閑話 暗躍する者たち
「皆さま、今日はお忙しい中お集まりいただき感謝いたします」
土の壁で囲われた薄暗い部屋。所々に取り付けられた蝋燭の火が、暗い地下を淡く照らす。
内装と呼べるものは中央にある巨大な円卓とそれを取り囲む椅子、そして隅に寄せられたテーブルのみ。
恭しく頭を下げた男の顔には笑みを浮かべた気味の悪い化物の面が張り付いていた。
「あーはいはい、堅苦しい挨拶はいいよぅ、めんどいしキモいし」
「女の子がそんなこと言っちゃだめよ? 口が汚いと心も汚くなる。あたしのようないい女になれなくなっちゃうんだから」
「……いや、あんた男じゃん」
円卓の椅子に踏ん反り返った女が、妙に甘ったるい声で隣にいるオカマに無粋に突っ込む。
「どうでもいい。それよりボクたちを呼んだ理由はなんだ?」
その向かい側では心底くだらない、とでも言いたげな男口調の女が司会の男を急かす。
彼らは皆、一様して薄気味悪い仮面とフードを被り素性を隠している。
幻魔教の信徒――その中でも幹部とも呼べるような者たちが一堂に会していたのだった。
「も~せっかく集まったんですから仲良くしましょうっス」
仲間にキモいと罵倒され、司会進行役をしていた男は胡散臭い口調へと改めた。
男が女のように話し、女が男のように話す。仮面で顔を隠し、黒装束で身体を隠す。
性別も種族も関係ない。“個”として存在する幻魔教の信徒。
故に彼らにはこの場に即した名前がない。幻魔教として活動する限り彼らは皆平等にして幻魔教徒という個人なのである。
「今日は教祖様より口伝を頂いてるっス。――いよいよ“依代を帰還”させる時が来た」
『!?』
男が口伝が綴られている羊皮紙に目を通し読み上げると信徒たちが一斉にざわついた。
「作戦の決行は魔導都市学園の魔導杯二日目とその翌日。紅騎士様と灰騎士様の邂逅を以て儀式の狼煙とする――っス」
「……いよいよなのね」
「やだ、あたし胸がドキドキしてきちゃったわん」
信徒たちは興奮を抑えられないのか震えたように口を開く。
なぜなら“依代の帰還”とは幻魔教の宿願を果たすための大いなる一歩だからだ。
「それで……依代様への供物の準備はできているのか?」
男口調の女が円卓から離れた部屋の隅に目を向ける。
そこにはフードを被らず美しい赤髪を晒した仮面の女が壁にもたれ佇んでいた。
「心配はいらないわ。妹は供物をよく手懐けていますから」
「もっちゃんのときも思ってたんだけどー。妹ちゃんって淡泊ってゆーかー思い入れってものがなくない?」
「どういう意味でしょう?」
「いや、ほら、幻魔を手懐けるって相当すごいことなのに手離すのはあっさりじゃん。勿体ない! とか思わないのかな~って」
「あぁそれは……あの子は昔から傷ついている子がほっとけないだけで――」
「ストップっス」
赤髪と甘声の会話が中断され、司会の男に視線が集まる。
「それ以上は駄目っスよ。幻魔を懐柔する方法やそのヒントになりそうな会話は教祖様の御意向により禁止されてるっス。我々は自分に与えられた使命を遂行する幻魔教の糧となれれば、それでよいのでス。余計な探りはやめてくださいっスー」
「ちぇー」
つまらなそうに口をへの字に曲げる甘声。
もちろん仮面をしているので周囲には口元が見えないが、彼らは同じ宗教に身を置いた仲間。長い付き合いともなれば容易に想像がついた。
「では、口伝の続きを読むので静粛にして欲しいっスよー……」
そう言って羊皮紙に目を落とした男は、少し困ったように息を凝らした。
「あらん? どうしちゃったの?」
「いやー……」
言い淀む男。
他の信徒たちは彼のらしくない行動に首を傾げる。
そして、
「――我々幻魔教の崇高なる目的を世間に知らしめよ、とそう書いてあるっス」
『!?』
男の言葉に信徒たちは再び驚愕する。
なぜなら彼らにとって幻魔教とは世間一般で周知されている“幻魔を崇拝する”集団とは異なるのだ。
そもそも、本当に幻魔を崇めている集団であれば、デュカリオン大森林で使い捨てるような真似やシスターのように手懐ける――などの行為は背信的とも捉えられる。そんなことが今までできたのは彼ら――ここにいる幻魔教徒にとっての真の目的が、他の崇拝対象が存在したからだ。
「えぇーうちらの目的ばらしちゃうのー!? 言わなくてもよくなーい?」
「こら、ダメよそんな意向に背くようなことを口に出しちゃ……」
「でもでも! あんたたちだって――」
「まぁ待つっスよ。教祖様も何かお考えがあっての指令。口伝には作戦決行時、依代様に供物を捧げるための時間稼ぎが必要とも書かれてるっス。注意を引くためにはそれ相応の話題が大事ってことっすよ。力じゃ俺たちは敵わないんっスから」
窘めるように男が介入すると信徒たちは水を打ったように大人しくなった。
「……それでその大役は誰がやるんだい?」
男口調の女が沈黙を破る。
「それは指定されてるっスよ。我らがリーダー……」
『そう! 私の役目だ!』
男の言葉を遮るように開け放たれたドア。
そこから現れたのは幻魔教の黒装束に身を包んだ男。仮面で口を遮られてるせいか妙に声がくぐもっており聞き取りづらい。
「遅いよーリーダー。あーでも、にゃるほどー。確かにリーダーは今回の作戦に最適かも」
「お仕事柄、作戦場所にいても怪しまれないっスからね。てか、知ってたんスか?」
『教祖様より直々にお願いされたからね』
ずかずかと我が物顔で部屋を横断するリーダー。
そのまま円卓の席へと腰を掛けるのかと思えば、部屋の脇に設置されていたテーブルに近づき、その上に置いてあった魔導具型の急須に手を掛けた。魔力を流し込むことでそのエネルギーを熱に変換しお湯を沸かせるタイプの物で、火元がないところや地下のように火が焚けないところで使用される便利な魔導具だ。
問題点を上げるとするならば、魔力を流し込むためにずっと急須の取っ手を握っていなければならないことだろうか。
だから、黒装束を纏い仮面を身に着け急須を握るそのリーダーの姿はとてもミスマッチでシュールだった。
『作戦の話し合いをする前にお茶にしよう。上司から特別な茶葉を貰ったんだ』
振り返るリーダーの手元。もう片方の手には茶葉の袋が握られていた。
「へぇーなんていうお茶なのリーダー」
『あぁ、これかい? これはね……――アルルカの葉って言うんだよ』
アルルカ――それはエルフの森、デュカリオン大森林にしか群生していない大樹の名称である。
『とても美味しいんだ』
そう言って彼は茶葉の袋をハンドベルを揺らすようにカサカサと鳴らしたのだった。




