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Called end of True  作者: 野崎リント
少し長めのプロローグになりますの
7/9

人間二人分の人生を、中学生が決めてしまう話し。

隔離施設に戻ってすぐ、私と楓は施設の食堂へケースワーカーと来ていた。

四人席のテーブルに三人で座る。

窓の外を見ると、幼児達が庭で遊んでいた。

保育士の人と一緒にボール遊びをしているようだ。

きゃいきゃいと楽しそうな声が聞こえてくる。可愛いなぁ。

ケースワーカーの人は一度何かの資料を確認してから席を立ち、食堂中のカーテンを閉めて回った。

電気をつけていなかった食堂はカーテンに日の光を遮られて薄暗くなった。

食堂の電気を一ヵ所だけつけると、ケースワーカーは私と楓の前にある席に座り直した。


「どうだった?今日見てきたところは。」

ケースワーカーは唐突に私たちに問いかけた。

「え、別に。」

楓がさらりとそんな事を口にする。

自分の将来に多大な影響を与えることになるかもしれない場所への感想がこれだ。

自分の今の立場をわかっていないからそんな言葉を口にできるのかただ単に興味が無いから適当に返事をしたのか分からない。

どちらにせよ、自分達が将来少しでも勉学等で不利になったりしないようにと尽力してくれている相手に対して礼儀が無さすぎる。

なんて、思ってから気付く。

楓は兎も角、私は既にもう取り返しがつかないほど勉学が遅れている。

世の中の中学三年生の平均がどれくらい出来るのかなんて知らないけど胸を張って言える。

私は今平均を大きく下回る成績だ。絶対にそうだ。

少しでも勉学等で不利にならないように、なんて私たちをこの隔離施設から移動させる建前に過ぎないんじゃないか?


私たち姉妹が今いる隔離施設は一時保護所。

その名の通り一時的にしか保護はしてくれない。

普通、2~3ヵ月程で施設に来ていた子供達は退所していくが、私たちはもう4ヶ月半ほどこの施設に滞在していた。

今じゃ施設の中では一番の古株だ。

「雅ちゃんはあの施設、どうだったかな」

ケースワーカーが真面目な顔付きで問いかける。

「私はあの施設がどうとか関係ありません。受験生ですから、すぐにでもまともな勉強が出来る場所にいければなんでもいいんです。」

それは本音だった。

早く勉強がしたい。どれだけ頑張っても、もうアキたちの成績についていくのは出来ないんだろうけど。

「雅ちゃんはそういうと思った」

ケースワーカーは苦笑いでそういった。

「じゃあ二人とも、あの施設に移るっていうのは大丈夫かな?」

ほっと息をつくようにケースワーカーは私たちに同意を求める。

だけど……

「あの、絶対に二人とも行かなきゃ駄目ですか」

私がそう言った途端、ずっと下を向いていた楓が私の方へ顔を向けた。

じーっと、何も言わず私を見ている。

私は楓のその行動が、なんだかとても腹立たしかった。

「ええ、どうして?」

戸惑いの表情を浮かべてケースワーカーは少しだけ身を乗り出した。

当然の反応だと思う。

私は学校に行ける施設ならどこでも行くと答えた。

それが突然、やはり行きたくないと思われるようなことを発言したのだから。

困惑されても仕方がない。

「二人で別々の施設になるのは駄目なんですか?妹だけここに残って、私はあの施設に行くということは出来ないんですか?」

ケースワーカーはとても難しい顔になった。

「どうして、二人別々の施設に行きたいのか教えてくれる?」

「妹が勉強の邪魔だからです。」

事実をそのまま言ってやる。

最近夜の長い自由時間に勉強が全然出来ていない。

それは楓が起こした不祥事の愚痴を色んな人に聞かされていたからだ。

私たちは、この施設に長く居過ぎている。

あまりに今の環境に慣れ過ぎていて、ただでさえ周りを気遣うことが苦手な楓は、施設に入って日の浅い人にとって不快に思う言動や行動をするのが、ここ最近増えてきていたからだろう。

