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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
103/155

魔導杯 二日目 ⑥

「ぅ……」


 咄嗟に腕を交差させ身を護る様にしていたセルティア。

 しかし、想定していた衝撃は一向に襲ってこない。


「……え」


 おずおずと瞼を上げると、最初に映ったのはいつもの彼の後ろ姿だった。

 灰騎士がセルティアと紅騎士の間に割って入り、セルティアに振るわれるはずだった拳を片手で受け止めていたのだ。


「ル――」


 胸が熱くなるのを感じ、思わず彼の名を呼びそうになるセルティアだったが、彼女の瞳はある一点に釘付けにされ言葉をも失った。

 それはルダージュの手だ。

 彼は左手で紅騎士の攻撃を防御していた。そして残る右手を反撃に用いていた。魔装の籠手を形状変化させ、右手を一振りの刃としていたのだ。

 紅騎士とは戦えない。その我が儘を押し通した結果、自分の精霊たちが争っている。まるで悪夢のような光景だ。

 しかし、そこではない。セルティアが驚愕したのは、ルダージュの手の()にある。


「黒い……塵?」


 灰色でも紅色でもない。黒い塵が人の形を(かたど)り、紅騎士を護る様にルダージュの攻撃を阻んでいたのだ。

 それはまさに、セルティアたちがよく知る彼の能力だった。


「まさか……魔装の、譲渡――ですか……?」


 答えを探すため灰騎士に問う。

 だがそれに応えたのは紅騎士の方だった。


『まそう? 譲渡? なにを言っているの?』


 聞き慣れない単語を耳にし、彼女は首を傾け訂正するように言葉を続けた。


『これは私をずっと助けてくれた力。どんなに危ない目に遭っても守ってくれる。私だけの騎士(・・・・・・)


 変な呼び方しないで、と彼女は言った。

 そして、全てを聞いていた元青年(ルダージュ)は壊れた。


『なんだ、これ……ふざけるなよ……騎士って、お前……それ全部、俺の魔装じゃねーか……』


 崩れ落ちるように地面に膝を突き、力の抜けた腕が垂れ下がる。

 糸の切れた操り人形のように視線を落とすその姿は、まるで目の前の紅騎士に頭を垂れて謝っているようにも見えた。

 セルティアはそんなルダージュの姿を心配し手を伸ばす、が――


『生きて、いた? 俺と同じようにこの異世界に召喚されて……? 二回目の召喚、盗まれた召喚獣……幻魔教が、悠乃(ゆの)を……攫っていた?』

「――っ」


 ルダージュが誰かの名前のような言葉を口にしたことで引っ込めてしまう。

 記憶喪失のはずのルダージュが目の前の紅騎士のことを昔から知っていると悟ったからだ。

 壊れてしまったルダージュは止まらない。


『悠乃、俺だ』

『……?』

『わからないのか? 俺のことを先輩って呼んで慕ってくれたじゃないか」


 鎧殻を解除し、ルダージュは灰色の鎧を脱いだ。

 素顔を見せなければ気付いてもらえないと思ったからだ。

 しかし、


『……あなたは私が知らない私のことを知っているの?』

「? なにを言って……」


 紅色の鎧が風にあおられた砂丘の山のように崩れていく。

 そこから顔を現したのはルダージュと同じ黒髪の少女だった。

 ルダージュが過去の記憶として胸に刻み込んだ思い出が今、目の前にいた。

 

「ゆ――」

「私には記憶がない」

「!?」

「仲間に拾われるまで自分が何をしていたのか、自分が誰なのか、思い出せない。あなたのことも知らない」

「そん、な……記憶がない……? なんで、そんなことに――」


 死んだはずの後輩との思わぬ再開。記憶喪失と偽っているルダージュにまるで当て付けるように(・・・・・・・)本当の記憶喪失となっていた後輩。

 彼女が言う仲間とは幻魔教のことだ。記憶がないことをいいことに幻魔教が彼女を利用していることは明らかだった。

 ――幻魔教の魔の手から彼女を救い出す。

 流れ込んできた情報を整理し、こんがらがる頭からルダージュは1つの決意だけを導き出した。


「あなたは……」

「?」


 目の前の男がそんな決意を胸に抱いているとは露知らず。紅騎士――悠乃は自分の過去を知っている彼に興味を抱いたのか、ある質問を投げかけた。


「あなたはなんていう名前なの?」

「――っ」


 元青年の後方で息を呑む気配があった。

 彼がそれに気づくことはなかったが「俺は――」と口を開いた瞬間、彼の腕にしがみつく様に抱き付いた者がいた。


「……っ!」


 セルティアだ。

 まるで留守番を拒む幼子のように、自分の召喚獣に抱き着き離れようとしない。


「……ルダージュ?」


 彼の名を呼ぶ。

 ただ名前を呼んだだけだったが、それは1つの問いにもなっていた。


 ――貴方はルダージュではないのですか? と。

 

