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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第四章 嘘つきと無名の紅騎士
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魔導杯 二日目 ④

 魔導杯は決勝戦を目前に控え、今か今かと待ち焦がれる観客たちで埋め尽くされていた。

 コロシアムの席には当然のように学園生専用スペースが設けられており、それはネリアや巫女姉妹がいる実況席を取り囲むような配置となっている。


「うぅ~セルティーはまだなんですか~? 緊張して落ち着きませんよぉ……」

「お前が緊張してどうする。焦らなくても会長の試合ならすぐ始まる」


 親友の勇姿をその眼に刻むため、ミリアはまだ誰もいない試合会場をフライング気味に凝視していた。不安に顔を染める彼女を、横に座っているロイが宥めている。

 そして彼女たちから少し離れたスペースでは精霊たちが集い無駄話に興じていた。


『友と神の試合か……我はいったいどちらを応援すればいいのか。くっ! わからぬ! これが究極の二択というやつか!!』

『……ガルバトスよ。こやつはいったい何を言っておるのじゃ? 神とはなんじゃ……妾たちの王のことか?』

「おそらくあの竜人の女の子のことじゃないかな。特盛」

『特盛? ……あぁ、なるほどのぅ』


 イルヴェノムが呆れたように蛇の目を細めてエロ鳥を眺める。

 精霊の威厳を保つため、今のうちに捕食しておいた方が世のため人のため精霊のためになる気がしたが、そもそもこの変態鳥(ヴァルトロ)を食べたくないし、共食いもしたくはない。

 それに――


(ご主人様が最近気にかけている少女の召喚獣じゃからな~妾も嫌われるようなことは避けたい)


 後ろを振り向くとご主人様(ロイ)少女(ミリア)が仲良く話している姿が目に映った。一見、問題児と副会長のデコボココンビのように見えなくもないが、暴走するミリアのブレーキ役としてロイほどの適任はいない。

 見方を変えれば恋人のように見えなくもない。

 少なくともイルヴェノムの目にはそう映っていた。


(妾も脱皮できれば……ご主人様の……)


 凹凸のない蛇の身体を見下ろし嘆息する。

 人が成長するように精霊も成長する。霊獣化の経験を積めばさらなる変化も望めるのだが試合ではあっという間に負けてしまい修業にすらならなかった。

 セルティアとの試合の後、ロイと精霊たちは簡単な反省会をしていた。結論はもちろん、こちらも最初から全力で戦えば勝機があったかもしれない、というものだった。強大な相手だとはわかっていたのだから、小細工など悠長なことをしている場合ではなかったのだと。


(ご主人様も妾もまだまだ修行が足りないということじゃ)


 今はまだ焦る時ではない。

 あと二、三年すれば真の力も発揮できるだろう。

 そのときこそ形勢逆転の時であると。


『それまで、その無い胸で乳繰り合っているがいいのじゃ!』


 召喚士たちを眺めながらイルヴェノムはぺしぺしと尻尾を振る。

 それは密かにガルバトスの顔に連続ビンタをお見舞いしていたのだが、自分の主に夢中なイルヴェノムが気付くことはない。


(……こいつら胸の事しか頭にねーな)


 いつもはテンションが高いガルバトス。

 心の声を口にしない分、精霊の変態性は周囲の召喚士たちには伝わらない。

 そしてまた、彼が精霊の中で一番の常識人だということを知る者はあまりいないのだった。



 ±



「ミリア。こちらに座っても?」

「……? あ、アリージェさん!」

 

 声を掛けられ振り向くと、ミリアの背後にはオルガに肩を支えられたアリージェの姿があった。

 腕や足、制服の隙間から覗く包帯の数々。アリージェの綺麗な顔には眼帯、頬には軟膏とあまりに痛々しい姿だった。


「どうぞどうぞ! は、早く座ってください!」

「えぇ、ありがとうございますわ」


 わたわたと慌てふためくミリアが、サササっとハンカチで隣の椅子の汚れを落とす。それを見たアリージェが微笑ましいものでも見つけたように口元を緩めた。

 

「お嬢様。失礼します」


 執事モードのオルガが静かにアリージェを抱き上げると、そのままゆっくりと彼女を椅子に座らせる。まるで割れ物を扱うように慎重で丁寧な様は、普段の豪快な彼からは想像できないほど繊細な所作だった。


