表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伝説の剣は鰤出刃でした ~元料理人がダンジョンで覚醒し魔王を餌付けしてしまった話~  作者: よつ葉あき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/27

6.違和感の正体

 ダンジョンの空気が、変わった気がした。

 いや、そう感じただけかもしれない。

 

 だが、歩き始めてしばらく――。

 目に映るのは、これまでと変わらない石壁と床。

 湿った空気も同じだ。

 それなのに、なぜか胸の奥がざわつく。

 

(……さっきの気配、きっと気のせいじゃない……)

 

 足音が、妙に響かない。

 まるで音そのものが、空気に吸い込まれているような感覚だった。

 俺は自然と歩調を落とし、呼吸を整える。

 鰤出刃は、すでに右手に握られていた。

 

 ――そのとき。

 微かに、音が聞こえた。

 反射的に足を止め、息を潜める。

 壁に背を預けるようにして、そっと壁伝いに歩いた。

 

(……今のは……)

 

 耳を澄ます。

 金属音ではない。

 だが、獣の唸り声とも違う。

 

 ――何かが、闘っている?

 

 魔獣同士が争っているのだろうか。

 だが、このフロアを散々歩き回ってきた俺には、どうしても拭えない違和感があった。

 この階層に出現する魔獣は、グレートウルフ以外は基本的に非好戦的だ。

 全く争わない、とは言わない。

 だが、魔獣同士が本気でぶつかり合う姿を、この階層で目にしたことは、ほとんどなかった。

 

(……じゃあ、何の音だ?)

 

 嫌な予感が、胸の奥で静かに膨らんでいく。

 俺は鰤出刃を握り直し、音のする方向へ、さらに慎重に足を進めた。

 壁伝いに、足裏で床を探るように。

 靴底が小石を踏まないよう、呼吸と同じ速さで一歩ずつ。

 

 ――また、聞こえた。

 

 低く、擦れるような音。

 何かを引きずっているようにも聞こえるし、湿ったものがぶつかり合う音にも聞こえる。

 

(……近いな)

 

 距離感だけは、はっきりしていた。

 音源は、そう遠くない。

 

 ――曲がり角の向こうに、いる。

 

 視界が開ける手前で、俺は足を止めた。

 耳を澄ます。

 

「……いやっ!」

「!?」

 

 それは、確かに――人の声だった。

 

 反射的に、角から飛び出す。

 さほど広くない部屋の中にスライムがいた。


 スライムが二匹。

 俺がこれまでに何匹も倒してきたスライムが背を向けていた。

 そして、そのスライムの対面に――女の子が、いた。

 

 状況を把握するのに、時間はかからなかった。

 スライムの数は二体。

 どちらも、これまで相手にしてきた個体より一回り大きい。

 床に広がる粘液の量からして、すでに何度も攻撃を仕掛けているのだろう。

 

 そして――女の子。

 

 壁際に追い詰められ、腰が引けたまま後ずさっている。

 手にしているのは短剣らしきものだが、握りが定まっていない。

 視線はスライムに釘付けで、こちらには気づいていなかった。

 

(……いける!)

 

 判断は、一瞬。

 俺は踏み込んだ。

 

「――下がれっ!」

 

 声を張り上げると同時に、鰤出刃を振る。

 狙うのは、先に跳ねた一体。

 飛びかかる軌道が、はっきりと“見えた”。

 

 ――スパッ!

 

 刃が、抵抗なく通る。

 胴体を断たれたスライムが、空中で形を崩し、床に落ちた。

 

「え……?」

 

 女の子の、呆然とした声。

 だが、まだ終わりじゃない。

 残った一体は俺、ではなく――

 女の子のほうへ進路を変えた。

 

(……まずいっ!)

 

 俺は舌打ちし、間合いを詰める。

 距離は、三歩。

 間に合うか――いや、間に合わせる!

 床を蹴り、身体を投げ出すように前へ。

 

「伏せろっ!」

 

 次の瞬間、鰤出刃を横一文字に振り抜いた。


  ――スパァン!

 

 断ち切られたスライムが、勢いよく壁に叩きつけられる。

 粘液が弾け、白い煙となって立ち上った。

 

 ――ポンッ!

 

 乾いた音とともに、床にペットボトルが転がる。

 俺はすぐに振り返った。

 

「怪我は!?」

 

 女の子は、しばらく口を開けたまま固まっていたが、

 やがて、ぶんぶんと首を振った。

 

「……な、ない……です……」

 

 声が、震えている。

 無理もない。スライム二体に挟まれて、平然としていられるほうが異常だ。

 

「立てるか?」

 

 そう問いかけながら、彼女に手を差し出す。

 女の子は、恐る恐る頷いた。

 

「……あ、ありがとう……ございます……」

 

 小さくそう言って、俺の手を掴む。

 俺は、ほっと息を吐いた。

 

(……まさか、この階層で人に会うとはな)

 

 だが、安心するのはまだ早い。

 この場所に、彼女がいた理由。

 ――この階層に、本来いるはずのない“人”。

 鰤出刃を下ろさないまま、俺は問いかけた。

 

「……一人か?」

 

 女の子は、少しだけ視線を伏せてから、小さく首を縦に振った。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