「セルティア……っ」


 その時のセルティアは不安で泣きだしそうな顔――寂しがり屋だと告白した時と同じような何とも言えない表情をしていた。

 そしてルダージュは正気に戻ったようにハッとする。

 記憶喪失という自分の設定を忘れ、全てを曝け出していることに。

 ぐちゃぐちゃだ。

 何もかもぐちゃぐちゃで、手遅れだった。


「お、俺は……」


 精霊でも人でもない。

 幻魔(ばけもの)を食った化物だ。

 嘘という化けの皮がはがれた今、ルダージュという名を名乗る資格があるのだろうか。


「――」


 ルダージュは自分を嗤った。

 そもそも最初から資格などなかったのに、何を今さら聖人ぶっているのかと。

 自分は目の前の少女や彼女の友人たちを騙しながら生きてきたのに悪足掻きのようにその名に縋ろうとしている。

 滑稽でしかなかった。


「……あなたも、名無しなのね」


 沈黙の答えを受け、紅騎士はそう結論付けた。

 しかしセルティアはそれを許さなかった。


「違います!」


 否定し、「彼には――」と自分が名付けたその名を口にしようとする。

 だが、


「ルダージュ……でしょ? あなたが何度も叫んでたから聞き飽きた。でも、違う。それはあなたが勝手につけた名前。私が知りたいのは彼の本当の名前」

「……ぁ」


 セルティアはそれ以上なにも返せなかった。

 それを見て紅騎士は期待外れだと嘆息する。

 灰騎士と接触し戦えば自分の過去を知ることができると仲間から言われていた。そして実際に灰騎士は自分の名を知っていた。


(ゆの、ユノ、ゆの……何度呼んでもいまいちピンと来ない)


 灰騎士の名は偽名だと聞いていた。自分の名を知っている彼の本当の名を聞けばあるいは。そう考えただけなのに、彼も忘れてしまったのだろうか。


(まあ、いいや。みんなが言っていた通り彼は私のことを知っているみたいだし、作戦の後は好きにやらせてもらおう)