「痛みなどはありませんか? お嬢様」

「もう大げさですわ、オルガ。総長もおっしゃっていましたがポーションの副作用で身体が少しヒリヒリするぐらいで、もうなんともありませんのに」


 腕で身体を抱くように(さす)るアリージェ。

 それは決して強がりではない。ほとんどリンドによるポーションのおかげで全快の前段階まで来ていた。包帯も眼帯も軟膏もオルガの手厚い看護と心配性によるものだった。しかし、治りかけのアリージェの肌は包帯の裏で桃色に染まっており、その姿を衆目に晒すわけにはいかない――という従者(オルガ)の考えも存在した。

 アリージェもそんな彼の想いを大げさだと呆れながら無下にもできず、従者の主として甘んじて受け入れていた。


「あの……なんだったら私が少し魔法で回復しましょうか?」

「もう皆さん心配性なんですから治癒魔法も……って、シンシアではありませんか」

「どーも」


 アリージェの前の席。

 そこには魔法科のシンシアがばつが悪そうな笑みを浮かべてアリージェを仰ぎ見ていた。


「どうしてこちらに……」


 学園生に設けられた観客席に魔法科と精霊科を隔てるような区分はない。だが、クラスの者同士、仲のいいもの同士で集まれば自然と学科ごとにテリトリーが分かれてしまうのは必然ともいえた。

 そんな中、魔法科の生徒が1人だけ精霊科に紛れているという状況は珍しい光景だった。


「ティーユに掴まっちゃって」

「……なるほど、理解しましたわ」


 シンシアの隣では犯人(ティーユ)が「すぴー……」と可愛らしい鼻息を鳴らして眠りこけていた。口を栗の形のように開け無防備に寝る姿は、クラスのマスコットと称されていただけに相応しい愛らしさを醸している。


「本当はティーユに治療してもらうのが一番だと思うけど……こうなると起こしにくくて」

「確かに少し気が引けますわ……。でも本当にお気になさらないで。見た目ほど大したことはことはありませんの。それよりも……」


 アリージェは周囲を見回しある人物を探し始める――が、目的の人物は見当たらない。


「シンシア? あの――」

「待って、メルさんの言いたいこと当ててみるわ。――ジルと一緒じゃないの? って言いたいのでしょう?」

「正解ですわ。どうしてわかりましたの?」

「さっきもそこの副会長さんに聞かれたもの。段々この扱いも慣れてきたところよ」


 アリージェがミリアの隣に座るロイを覗き見ると、彼は「つい、な」と開き直ったように肩を竦めた。

 シンシアとジルがセットで見られるのは仕方のないことだった。

 面倒見のいいシンシアが病気で身体の弱いジルを何かと気にかけている姿というものは見慣れた景色に等しい。

 本人たちだけが認めていないだけで恋人同士なのではないかというぐらい一緒にいるのだ。シンシアを見かけたらジルの影を探すのは、彼女たちの同級生として致し方のないことだった。


「彼は少し前から休学中なの。体調が優れないからって実家に」

「そうでしたの……あ、そうですわ! 次の休日にでもお見舞いに参りません?」

「んーそうしたいのは山々なんだけど私みたいな平民に訪ねられたら迷惑じゃないかしら……」

「関係ありませんわ。そのような些末なこと。もし彼のご親族の反応が気になるのであれば心配ご無用。わたくしとオルガ、それに会長に副会長も同行すれば身分などどうでもよくなりますわ」

「俺も行くのか」


 アリージェとシンシアの会話を静観していたロイだったが、いつの間にか頭数に入れられてしまったため口を挟まずにはいられなくなってしまった。

 しかし、アリージェは当然でしょうとばかりに半眼でロイを見つめ返す。


「女性陣だけでは先方に下手な勘繰りをされてしまいますわ。お見舞いなんですから花を届ける者が必要ですの」

「花って……見舞いが済んだら持ち帰らないといけない花じゃないか」

「わたくしたちはそうですが――シンシアなら預けられますわ」

「ちょっと! アリージェさん!? 何を言ってるのよ!」


 アリージェの軽口に慌てたようにツッコミを入れるシンシア。

 冗談を言い合っているとわかっていても譲れないものがある。


「あ、そうですわ! どうせならその後に祝勝会を開きましょう! どこかのお店を貸し切ってお祝いしますの。試合に集中していたせいで魔導杯の後のことを全く考えていませんでしたわ!」


