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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第五章 灰燼と紋様の召喚士
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嘘の代償

「悠乃が死んだと、そう思っていた後のことだ。俺の目の前に光の球体が現れた。導かれるようにその球体に触れると……気が付いたときにはこの学園のベッドに寝かされていたんだ」


 過去を思い出しながら静かに自分のことを語り続けるルダージュ。

 淡々とした彼の声は決して大きいものでは無かったが、重く沈鬱な空気に支配されていた学園長室には煩わしいぐらいに響いていた。


「自分が置かれた状況がわからなかった俺はそこでクレイゼル……先生に今と同じ話をした。そして彼に提案されたんだ。異世界人――元人間だということを黙って、自分は精霊だと嘘を吐いて生きろと。その後は皆が知っている通りだ」

『……』


 ルダージュの過去話が終わり、返って来たのは沈黙だった。

 彼が語る真実に言葉を失い、過去を知ってもなお自分たちが取るべき行動が見つからない。むしろさらにわからなくなってしまったのだ。

 単純に考えれば、今まで自分たちに嘘を吐いていた目の前の男を糾弾する。それだけの話だ。

 だが、そんなことに意味はあるのだろうか?

 

「……今まで騙していて、悪かった」


 頭を下げるルダージュに学園生たちは困惑を隠せない。

 精霊だと(たばか)り、自分たちを騙し続けていた男。彼が護ったものはあまりに大きい。

 合宿中の幻魔戦。

 王都での賊退治。

 そして、召喚士セルティア・アンヴリュー。

 ルダージュが話した過去が全て事実ならば、セルティアは幻魔が跋扈する魔界という異世界から彼を召喚したことになる。それはつまり幻魔そのものを召喚できる可能性があったということだ。


 幻魔を倒すために精霊を呼び出す召喚士が幻魔も召喚できるとはなんと冗談のような皮肉だろう。

 その事実が世間に明るみになればセルティアだけではなく他の召喚士の立場や学園の存亡すら危うい。

 学園の人間は知らず知らずのうちにルダージュの嘘によって救われていたのだ。

 セルティアの友人たちは彼に目を背けながら思った。

 騙されたままなら真実を知らずに済んだのに、と。


「1つ、いいかな?」


 最初に声をあげたのは学園長であるアルフォスだった。

 彼は顔を上げたルダージュを真剣な眼差しで見つめ、


「君が魔界と名付けたその異世界。そこにいたのは本当に幻魔だったのかい? ただの空似で全く別の生き物という可能性はないのかな」


 アルフォスは学園の(おさ)として追及する。

 ルダージュの言う化物の正体が幻魔であれば大事であり、看過することのできない問題だからだ。

 確証を得られないかぎり、召喚士が幻魔を召喚できる可能性など信じてはいけないのだ。

 だが、


「それは……」


 ルダージュはアルフォスを見つめ返し、その隣にいる彼の姉たち――オリヴィエとシルヴィエに目を向ける。

 ルダージュの過去話を聞いているとき、いつの間にか手を握り合っていた2人。視線を感じた姉妹はぎゅっとお互いの手をさらに握り締める。


「ありえません」

「どうして言い切れる?」


 アルフォスの問いにルダージュは顔を歪ませると姉妹から視線を逸らすように顔を背けた。


「この世界で初めて幻魔と遭遇した合宿の時……幻魔を倒しみんなを見送った後、俺がその幻魔を食べたから……わかります」

『――!?』


 幻魔を食べたという言葉に戦慄が走る。

 あまりに常識外れな行動だ。

 アリージェは当時のルダージュの行動を思い出し「だからあの時――」と思い詰めた顔をした。幻魔が死ぬとその肉体は幻のように消えてしまう。だから彼は急かすように自分たちを見送ったのだ、と。