『明日、魔導杯決勝と同じ時間。南のアリエスト平原に戦いの舞台を用意した』

「!?」


 紅色の鎧殻を纏い、物の序でのように本来の目的であった宣戦布告を灰騎士に告げる。


『戦うのは私と灰騎士、もし私に勝てたらその後にアメザラシと戦ってもらう。もし来なかったらわかってるっスね? ……だったかな?』


 復唱するような物言い。

 聞き覚えのある耳障りな語尾。

 幻魔教が悠乃を人質にしていると宣言しているようなものだった。来なかったら幻魔に紅騎士を殺させると脅迫しているのだ。

 気付いていないのは本人だけ。

 記憶がなく、幻魔教を仲間だと言い張る彼女を説得することは難しい。素直に条件を呑むことしかできなそうにない。


『あーあと、同伴者は1人。召喚士セルティア……アンヴリュー? だけを連れてきて。それ以外はダメ』

「なっ!?」


 魔装で固められた紅騎士。その後ろには幻魔。

 勝てる見込みのない戦いにセルティアが巻き込まれていることに戦慄する。

 紅い翼を持った強大な敵に2人で挑む。目の前にいる少女を失う切っ掛けとなった戦いを思い出し――叫ぶ。


「彼女は関係ない!!」

「っ!」

「これは俺とお前の問題だ! なぜ巻き込む!」

『何故と言われても……命令だから』


 困ったように頬を掻く紅騎士は用は済んだとばかりに紅の翼を広げた。

 それが合図となりアメザラシは戦闘をやめ、空へと飛び立ち、結界を破る音が鳴り響く。

 相手をしていたリンドと精霊に目立った外傷はない。

 彼女たちは裏で文字通り遊ばれていた。のらりくらりとリンド達の攻撃を躱すアメザラシは明日の戦闘のために体力を温存していたのだ。


『灰騎士』


 紅騎士が彼を呼ぶ。


『私と戦って、私の過去を教えて』


 捨て台詞と共に紅騎士は飛翔する。

 二回目の結界が破れる音。

 紅の軌道は山なりに飛んでいき南へと流れていった。


『………………』


 残された者たちはただ茫然と立ち尽くしていた。それはルダージュたちだけではない。

 戦闘をしていたリンドはもちろん、観客たちを避難させていた学友たち――アリージェ、オルガ、ティーユ、ヘルエル、ロイ、ミリア、シンシア。彼らはセルティア班として生徒会として友人としてコロシアムに残り、避難活動に取り組んでいたのだ。

 オリヴィエとシルヴィエは聖刀剣を託すために待機しており、その傍らには学園長のアルフォスがいた。他のほとんどの教師陣は観客たちの護衛として結界の外にいる。

 つまり、セルティアを含む総勢12人とその精霊たちがルダージュと紅騎士のやり取りを聞いて、そして言葉を失っていたのだ。

 それはただの嵐の()の静けさだった。

 紅い翼を持った紅騎士が暴風を巻き起こし、引っ掻き回した後だった。


「……ルダージュ、覚えていますか」


 ぽつり、と水面に一滴の水を垂らすようにセルティアが語りだす。


「ルダージュと一緒に飛んで、空を見た時のことを……」

「……ああ、覚えてるよ」


 異世界に召喚されたばかりの頃、ミリアの練習に付き合って空を飛んだ時のことだ。


「ルダージュは私に隠し事をしていると、そう言ってましたよね? あの後から、あなたの隠し事が何なのか少しだけ考えていました」

「……」

「……ルダージュは“記憶を隠してる”」

「!」

「記憶喪失だと嘘をついている――そう思っていました」


 思わず振り返る。

 そこには項垂れるように腰を落としたセルティアがいた。

 金色の髪に隠れた顔からは表情は読み取れず、ルダージュの袖を掴む右手の指だけが彼女の感情を表していた。


「根拠は、ありません。でも、あなたが記憶に執着したことや取り戻そうとしたことがほとんどなかったので、そうなのかなって」

「……」

「もう、嘘をつかなくても大丈夫ですよ? 過去に何があったのか私にはわかりませんけど、私はあなたの召喚士です。気にしません。みんなだって許してくれます。だから……私と一緒に(・・・)あの子を――精霊を取り戻しにいきましょう……っ!」

「セルティア……」


 選択を迫られていた。本当のことを話すか、嘘を重ねるか。

 違う! そうじゃない! と否定できればどんなに楽だろう。だがそれはルダージュの秘密を――魔装の秘密を話すことになる。幻魔を滅ぼした勇者(アルフォス)や滅ぼすためにその身を犠牲にした姉妹。幻魔の脅威を実体験している学友たち。その中心で明かすなどあまりに愚かだ。

 ルダージュの正体がバレてしまえばそれを召喚したセルティアが危険視される可能性も否定できない。

 まだ、本当の嘘がバレていないなら、また騙すべきだ。

 ――ルダージュは覚悟した。


「……聞いてくれ、セルティア……みんな」


 嘘の筋書きを捻り出す。

 どんなにくだらなくても荒唐無稽でもいい。

 嘘が続けられればそれでいい。


(俺は嘘つき精霊だから――)


