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灰騎士物語  作者: トキバカナリ
第一章 精霊と紋章の召喚士
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プロローグ 終わりと始まり

 この異世界は地獄だった。


 仰向けになり空を見上げる男。彼は今、異世界に堕ちて初めて目が覚めた時のことを思い出していた。

 薄暗くて陰気な空。

 それが異世界の空を初めて仰いだ感想だ。そして、その感想は死にそうな今でも変わらない。


「……っ……ふぅ」


 あの時――丁度、大学の入学式の日だ。不意に浮遊感に襲われ、いつの間にか異世界(ここ)転移した(おちた)時も、妙に息苦しかった。当時はすぐに治まってくれたから気にはしなかったが、今回はあまり期待できそうにない。

 口を手で覆い軽く咳き込むと、生温かい感触が伝わってくる。

 小手を(かざ)すと灰色の手に赤黒い血が付着していた。


「はは……」


 鎧の籠手(こて)のような外装を見て、思わず乾いた笑いが漏れる。

 これは男が異世界に飛ばされた時に手に入れた“力”だった。“灰”のような粉末を粘土のように操り、武器や盾を形作り硬質化させる。不思議な能力。


 なんとなく、魔法のような力だったから魔法の武装ということで魔装と名付けた。名前がないものを扱うのは不便だったため、渋々名称したのを覚えている。


 まるで皮肉のようだと男は嘆いた。

 わけのわからない力には名前があるのに自分の名を呼ぶものはもういない。『先輩』と呼んでくれた最後の1人(・・・・・)もいなくなり、名前に意味などなくなってしまったのだから。

 (ゆえ)に男にはもう名前がない。

 異世界にただ独りとなってしまった男に固有の『名前』など不要だからだ。


「……」


 手足以上に自在に操れるようになった魔装を解くと、まるで風に煽られた灰塵(かいじん)のようにさらさらと粒子状になって空気に溶け込んでいった。


 そこに残されたのはいつもの自分の手だった。

 力を手に入れて、大切な人とその人との約束を守れると信じていた無力な手だ。


 どうしてこうなってしまったんだろう。

 どさり、と腕を乱暴に下ろし視線を移すと、すぐに黒い箱が目に入った。


 漆黒の棺。


 森の中で鎮座しているそれは、魔装を素に男が創りだした棺桶だった。

 凶暴な獣が蔓延(はびこ)るこの異世界で唯一出会えた同郷の少女。

 あの棺桶の中で彼女は眠っている。

 もう、こんな形でしか彼女を護ることができない。


『先輩。絶対に……二人でこの世界から抜け出しましょう』


 過去の会話がよみがえる。

 男は全部覚えていた。約束も、その後に続いた願いも。


『もし、私が先に死んでしまったら、一人でも頑張ってくださいね』


 ふざけるな、と怒ったら彼女は苦笑するだけで何も言わなかった。もしかしたらこんな未来が来ると覚悟していたのではないだろうか。

 今はもう確かめることはできない。


「……っ、俺()人のこと言えないか」


 痛む身体に鞭を打つように身体を起こし、なんとか立ち上がる。

 いつまでもここで休んでいるわけにはいかなかった。寝転がっていては獣たちの格好の餌食だ。身体もボロボロで力も弱体化した今では今度こそ殺されてしまう。


 死ぬわけにはいかない。

 彼女の願いを叶えるため、彼女の犠牲を無駄にしないためにも生きなければいけないと、男は足に力を籠める。


「……あれは諦めるか」


 視線の先には翼開長五十メートルにも及ぶ紅色の怪鳥が息絶えていた。

 あれが今回の敵であり、彼女の仇だった。


 獣を食べると“灰”の量が増える。それがこの異世界のルールだった。つまり獣の肉は空腹を満たす食料であり魔装の強化の材料でもあった。



(持ち帰るか……?)


 だが、1人だけでは運べないし、彼女のことを想うとなんとなく食欲も湧かなかった。

 勿体無い気もするが今はこの場から離れることの方が重要、そう思っていたのだが、


「なんだ、あれ?」


 怪鳥の死体のすぐ横にふわふわと宙に浮き、光り輝く球体が現れていることに気付いた。

 あれはおかしい、ありえない。

 この地獄には純粋な光がなかった。

 太陽もなければ月も星もない。

 暗澹(あんたん)な空に鬱蒼(うっそう)とした森林。

 それがこの世界の全てだった。


「……はあ、……はっ」


 足を引きずるように歩き、ゆっくりと球体との距離を(せば)めていく。

 何故か警戒心は抱かなかった。遠くに逃げようとしていたはずなのに自分の今の行動に疑問すら生じない。


「でかいな。それにこれは……何かの模様か?」


 近づいてみてわかったが直径が大人の身長大ぐらいある。そこからゲームに出てくるような魔法陣が光球の至る所から浮かび上がっている。


「――綺麗だ」


 手を伸ばし指が球体に触れると、そこから波紋が生まれ光が強くなった。

 広がった光に包み込まれると地面と重力の感覚が徐々に消えていく。


 温かい。


 言い知れぬ安心感を抱き、男は意識を手放した。

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