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亡霊の郷愁

 分厚いガラスの外壁を破って空へ巨大な枝が伸びていく。

 大樹へ変貌していくクリスタルタワー。

 同時に統治局本部を中心として周囲に草地が広がっていき、そこに物凄いスピードで樹木が覆い茂っていく。


 世界が変わっていく。

 緑の大地……原初の樹海へと。

 これは単に陸地が緑化していっているというだけではない。

 今の世界が別の世界へと上書きされてしまっているのだ。

 大気中の酸素や魔力の濃度が異なり、重力や物理法則までもが異なっている樹海の世界では人は長くは生きられない。その世界に対応した生き物に変貌するか死ぬかのどちらかだ。


(侵食が……速いッ! 急いであの大きな樹をどうにかしなくちゃいけないっていうのに……)


 奥歯を噛んで前方を睨みつけるアムリタ。

 その視線の先にいるのは悠然と佇む皇国の旧い時代の軍服を着た背の高い男……魔人ゼクウ。


 かつて、百年以上前に戦場で見えた両者。

 その時のゼクウは海底火山を爆発させて大津波を引き起こして皇国を滅茶苦茶にしようとしていた。

 アムリタはその計画を仲間と共にゼクウを倒す事で食い止めたのだが……多くの仲間たちがその戦いで命を落とす事になった。


「貴方は……また性懲りもなくこんな事をしでかしてっ!」


 アムリタが瞳に怒りの炎を燃やす。


「今回のこれは俺の考えた事ではない。……楽しそうなので乗ってやったがな」


 だが、冷たい目をした男はそう言って口の端を歪めるだけだ。


「この程度でどうにかなるような世界ならなってしまえばいい」


 人類の終焉を何でもない事のように言うゼクウ。

 それとも、或いは彼のもの言いは現行人類に対する彼なりの信頼の裏返しなのだろうか?


「俺はただ俺やお前のような者たちが自分らしく生きられる世界にしたいだけだ」


「私? 私は関係ないでしょう。貴方と一緒にしないで」


 不愉快そうなアムリタ。

 彼女の斜め後ろに立つリュアンサは無言である。

 彼女はアムリタが居合わせる場でこの手の議論にはほとんど加わらない。

 ドライなリュアンサはアムリタが言い争っている相手側の意見に同調してしまう事があるからだ。


 リュアンサにとっては何が正しいかなんて大した問題ではない。

 世界を救いたいのでも滅ぼしたいのでも、どちらであろうとアムリタの味方をするだけだ。


「……お前は今の自分の在り様が自然でそれでいいと思っているのか?」


 僅かに目を細めてアムリタを見るゼクウ。


「誰よりも強い力を持ちながらコソコソと隠れ潜む様にして。それで時折小さな人助けをして……それで満足か?」


「十分満足です。他に何がいるっていうのよ」


 ふんっ、と鼻から乱暴な息を吐いた翡翠の髪の少女が胸を張る。


「穏やかな人の営みを見守ってお家に帰れば暖かいお風呂とお食事があって。それで本音で話せる友人もいて……贅沢過ぎるわ」


「お前の考え方は天下の銘刀を死蔵しておけというのに等しい」


 初めて僅かに声色に怒気を滲ませて軍服の男が一歩前に踏み出した。

 その彼の挙動に反応してリュアンサが前に出てアムリタを庇うように立つ。


「お前のように超人(オーバード)たちの頂点に立つ者がそんな腑抜けた惰弱な思想に染まっているからそれ以下の者が軒並み影響を受けるのだ」


「貴方も私もどっちも何度となく大戦の時代を経験してきているのに……。それでどうしてここまで考え方が食い違ってしまうのかしらね」


 アムリタが水色に輝く魔力を……ゼクウが真紅に輝く魔力を、それぞれ身に纏う。


 百数十年前はアムリタが勝った。だがあの時の彼女には多くの超人(オーバード)たちが加勢していた。

 今の彼女には隣にリュアンサが一人だけ。


 それで勝てるか……この闇の軍神に。


(……ヤッベーなァ。今からコイツの相手してたんじゃ、あの樹の浄化封印が間に合わねェ)


 アムリタの隣でリュアンサがそう考えて顔をしかめたその時……。


「……追い付いたーッ! 動くなそこの時代錯誤なカッコしたやつ!!」


 ユカリが……その場に駆け付けてきた。

 それを見るゼクウがほくそ笑む。


「良い頃合だ……壬弥社ユカリ」


「ユカリ、気を付けて!! その男……デタラメに強いわよ!!」


 叫んだアムリタにユカリが目を丸くする。


(え、何? 見知らぬ美少女が私の事を親しげにファーストネームで? これはフラグか……? ユカリさんにまた春が来ちゃった?)


 そんな彼女の隣に立った不機嫌そうなシズク。

 彼女は他のものからは見えない角度でユカリの腿を思い切りつねった。


「デレデレするな……!」


「顔には出さないようにしておりましたが!!?」


 悲鳴混じりに言うユカリ。

 考えてはいたという事は否定していない。


「オイ……アムリタ。ちょーどいい、ヤローはアイツに任せちまおうぜ。アタシらは樹に向かねえと間に合わねェぞ」


「うっ……。そ、そうよね……でも……」


 状況を理解しながらも躊躇うアムリタ。

 この中でゼクウの強さと危険性を一番理解しているのが彼女だから。


 相手は百年前に選りすぐった超人(オーバード)の精鋭たちを何十人もぶつけてようやく相打ちに持ち込む事ができた魔人王。

 もはや超越者である超人(オーバード)という存在すらも超えてしまった何かだ。 


「信じてみようぜェ。どいつもこいつもいつまでもアタシらが手を引いてやんなきゃいけねェ子供(ガキ)ってワケでもねェだろうよ」


「リュアンサ……」


 一瞬呆気に取られてからアムリタは力強く肯く。


 そうだ。相方(リュアンサ)の言うとおりだ。

 自分だって既に過去の時代の幻影のような存在(もの)

