ヨハンは本当の怪物だったのか──『MONSTER』を「エクソシスト」の視点で読む
ヨハンによるエクソシスト ── 『MONSTER』における怪物の正体
『MONSTER』の怪物は、本当にヨハンなのだろうか。
浦沢直樹の『MONSTER』は、その名の通り“怪物”の存在をめぐる物語である。多くの読者にとって、その怪物とはヨハン・リーベルトであり、彼の冷酷な完全犯罪、絶対的な悪意、そして人々の心を操るカリスマ性こそが「人間の内に潜む怪物性」だと理解されてきた。
しかし、ここで一つ視点を転換してみたい。
怪物は、ヨハンではなくニナであったのではないか?
この問いは、読者の感情を大きく揺さぶるだろう。ニナは“妹”として、あるいは“被害者”として描かれ、常に読者の共感と同情を受ける立場に置かれてきた。だが、ヨハンという存在を「怪物」として成立させるために、ニナ自身が持つ“影”についてはあまり語られてこなかった。
ここで注目すべきは、物語の冒頭におけるヨハンの行動である。自らの頭を指さし、ニナに撃たれることを受け入れたあの行為の根底には、“自己犠牲”があったのではないだろうか。
彼はニナが抱え込んだ闇を自らの内へと取り込み、「怪物」として振る舞うことで、世の中の闇を引き受ける役割を果たそうとしていた。これはまるで映画『エクソシスト』に登場するカラス神父のようだ。カラス神父は少女に取り憑いた悪魔を、自らの身体に引き受けて死を選ぶ。
だが、この仮説に至った2つの疑問点。
第一の疑問。「なぜヨハンは殺害現場をニナに見られるなどというミスを犯したのか?」ということだ。
ヨハンは手術後の状態でさえ、飴に筋弛緩剤を入れる完全犯罪をやってのける能力の持ち主。そんなヨハンがどうして、一番見られてはいけないはずの相手に見られるなどという事態に陥ったのか。それを単なるミスで片付けるのは、あまりに短絡的ではないだろうか。
第二の疑問。「自分が死んだ後、ひとり残されるニナの孤独を考えなかったのか?」という点である。
もし彼がただ死にたいだけであれば、自ら命を絶てば済む話である。しかし、彼の目的が「ニナの中の怪物を祓うこと」であったなら、どうだろうか。
一人の少女が、あの凄惨な記憶を抱えたまま生きていくことは、精神が崩壊するほどの地獄である。双子の兄であるヨハンは、その地獄を最も身近で感じ取っていたはずだ。
彼は、「自分が死んでニナが一人ぼっちになる悲しみ」よりも、「ニナが怪物に心を喰い殺される恐怖」の方が重いと判断したのではないだろうか。すべての罪と記憶を自分が背負って死ねば、ニナは何も知らない「普通の少女」として光の中で生きていける。
一人残される孤独という代償を払ってでも、彼女から「怪物」を切り離すこと。それが、まだ幼かったヨハンが導き出した、狂気的でありながらも純粋な究極の愛だったと言える。
映画『エクソシスト』において、悪魔はただ空中に消え去るのではなく、神父という「肉体」に一度移されてから物理的に窓から身を投げる。
ヨハンもまた、ニナのトラウマや絶望という名の悪魔を自らに移し替え、「私が怪物だ」と明確に提示する必要があったのではないか。
だからこそ彼は、あえて惨劇の現場を見せつけた。彼女が一切の躊躇なく、目の前の「絶対悪」に向けて引き金を引けるように。あれはミスなどではなく、悪魔祓いの儀式を完遂するための痛ましい必須条件だったのだ。
ヨハンは自らが撃たれ、命を落とすことによって、ニナの中から“怪物”を完全に終わらせることを望んでいたのだ。
しかし、その怪物が消えようとした瞬間──天馬によって命を救われてしまう。
そこから彼は苦しみ続けたのではないだろうか。自らの死をもって完結するはずだった悪魔祓い(エクソシスト)が失敗し、怪物であり続けることを義務づけられながらも、命の恩人への感謝という人間としての感情まで抱えてしまったからだ。
この視点で見ると、その後のヨハンの“完全犯罪”の数々も、“怪物の仮面”を演じ切るための、あるいは終わらせ損ねた儀式を続けるための悲しい舞台装置だったように思えてくる。
物語の終盤でニナ(アンナ)は彼に言う。「あなたを、許す」。
この言葉によってヨハンは、自らが怪物として認識されていたことを確信する。そして、ある意味で安堵する。彼の“エクソシスト”としての役割は、ようやくそこで完結したのではないだろうか。
物語のラスト──病院のベッドが空になっていたあの描写。
それはヨハンが再び逃げたというよりも、すべてを終わらせたという暗示なのかもしれない。
映画『エクソシスト』でカラス神父は、窓から飛び降りてすべてを終わらせた。
ヨハンもまた、“怪物”という役割から解放されるため、“人間”として静かに終わりを迎えたのではないだろうか。
ヨハンは、そのすべてを自ら引き受けることで、世界から“怪物”を祓おうとしたのではないか。
これは、怪物を祓うために怪物になった男の物語である。
──ヨハンによるエクソシスト。
この読み方が、あなたの『MONSTER』体験を少しでも揺らし、新たな問いを生むことを願っている。