 そして聖剣、聖刀としてルダージュを見守っていたオリヴィエとシルヴィエがふと気づく。


「ルダージュ……君がこの腕輪を私たちに返したのは……」


 オリヴィエはルダージュに見えるように己の腕輪を掲げる。

 シルヴィエはそんな姉を見つめながら、己の腕輪を抱きかかえるように胸へと埋めた。


「……2人にとって大切な物だと思ったから、食べるときに幻魔の血で汚したくなかった」

「っ!」

「……そういうこと、だったのか」


 力なく垂れさがるオリヴィエの腕。

 彼女と入れ替わるように弟のアルフォスが言葉を繋ぐ。


「なぜ、幻魔を?」

「……力が欲しかったから」


 ぴくり、とルダージュの話を聞いてからずっとうつむいたままだったセルティアが小さな反応を示したが誰も気づくことはなかった。


「力?」

「異世界の化物を食べれば食べるほど魔装が増える、って話はしましたよね? だからやつらと同じ幻魔を食べれば魔装が手に入ると、そう思いました」

「そして実際に食べて魔装が手に入った」

「はい」

「だから君が最初に訪れた異世界の化物たちは幻魔そのものだと」

「……はい」

「ふむ」


 アルフォスはルダージュの話を吟味するように目をつぶり、そして――


「学園長権限を行使し、この場にいる全ての学園生徒に宣誓をしてもらう」


 アルフォスが立ち上がり右手を上げるとセルティア以外の生徒が慌てて真似るように右手を上げた。

 隣にいたミリアが「セ、セルティー?」と焦るように急かすが、アルフォスが「今は構わない」と制止する。


「召喚獣『灰騎士』のルダージュが語った彼の過去、そしてこの場で見聞きしたことは口外しないこと。いいかな?」

『はい』

「よろしい」


 拒否権は存在しなかった。

 満足そうに頷くアルフォスは素直で優秀な生徒に舌を巻く。学園長が相手とはいえ反論がないということは事の重大さを理解しているということだからだ。セルティアは例外としても、この場でもし拒否するような生徒が存在すれば断罪しなければならなくなるところだった。

 なぜなら、


「わかっているとは思うが魔導都市学園の長アルフォスとして――いいや、元勇者アルスとして君たちの将来について話そう。ルダージュが魔界と称した異世界。その世界にいる化物は幻魔だと断定する。そして召喚士は魔界から幻魔を召喚できる可能性があり……それはおそらくセルティア・アンヴリューと同等の召喚士でしかなしえない。なぜならば今までにそんな事例が存在したことはなかったからだ」


 ルダージュはアルフォスの言葉を聞きながらクレイゼルと会話した内容と同じ展開になっていることに気が付いた。それ故に予見できたことなのになぜ彼が漏らしてしまったのか見当もつかない。


「おそらく彼女の――ノイシスの加護はその危険性を示していたのかもしれないが、過去の加護持ちが幻魔を召喚したという例もないので加護に関しての憶測は保留だ。だが……」


 生徒たちの顔を見渡すようにアルフォスは目配せする。


「君たちも知ってのとおり我が国の第一王女殿下クララ・ラスティム・クランベル・リ・アリア様も加護持ちであり、幻魔を召喚してしまう可能性がある……が、そんな妄言(・・)を口にするものは断罪しなければならない。君たちも十分に注意するように」


 ルダージュの過去を認めた上で妄言と断言する。

 それはつまりアリージェたちもルダージュの嘘に加担しろとアルフォスは言っているのだ。


「僕はこの妄言が広まらないように全力を尽くす。マクゼクト王と彼が信頼する臣下にのみこの話をするつもりだ。そして君たちには将来、この学園かもしくは王の元で自身の能力を存分に発揮してもらいたい」


 アルフォスは暗にこう言っている。

 秘密を漏らさないように君たちを監視する、と。

 もし情報が他国に渡るようなことがあれば戦争にまで発展するような事実。幻魔を召喚できる王女など下手をすれば内乱すら起こりかねない。他国からの侵略の体のいい大義名分にすらなり得る。

 それを知ってしまった学園生を野放しなどできないのだ。


「……ごめんなさい」


 不服を唱えることもできず後に引けなくなった友人たち。黙りこくる彼らの耳に届いたのは、今まで一言も声を発せずにいたセルティアの謝罪だった。


「ごめ、っ……ごめん、なさい……私の、わたしのせいで、みんなを巻き込んで……」


 自分の召喚魔法が招いた結果にセルティアは畏縮して声をつまらせる。

 精霊好きが高じて暴走することもあったが、常に生徒の模範であろうと生徒会長として気丈に振る舞っていたセルティアが、歳相応の少女のように涙をこらえることができず膝を濡らしていた。

 ここまで弱り切った姿はほとんどの者が見たことがない。

 元々、悩みを抱え込む嫌いがあったセルティアにとって、暴かれた真実はとても1人で抱えきれるような問題ではなくなっていた。


 友人たちが巻き込まれていなければここまで追いつめられることはなかっただろう。

 しかし、現実はクレイゼルによる暴露により逃れられない運命となってしまった。

 セルティアが悪いわけではない。他の生徒の前で嘘を明るみにしたクレイゼルと、嘘を吐き通すことができなかったルダージュの責任だ。


「あなたの所為ではありませんわ」

「そ、そうです! セルティーは悪くありません!」


 隣に座っていたアリージェが小さくなったセルティアの体を抱きしめ、ミリアが慰めるようにセルティアの頭を撫でる。


「わたくしは宮廷魔法使として王に仕えるつもりでいましたし、オルガは従者としてわたくしと同じ道を歩むつもりでしたの。ね! オルガ! ね!?」

「え、ええ! もちろんですぜ、お嬢!」

「マクセル副会長もお父上の跡を継ぐために……確か宮廷魔法使になるご予定だったはず――」

「そうだな。否定はしない」

「ですわよね!」


 アリージェが必死にフォローしながら周囲から言質を取っていく。


「私は学園の先生になりたかったので問題なしです!」

「素晴らしいですわ!」


 ミリアに続くようにヘルエルが「僕はアルフォス様のお役に立てるならどこへでも」と援護し、その隣にいたシンシアは「魔法の研究ができるなら私はどこでも構わないわ」と続けた。