 そんな自分がいつまでも導いて支えてやらなければならないほど脆く頼りないはずはない。

 ……新しい世代は。


「ゴメンね皆! ちょっとの間この場を任せるわ!! 私たちはあの樹をどうにかしてしまうから!!」


「はいはぁーい、ヨロシクね~」


 緊迫感のない声を出してユカリはひらひら手を振っている。


 別に状況を理解していないというわけではない。

 あの大樹が奴らの切り札であり急いでどうにかしなければならない事はよくわかっている。

 見知らぬ美女コンビはいれば頼りになるのはわかるが元々増援は当てにしていない。


 一瞬で駆け去る二人の方を見ようともしないゼクウ。


 ……同じなのだ。どちらだろうが自分にとっては。

 一度に平らげる事か。順番にそうするか。それだけの違い。


「満たされれば鈍る」


「……はい?」


 低い声の呟きに剣を構えているユカリが怪訝そうな表情を浮かべた。

 ゼクウは目の前自分ではなく夜景の煌く火倶楽の町並みを見ていた。

 その横顔はどこかほろ苦いものを表情に滲ませている。


「今のこの世界は物に溢れ過ぎている。こんな時代に生きていれば人は際限なく鈍っていくだけだ。力を持つ者たちもそれを振るおうとも思わないのも道理だな」


 そしてカーキ色の軍服の男はユカリに視線を戻した。

 無価値なものを見る眼差しから価値あるものを見るそれへと……。

 目に宿した光は冷たいまま。


「そんな中でよくその爪と牙を維持してきた」


 闇の覇王の賞賛。

 だがユカリはうんざりするように眉根に皺を刻むだけだ。


「物に溢れてるって……それの何が悪いのよ。元々先人がそういう世界を目指して戦ってきた結果でしょ? あなたの言ってる事は仕事中毒者(ワーカホリック)みたい。いつの間にか手段が目的になっちゃってる」


 闘争(たたかい)の果てに皆何かを目指したのだ。

 その為に命を賭けてきたのだ。

 そうやって築き上げられたものが、完璧な楽園とはいかなくとも比較的平和な今の時代だ。


 だが、目の前の男は……この乱世の覇王は戦闘そのものを見ている。

 戦いの果てに見ているものが戦いなのだ。


「誰だかが言ってたけど、強者っていうのは孤独なんですって。あなたも強者の側にいたいんだったら孤独を受け入れなさいよね。私は強者じゃなくていいわ……孤独はイヤだし」


「……………」


 無言のゼクウ。


 同じく無言のユカリの隣にいるシズクが肯いた。

 彼女もかつては孤独を受け入れて生きてきた側だ。

 だけど目の前のこのお節介な女が無遠慮に心に入り込んできて自分の心の壁を取り払ってしまった。


 もう独りではいられない。

 自分は弱くなったのかもしれないが、それでも今は幸福だ。


「あなたはただ新しい時代を受け入れられないだけ。自分が楽しかった時代に周りを巻き込んで戻ろうとしているだけよ」


 そして、ユカリが最強の魔人の王に向かってビシッと勇ましく指さした。


「あなたの郷愁に……感傷(センチメント)に私たちを巻き込まないで!」


 ……言った。


 ユカリが言った。

 自分よりとんでもなく強くてとんでもなく年上で……人類史上最大といってもいい巨大軍事大国を築き上げた祖たる男に厳しく言い切った。


 普段ポーカーフェイスのシズクとルクシエルの二人ですら若干「そこまで言っていいのかな?」みたいな表情になっている。


 ゼクウは……何も言わない。

 動かない。


 立ち尽くしてしまっているのだろうか。身動ぎしない。


「……ククク」


 と、思えば目を閉じて低い声で笑い始めた。

 喉を鳴らすようなその笑いはじきに哄笑に変じて彼は天を仰いで大口を開けて笑っている。


「ハッハッハッハッハッハッハ!!! これはまた……手厳しく指摘されたものだ。耳が痛いぞ」


 そしてゼクウはあっさりとユカリの言った事が的を射ていた事を認めた。


「図星を突かれたな。かつて一つの時代を築いたはずの俺も気付けば異端者か。虚しいものだ」


 少し俯き気味にゆっくりと頭を振る軍服の男。

 軍帽の下のその表情はよく見えない。


 戦意を……喪失したか?

 一瞬ユカリがそれを期待するが……。


「だが俺の妄執は容易く打ち破られはせんぞ。俺を過ぎ去った時代の亡霊と断ずるのならばその手で祓ってみせるがいい」


 どん、と地面が一度大きく脈打つように震えた。


 ……同時に迸る凄まじい魔力の波動。

 真紅の雷が天地を逆さにしたかのように地面から空へと無数の柱となって駆け上っていく。

 魔人ゼクウが戦闘態勢に入ったのだ。


「お前たちが現在(いま)を見て戦うのならば俺はどこまでも過去を見つめ続けるだけだ!! 戦うために天より力を与えられた俺たちがもっとも自分らしく生きられた時代をなぁッッ!!!」


「だーッ! もう! 開き直っちゃった!! 誰よアイツのこと挑発したのは!!」


 真紅の電を撒き散らしながら周囲を暴風で包んだゼクウ。

 そんな魔人王に向けて再度剣を構えながら嫌そうな顔をしているユカリ。


『ユカリでしょ(だろ)』


 そんなユカリにルクシエルとシズクのツッコミがハモった。


「……でも、カッコよかった」


 続いたルクシエルの言葉に無言で肯くシズクであった。



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