 シンシアのツッコミなど何処吹く風。

 アリージェはまるで名案を思い付いてしまったとばかりに興奮気味に語り始めた。

 しかし、そうなると一つの問題が浮上する。

 ロイはその問題を解決するために、舞い上がっている包帯娘に疑問を投げかける。


「それで……祝勝会をするのは別に構わないが誰が主賓なんだ? ここには敗者しかいないぞ」


 一回戦負けのアリージェ、三回戦負けのロイ、不参加のミリア、ティーユ、オルガ、シンシア。

 祝勝会をするには勝者という決定的な主役が欠けていた。

 だが、その質問を待ってましたとばかりにアリージェはニヤリと口角を上げ、堂々と宣言するのだった。


「愚問ですの。主賓はわたくしたちの生徒会長、セルティア・アンヴリューのことですわ」

「おいおい、あいつにはまだ決勝が残っているんだぞ? それに相手はお前を倒したあの生徒会総長だ。相変わらず霊獣化という隠し玉すらある。今回の決勝戦は何が起こるかわからな――」

「それでも勝ちますわ。彼女はそういう人ですもの」


 決勝に進出する2人に負けているアリージェとロイ。実際に戦ったからこそわかる彼女たちの強さ。だが、それでもアリージェは自分を倒した総長よりも、セルティアの方が強いと確信しているようだった。


「ったく……」


 ロイは呆れたように息を吐く。副会長として総長と会長の背中を見てきた者としては勝負の行方など想像もつかない。しかし、アリージェはそれでもセルティアが勝つと言い切ってしまう。その姿は彼にとって眩しく映り、何故だか負けた気分にも浸らせた。


(何のためらいもなく信じられる。それぐらいあいつのことを知っていたなら俺は――っ!?)


 ロイの思考は途中で寸断された。隣にいたミリアが彼の頭に踏み台に上半身を預けてきたからだ。慎ましい胸では衝撃が和らぐことはなく、思わず「がはっ!」っと声を漏らす。


「貴様……なにをするっ」

「私もセルティーの祝勝会に参加したいです! 試合には出てませんけど……!」


 土台(ロイ)の声など聞こえていないのだろう。ミリアが前のめりになる度に彼女の体重がかけられロイが潰れていく。


「いいですわね。ではティーユやヘルエルも参加にしましょう。セルティア班、集合ですわ。ジルの体調がよろしければ彼にも参加して頂いて……」

「俺を出しにするなー! って怒られそう。経緯を聞いたら」


 お見舞いのはずが祝勝会の話題にすり替わっているのだ。温厚なジルでも小言の1つも言いたくなるかもしれない、とシンシアは苦笑する。


「その時はその時ですわ、シンシア。こういうのは楽しんだ者勝ちですのよ? 彼だって美味しいものを食べ笑顔になれば元気も湧いてきますわ」

「お嬢、日にちが決まり次第、店の予約は任せておいてください。俺が最高にうまいところ、リサーチしておきますぜ!」


 話はまとまり号砲が響く。

 その花火はセルティアとリンドの決勝戦を知らせる音であり、そして幻魔教の作戦の合図だった。

 祝勝会を計画する彼らは知らない。


 この戦いに勝者などいないということを。 



 ±



「皆さまお待たせしました。魔導杯<魔導>カップも残すところあと一戦! 決勝のみ! まずはここまで勝ち上がったお二人に入場してもらいましょう! 観客の皆さま、盛大な拍手でお迎えください!!」


 歓声とともに万雷の拍手がコロシアムを埋め尽くす。

 剣の門からは炎の鎌を握り、悠然と歩くリンドが登場する。

 そして刀の門からは帯刀したまま杖を握るセルティアと――


「おおっと! これはどういうことだ! セルティア選手! 準々決勝、準決勝で披露した刀を鞘に収め魔法使いらしく杖を握っている!? しかもその隣には灰色の騎士を従えているぞおおお! 今大会初披露! 人型精霊ルダージュの霊獣化だあああ!」


 魔装を纏い『灰騎士』となったルダージュが追従する。

 そしてセルティアとリンドが配置に着き向き合うと、ルダージュはそのままセルティアを追い抜き彼女を護る様に立ちはだかった。


「精霊ルダージュ、今度は前衛なのでしょうか……! オリヴィエ様、シルヴィエ様。解説をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 拍手が小さくなっていったタイミングを見計らいネリアが隣に助言を求めた。


