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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
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魔導杯 二日目 ⑤

 紅騎士の姿。

 それはまさに魔装を纏った鎧殻であり、ルダージュと同じ幻魔の力を得た者の証明でもあった。


(どうして鎧殻を……この異世界(アリアストラ)にも幻魔を食べた馬鹿がいたのか……? 有り得るのかそんなこと……。そもそもここに現れた理由は? いったい何をするつもりなんだ)


 棒立ちのまま、紅騎士は動かない喋らない。

 魔導杯決勝という舞台に水を差した珍客はただひたすら灰騎士(ルダージュ)を見つめ続けていた。

 最初に痺れを切らしたのはリンドだった。


「……で、お姉さんたちの大事な試合を邪魔する騎士さんはいったい何者なのかな?」


 いつも温厚なリンドもこの時ばかりは頭に来ていた。

 学園の総長として、後任の見極める絶好の機会。相手は生徒会長(セルティア)人型精霊(ルダージュ)という申し分のない好カード。霊獣化の相手としても不足はなかった。

 本来であれば目の前の無礼者を蹴飛ばしてでも試合を続行させたい。

 だが、


「セルティア」

「!」

「まさか――って言ってたみたいだけど、その子とお知り合いなの?」


 詰問のような総長の言葉にセルティアはびくりと身動(みじろ)ぐ。


(たしかにセルティアがそんなことを言っていた気がする。……でも俺は、この(あか)いのと知り合いだなんて聞いた覚えも――)


 ルダージュは紅騎士の動向を見据え、じっと見つめ返していた。

 セルティアの方を振り返りたい衝動を抑え、ただひたすら我慢する。

 この時からなんとなく、ただなんとなく、根拠のない嫌な予感というものに彼は襲われていた。心臓を鷲掴みにされ、背中に冷や汗を掻き、手足の先から冷たくなっていく、そんな怖気だ。

 そしてそれは現実のものとなる。


「その子は、おそらく……私の精霊です」


 言い淀みながらも、セルティアは答えた。


『……は?』


 反応を示したのはリンドではなくルダージュだった。

 彼女に対し、命の恩人として嘘の贖罪として感謝と謝罪の念を抱き接していたルダージュが、初めてセルティアに対し強い激情を抱いたのだ。


『ありえない……!!』

「!? ル、ルダージュ?」


 その迫力に気圧されセルティアは怖がるように一歩後退った。

 ルダージュの声に怒気はない。

 ただそこには強い否定だけがあった。


『ありえない!! こいつが精霊なわけがない!』


 紅騎士に指を突き付け何度も同じ言葉を繰り返し否定する。

 思考が追い付かず、頭が回ろうとしない。

 滑稽だ。まるで鏡に向かって指を差しているみたいだ。

 

(“紅い翼”を持った精霊が二柱目の精霊だとセルティアは言っていた。……それが目の前の騎士だってのか? セルティアが異世界から召喚した精霊が俺と同じ能力だと? それじゃあ……まるで――)


 ――死んだはずの彼女が今、目の前にいることになってしまう。


「でも! あの紅騎士はあなたと同じ力で、それに――」


 否定し続ける自分の召喚獣(ルダージュ)を説得するため、セルティアは声を上げた。だがそれはオリヴィエの切羽詰ったアナウンスによって中断される。

 三つ目の空白を彼女は感じ取ったのだ。


「第二波だ! 上に注意しろ、ルダージュ! 敵は幻魔だ!!」

『……なっ!?』


 上空を見上げるとそこには四翼の化物がいた。

 グリフォンのような肢体に漆黒の羽毛と骨の鎧。

 死者の鎧を引っ提げ、騎士の真似事をする鳥の幻魔――アメザラシ。

 幻魔教であるシスターが連れていた幻魔が紅騎士に横に降り立ち、咆哮を上げた。


「「「「きゃあああああああああああああああ!」」」」


 一瞬にしてコロシアム会場は騒然となった。

 世界の敵とも忌み嫌われる幻魔が何の前触れもなく舞い降りたからだ。

 否、前触れはあった。

 少なくとも紅騎士のことを知っていたセルティアは幻魔教の登場を予測していた。


「……ルダージュ。あの子は幻魔教に利用されている精霊です。しかもあなたと同じ人型。私は、あの子が私の二柱目の精霊だと睨んでいます」



 ±



「シルヴィエ! 私たちも出るぞ!」

『はい!』


 実況席から立ち上がり、(シルヴィエ)の手を取るオリヴィエ。

 事態は一刻を争い、会場にいる学園生や観客たちに被害を出さないためにも幻魔戦に慣れている自分たちが前線へと赴くべきだと考えていた。もし必要ならば聖刀剣をルダージュに預けることも視野に入れ。


