取られ、止める暇もない。
「わからない? いい加減にしろ……! 自分に嘘を吐くな! “ルダージュ”!!」
「……!!」
「お前の答えは決まっていたはずだ! どうせ、嘘を吐いていた自分には名乗る資格が無いだのくだらないことを考えているのだろう? そうやって誤魔化し、自分にすら嘘を吐き続けるのなら俺はお前を許さない! いつまで自分を騙し続ける気だ!!」
ロイはそう言ってルダージュをソファーに向けて突き放す。
「セルティアが召喚したのは精霊でも幻魔でもない! お前を! 『灰騎士』のルダージュを!! 召喚した……ただそれだけの話じゃないか……!」
ルダージュは思いだしていた。
ロイと同じようなことを以前、セルティアが語ってくれたことを。
『私の魔法で召喚されたのがルダージュだったから、ルダージュがあなただったから私は精霊が大好きなんです!』
彼女はそう言って太陽のように眩しい顔でルダージュに微笑んでいた。
精霊ではないという秘密をいつか明かすと約束した異世界の空での思い出。
果たすことはできないと諦め、それどころか最悪の形でバレてしまった約束はどこまで有効なのだろうか。
「俺は……精霊じゃない、けど……」
顔を上げる。
目の奥が熱くなり、声も震えている。だが、言わずにはいられなかった。
「ルダージュと名乗って――ルダージュのままで、いいのか?」
「ふん、俺に聞くな」
見上げると呆れ顔のロイがそっぽを向き口をへの字に曲げている。
「本人に直接聞いてみろ。ただ……ここにいるやつらもお前のことをルダージュだと思っていることを忘れるな」
辛辣な態度をわざと見せながらも、ロイは信じていた。セルティアが自分の召喚獣を否定するわけがないと。気持ちの整理がつけば他愛のない過去になることを。
「みんな……」
ルダージュが見回すとロイに同意するように学友たちが力強く頷く。
そして――
「ルダージュ」
「っ」
ルダージュを挟むようにオリヴィエとシルヴィエが彼の隣へと腰を掛ける。彼女たちの華奢な手は自然とルダージュの顔と手を包んでいた。
「考えていた。ずっと考えていた。私たちが君に伝えるべき言葉を」
初めて出会った時を再現するようにオリヴィエがルダージュの顔を慈しむように撫でる。
「たくさんある。言いたいことは沢山あるんだ。でも今はこれだけを伝えたい。君にちゃんと知っていてほしい」
「オリ、ヴィエ……?」
「君がこれからどうしたいのかわからないとそう言った時、私はすごく怖かった。私たちの知らない場所へ消えてしまうのではないかと、そう思った」
姉の言葉に同調するようにシルヴィエがルダージュを強く抱きしめる。
「目が見えない私では君を見失ってしまう。声を失ったシルヴィエでは呼び止めることもできない。私たち2人が揃わないと引き止めることすらできない。……そこまで考えてやっとわかった。私の心には――私たちの心には“ルダージュ”、君しか映っていないのだと。ルダージュが与えてくれたこの気持ちを、私たちは嘘だとは思わない」
「……! でも俺は幻魔の力を持ったばげ」
化物と言おうとした瞬間、オリヴィエに右頬をつねられ、遅れるように左頬をシルヴィエにつねられる。
「君は化物ではない。召喚獣ルダージュだ。たとえ君がその力の所為で私たちに引け目を感じ、聖刀剣を手放そうとしても……」
頬から指を放し、姉妹がルダージュの手に自分の指をそれぞれ絡める。そうすることでオリヴィエとシルヴィエが付けていた腕輪はまるで、ルダージュの腕に嵌まっているように重なって見えた。
「私たちがルダージュを離さない。君を1人にはしない」
『ずっと貴方のそばに』
「――っ!」
もはやほとんどプロポーズのようなのものだった。
幻魔へと立ち向かう幼きアルフォスに贈った言葉。それが今、形と意味を変え家族以外の愛する者へと贈られたのだ。
見つめ合う三人。
時と場所を違えれば情事へと耽てしまいそうな空気に「……こ、こほん」というわざとらしい咳払いが牽制する。
それは色事を目の前でまざまざと見せつけられていたアリージェから発せられたものだった。
「その続きは全てが片付いてからにしていただけると嬉しいですわ。オリヴィエ様、シルヴィエ様……それともここは敢えて先生とお呼びすればよいでしょうか?」
「……! いや、これは、すまない! 少し熱が上がり過ぎて気が急いてしまった。皆は忘れてくれ……!」
「~~~~~!!」
ばっ、とルダージュから離れ、ソファーに置いてあったクッションを掴むと巫女姉妹は仮面で隠れていない顔半分を隠すように縮こまってしまった。
そして入れ替わるように、今度はルダージュの背後から頭に抱き着く影が現れる。
「もう、寂しくない……? おにいちゃん」
ティーユだった。
いつぞや対策会議とは逆の立場になってしまったしく、彼女なりに慰めてくれているのだとわかった。なにより呼び方が変わらないことがルダージュには嬉しくて仕方がなかった。
「ありがとうティーユ。みんなのおかげで……俺はもう寂しくない」
「よかった……」
甘えるように体重が掛かる。逆にそれが今のルダージュにとって心地よく、信頼の重さのように思えた。
そんな彼らを傍目にアリージェはロイたちに振り返る。
「こっちはもう問題ありませんわね」
「手間がかかるやつらだ」
「あら? そんなことを言いつつ嬉しそうですわ。ね? 副会長さん」
「……ふん、後はあの精霊バカだけか。あのドジっ子魔法使いに任せてよかったのか?」
話題を変え無理矢理誤魔化すロイ。
アリージェはそんな彼を見つめ、ルダージュが他の精霊たちと会話している姿を横目に、窓から見える夜空を眺めた。
「大丈夫ですわ。だってあの子はセルティアの親友なのですから」




