多分、友達だったんだと思う
彼との馴れ初めは他愛のないものだった。
苗字を五十音順にして配置された席で、僕の隣が彼であった。
特にこれといったきっかけもなく、毎日ちょくちょく話をしていたら、やがて会話が増えていき、その内友達と呼んでも遜色のないほどになった。今思うと、この頃が、もっとも彼と良好な関係を築けていた時期であったのだろう。
ある日、僕が休み時間に一人でトイレに行って戻ってくると、彼の周りに数人の男子達が群がっていた。男子達は彼に粗暴な言葉を吐きながら、彼をどついていた。僕はそれを見て、教室からそっと離れて休み時間の終わるギリギリに教室へと戻った。
大した間もなく、彼は僕が隣にいても男子達に絡まれるようになった。その時、僕はいつも本を読んで気がついていない振りをして、男子達がいなくなってから、何事もなかったかのように彼に接した。
一人で男子トイレに行ったら、件の男子達がたむろしていた。僕はこの機に何か言ってやろうと意を決し、男子達にあのさ、と話しかけたが、何だよ、と睨まれると、別に、と答えてそこから逃げてしまった。
彼の体に傷が見え隠れし始めてきた頃、彼の筆記用具がなくなった。彼は一人で必死に教室を捜したが、見つかる前に予鈴が鳴って、結局その日は僕の貸したシャープペンシルと消しゴムを使った。その日の放課後、僕は教室に誰もいなくなったのを見計らって、部活に勤しんでいるはずの彼の筆記用具を捜した。筆記用具は男子トイレの掃除用具入れの奥にあった。彼に筆記用具を渡すと、笑みを浮かべながらお礼を言われた。僕はそれを見ても、後ろめたさしか感じなかった。
とある日、彼が男子達に少し反抗の意を見せると、途端にその場が激化した。彼は床に叩き出され、寄ってたかって男子達に蹴られた。僕はその間、本を見て誤魔化していた。休み時間が終わりそうになると、男子達は自分の席へと戻った。解放された彼に、僕は少し無理をして、いつものように接した。段々と、彼と接することが嫌になっている自分がいた。
その内、僕は彼とも、また彼に絡んでいる連中とも違う男子と交流を持つようになった。その男子とは趣味が合い、話をしているととても楽しく、暇があれば話しかけた。その分、彼と一緒に過ごす時間が減った。
本を読んで誤魔化していた時間が、新しい友達と会話する時間に変わった。それまでは、男子達がいなくなった後に彼へ何事もなかったかのように話しかけていたのだが、彼が一人になっても僕はもう一人の友達との会話を時間ギリギリまで続けていた。
しばらくして、彼はある日、僕にこのようなことを聞いてきた。
「お前は俺の友達だよな?」
僕は一瞬間を置いて、そうだよ、と答えた。
「そうか」
僕がどうしたの、と尋ねると、彼はどこか悟ったような表情を浮かべてこう言った。
「俺はさ、お前と友達になれてよかったと思っているよ」
僕は彼の意図がわからず、曖昧に頷いてみせた。何故、急にそんなことを言いだしたのだろうか。その時の僕はそう疑問に思ったが、彼が話題を変えてきたことで、その疑問はすぐに頭から追いやってしまった。
その日の放課後、校舎の階段で彼を見かけた。彼は運動部に所属しており、今も部活の時間帯のはずである。僕の所属している緩めの文化部とは異なり、そこはそれなりに厳しい部活で、サボりなど理由もなくできるようなところではない。すると、彼は最上階の踊り場を通り越していった。その先は屋上である。この時間に屋上へ何の用事があるのか。僕は怪訝に思ったが、大して気にすることもなく、部室へと向かった。僕が彼を見たのはそれが最後で、その日を境に屋上は封鎖された。
結局、彼にとって僕とは一体どのような存在だったのだろうか。彼の言うように良い友達なのか、はたまた薄情な傍観者なのか、臆病な裏切り者か、それとも……。
今はもう、わからない。