「見てられないよ」

「――!?」


 そして、ルダージュが新たな嘘を吐きだそうとしたその瞬間、その男は現れた。


「……クレイゼル、先生?」


 セルティアがその男の名を呼ぶ。

 いつの間にか現れた学園の教師。クレイゼル・ブライトがアルフォスの隣に並んでいた。


「帰ってきてたのかい? もう家のほうはいいのかな?」

「お暇を頂きありがとうございました学園長先生。もう大丈夫です」


 上司に挨拶する部下の図は、この緊迫した空気にはあまりにも不似合だった。


「ルダージュくん、どうやらキミの嘘がばれてしまったようだね。これはもう隠しきれないから潔く諦めた方がいいんじゃないかな?」

「……なにを言っている?」


 ルダージュは焦った。

 クレイゼルは学園で唯一自分の正体について直接話した人間だ。その彼がしゃしゃり出てきて勝手に諦めている。

 ルダージュに嘘を吐くことを提案した男が身勝手にも話を進めているのだ。


「私はそろそろキミが可哀想に見えてきていたんだ。嘘を吐き、嘘に縋り、必死に守ろうとしている。もう、楽になってもいいんだよ?」

「まて、なにを言っているんだ……? なにを言おうとしている……?」


 ルダージュが立ち上がり、クレイゼルを睨みつける。

 後ろで「ぁ……」という声と共に腕が軽くなってしまった気がしたが、ルダージュはそれどころではなくなってしまった。


「……クレイゼル先生。彼について何か知っているのかい? 僕としては大事な姉さまたちの旦那さんになる男のことだから、ちゃんと彼のことを知っておきたいんだけど」


 軽口のような内容だが、アルフォスの目は笑ってなどいなかった。むしろそんな言葉を発しながらルダージュから姉妹を庇うような立ち位置にいる。


「『……』」


 オリヴィエとシルヴィエはそんな弟の意思を酌んでいるのか押しのけるようなことはしなかった。だが、その視線だけはルダージュを静かに見据え逸らそうとはしない。彼の言葉だけを聞きたいと訴えるように真っ直ぐと見つめる。


「申し訳ありません。学園長。私も彼の嘘に片棒を担いでいた身なので偉そうなことは言えな――」

「やめろ! クレイゼル!!」

「そんなに保身が大事なのかい?」

「な……に……?」

「せっかくキミを楽にしてあげようとしているのに……いつの間にわが身可愛さで嘘を続けるようになったんだい? そんなに精霊という立場が居心地よかったのかな。でもそれじゃあ、アンヴリューくんが召喚した紅騎士――2人目の人間(・・・・・・)は救えないと思うよ」


 ルダージュに嘘を吐くことを提案したのはクレイゼル自身だ。それをすべて棚上げし、彼は真実を語ってしまう。ルダージュは彼がとち狂ってしまったのかと唖然とした。

 賽は投げられ、もはや取り返しはつかない。

 慌てて疑問を口にしたのはアリージェだった。


「な、何をおっしゃっていますのクレイゼル教諭? あの紅騎士はセルティアの精霊ではないのですか? それに2人目の人間とはいったい――」

「いいや、あれは人間だ。アンヴリューくんが召喚した2人目の、ね。そして1人目は……」


 クレイゼルの言葉からルダージュに視線が集中する。

 学友たち巫女から「そんな!」「ありえん!」と言った声が上がる。


「待ってください! 私、覚えてます! 模擬戦の時、先生が皮肉たっぷりで生徒を煽ってたこと! “人間を召喚したとでも思ったのか~”って!」

「そんなこともあったね。元々、そこにいる彼から人間であることを聞いていたから誤魔化すために敢えて挑発したんだ。自尊心の強い生徒でなくてもあの売り言葉はよく効いただろう?」

「――」


 絶句するミリア。

 そしてクレイゼルは「おっと、しまったしまった」とまるで言い間違えたとでも言うように訂正する。


「正確には彼と彼女はもう人間ではなかったね」

「……!」


 まさか……!

 ルダージュはクレイゼルを見上げ戦慄する。

 あの秘密まで喋るつもりなのか、と。


「それはどういう意味なのかな?」


 アルフォスがクレイゼルを促す。

 もはやこの流れは止められない。

 たとえ今、クレイゼルの口を魔装で塞いだとしても怪しまれるだけでより立場が悪くなるだけだった。


「……頼む、セルティア」


 ただ、彼女にだけは知られたくない、知ってはいけない。

 ルダージュのその想いが悪足掻きのように口から零れる。


「今だけは耳を塞いで何も聞かないでくれ」


 クレイゼルによって語られるルダージュの正体。幻魔を食べて魔装の力を手に入れた元人間、異世界人であることが明かされていく。

 その場にいた全員が静かに耳を傾けた。驚愕したようにクレイゼルとルダージュを交互に見つめ彼が否定しないことに困惑する。

 そして――


「……本当のあなたを、私に教えてください」


 最後の望みも叶えられなかったことを知る。

 ルダージュはその声に振り返ることなく、ただ諦めたように重くゆっくりと頷くのだった。


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