この児童保護所では、自分の中に生まれてしまう負の感情を上手く消化できずもてあましてしまう子が大勢いる。

道具への八つ当たりや、不快な相手の愚痴を誰かに話すというのがそういう子たちにとっては、一番負の感情を自分たちの中で鎮静化させることができる手段なのだ。

その為、そういう嫌だったことは私から妹に伝えておくからと何度言っても「いくら言っても直らない最低だ」と自分たちの気が済むまで永遠に愚痴るのだ。

そんな愚痴嵐の中、勉強をする気分になんてとてもなれない。

「うーん、お姉ちゃんである雅ちゃんがどうしてもというなら出来ないこともないけど。」

「本当ですか!」

やった。

「でも楓ちゃんがこの施設に残りたいっていっても最後には雅ちゃんが選ぶことになるけどね」

「それは、妹が過ごす場所は、妹が選んだとしても私の意思で最終的に決定させるということですか」

「そうだよ。」

ケースワーカーは人のよさそうな顔でゆっくりと頷いた。

「私はここに残りたいー。」

楓が手をパタパタさせてケースワーカーにそう言った。

「それはどうしてかな」

「だってあっちの施設に行っても学校行きながら遅れてる分取り戻すのは忙しくなりそうで自信ないし、それならここで勉強してた方がいいと思うから」

うん、なんとなく。楓ならそういうと思っていた。

「なるほどね。楓ちゃんはちゃんとお姉ちゃんと離れて生活は出来る?」

「ええ~……うんー…。」

楓が若干いいよどむ。はっきりしろ、バカ。

「もし同じ施設にいたとしてもこれからは距離を置いて生活をするんだよ。ちゃんとそういうことが出来ないとこの先大変だからね」

この言葉を聞いて、私はとても嫌な予感がした。

「え、ちょっと。二人別々の施設でいいんですよね!?」

「うん、でもやっぱり楓ちゃんの意見よりは雅ちゃんの意見が尊重されちゃうから」

「意味が分からないです。それって結局私が選んだ施設に妹も行くって事ですか?」

私の意思が尊重されるってそういう意味だったの!?

「そうなるね」

さっきと言ってることがなんか違う気がするんだけど。

「勿論楓ちゃんは雅ちゃんとの距離は自分できちんと置くようにしてもらうよ。だから大丈夫。」

なにがだ。

「待ってください。私たちは別々の施設に行けるようにしてくれるんじゃないんですか。今、どうしてもというなら出来るっていいましたよね」

「そうなんだけどね。基本的に姉妹とか兄弟を離ればなれにはそんなにしないから。」

それは嘘だ。

この施設にも、この施設の隣にある私たちが今日下見に行ったところとはまた別の、学校へ行ける施設にも姉妹、兄弟で離ればなれで別々の施設にいる子たちは大勢いる。

そもそも”そんなにしない”ってどれほどの割合で言ってるんだ。


ケースワーカーが別々の施設にさせたくない理由は分かる。

一時保護所はあくまでも一時的にしかいられない場所であって、長期に渡って保護しなければならない事になった子どもは学校に通える施設の方で入れる籍が取れ次第、そこにいれるものなのだ。

私たちが下見に行った施設はちょうどいいタイミングで二つ籍が空いたと聞いている。

そこ以外で里親や別の施設で入れるところはないかというのは当然聞いた。

けれどやはり、今籍が空いているところは今日下見に行った施設以外はどこにも無いらしい。

私たちが保護してもらえる地域では元々籍がそんなにないのかもしれない。


分かっている。児童相談所の人たちの意思は分かっている。


児童相談所の人たちや施設の人間は私たちをあの施設に移したいのだ。

私たちの考えや意見を第一に尊重すると、私と楓の事を第一に考えてそう言うのだと、そんなこと言っていたってそれは上面でしかないんだ。

今目の前に座っているケースワーカーは私たちがあの施設へ行くかどうかの答えを聞こうとしているんじゃない。

あの施設へ行くように説得しに来ているんだ。

私が今受験生でなく、勉強なんてどうでもいいという思考を持っていたらきっと、大人らしく「勉強しないとこのさきこまるから」とたしなめてこれからあの施設で上手くやっていけるかという私たちの不安なんてそっちのけで行かせようとしたのだろう。


普通に考えて行った方がいいのは分かっている。

でも、楓は…どうだ?

楓にとってそれはいい選択なのか?

