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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第五章 灰燼と紋様の召喚士
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第零章 青年と少女 嘘つき青年

高牧(たかまき)悠乃(ゆの)か……悠乃って名前で呼んでもいいかな?」

「……お好きにどうぞ」


 不精髭を剃りながら、青年は悠乃と名乗った少女と言葉を交わす。

 異世界に堕ちてから身だしなみを気にしなくなっていた青年。そんな彼に向かって、気絶から目覚めた少女は開口一番に「ば、蛮族!?」と正直すぎる感想を言い放った。

 年頃の女の子に心を抉られた青年はそのまま拠点近くの川のほとりへ。“灰”で剣や槍を作れることより、髭剃りが作れることに感謝する日が来ようとは思わなかった。


「高校生?」

「……高2です」


 青年は上半身裸でズボンを膝まで捲って川に足を入れている。

 悠乃はそんな彼から視線を外し、ぽつぽつと小さな声で彼の質問に答えていた。免疫がないのか、ただ単に知り合ったばかりの男の裸を見れないだけなのか、悠乃は青年と顔を合わせようとはしなかった。

 それでもしっかりと冷静に答えてくれるだけでも青年にとっては有り難かった。

 同じ日本人であり、この異世界に連れ去られたもう一人の自分。

 もしかしたら帰るための手掛かりとなる情報が得られるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱く。


「先輩は――」

「先輩?」


 悠乃から名前を聞く前に青年は自分のことを少しだけ教えていた。もちろん名前も名乗っていたのだが、どうやら彼女は青年のことをそう呼ぶことにしたらしい。


「年上……ですよね? 大学生だって」

「なり損ねたけどね」

「はあ、そうなんですか」


 どうでもいいとばかりの気の無い返事。


(警戒されてる?)


 青年の疑問は的中しており、答えはすぐにやってきた。


「……先輩は、誘拐犯なんですか」

「……は!?」


 思わず振り返る。

 なにを急にこの娘は(のたま)っているのかと目を見開くが、その視線の先にいた少女の姿を見て、膨らんだ驚きは空気が抜ける風船のように一瞬で縮んでいってしまった。


「どうして、私はこんなところにいるんですか? 放課後、友達と遊んでて、家に帰ろうとしたらこんな、こんなところに……」

「……」


 青年は少し反省した

 目が覚めたら森の中。化物に襲われたかと思ったら次は見ず知らずの男に助けられ2人っきり。年頃の少女にとってはどちらも安心できるような存在ではない……のかもしれない。

 しかも髭を剃るためとはいえいきなり半裸になるような男だ。

 警戒しない方がおかしい。


(少し……この生活に慣れ過ぎたのかな)


 自嘲気味に青年は視線を落とす。

 そして――


「俺が誘拐犯だったら……よかったかもしれない」

「……ぇ?」


 どういう意味だろう? と悠乃は青年を見つめるが、顔は見えなかった。

 丁度、川の水で顔を洗い流しているところだったからだ。


「……ふぅ」


 ここ数日で使い古したハンカチで顔を拭き、木に掛けてあったワイシャツを掴み腕を通す。


「……!」


 悠乃に近づいていくと青年から後退るような素振りを見せた。それは本人には気付かれまいとした小さな拒絶だったが、あまりにもわかりやすい挙動不審っぷりだったので、青年は苦笑して気付かなかった振りをした。


「とりあえず……」 


 立ち止まり、その場に座り胡坐を掻く。


「せ、先輩……?」

「俺がこの世界に来た時の話でもしようか。聞いてくれるかな?」


 できるだけ優しい声色で問う。

 ゆっくりと頷く悠乃を確認した後、青年は自分の話をした。

 大学の入学式に行けなかったこと、森で化物に出会ったこと、“灰”の能力に目覚めていたこと。人がいないこの異世界でずっと化物を狩りながら帰れる日を待ち続けたこと。

 そして今日、悠乃に出会ったことを淡々と語っていく。

 最初は疑いの眼差しを向けていた悠乃も化物を襲われた事実や青年が実演する“灰”の能力を目の当たりにしたことで認めざるを得ない状況になっていた。

 だが、それでも……


「信じ、られません……」

「……そっか」

「……」

「……」


 気まずい沈黙が落ちる。

 異世界に堕ちた。そんな与太話を認めてしまうということは、元の世界への帰り方がわからないという事実も認めることになってしまう。そんなこと認めていいはずがない、と悠乃は頭を抱える。


「それで、まぁ、色々と混乱しているところ悪いんだけど……俺も1つ聞いていいかな」

「な、なんですか?」


 言い辛そうにしている青年を見て、なんとなく嫌な予感というものを感じ警戒する悠乃。

 だが、彼が発した質問はあまりにも意外で拍子抜けするようなものだった。


「今日って何日だ?」

「……え?」

「だから今日の日付。西暦何年の何月何日かわかる?」

「えっと……ちょっと待ってください」


 スマホを取り出し調べる。


「2015年の5月7日……ゴールデンウィークが明けたばかりです」

「ありがとう。となると――」


 青年は指を曲げながら日数を数えていき「大体1カ月……食べ過ぎだな」と謎の言葉を呟き腹を擦った。腹時計による計算機に青年は食いしん坊という情報が不足していたようだ。


「あの――」

「良かったよ。「2050年、3000年から来ました」って君に言われたら絶望するところだったから。少なくとも俺たちがいた世界とこの異世界の時間の流れは同じみたいだ」

「は、はあ……」


 何を言いたいのかよくわからない。とでも訴えるような悠乃の視線に、青年は「浦島太郎にならなくて済むって話」と最も適した解説を加えた。昔話は偉大だ。面倒な話はそれで例えることができるのだから。「なるほど」と頷く後輩を眺めながら、青年はそんなことを思った。

 

「先輩は携帯を持ってなかったんですか?」

「……俺がこの異世界に来たのは1カ月前なんだ。携帯は1週間も過ぎれば電池切れ、その後は……」

「後は?」

「……いつの間にか、なくしちゃったよ」


 嘘を吐いた。

 悠乃と出会う前に希望を捨てていたことを悟られたくなくて、つまらない嘘を吐いた。

 彼女と一緒なら――独りではなく誰かと一緒なら自分はもう少し頑張れる。

 嘘つき青年の物語は少女――高牧悠乃との出会いによって延長されたのだった。


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