通勤電車
練馬駅を通過する際に、偶然目の前に座っていた学生が降りたので、今日は珍しく椅子に座ることが出来た。新宿駅までのおしくらまんじゅうは毎朝の恒例行事であったのだが、今日は運がいい。
練馬春日町駅ではなく、始発の光が丘駅付近で部屋を借りておけば、通勤時に座れることも多かったのだろうが、福岡から上京したばかりの僕は、東京の通勤ラッシュを完全に舐めていたのだ。
珍しく座れたのだから、この椅子の記憶を見てみることにした。端から見ると、周りにいる多くの人達と同様に、目を閉じているだけの様に見えているのだろうが、僕は今、過去を見ているのだ。自分だけが特別な能力を持っているという優越感に浸っていると、思わず口角が上がってしまいそうになるが、慌てて無表情を作り、暗闇に意識を集中させる。
だんだんと過去の映像が見えてきた。茶髪でショートカットの女の子が座っている。大学生くらいだろうか。なんとなく活発そうなイメージの子だ。
少しすると、次の停車駅に着いたようで、人が沢山乗り込んで来た。その中に白髪のお婆さんを見つけたその子は、すぐに立ち上がってこの席を譲り、自分の持っていた鞄を網棚に置いた。それ以降は、鞄に取り付けられたクマのキーホルダーのドアップの映像が続くだけで、特に動きは無かった。
東京にも案外心優しい人がいるものだ。なんて田舎者みたいなことを言うつもりは無いが、うちの部長はもう少し僕に優しくしてくれても良いんじゃなかろうか。今回30分間説教され続けたのは、朝礼に遅刻した僕が全面的に悪いのだが……
今後は通勤中に過去視をするのは辞めよう。集中しすぎて降りる駅を乗り過ごすのはもうごめんだ。