「そうだな……これは――」


 巫女姉妹は知っていた。

 セルティアとルダージュの作戦は至ってシンプルだということを。

 ルダージュが前線で時間を稼ぎつつ、その間にセルティアが上空に避難。合図と同時にありったけの魔力を込めた上級魔法をリンドに向けて放つといったものだ。

 その合図とはルダージュがリンドに抱き着き拘束すること。

 要約すると魔法が効かないルダージュ諸共、リンドを魔法でぶちのめす。そんな作戦だった。


(最初に聞いたときはあまりに豪胆で大胆な作戦に笑いが堪えきれなかったが……くく、セルティアも面白いことを考える)


 ルダージュの力をセルティアが信じているからこそできるハチャメチャな作戦に思わずオリヴィエはにやけてしまう。隣に座っているシルヴィエは仮面で口元を隠しているため表情にあまり変化はないが何か堪えるようにピクピク身体が震えていた。


(思い出して笑っているな? 妹よ。仕方ない、姉の私がネタバレにならない程度に――)


 作戦を知らなかった場合、自分ならどんな考えをするか。

 そんなことを想像しながら口を開いたオリヴィエは、ふと、自分の魔力探知空間に二つ目(・・・)の“空白”が生まれたことに気が付く。


「――空……?」

「え? 空がどうしたんですか?」


 オリヴィエが周囲を視る(・・)ための魔力探知。

 マナの動きを読みとり視認するための空間。その“空白”とは灰騎士(ルダージュ)と同じように“マナを感じることのできない存在”がそこにいるということ。

 合宿の時はルダージュを“幻魔”だと勘違いしてオリヴィエは彼に斬りかかった。

 その彼は今、セルティアの目の前にいる。

 では、上空から落下してきているルダージュと同じくらいの大きさの空白は何なのか? 幻魔なのか、それともまた――


「ルダージュ!!」


 疑問から生まれた焦燥を胸に、オリヴィエは拡声魔導具を握り締め立ち上がる。


「気を付けろ! 空から貴方に近い存在が降りてくる……!」


 オリヴィエの言葉に会場にいた全ての者たちが首を傾げながらも空を見上げた。


「俺に近い?」


 彼女の真意を汲み取ることができなかったルダージュも空を仰ぐ。

 オリヴィエが「幻魔が降りてくる」と断定せず、「近い存在」と濁したのは合宿の時のような過ちをもう繰り返したくはないという想いからだった。

 だが、その想いを早々にして踏みにじられることになるだろう。


「……まさか!?」


 そして、1人。

 セルティアだけがその存在の正体に気が付いた。

 ルダージュに近い存在などあの子しかいない、と。

 

「おい! あれを見ろ!」


 観客席にいた男が天空を指さす。

 その先には(くれない)に輝く翼を折りたたみ急降下する紅色(べにいろ)の騎士の姿があった。

 ある者は太陽に近づき過ぎた赤い騎士が、その身を焦がされ焼け落ちていく、そんな一枚絵のようだと称した。

 またある者は神が空に流した一滴の血の涙が紅い軌跡を描き零れ落ちているのだと錯覚した。

 それほどまでにその紅騎士の姿は幻想的で美しく、同時に儚さを内包していた。


「お、落ち――」


 観客席から悲鳴が上がる。

 このまま騎士が落下し続けたら地面へと叩きつけられ助からないと危惧したからだ。

 しかしそれは杞憂となる。

 地面に衝突する直前、紅騎士は紅の翼を広げ減速し、静かにコロシアムの中央へと舞い降りたからだ。


『……』


 着地し、片膝をつくようにしゃがみ込む紅騎士。

 セルティアもリンドも学園生や観客たちも決勝戦に突如として現れたその騎士の姿に目を奪われ、何も言葉を発せずにいた。

 紅の翼が風に煽られた灰塵のようにさらさらと粒子状になって空気に溶け込んでいく。

 それはまるでルダージュの魔装と同じ消え方だった。


『……お前はいったい……』

『……』


 燃え尽きた騎士(ルダージュ)未だ燃え続ける(名無しの)騎士が対峙する。

 そして、ゆっくりと立ち上がる紅騎士に、灰騎士(ルダージュ)は魔装の鎧では隠しきれない困惑を口にするのだった。


『お前は、いったい……誰なんだ?』


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