 残すは竜人のリンドと獣人のティーユのみだ。

 アリージェたちののような人種とは違い、竜人や獣人といった種族は学園を卒業後、里に帰郷する者が多い。懸念があるとすればこの2人から不満が出てもおかしくはなかったのだが、


「そんな泣きそうな目で見つめないでアリージェ。お姉さん困っちゃう」


 リンドは「はぁ……」とため息を吐き、アルフォスを見遣る。彼女の視線に気が付いたアルフォスが静かに頷いて見せると、リンドは観念したように肩を竦めた。


「これは秘密だったんだけど、私はもう学園長の推薦で宮廷に就職することが決定していたの。魔法使になるのかはわからないけど、ね」

「つまり――」

「カイチョ―を責める気なんてないよ」

「流石、先輩ですわ! 後はティーユ……あなただけ――」

「内緒……」

「……え?」

「今はまだ……内緒。でも、もーまんたい」

「えぇ……」

 

 マイペースなティーユらしい返答に困惑する一同だが、問題がないのであればそれでいいかとアリージェは納得した。


「ええと……聞きましたか、セルティア? わたくしたちは確かに巻き込まれた形になってしまいましたが、誰もあなたを恨んでなどおりませんし、責める気もありませんわ」


 幻魔に関する秘密を知ってしまった学友たちは(さいわ)いなことに各々が描いた将来の道と同じ道を歩むことになりそうだった。

 学友たちの未来を潰す破目にならない。それを知れただけでもセルティアの心は軽くなるだろう。

 アリージェの思惑は見事に達成されたのだった。


「だから、今、あなたが考えるべきことはわたくしたちのことではありませんわ。目の前にいる……彼と、あなた自身のことだけを考えてください」

「ごめん、なさい……ありがとう……ございます……」


 セルティアの背中を擦りながら彼女の身を案じるアリージェ。

 彼女は思う。

 自分の精霊(ツペル)が幻魔の力を得た元人間だと告白され、しかも周囲の友人たちを巻き込むような大事だとしたら、


(わたくしだったら受容力(キャパシティー)オーバーでぶっ倒れますわ)


 こちらを眺めながら首を傾げる黒猫(スライム)を見つめ、さらに向かいに座っているルダージュを盗み見る。

 セルティアを悲しませたという事実。それに対し何もできない自分に歯痒さを感じているのか、彼は今までに見たこともない苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えていた。


(おそらく……他の生徒(わたくしたち)に降り掛かる面倒を予測していなかったのですね。彼は元々嘘を吐き続けようとしていましたし、クレイゼル教諭の裏切りがあまりにもイレギュラーだったのですわ)


 少し時間が必要だと、アリージェは悟る。

 内容が内容のため緊急を要するとはいえ、アルフォス学園長が慎重に事を運べばもう少しまともに話し合いができたはずだ。

 この最悪の空気を作りだした当の本人は、姉たちに頬や耳を抓られ涙目になっていた。どうやら折檻を受けているらしい。


「学園長先生。話も一段落(いちだんらく)したことですし、少し休憩いたしませんか?」

「あ、ふぁい。そうだね、まだ時間はあるし、そうしようか。僕はクレイゼル先生と話を……いや、彼を拘束しないといけないから席を外させてもらうよ」

『……』


 頬を擦りながら物騒なことを口にするアルフォスだが、生徒たちは疑問に思わなかった。この状況を作ったクレイゼルの言動はあまりに軽率だったとしか言えず、幻魔に関する情報を独占していた彼は世界に対する反逆者ともいえたからだ。


「姉さま」


 アルフォスが姉妹との別れ際に、姉だけに聞こえる声で言葉を交わす。


「たとえどんな結論を御2人が下そうとも、僕は姉さまの弟して、その気持ちを尊重します」

「アルフォス……」

「!」


 学園長室の主が出ていく。

 そして、


「ミリア、あなたはセルティアを連れて夜風にでも当たってきてください」

「……! わかりました! 行きましょうセルティー!」

「え、あの、ミリー……私は――」


 アリージェに促され、ミリアがやや強引にセルティアを引っ張るようにして部屋を出ていく。

 

「さて」


 仕切り直すようにアリージェはルダージュを見据える。


「夜は長いですわ。だから、もう少しだけわたくしに出しゃばらせてください」


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