「待って、姉さま」

「!? アルフォス!?」


 しかしその決意は弟によって阻まれた。


「姉さまたちはここで待機。避難誘導が終わるまで大人しくしてて」

「なっ!?」

『アルフォス……?』

「ネリア・イーヴィ……だったね?」

「は、はい!」


 弟の待機命令に言葉を無くす姉妹。

 それを余所にアルフォスは学園長として生徒に指示を飛ばしていく。


「君は放送で避難を呼び掛けて。会場の出入り口の場所を正確に伝え、空を飛べる者は空中から逃げることも視野に。教師陣は誘導、生徒はお客さんと一緒に避難。最後に君たちが外に出たことを確認した後、僕が内側から結界を張る。あぁ、あと幻魔には絶対に手を出さないことを、忘れず注意して」

「わ、わかりました……!」


 拡声魔導具を手にネリアは慣れたように放送を始めた。

 幻魔を目にしたのは初めてだったが、自分の周囲には伝説の勇者とその姉たちが囲んでいるという安心感が彼女を落ち着かせていた。

 そして自分が落ち着いて放送をしなければ余計に場が混乱すると考え、使命感を胸に普段通りの口調で放送することを努めた。


「どういうつもりだ弟よ」

「そう怖い顔しないで姉さま。言いたいことはなんとなくわかるから」

『だったら……!』

「――あの紅の騎士、おそらくセルティア・アンヴリューの二柱目の精霊だ」


 姉妹が揃って口を噤んだ。


「彼女は“紅の翼”を持つ精霊が二柱目だと言っていた。まさかそれが彼と同じ人型精霊だとは思いもしなかったけどね。見て」


 試合会場を指差す。

 そこにはセルティアたちと対峙する紅騎士と幻魔の姿があった。

 不思議なことに向き合うだけで戦闘も会話も一切していない。あの凶悪な幻魔すら沈黙を守り続けている。


「どういうわけか誰も襲われてない。戦ってもいない。それなら無為に刺激せず避難が完了するまで放置することが賢明だと判断したんだ。そのほうが動きやすいでしょ? だから今は堪えて」



 ±



 場内にネリアの避難指示アナウンスが流れる。

 魔法使いたちは幾人かの観客を引き連れ空へ。学園関係者が観客たちを避難させる中、数人の生徒たちが人手不足の穴を埋めるように避難誘導の手伝いを買って出る。

 コロシアムの人気が薄れていく中、未だ渦中にいたのはセルティアとリンド、そしてルダージュだった。


『そんな……まさか……嘘だ』


 彼はずっと放心状態だった。

 心の中で「嘘だ」「ありえない」と疑念が反響し、それが(たま)に漏れ出るように口から零れる。


「ルダージュ……いったい、どうしたんですか?」


 紅騎士が登場してからずっと彼の様子がおかしい。

 まるで死人にでも再会してしまったかのように酷く狼狽えている。召喚士だからわかるのではなく誰の目から見ても明らかだった。


「ルダージュ!」


 彼の名を叫ぶ。

 こんなことをしている場合ではないと頭で理解していても呼ばずにはいられなかった。

 幻魔教から紅騎士を取り戻すにはルダージュの力が必要不可欠だ。そして何より苦しそうな彼の声は聞くに堪えない。


(私には何もできないかもしれません……でもっ!)


 召喚士として自分の精霊を落ち着かせようとセルティアはルダージュに手を伸ばす。

 手を繋ぎ、それでも駄目なら抱きしめる。

 そこに何の意味があるかわからない。意味なんてないのかもしれない。

 だけど動かずにはいられなかった。

 しかし、


『――』

『なっ!? ぐはっ……!』


 皮肉にもそれが開戦の合図となった。

 セルティアの伸ばした手は無情にも空を切る。棒立ちだったルダージュが急速に接近してきた紅騎士によって蹴り飛ばされたからだ。


「ルダージュ!?」

 