集団生活が苦手で、学校に馴染むのだって時間がかかる。

しかもいつ母親と父親の間で話がつくか分からないこんな状況の中、もしかしたらいきなり両親の親権の話がついて、転校して二週間目で移った施設を退所してまた別の学校に転校、もしくは元いた学校へ戻るなんてことになったら楓だけでなく私だって精神的に参ってしまう。

楓とセットでまた集団生活を送ることになるなら尚更だ。


いくら口で注意して聞かせたって楓が実行しないなんていうのはこの施設に来る前から散々理解している。

こいつはこういう施設なんてところにいる限り、私と距離なんて置かない。

いつまでもずるずると私についてきて、私が居ないところでは必ず何かしら周りに不快感を植え付けていて、その尻拭いを嫌でも私がさせられるのだ。

中学生以上の子ども達からの永遠愚痴嵐地獄。

もう、楓と同じ国に居たくないと思ってしまうほどうんざりだ。


ケースワーカーが熱心に楓に距離を置くように説得を始めた。

楓は話を聞いているようで綺麗に聞き流している。

目が、「この人なんかいってら」という程度の興味しか示していない。

ケースワーカーはそんなことも気づかず、ぺらぺらと楓に「お姉ちゃんの邪魔をしちゃいけない」だの「距離を置く練習を今からしておかないと大人になってから困る」だの色々話していた。


ああ、茶番だ。


ケースワーカーが言っているようなのと同じような事はとーっくに私自身からも楓に言っているし、私が相談相手にしている保育士や指導員、心理士も楓に説得や注意をし続けている。

ほぼ毎日言われているはずなのに、楓は全く変わらない。

言われ過ぎで聞き飽きて私達の言葉は楓の耳をすり抜けているのだろうか。

なんか、もうケースワーカーの発言一つ一つにイライラしてきた。


「あのー。どんなに私がここで何言ったって…私たちは一緒の施設になるんですよね。」

あんまりな現状に全身から力が抜けてしまって声に力がこもらない。

私が暗い顔をしているからだろう。ケースワーカーは口をつぐんだ。

姉妹で別々の施設には行くことが出来ない、そして施設を選ぶ選択権は私にある。

楓は今の施設を選んだ。

こうなれば私は”勉強をしたいから移りたい”なんて考えは捨てなければならない。


今、私は自分だけでなく楓の未来にも大きく関わるであろう選択肢をつきつけられている。


自分の事だけ考えてこの問題を決めることなんて許されない。

どんなに嫌いで呪っていたって、血を分けたずっと一緒にいる家族だ。

父親や母親よりも、私が楓の人生に一番関わってきている。

目まぐるしく複雑な家庭環境に陥っている今も、私は楓に関わっている。

この世界の誰より、私は楓と過ごした時間が長いんだ。

どれだけ人間性に問題があったって無視できる存在などではない。

私の、たった一人の妹だ。


私は、きつく両手を組んで深く俯いた。

そうしていないと体の震えが大きくなって、楓とケースワーカーに気付かれてしまうと思ったから。

両足に、踏ん張るように力を入れる。


考えろ。絶対に後悔しないように。

二人分の人生を大きく変える分岐点をどう進むべきか。


二人で一つの人生ならどれだけ考えるのが楽だろうか。


でもこれは、二人の個々の人生をその内の一人が決めなければいけないものなんだ。

二人分の選択肢を。一人で。

二人でやるべきことを、私一人の力でしなきゃいけないんだ。


この選択を間違えたら、私だけでなく楓にも影響が出る。


どうしたら二人とも後悔しない選択ができる?

どうしたらここを出た後、母親に苦労を掛けない?父親に多くの事を罵倒されない?

楓は、そういう事をちゃんと考えながら意見したのだろうか。

いや、きっとしていないんだろうな。

楓は過去一度たりとも、家族のことを考えて行動したことがないのだから。

ああ、どうしたらいい。どうしたらいい。

私は楓を連れて、あちらの施設にいくべきなんだろうか。

それとも、こちらに残って楓の意見を尊重するべきなんだろうか。

今日この場で決めなければ、次は無い。

籍が埋まってしまう。


唇を血がにじむほど噛みしめて、組んだ手をきつくきつく締め上げる。

考えるのを止めるな。

今決めろ。後悔しない選択を、今すぐに決めろ。

物凄い吐き気で眩暈がした。

噛みしめた唇がじくじくする。

組んだ手にはもう感覚がない。

それでも考えた。

誰も何もしゃべらない、静かな食堂で。

必死になって考えた。

外で遊んでいた幼児組はもう施設の中へ入ったのだろう。

周りは本当に無音だった。

誰も存在しない異世界にいるのかと思うくらいだった。


どれくらいそうしていたのか分からない。


私は、籍が埋まったらもう次は出来ないという焦燥感と短い時間で決めなければならない大事な選択肢を妹の分も背負っているという強烈なプレッシャーで、もういっぱいいっぱいだった。


ずっとそうしていると、食堂の外から学齢組の声が聞こえた。

もう夕食の時間が近い。

食堂が使えなくなってしまう。

答えなきゃ…!今すぐに!!



「……行きます。」

私は、重く掠れた声で、そうケースワーカーに答えた。

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