 セルティアの後方へと吹き飛んだルダージュはそのまま壁に激突する。壁が抉れ亀裂が走り、土埃が舞う。

 紅騎士の強さを物語るには十分な初撃だった。


「『焔の骸(ホノオノムクロ)』!」


 爆音が轟く。

 それはリンドが精霊を霊獣化させた音だ。

 黒い獄炎の火柱が空へと走り、その中で鎌の精霊アドラがボキボキと奇怪な音を鳴らし、変形し、徐々に徐々に巨大な骨の化物になっていく。

 炎のカーテンから顔を出したのは細く鋭利な骸骨顔の精霊(アドラ)だった。鎌でできた六本の足を地面に突き刺しながら前進し、二本の腕から生えた鎌の指を不気味に動かす。

 炎の肉(ヴァーニア)を受肉し終えると、アドラはそのままアメザラシへと突進した。


「幻魔の足止めはお姉さんに任せなさい」

「リンド先輩……!」

「その子はあなたの精霊なんでしょう? 時間だけは稼いであげるから。何とかして見せなさい、カイチョ―」


 リンドは学園でセルティアの事情を知っている数少ない関係者だった。セルティアの様子から紅騎士は彼女に任せ、リンドは幻魔の相手を買って出る。


「……っ」


 セルティアは紅騎士へと向き直る。

 ルダージュに一撃を打ち込んでからというもの次の攻撃に移ろうとはしてこなかった。それはつまり戦うことが目的ではないとも考えられた。

 だから彼女は最初、対話を選択した。


「また……会いましたね」


 まるでこれから世間話にでも興じるような切り出し。

 我ながら他にもっと告げるべき言葉があるだろうと自分を叱責したくなるセルティアだったが、


『……』


 意外にも紅騎士は素直に反応を示し、こくりと頷いて見せた。

 もしかして、これなら……。

 そんな淡い期待を抱いたセルティアだったが、それはすぐ裏切られる。


『今日は宣戦布告に来た。あと、準備運動』

「……!?」


 紅騎士の声を初めて聞き、セルティアは驚いた。

 ルダージュより身長が低いとは感じていたが女の子だとは思っていなかったからだ。

 しかし、今はその程度で驚いている場合ではない。

 今、彼女は宣戦布告と言ったのだ。それはつまり戦争をする――もしくはそれに値する戦いを行う意思があるということだ。


「宣戦布告? それはどういう――」

『あなたにではない』


 会話を続けようと試みたがあっさりと中断されてしまう。


『私はそこにいる灰色の騎士と戦う必要がある』

「そんな! どうしてですか!?」

『それが私に与えられた命令だから』

「……っ!」


 セルティアは悔しくてしかたなかった。

 精霊が悪用され、しかもそれが自分の召喚獣かもしれない精霊が敵の命令で動いているのだ。


(ルダージュと戦う? そこに何の意味があるんですか!!)


 なぜ自分の精霊同士で戦わせないといけないのか。

 やはりあの時、自分が誘拐されなければこんなことにはならなかったのだと、自責の念に駆られる。


「あなたは間違っています!」

『……?』

「騙されているんです! あなたに命令しているのは幻魔教という悪の組織。あなたは私の精霊で本当なら今頃、私と一緒に学園で――」

『……そんなこと、知らない。……覚えてない』

「――え?」


 高ぶった感情に水を被せられた気分だった。


(覚えて……いない? 召喚された時の状況はいったい……もしかして彼女()記憶を――)


 人型精霊とは記憶を無くさないと召喚できないのだろうか。

 それとも自分(セルティア)に召喚された精霊は記憶を失ってしまうのか。

 考えてもわからない。


(それに、私の予想が正しければ彼()――っ!?)


 セルティアが思考が途切れる。

 紅騎士に紅翼が生え、その羽ばたきによって吹き飛ばされ尻餅をつくように転んでしまったからだ。


『私を助けてくれた人たちや彼女を悪く言わないで、目障り』


 少し眠って、と紅騎士はセルティアに向かって拳を構えた。

 セルティアも咄嗟に応戦しようと杖を握り締めるが、


(――できない)


 握った指が一瞬で弛緩していく。

 相手は自分の精霊だ。

 例え敵対する関係であっても刃を向けることなどセルティアにはできなかった。


(そもそも魔法は無効化される。今は逃げないと――ぃっ)


 攻撃することを諦め逃げようと足に力を入れる。

 だが、運悪く足首を痛めたのか思うように動かない。

 その一瞬が命取りとなった。



 ±



 身体を壁に強く打ちつけられたルダージュは混濁する意識の中、それを見た。

 セルティアが転び、そこに紅騎士が追い打ちをかけようとするその姿を。


『―――――っ!』


 獣のような雄叫び。

 自分が何て叫んでいるかなど知ったことではない。

 ただ、ルダージュは無我夢中で駆け出し、

 そして――


 紅騎士へと牙を剥いた。


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